52 化物は嗤う
視点移動が多いです。
「ちょっと!どこから来たのよ!?」
リカ達は慌ただしく視線を動かす。気を抜いたつもりは全くない。だからこそ目の前の光景が信じられない。
「普通じゃないわよ!?どういうこと!?」
「・・・今まで見えていなかった。突然。」
「ど、ど、ど、どうします!?」
目を背けたくなるほど悍ましい量の魔物の軍勢が、リカたちの目の前に広がっている。夜も更けて誰しもの緊張が少し解けていた時の出来事で、冷静に状況を判断できている者は一人もいない。
「落ち着け!冒険者がこの程度で慌てるな!!」
そこにボサボサの髪をまとめること無く、野性味あふれる男が大声を張り上げ動揺を収める。この国のギルドマスターでもあり、昔は冒険者としても名を広めた男だ。
「敵なら倒せ!魔物に負けるくらいなら冒険者を辞めろ!ここに立つなら覚悟を示せ!」
ギャレットは冒険者を怒鳴り上げ、取り仕切る。魔物が来ることはギャレットの中では確定事項だった。確たる証拠が何もないから、喧伝することは出来なかった。それでもギャレットは静寂の中で魔物が来ることを確信していた。
魔物が街の周囲から消え去り、城の近くに炎の化身が現れ、良い噂を聞かない傭兵が国に出入りしていると聞けば、警戒して当たり前だ。動く瞬間だけがわからなかったが、いつ来ても良いよう常に冒険者を配置している。
「接近できるものは下に降りろ!魔法が使えるものは外壁から魔法を撃て!治療が出来る者は後方で待機しろ!魔物を街に近づけさせないよう、交代で攻撃し続けろ!!」
ギャレットの言葉に従いそれぞれが散開して魔物を待ち受ける。リカはミリアとルイから離れ下に降りる。
「お願いね。ここが正念場よ。」
「大丈夫。近づいた魔物は私が倒してみせる。」
「怪我したらすぐ戻ってくださいね。」
短い言葉を交わして三人はそれぞれの位置に着く。パーティーを組んではいるが、大規模戦では自分たちだけ固まっても邪魔になる。一つの集団として動いた方がギャレットの指示も聞きやすい。
「リカ。」
ミリアは下に降りようとするリカを呼び止める。ここから先は会話はできない。言うべきことがあるなら今しか話す機会はない。
「もし、危なくなったら直ぐに逃げる。基本は時間稼ぎに徹して。」
「・・・それは私達じゃあの魔物達に勝てないってこと?」
「言いにくいけど、仕方ない。私達もここでは死ねない。」
「わかってるわよ。でも逃げたくはないわよ?」
「だから時間稼ぎ。私達は時間を稼げば勝利できる。」
「・・・ギフトさんに頼るんですか?」
ルイは心苦しそうに呟いた。ミリアだってギフトに頼るのは出来ればしたくない。それでも自分達では勝てないし、周囲の冒険者を動員しても勝てるとは思えない。
目の前の魔物が全てなら可能性はあるだろう。だが、これ以上増えるか、強い魔物が出てきたら可能性は低くなる。そうなった時時間を稼ぐには体力が必要だ。
「頼るしかない。はっきり言えばギフト君は化物。私達よりずっと強い。」
「・・・わかったわよ。」
不承不承ながらもリカは頷いて今度こそ下に降りる。納得はしなかったかも知れないが、リカも自分を心配してくれる人の気持ちを無視はしない。無理は絶対しないだろう。
リカの背を見送り、ルイは魔物の集団を見つめる。夥しい量の魔物と今から戦うと思うと足が竦む。戦いは何度も経験したが、ここまでの戦闘は初めてのことだ。どんな不測の事態が起こるか予想はできない。
「緊張しますね。」
「そう?私はそこまで。」
ミリアはルイの言葉を否定する。どっちかといえばミリアは今回の戦いをそこまで悲観していない。
「何故ですか?」
「化物が一人いる。リカは気づいてないかも知れないけど、あの人は本当に意味がわからない。」
「・・・人ではありませんよね・・・。」
ルイもミリアも薄々感づいている。旅の合間におかしいと思ったことは何度もあった。詳しく聞くことはしなかったのは、ギフトの人柄さえわかればそれで良かったからだ。
「私達の敵にはなりませんよね?」
「それは大丈夫。私達が敵になろうとしない限りは敵にならない。」
残忍な性格だとは思う。敵に容赦しない部分も確かにある。それでも性格は基本穏やかで、味方の意見を絶対無視しない。ロゼの言葉を無視して自分の意見だけ通そうとした事は一度も見ていない。
ミリアもルイも城に目を向ける。そこには自分達が心配するくらいには仲良くなったと思える人達が戦っている。手を煩わせるわけにはいかない。その為に出来ることをしなければ胸を張れない。
迫り来る魔物の軍勢に視線を戻し、気合を入れる。この夜が明ければきっといつもと同じ日常に帰れる。それを信じて三人は戦い始める。
城が明るく照らし出されて、ロゼが目を見開く。中心地は遠くない、それどころか窓が振動し、城中が揺れているようだ。
それでも視線を逸らさずに敵を見据え続けるが、サイフォンがその爆音を聞いて厭らしく笑う。次第に声を上げて笑い出し、ロゼに指を突きつけて嘲笑する。
「どうしたローズ!絶望したか!?」
サイフォンはロゼの表情も気にする事なく、声を上げて笑う。ロゼはその笑いを無視して油断せずに構える。サイフォンが笑っている間も周りは油断していない。それなのにロゼが気を抜く訳にもいかなかった。
「気になるなぁ!気になるよなローズ!!教えてやろうか!?」
サイフォンは壊れた人形の様に言葉を綴り続ける。ロゼが何を思っているのか等どうでもいい。サイフォンはあの音を聞いてから気分が昂ぶって仕方ない。
「悪戯好きの炎が死んだんだよ!たった今牙が殺したのさ!」
サイフォンは歪んだ目でロゼに絶望を与えようとする。だがロゼはその言葉を聞いても何一つピンとこない。サイフォンは決めつけているが、ギフトが簡単に死ぬとは思えない。爆発程度で死ぬ程大人しくもないだろう。
「何故死んだと思える?」
「あの爆発音を聞いただろう!?あれは牙の仕掛けた攻撃さ!」
牙が何をしようとしていたのかは聞き及んでいた。人間に耐えれるものではないと確証があり、確実に当てれるタイミングで、逃げられない時に実行すると聞いていたからこそサイフォンは確信した。
自分の優秀さを疑っていない。だからこそサイフォンは自分が雇った傭兵が優秀だと信じている。自分には及ばずとも、その力は使えると、自分が使えば成功させれると思っている。
「そうか。なるほどな。」
それに対してロゼは脱力する。確たる証拠は何もないのに言い切るとは馬鹿の様だ。自分を信じるのは良いが、何事も行き過ぎて良い事はない。
サイフォンの気分が上がり冷静さを欠くに反比例して、ロゼは気持ちがすっと気分が下がり冷静になる。相手も知らないのに自分だけで完結する大人な子どもを見ていると、最早哀れみしか浮かんでこない。
戦闘がいつ始まるかもわからないのに、気を抜くわけにはいかないが、ここまで来るとロゼは溜息を吐いてしまう。
「二つ程訂正しよう。」
ロゼは憐憫の目を向けながら、指を二本突き立てる。そして指を一つにして、サイフォンの言葉を否定する。
「一つ目は妾の愛称はロゼだ。気持ち悪い呼び方をするな。」
今更どうでも良いとは思っているが、ローズは子どもの愛称だ。いつまでもその呼び方を続けるサイフォンに嫌悪感しか沸かない。
「そして二つ目は悪戯好きの炎は死んでいないぞ?あいつは誰の期待にも応えない。」
サイフォンがギフトを死んだと言うならギフトは生きているだろう。ロゼがギフトに英雄になって欲しいと願えば、ギフトはそれに反して悪役を演じるだろう。
別に態々天邪鬼な生き方をしているわけではないだろう。気分次第で適当に動くギフトの行動を知らない人は予想できないだけだ。その点ロゼはギフトを少しだけ知っている。
「期待は超えるものだと笑うだろう。壁は壊すと豪語する。貴様の運命はあいつを腹立たせた時点で終わっている。」
ロゼがニヤリと笑い、サイフォンを虚仮にする。サイフォンは怒り、命令を下してロゼを始末しようとする。ロゼは引くことなく突進する。
もう背負う者は無い。ロゼは一人の人間として路傍の石ころと戦う。
爆炎が上がり煙が吹き荒れる中、男は目の前の光景をただ見つめている。
策は嵌った。確実に化物を殺すことができた。男の前の参上がそれを物語っている。
爆心地は燃え上がり、炎の勢いは空気を取り込み益々強くなり、息がしづらくなっている。煙は高く昇り視界の確保が十全にできない。
それでも間違いなかった。あの状況から逃げ出すことは出来ないし、防ぐことも叶わない。普通の人間に耐えうる爆発では絶対にない。
「俺に炎とはやってくれるじゃないか。」
―――嘘だ。―――
男の目の前には月明かりと炎に照らされて顔の見えないギフトがいる。それでもその口調から笑っている事だけは理解できる。
目の前には肌が焦げ服もボロボロになっているギフトがいる。それでもその口で喋り、男の両足を踏み抜いて地面に転がし馬乗りになって口の端を釣り上げる。
「死んだと思ったかな?残念生きてるんだなこれが。」
ギフトの服は自分の炎で燃えないように普通の服とは違う素材で作られている。体に薄く魔力を纏わせれば多少の攻撃は防ぐこともできる。
当然痛いし熱い。だがそんな物我慢できる。苦痛など今までの人生で何度受けてきたか。それでも動かなければ生きられないのに、黙って死を待つなどギフトは絶対にしない。
気合で耐えた訳ではない。そもそも炎でギフトを殺そうとしたのが間違いだ。自分の炎だって熱いんだ。それを我慢できないならギフトは人の時に戦うことはできない。
弱点を知っていると思っていたが、全部を知っているわけでは無かった。男はギフトを殺せる絶好の機会を自ら捨て去った。
「笑えよ。名も無き傭兵。」
ギフトは拳を上げて天に掲げる。男は未だに状況が理解できない。
何故撃たない。何故生きている。何故俺は動けない。
今の状況に脳が追いつかない。確実に悪戯好きの炎を殺したはずなのに何故今化物の笑顔を見ているのか。
「何度でも笑え。その度に俺がお前に絶望を届けよう。例えどこに逃げようと、俺が必ずお前に拳を届けよう。」
男の目にギフトの顔が照らし出される。狂気を込めた笑みでこの状況を楽しんでいる。今から殴る事だけを楽しみに、ギフトは鬱憤を晴らすと力を込めて嘲笑う。
因果応報、自業自得。ギフトの言葉が脳裏に過る。男も今まで笑顔で人を甚振ってきた。その対象にギフトも入ろうとしていた。
手を出すべきでは無かったんだ。例えどれだけ力が肉薄しようとも、男はギフトに勝つことはできない。それに一度負けたとき気付くべきだったんだ。
「俺の名前は届け屋ギフト!お前に絶望を届ける者の名前だ!胸に刻んで消えさりやがれ!!」
そして拳は振り抜かれ、男の顔は地面にめり込む。体が一度痙攣すると動かなくなり、それを確認してギフトは拳を持ち上げる。
自分以外の血がべっとりと付いた拳を振って血を払う。煙草を取り出し、火を点けて紫煙は煙に紛れて見えなくなる。
煙はやがて晴れるだろう。だがそれまでは襲っても来ないだろう。戦いの合間の休息をギフトは気を緩めて楽しむ事にした。
「今日も星が綺麗だ。」
見上げる星は光を弱めているがまだ見える。夜明けはきっと晴れるだろう。ギフトは人に囲まれた誰にも見えない状況で、煙が晴れるのを煙草を吸って鼻歌を歌いながら待ち続ける。
呆気ないかも。でもこんなものだと思います。
続きは明日10時です。