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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 三部 ~届け屋~
50/140

50 笑う牙



 ギフトの目の前を鮮血が舞い、動きが止まる。痛みは腕を通って脳に響き体を硬直させ一瞬の隙を作る。


 その一瞬を相手は見逃さなかった。ギフトの鼻っ面を折るために拳を顔面に打ち込む。防ごうと思ったが動きが鈍い。間に合うことなくギフトにその拳が直撃し、後ろに吹き飛ばされる。


 だが、空中で姿勢を回転させ地面に手を突き出し、片手で跳躍し地面に倒れることをしない。ギフトは痛みの走った左腕をじっと見る。


 油断したつもりは無かった。それでも自分の限界だったのだろうか、腕には矢が突き刺さっている。拳も碌に握れぬまま戦うわけにはいかない。その矢を引き抜き血が垂れる。痛みはあるが動けない程ではない。


 昼の内なら治療という名の炎による止血も出来たが、今はそれは出来ない。火の魔法は元々治療に向いているわけでは無い。それを普通の人間が戦闘中に行うことなど不可能だ。


「やはりか。」


 ギフトが痛みに顔を顰めていると、男が納得したような声を出す。したり顔で話す男をギフトは睨むが、男はそれを気にせず語りだす。


「お前は注意力が散漫だ。傲慢な態度からかは知らないが、長期戦や集団戦が苦手だろう?」


 男はギフトが半人(デミ)だと気づいていないのだろう。それでもその弱点には気づいた様子だ。ギフトは内心で溜息を吐く。これだから同じ相手と何度も戦うのは嫌なんだ。勝てるときに勝たねば自分にとって不利にしかならない。


 ギフトは眠らない。だが、その本質はただの人でしかない。眠らなければ思考能力も判断力も集中力も長続きしない。その例に漏れることは無く、ギフトは脳を使う作業が苦手だ。


 油断はしなくとも自分が思ったよりも隙だらけになる。戦闘中に魔法は使えないし、周囲に目を向けることも出来ない。半人(デミ)の状態なら余裕があり気にする必要も無いが、それでも長い間戦うに向かないし、人間の状態だと尚更死活問題だ。


 不意打ちや咄嗟の状況に対応しきれない。作戦があってもそれと現状を照らし合わせて判断を下すことが出来ない。疲労も普通の人の比ではないくらいに溜まっていく。


 自分の体は欠陥だらけで、短期決戦しか勝機は見いだせない。相手に攻めてもらえるなら攻撃回避に専念すれば良いが、自分から攻めればそうもいかない。


 それでも勝負を急いだのは自分の性格だ。悪い癖とわかっていても、そこに勝機があって飛び込まない訳にはいかない。どうせ頭脳戦では勝ち目は無いんだ。だったら取れる手段は一つしかない。


 懸念はあったが、相手が動く前に決着をつけるため夜に動いた。それでも相手の対応は予想より早く、そして数が多かった。


 完全に自分の失態で、言い訳のしようもなかった。だが、ギフトからしてみればそれでも構わない。


「良く知ってるね。俺のファンなのかな?」


 ここにきてギフトは再び会話に興ずる。ギフトは怒りすら長続きしない。そんなどうでもいい事覚えていられない。


 周りに人が居ることはもうわかっている。矢を打たれた方向も確認したが、その場所以外にも人の気配がする。今まで気を張りっぱなしで疲れてもいる。稼げる時間があるならギフトはどんな手段でも使っていく。


 仲間が来るとは思っていない。ただギフトの本来の役目は囮だ。ここに人が大勢いるならロゼやガルドーが楽になる。本当は一人一人潰していきたかったが、ここで粘ればその分人数を割かなければならない。


「半分は正解だよ。俺ほど集団で戦う事が苦手な奴はそういないだろうね。」


 やれやれと言わんばかりにギフトは両手を挙げて薄く笑う。その様子を見て相手は少し緩んだ気持ちを張りなおす。怪我も負って囲まれたのにギフトが先ほどより余裕な態度を取っている事は、敵からすれば不気味に映る。ギフトにその気が無くとも隠し玉があると思ってしまう。


 何より目の前の男はギフトの異常さを知っている。だからこそ長期戦の覚悟で少しづつ削り取ろうとした。しかし弱点を突き付けられても焦る様子もなく飄々としているギフトに警戒を抱く。


「でも長期戦の方はどうだろうね?試してみる気はあるかな?」


 平気で嘘を吐く。


 長期戦など本気で嫌だ。どちらかと言えば集団戦、それも混戦が望ましい。敵が入り乱れている中なら楯も武器も、視線を隠す障害物も敵を使える。


 今の状況はギフトにとって一番嫌いな状況だ。接敵するのは一人でその周りを一気に飛び込めない距離を保って囲まれている。動けば攻撃が飛んでくるのは確実で、それでも動かなければならない。それも周囲を常に確認しながら。


 だからこそ嘘を吐かなければならない。相手が深読みしてくれればそれでいい。自分の行動に一々意味を勝手に与えてくれるなら、その先を読み取ろうとして動きが鈍る。


 そうなればギフトにとって都合が良い。どのみち本当に危ないと思えば逃げることは出来る。戦ってきた回数も逃げてきた回数も数えていないが、今まで生きてきた自負はある。その自負がギフトに余裕を作らせる。


 油断、ではなく余裕。絶望的な状況なら何度もあった。どんな状況に陥ろうとも諦めるにはまだ早い。


 ギフトは血が流れる拳を握り締め、突進する。その動きに合わせて矢が飛んでくるが、急停止してそれを躱し、飛んできた方向に視線を向ける。


 今すぐどうにかなる問題じゃない。そんなことを嘆くくらいならギフトもここにはいない。


 望んだのは自分だ。戦うことを選んだのは今ここに立っているのはギフトの意思だ。選べる道は少なかったかも知れないが、そこから選択して生きてきた。


 いずれギフトは死ぬだろう。ギフトに限らず物事には終わりが来る。それを座して待つか逃げるか立ち向かうかは人次第。ギフトが選んだ道は死に近づく道だった。


 一瞥すると今度は、矢が来た方向とは逆側に走り出す。矢を構えて打つには多少の時間が掛かる。その隙を縫って敵に近づく。敵に余裕を与えないために、縦横無尽に駆け回る。


 当然全ての攻撃を回避出来るわけではない。足を止めるために打ち出される矢は足を掠め、体が痛みを訴える。それでもギフトは止まらずに、動き続ける。


「撃つな!矢が尽きるのを狙ってる!無駄うちはするな!」


 男が大声を張り上げるが、ギフトに近づかれてるのに攻撃しないわけにもいかない。接近を許して戦えるのは目の前の男のみ。でなければ隠れる必要もない。


 ギフトに策はない。動き回って隙が生まれればそれでよかった。物陰に潜む敵を一人ずつ倒せばいずれ一騎討ちになる。


 その時に勝てるかどうかは知らないが、今よりかは戦いやすい。勝つための機会を常に窺い続ける。


 ギフトの狙いが消耗戦なら黙って見てはいられない。ギフトに向けて走りだし左腕を振り抜く。


 当然のようにそれを躱すとギフトは肩を男の懐に押し込む。そのまま足に力を入れて踏み込み、相手の体勢を少しだけ崩す。


 空いた胴体に下から拳を突き上げるが、腕で防がれ激痛に顔が歪む。それでも食い下がらずに左腕を横っ腹に打ち込み蹴りつける。


 体が少しずつ重くなっていくのがわかる。鋭さの無い攻撃を繰り返しても意味は無いだろう。かといって他に取れる手段は無い。


 そしてギフトが思考した時それは起こる。視界が揺らぎ、ギフトの体が大きくよろめく。


 倒れないよう踏ん張りはするも、揺らいだ視界がもとに戻らない。疲労と魔力不足による倦怠感がギフトの体を支配する。


 その隙を見逃す筈はない。この瞬間を待っていたのだから。以前の時も最後までギフトは戦えた訳ではない。そうでなければ男は今頃死んでいる。隙を着いて逃げ出すことが出来たのはこの時間があったからだ。


 男はギフトに近づいて腹を殴る。それを碌な抵抗もなく受け、歪んだ視界が更に歪む。それを見て男は確信する。もうギフトは戦えないと。


 ギフトの顔に廻し蹴りを放つと、ギフトの体は空を舞い、受身も取らず地面に倒れふせる。


 荒い息が漏れ、血が口の中に溜まる。それでもギフトは口角を上げ、嗤う。


 頭は痛むし、体も軋む。視界は揺らいで敵もまともに見えはしない。それでもギフトは折れない。思考が勝つことを放棄しても、心一本残っていれば最後まで戦える。


 ゆっくりと自分を確かめるように体に力を入れる。まだ動く。ならば諦めるときは今じゃない。地に手を着いて起き上がる。その邪魔をするかのようにギフトの体に矢が刺さる。


「まだ殺すな。こうなれば抵抗も出来ないだろう。」


 男は余裕から言葉を漏らす。そしてその思いは同じなのだろうか、致命傷には至らない様に腕や足にだけ矢を撃っていく。


 (ファング)の面々の顔が気色に歪む。特に目の前の男の心は晴れ晴れとしている。鬱陶しく圧倒的な存在が目の間で地に臥している。喜ぶなと言う方が無理な話だ。


 ギフトの胸ぐらを掴み持ち上げる。そしてその目を見て男の顔が歪む。


 顔も体も血だらけで、動くことすら出来ないはずなのに、その顔から余裕が消え去らない。焦点すら自分に合っているかもわからないのに、ギフトの顔から笑みが消えない。


「何がおかしい。」


 男が怒りを込めてそう聞くが、ギフトの耳には届かない。何か言っていることはわかるがそれが意味を成した言葉なのかどうかはギフトにはもうわからない。


 その表情を歪ませるために男はギフトの腹に拳を打ち込む。血を吐き出して噎せるがギフトはゆっくりと自分を掴む腕を握る。


「燃えろ。」


 そしてギフトが短く呟くと男は咄嗟に手を振り払う。ギフトの体ごと投げ飛ばし、腕を見るが炎は上がらない。騙されたと思い、ギフトを見ると立ち上がって髪も体も真っ赤に染めて笑っている。


 絶望的な筈だ。ここに来て隠し玉も何も無いはずだ。そんなものがあればもっと早く使っている。ここまで自分を追い込む必要は何もない。


 男の頬を冷や汗が伝う。不気味な存在感をギフトは今も醸し出している。最早戦うことは出来ないとわかっているのにそれでも油断すれば命を奪われそうな雰囲気がある。


 ギフトは大きく息を吸って吐く。体は痛み熱を持っている。それでもまだ動くことができる。気付けは充分受けた。血が抜けて変に頭が冴えている気分になる。


 胸ポケットに手を突っ込もうとして、矢が邪魔なことに気づく。その矢を半ばで折り無理やり引き抜く。血が流れれば流れるだけ思考が戻ってくる。煙草を取り出してマッチを擦り火を点ける。


 空を見上げて煙を吐き出しギフトは気を落ち着かせる。一度切れた集中を戻すことは出来ないが、思考は元に戻り、視界も正常になる。


「やってくれたな。」


 煙草を一吸いするとそれを握りつぶす。ギフトの症状は一時的なものだ。それでも致命傷にはなりうる。自分でも予期できないタイミングで起こるから対処のしようもない。


 それでもとギフトはにやりと笑う。相手にしているのが(ファング)で良かった。容赦なく命を奪われれば死んでいただろう。自分の運の良さに笑いが溢れる。


 相手を甚振る残虐な性格が自分達の首を絞める。逃げなかった理由の一つでもある。ギフトからすれば(ファング)を相手にしている時に命の危険は感じない。


 そして男もニヤリと笑う。経験から知っている。希望が見えたこの時こそ相手を絶望に叩き込むのに相応しい。ギフトには笑って死んでほしくはない。その顔から希望を消し去ってから殺さなければ気がすまない。


「もう遅い。俺達の勝ちだ。」


 準備は進めていた。ギフトが思いの他早く来て時間が掛かったが、時間稼ぎは終わった。男は一人でギフトに勝てるとは思っていないし、あっさり勝つつもりも更々ない。


 悪戯好きの炎(ウィルオーウィスプ)がいると聞いて考えた。ギフトが一番嫌がることはなんだろうか。一番無様な死に様はなんだろうかと。


 そしてそれは齎される。ギフトに向けて矢が飛んで来る。しかしその先に矢尻は無く、球状の袋が矢の先に付けられている。


 ギフトはそれを躱さない。そもそもの狙いがギフトに無く、その足元に着弾し破裂する。そして足元から漂う匂いにギフトが顔を顰める。


「なんのつもり?」

悪戯好きの炎(ウィルオーウィスプ)が死ぬとしたら一番相応しい死に様はなんだ?」


 男はギフトの質問に答えず、唐突に語り始める。


「炎の名が付いた男なら炎で死ぬのが相応しいと思わないか?」


 男はギフトが来ると聞いて、火傷の痕が疼いた。そして思うのはこの顔にした男には炎で死んでもらわなければならない。その為だけに時間を稼ぎ、機動力を奪い、殺さないよう痛めつけた。


 本当ならもっと早く折れると思っていたが、それも構わない。死ななくても動くことはできなくなるだろう。人間が中心地にいて耐えられるわけがない。ギフトの命運はもう決まった。


「昔から化物には火刑と決まっている。お前が死ぬには炎が嬉しいだろう?」


 そして男の顔が歪み、ギフトから余裕の表情が消え失せる。飛来した一本の火矢がギフトに届く瞬間、ギフトの周りで爆発が起こる。


 ギフトの周囲に振りまいたのは可燃性の液体。濃度を高めて爆発力を高めたその液体は火を受けて爆発を起こしギフトの体を炎で包む。


 そして男は両手を広げて声を出して笑う。化物が死んだこの瞬間に、男の邪魔をする存在はいなくなった。



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