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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 三部 ~届け屋~
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51 傲岸不遜

 ロゼは夜の城を駆け抜ける。目指す場所はただ一つ。誰が敵かわからない状況で、それでも信頼の置ける数少ない人物。


 その人物は城中にいる。その人物の部屋も忘れるはずもない。昔から姉のような存在と慕っていた、自分よりずっと優秀な人物。


 騒ぎが起きてその場所にいない可能性も高いが、それでも当ても無く彷徨くよりかは言いはずだ。カイゼルの傷は深い。治療せず動き続ければ死に至るかも知れない。


 その判断をロゼには下せないが、そもそも血を流した状態で放置すると言う選択肢はない。最悪を回避できなくともその可能性は限りなく低くする。その為に動くことはロゼでもできる。


「・・・うっ・・・。」


 そしてカイゼルが意識を戻す。決して安堵できる容態では無いが、それでもロゼは少しだけ安心してしまう。目を覚まさない可能性だってあった。それがわからない状況が何よりも不安になる。


 ロゼは止まり、一番近くの部屋に飛び込む。部屋の中には誰もいない。城内の誰かが使っている部屋だろうが、この際それはどうでも良い。カイゼルを下ろして座らせる。


 腹からドクドクと血が流れて顔色も悪い。応急処置程度ならロゼにもできるが、ここまでの傷を治したことはない。


「カイゼル兄様!ご無事ですか!?」


 ロゼはとにかくカイゼルに声をかける。意味は無いかもしれない。それでも声をかけずにいられない。


 とにかく血を止めなければならない。ロゼは部屋のベッドのシーツをビリビリに破いてカイゼルの傷口に当てる。そして布で体をきつく巻いていく。


「生きてください兄様!この国にはあなたが必要です!」


 ロゼはただ祈る。カイゼルが居なくなればロゼが王になるしかない。サイフォンに任せるくらいなら自分がなったほうがずっとマシだ。


 だが、カイゼルに遠く及ばないことも知っている。そもそもロゼに政治に関する知見があるのなら腫れ物扱いはされていない。その事はロゼもよくわかっている。


「生きて・・・いる。ここで・・・死ねない・・・。」


 カイゼルは息も絶え絶えに言葉を返す。カイゼルだって死ぬつもりは毛頭ない。全ては自分の王としての至らなさが招いたことだ。


 サイフォンに呼ばれて玉座に趣いた。そして騎士の一人に捕まりサイフォンの歪んだ笑みを見て意識を失った。何があったかなど言われずともわかる。


「まさか・・・サイフォンだったとはな・・・。実の弟と・・・油断した・・・。」


 カイゼルは悔しそうに呻く。考えなかった訳ではない。それでもそうであってほしくはないと心のどこかで思っていたのだろう。自分の甘さはサイフォンを調子に乗せて、今の悲劇を招いた。


「喋らないでください兄様!今から傷を直せる人の場所に・・・!」

「ふふっ・・・。まだ私を兄と呼ぶか・・・。」


 力のない笑みを浮かべてロゼを見る。その目は数年前まで見ていた優しい目だ。


 カイゼルはロゼを嫌っていない。それでもロゼを利用しようとした。継承権の剥奪をしても命を狙う者は幾らでもいる。尻尾すら見えない敵を炙り出すためにロゼを使った自分に兄と呼ばれる資格はない。


 よく笑う子だった。人の痛みを気遣う子だった。礼儀正しく、それでも硬すぎない普通の家族ならどこに出しても恥ずかしくない立派な女の子だった。


 その女の子から笑顔を奪い。優しさを無碍にし、堅物にした。王としての責務を奪って、居場所を欲しがったロゼは誰より責任を背負おうとした。


「私は・・・失格さ。王としても、・・・兄としてもな・・・。」


 ロゼの顔をジッと見つめて独白する。努力はしてきたつもりだ。それでも結果はこの有様で、実の弟に反旗を翻された。


 全てを見通そうとして、全てが見えなくなった末路は自分で取る。せめてロゼだけは夢を追いかけて欲しい。王としてではなく一人の人間として。それがカイゼルにできるせめてもの兄の役目だ。


「私を、置いていけ・・・ロゼ。これは、私の責任だ・・・。」


 痛む体を強引に動かす。血を流した所為で動けないわけではない。カイゼルとてこの傷だけでここまで憔悴はしない。


 毒でも使われたかと、カイゼルは鈍い頭で思考する。ゆっくりと地面に手を付いて体を持ち上げる。ロゼの前で情けない姿は見せられない。王として毅然とした態度を取っていて、ここで助けを求めるわけにはいかない。


「王の責務だ・・・!自分の失態くらい、自分で、」

「そうですか。では行きましょう兄上。」


 ロゼはカイゼルに向けて手を伸ばす。その手にカイゼルは怪訝な目を向けるも、ロゼはその目に意思を携え揺らがない。


 散々迷って生きてきた。でも今は迷う必要は何もない。背中を押してくれた人達がいた。力を貸してくれた人達がいた。情けない自分を叱ってくれて、自分を信じて信じられる人がいてくれた。


 迷うことを許してくれて、甘いことも許してくれて、我侭も許してくれた恩人たち。ここで迷うのはその全てに対する冒涜だ。それだけはロゼには出来なかった。


「兄様には色々な考えがあるのはわかります。ですがそれは本当に兄様一人で抱えなければいけないことなのですか?」

「・・・ロゼ?」


 ロゼはカイゼルに逆らったことはない。子どもの頃は駄々を捏ねることはあったが、数年前からロゼはカイゼルの言葉に黙り、異論を唱えることは無くなった。


 それが今はどうだ。ロゼはカイゼルに真っ向から逆らい対等に立っている。一体何があったのか、その理由をカイゼルは知る由もない。


「私は一人で努力して、挫折しました。その私を救ってくれたのは見ず知らずの礼儀も知らないお調子乗りの人でした。」


 ロゼは出会った頃を思い出す。思えば出会いは最悪だっただろう。いきなり裸を見られて、笑顔で眼福だと言い切った人。要領を得ない会話でこちらの話を聞いているかもわからない。


 無礼で馬鹿で、残忍で外道で適当で。それでも誰かの為に命を削ることを何一つ厭わない不思議な人。


 色褪せた世界に、色をくれた恩人。その恩人は今も戦っているのだろう。ならば自分が逃げるのはありえない。背中を守りたいのではない。並び立ちたいんだ。


「その人に背を向けられません。私は甘く弱いですが、それでも諦めることだけは許されません。」


 そこまで言ってロゼは笑う。子どもの様に無邪気な顔で、そしてどこか憎らしい悪戯が成功した子どもの様に。


「妾は格好良いらしい。それに対してカイゼル兄様。今のお主は格好いいか?」


 怒鳴られるかもしれない、軽蔑されるかもしれない。それでもロゼは笑顔で告げる。ギフトがもしこの場にいたのなら、王とかそんなの関係なしに、カイゼルを格好悪いと言い切るだろう。


 妹は格好いいのに兄二人はダサすぎて泣けるな。ギフトなら必ずそう言うだろう。自分を救ってくれた時の様に上手くいくかはわからない。それでもロゼはカイゼルを挑発する。


 責務に縛られた人間に何ができる。結局行うのは自分なのだ。自分を殺した所で出来ることが増えるわけでもなく、限界は必ずやってくる。


 だったら適当に休めばいい。カイゼルにとって休むべき時は今。逆賊を討つ事などカイゼルが出るまでもない。


 カイゼルはロゼの笑顔に驚愕し、力が抜ける。そして俯き自然と口がニヤける。ロゼは確かに強かった。だが、どこか危うさを抱えたもので、ここまで心は強くなかった。


 その結果感情を隠し、自分の心を守ろうとしていた。それが今はどうだ?まるで子どもではないか。成長したのかどうかもわからない。それでも笑わなかった筈のロゼはたった数日間で笑い、冗談を言うようになって帰ってきた。


 散々ロゼに冷たくしてきた筈なのに、ロゼはその本質を変えることなく、むしろ表に出すようになっている。一体誰の仕業だと問い詰めたい気分になる。


「妾は兄様が好きだぞ。国の為に身を粉にして働く兄様に憧れる。その憧れの人の目の前に小さな石が転がってきた。」


 ロゼはカイゼルの手を引いて体を持ち上げる。妹に手を引いてもらうことなど何年ぶりか、妹と手が触れ合うなど何年ぶりなのか。


「その石をどかすくらい妾にも出来る。兄様は玉座で待っていろ。」


 傲岸不遜にロゼは笑う。その顔を見てカイゼルも遂に堪えきれず笑い出す。


 逞しくなった。カイゼルからすれば全く予想などしていなかった事が目の前で起こっている。本当に人生とは何一つ上手くいかないものだ。


「玉座で、威張る前に、傷の手当てくらいは・・・したいな。」


 カイゼルは笑いながらそう呟く。その呟きを聞いてロゼはその表情を更に破顔させる。カイゼルには悪いが暫く我慢してもらおう。そしてロゼは一番大事な話を聞き出す。


「ミュゼットがどこにいるかわかりますか?」

「ああ・・・。彼女なら、・・・私の部屋に居る・・・。」

「・・・分かりました。直ぐに行きます。」


 ミュゼットには常に不測の事態が起きた時にはカイゼルの部屋から、重要な書類を持ち出すよう言っている。彼女がこの騒ぎでまだ寝ているとは思えない。必ずカイゼルの部屋で待っているはず。


 問題は生きているかどうかだが、その心配はしていない。重要な機密を持ち出すものが弱くては話にならない。ミュゼットも騎士団に引けを取らないくらいには戦える。


 カイゼルを背中に背負い、ロゼは再び走り出す。カイゼルも嫌ではあるが、ここで駄々を捏ねるわけにはいかなかった。素直に背負われ痛む腹を奥歯を噛み締め耐えようとする。


 部屋を出て廊下を走って、カイゼルの部屋まで後は階段を上がるだけ。ほっと息を吐いた所で、ロゼの足元にナイフが突き刺さる。


「どこへ行くつもりだローズ!俺に向かって暴挙を働いて、生きていられると思うな!!」


 そこに顔を真っ赤にしたサイフォンが複数の人間を連れて現れる。本当に面倒な人だとロゼは辟易する。見失ってくれていれば良かったのだが、流石にカイゼルの部屋に行こうとすれば見つかるのも仕方ない。それくらいは覚悟していた。


 もう少し遅く来てくれれば良かったが、そこまで上手くもいかないかと、ロゼは背中のカイゼルを片手で支えて剣を抜き放つが、カイゼルが耳元で小さく囁く。


「・・・ロゼ。・・・後は私一人で良い・・・。」

「兄様。それは・・・。」

「少しくらい・・・私にも、格好つけさせろ・・・。」


 本音を言えばそれはしたくない。だが、ここで戦っても結果は目に見えている。希望を繋ぐ方法があるなら、カイゼルの気力に頼らざるを得ない。


「石をどかすと言った手前恥ずかしいな。」

「いや・・・。お前は、格好良かったぞ・・・。」


 耳元で笑いながら言われて、ロゼはカイゼルをゆっくりと降ろす。その間も常に視線は的に向け、いざとなればカイゼルを背負ったまま戦おうとしたが、サイフォン達は動かない。


 サイフォンは地面に降りて、ゆっくりと階段を上がり始める。ロゼは両手で剣を構え直して、サイフォンと対峙する。


「意外だな。襲ってこぬのか?」

「あんな死にぞこない後で処分できる。今はお前だよローズ!」


 目を血走らしてサイフォンは怒気を強める。キンキンと煩いその声に顔を顰めるも油断することなくロゼは構えを緩めない。


 サイフォンの前に人垣ができて、戦いが始まろうとした瞬間。爆音が鳴り響いて火柱が登り城内が明るく照らし出された。


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