53 ロゼの騎士
ロゼは襲い来る敵を待ち構えて相手する。幸い通路はそこまで広くなく、囲まれる状況にはならなかった。階段の下で戦い、上から敵が襲ってくることも無いだろう。
上から来るのならカイゼルが危険だ。いや、もし上階にも敵がいれば既にカイゼルは死んでいる可能性が高い。それでも未だ上から敵が来ないことを思えば、カイゼルに敵は行っていないのだろう。
戦局はギフト、ガルドー、ロゼに集中している。その三人さえ倒せれば確かにサイフォンを邪魔する者はいないだろう。逆に言えば自分達が生きている限りは、カイゼルに目が向くことは無いだろう。
一番派手に暴れまわったギフトの元に敵は集中しているはずだ。ガルドーは待ち構えていた敵を押しとどめ、ロゼはサイフォンの周りに居る護衛と戦っている。
その護衛も意識が薄れ単調な動きしか出来ず、ロゼの敵にはならない。毒渦のメンバーが怖いので傷を負わないようにしているが、その攻撃が当たることはない。
ギフトは愚か、ガルドーやリカよりもずっと遅い。旅の合間の訓練はロゼの身に付いている。フェイントも緩急も何も無い攻撃をロゼは体を捻り、剣で防ぐ。
ただ一つ問題がある。決定打が打てないのだ。ロゼは毒渦を傷つけることに抵抗はない。だが、騎士は今本当にサイフォンの命令に従っているのか従わされてるのかわからない。不用意に傷つけることが憚られる。
それでもロゼの意思が揺らぐことはない。絶対に殺さない。貫かなければギフトに示しがつかない。偉そうな言葉だけ吐いて、自分はその言葉に無責任でいることはロゼには出来なかった。
ロゼはただ耐え忍ぶ。この道を通さないために剣を振るい続け、隙を見ては相手の体に蹴りを打ち込み距離を離す。
「どうした!?とっととその小娘を殺せ!!」
戦況が変わらないことにやきもきしたのかサイフォンが大声でがなり立てる。いつまでもロゼを殺せないことに焦りが見え始める。
サイフォンからすればロゼは簡単に始末できる予定だった。怖いのは悪戯好きの炎でそれも牙が始末する。毒渦がロゼを行動不能にして自分が止めを刺すために態々この場にいるのに、ロゼが想像以上にしぶとい。
時間を掛けるとサイフォンの予定が狂う。既に予定など狂い続けているのだが、これ以上は許容出来ないと頭を掻き毟る。
「早く殺せ!俺の役に立て屑ども!!」
「屑は貴様だろう?人を棚に上げてよく言えたものだ。」
ロゼからすれば倒したいのはサイフォンだけ。それ以外はオマケでしかない。時間さえ稼げば、ガルドーかギフトがやってくるだろう。そうなれば毒渦では勝てない。
自分一人にすら優勢に立てない者達が、どちらかを相手にして勝てるとは思えない。数が多いから時間が掛かっているだけで、自分と同じ状況ならあの二人なら簡単に切り抜けているだろう。
それをロゼは理解している。自分が弱いことなど重々承知の上で、それでも静かに勝機を伺う。自分の力を知っているからこそ、冷静で有り続けることができる。
理想を叶えるために現実を見る。呼吸を常に一定に、必要以上に力を入れない。敵の動きに合わせて剣を振るうだけで、こちらから攻め込むことはしない。
どれほどの時が流れただろうか、サイフォンは動いてもいないのに息も絶え絶えになっている。怒りで体温が上がり顔に汗を飛び散らして鼻息が荒くなる。
そして少しの静寂が訪れた時、ロゼの耳に人の足音が聞こえてくる。決して身軽な足音ではない。少し重く鉄の擦れる音だ。
その音がサイフォンにも聞こえたのか、サイフォンは音の聞こえる方向に目を向け声を上擦らせる。
「やっと来たか!遅いぞお前たち!!」
そこに来たのは騎士の鎧に身を包んだ、兜も着けて顔の見えない装備の者達が数人。その姿を見てロゼは体に力が入る。
決して楽な戦いではない。今までもギリギリな自覚がある。連携が取れていないからこそロゼはここまで戦えている。だが、サイフォンが話しかけたと言うことは、彼らには自我があるのだろう。自らの意志で考え動く者ほど厄介な敵はいない。
諦めるわけではないが、今よりずっと辛い戦いになる。その予感がロゼを緊張させるが、呼吸を大きく吐いて肩の力を落とす。
敵の数が増えようとやることは何一つ変わらない。戦わなければいけないのだから戦うだけだ。その覚悟はもう決めている。今更怯えて逃げ出す真似はしない。
「終わりだローズ!よく頑張ったと褒めてやるぞ!!」
サイフォンは両手を広げてロゼを賛否する。当然そんな気は全くないが、ここまで粘ったことは腹立たしいが、それも終わると思えば清々しい気分だ。
騎士達は離れた位置でロゼの方に目を向けて足を止める。この街に勤めている騎士ならばロゼの事を知っているのだろう。それがサイフォンと敵対していることを不思議に思ったのだろうか。
騎士は動きを止めたまま二人を見やる。ロゼだけでなくサイフォンもその事に怪訝な顔をして、足を止めた騎士に声をかける。
「どうした?こいつは俺の敵だぞ?早く始末しろ。」
サイフォンは当然の様に言い放つ。サイフォンは自分に付いてくる騎士にはロゼが敵になったことは既に伝えている。ここに来て何を迷っているのだと少しづつイラついてくる。
ロゼも今の状況を正確に把握できない。サイフォンの部下として来た敵の筈なのに、まだ剣を抜くこともなく、こちらに来る様子も無い。
戦う気概は既に出来上がっているのだが、ここで変な時間をかけられると気持ちの糸が切れる。それすら戦略なのかと邪推するが、そんなことをする必要は無いだろう。
ならば益々わからない。ロゼの味方はここにはギフトとガルドーしかいない。ギフトの悪戯も可能性の一つとして考えられるが、それだと他の人間がいる理由にならない。
三者三様押し黙り、最初にその沈黙を破ったのは一番我慢のできないサイフォンだった。
「いい加減にしろ!!いつまでそうしてるつもりだ!俺の命令に従えないのか!?」
サイフォンが怒鳴り散らすもまだ騎士は動かない。騎士からすればロゼもサイフォンも従うべき主人だ。どちらも剣を向けて良い相手ではない。
「心に従え。」
迷いを見せる騎士にロゼは短く口を開く。敵だろうが味方だろうがロゼからすれば関係ない。成すべき事を成す為に、思い描く未来を掴み取る為に、ロゼは最後まで気持ちに従う。
「全てお主達が決めろ。妾の敵になろうと恨みはしない。お主達の最善を選べば妾はそれを誇りに思って死んでやろう。」
ロゼはにっと笑って騎士に言葉をかける。決して王としての言葉では無いだろう。それでもロゼにはそれ以上の言葉をかけられない。
死ぬつもりは全くないが、例え死んだとしても自分達で判断を下したのならロゼはそれを恨まない。我侭を許してくれた人がいるのだ。自分が我侭を許せないでは狭量すぎる。
一番前にいた騎士はその言葉を聞いて、首だけを後ろに向けて頷き合う。騎士も覚悟を決めたようだ。剣を抜いて睨み合うロゼとサイフォンの間に割り込んでくる。ロゼも気合を入れて剣を構えるが、その直後に少しだけ剣が下がる。
その騎士たちがロゼに背を向けたからだ。
「立派になられましたな姫様。見違えましたぞ。」
背を向けたまま騎士はロゼに声を掛ける。聞き覚えのある声で間違えるはずもない。自分は一体何を勘違いしていたのだと頭を殴りたくなる。
何が味方はいないだ。ロゼにとってギフトと同じくらいに、いやそれ以上に頼れる自分をずっと守ってきてくれた人がいるではないか。その事を忘れているなど薄情にも程がある。
それでもここにいてくれることが頼もしくて仕方ない。自然と気が緩み、張り詰めていた糸が緩んだことも気づいているが、それを張り直す必要もないだろう。
勝利はもう決まったのだ。ロゼが一人で戦わずとも、敵になってはくれない人が目の前にいる。
「遅いぞ。グラッド。」
「申し訳ありません。良くない噂を聞いただけで、正確な事は何一つわかりませんでしたからな。」
「構わん。話は後でしよう。誰も殺さず倒せ。妾の我を通すために力を貸せ。」
面頬を外し、グラッドは苦笑いを漏らす。ロゼは久しぶりにあってそうそう無茶な命令を下してくる。だが、それに否とは答えない。主がやれと言ったのだ。ならばそれに従うのが騎士と言うものだ。
誰も殺すなというのならその通りにしよう。それが主の命令なのだから。
「我侭を覚えましたか。」
「誰かさんの影響でな。さあ行くぞグラッド。」
ロゼはグラッドの横に立ち、グラッドも剣を構える。会話は後で構わない。もう誰も死ぬ事はありえない。ロゼは後ろを気にすることは無くなった。これで思う存分戦える。
「消えろ屑共!妾達の力を思い知るがいい!!」
そうして一方的な蹂躙は始まり、一方的なまま収束を迎える。ただ一つそこにサイフォンの姿だけが見えなくなっていた。
続きは明日10時。