表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 三部 ~届け屋~
49/140

49 対峙

 ギフトが戦っている最中、ガルドーから離れて一人走るロゼは少しの不気味さを覚えていた。ガルドーから離れてから襲撃が明らかに少なくなった。それだけギフトかガルドーが引き付けてくれているのかも知れないが、今までの事を考えれば油断は出来ない。


 いない訳では無い。何人かは出会ったがロゼに一蹴されて後ろから付いてくるものはいない。前から来る者も待ち伏せをしている訳でもなく、どんどんその頻度は少なくなっている。


「罠か・・・?いや、それにしては・・・。」


 罠を仕掛けるくらいならもっと前から仕掛けていた方が良い。今まで罠は一つも無かった。油断したところを突くつもりなのかとも思うが、それなら襲撃して警戒心を高める必要は無い。


 ロゼは少しの不気味さを抱えながらも一先ず玉座の間の扉の前に辿り着く。夜も遅いため見張りはおらず、扉の前で一つ深呼吸する。


 走り続けて荒くなった息を整えて、ロゼは扉を開く。光が漏れ出し眩しさに目を細め、視界に色が戻った時にまず目に付いたのが、


「・・・!」


 どす黒い赤に染まったサイフォンと床に倒れ伏せるカイゼルの姿だった。


「カイゼル兄様!!」


 ロゼは慌ててカイゼルの元に行こうとするが、騎士の鎧に身を包んだ者が剣を振るいロゼの足を止める。相手をしている暇は無いが、ここまで来て無視する訳にはいかない。騎士に相対し剣を構える。


「サイフォン!貴様なんのつもりだ!!」

「おい、ローズ。兄に向ってその口の聞き方はなんだ?」


 サイフォンは壊れたように笑いロゼの質問に答えない。赤く染まったナイフを握ったままロゼに向き直って気持ち悪く笑う。


「何をしたと聞いているのだ!」

「俺に向かってなんだその言葉は!!俺は王だぞ!!」


 ナイフをロゼに投げつけるが、その軌道はてんで明後日の方向に飛んでいく。サイフォンは肩で息をしてロゼを睨む。


「俺が王だ!お前に指図される謂れは無い!黙って死ね!俺がこの国を導いてやる!」


 サイフォンは両手を広げて声高々に語る。自分ならそれが出来ると信じている。


 それを見てロゼはサイフォンを哀れに思う。サイフォンはどこかで狂ってしまった。ロゼはそれが元の性格かどうかもわからないが、無関係な人間を巻き込んでおいて、導くも何も無いだろう。


 仮にも実の兄。相対すれば剣が鈍るかも知れないと危惧していたが、まるでそんな気は起らなかった。イカれた人間の執着に国が振り回されるわけにはいかない。ここで勝たなければアルフィスト王国が無くなると確信した。


「そうか。」


 ロゼはサイフォンから目を離し床に倒れるカイゼルを見る。どうせ戦えばロゼが勝つ。鍛錬をせずに惰眠を貪る男に負ける筈もない。努力なしで強くなるものは一部の天才だけだ。その才覚はサイフォンには無い。あればもっと多くの人に認められている。


 いつからかサイフォンの横暴は鳴りを潜めた筈だが、人間の本質は変わらなかった。不気味な光を携えた目も、この日を見越して騙そうとしていたのだろう。そして騙されたのがガルドーを奴隷にしていたあの貴族の様な人を見抜けない馬鹿どもと言う事だ。


「貴族を取り込んで国を転覆させようとしていたか?相変わらずやることが小さい奴だ。」


 ロゼの言葉にサイフォンは笑みを消して、膨らんだ顔を真っ赤に染める。怒りで頭が沸騰し、自分を馬鹿にする者を消すために命令を下す。


「殺せ!」


 短く言葉を発するとそれに従い鎧が動く。鎧はサイフォンの言葉に従い剣を持ち上げそれを振り下ろす。


 そんな単調な攻撃がロゼに当たるはずも無い。半身をずらして剣を回避し鎧の隙間の喉元に剣を突き付ける。


「武器を捨てろ。さもなくば首を跳ね飛ばす。」


 出来るだけ語気を高めて脅す。当然殺すつもりは無いが、動かれ続けても邪魔になるだけだ。言葉で止まってくれるならそれが一番良い。


 だが、鎧は喉元の剣が目に入っていないかのように、再び剣を振り上げ振り下ろす。ロゼは後ろに跳んで躱すと、床に剣が叩きつけられ剣が折れる。


 そして折れた剣をまた構えてロゼに切りかかる。あまりに単調な動きの繰り返しにロゼは苦い顔をして相手の剣を払って足元を蹴り上げ、床に倒れさせる。


 鈍い音と共に鎧が倒れ、距離を離して様子を見る。鎧は何事も無かったように身を起こし、ロゼに兜の面を向けて、歩き出す。


「・・・サイフォン!」

「いい出来だろ?俺の軍隊に相応しい。痛みも恐怖も無い理想の軍隊だ!」


 ロゼの頭に血が上る。忘れるはずも無い数日前の記憶が鮮明に蘇る。ギフトもロゼも許さないと決めた行為、それがまた目の前で行われている。それも実の兄が首謀者として。


「見下げ果てたぞサイフォン!貴様は人の道を外れた!王としても人としても貴様は許さぬ!」

「この国で一番偉いのは俺だ!誰がお前の許しを得た!?」


 サイフォンの言葉と同時に、窓の外とロゼが通った扉から複数の鎧が現れる。中には何名かローブを着込んだ者もいるが、恐らく毒渦の人間だろう。


「お前は邪魔だ!王以外に慕われる者など必要ない!この国の全ては俺の物だ!!」


 完全に囲まれた状況だが、ロゼに焦りは一切ない。この中で気を付けるべきは毒渦だ。その人数は決して多くは無い。その焦りよりもロゼの心を支配する一つの思い。


 結局ロゼを狙った理由など大したものではない。ただの嫉妬心だ。カイゼルを恨み、ロゼを妬んだが故の凶行。それがこの事態の顛末だと知ると我慢する気力も無くなる。


 そんな理由で命を狙われては堪らない。そんな理由で国に仇なすなど堪ったものではない。そんな理由で無関係な人々を巻き込んだ罪は、ロゼ一人で裁くには大きすぎて小さすぎる。


 子どもの癇癪を大人がした。それだけでここまで厄介な事態になるとは思っていなかった。だがもう遅い。サイフォンは動き、罪を犯した。ロゼはそれを知ったからには止めなければならない。


「貴様の罪が決まった。」


 自分に力を貸してくれた人たちの顔を思い出す。誰も彼も自分に味方する義理など一つも無いが、それでも自分の味方をしてくれた人達に申し訳ない。完全にこの国の不始末だ。カイゼルが努力する中自分の事しか見ることが出来なかった自分の責任。


 王としての責務を放棄した愚か者への罰が具現化しただけだ。この責任は自分で取らなければならない。この人数に勝てるか等知ったことか。これは自分がしなければいけない事だ。


「サイフォン。国家転覆の実行犯。犯罪者として貴様を牢獄にぶち込んでやる。暗い独房で一生を過ごし、己の罪と向き合い続けろ。」


 ロゼは左腕を後ろに、右腕を剣を上に向けて胸の前で持つ。そして一つ呟くとロゼは剣の切っ先をサイフォンに向ける。本当なら今ここでサイフォンを倒したいが、それより先にやることがある。


 ギフトに馬鹿にされ、怒られた魔法。そしてギフトの手によって少しだけ改良された、自分の中での最速魔法。


 腰を落とし、膝は軽く曲げる。右腕は後ろに引いて左手を剣に添える。ギフトを驚かした魔法は、ギフトの手によってロゼも驚く魔法に姿を変えた。何よりロゼのスタイルに合っている。今はまだ一瞬しか使えないが、この技なら敵を置き去りに出来る。


(はし)れ。疾風迅雷(リンドブルム)。」


 刹那、ロゼの姿はその場にいた者の視界から消える。誰一人殺すつもりは無い。その為には今この技を人に向けるわけにはいかない。実験台にするならこの技を一緒に作って初めて見せた時に躱して見せたギフトしかいない。旅の最中ではギフト以外に目で追えた者はいなかった。


 その例に漏れず、ロゼの姿はこの場から消え去り、誰もがロゼの姿を探す。サイフォンは慌ただしく周囲に首を動かし、それまで居たものがいないことに気づく。


 足元に居た筈のカイゼルがいない。床に血を残して、その姿だけが消えている。頭に疑問符が浮かんだとき、サイフォンの膝裏に衝撃が走り崩れ落ち、体が横薙ぎに吹き飛ばされる。


 録な受け身も取れず無様に地面を滑り停止する。そして自分が居た場所に目を向けると、カイゼルを担いだロゼの姿が映し出される。


「貴様は許さぬが、貴様を罰するより先にやることがある。」


 ロゼにとって大事なのは国の行く末だ。カイゼルがここで死ぬことはあってはならない。サイフォンに制裁を加えることなどいつでも出来るがこのままカイゼルを放置して戦うのは得策ではない。


 怒りに身を任せるのはまだ早い。サイフォンだけなら警戒する必要もないが、毒渦の厄介さは身をもって知っている。まともにやりあうだけ損な相手だし、カイゼルを人質にされては動けなくなる。


 ロゼはカイゼルを担いで部屋の奥の窓を突き破って空へ逃げる。一瞬の浮遊感を覚えるが、剣を外壁に突き立て一つ下の階層へ飛び込む。


 カイゼルはまだ生きている。だが、自分では治療は出来ない。ギフトかルイがこの場にいれば出血は止められたかもしれないが、ロゼにはまだ無理だ。


 ならば治療をして貰うしかない。城には常駐の医師もいる。そこまでカイゼルを連れていけば良い。ロゼが本気で戦うのはその後だ。


 薄暗い廊下を駆け抜けロゼは再び走り出す。アルフィスト王国の運命をその身に抱えて。



続きは明日10時に上げられると嬉しいです。

頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ