44 それぞれの場所へ
割り当てられた部屋でロゼは服に腕を通す。橙色に黒色を取り入れた背中に紋章の入ったこの服を着るのは久しぶりな気がする。
ギフトなら嫌がるだろうかっちりとした服はロゼは気に入っている。そもそもギフトの服はダボダボすぎる。そのうえ姿勢も悪いから、だらしない雰囲気が出ているのだ。と意味もなくロゼはギフトの悪態を心の中で吐く。
姿鏡で服装を確認する。別に必要な行為ではないが、これからの事を思えば多少成りも気合いが入る。その時服装がだらしないと気が抜けそうで嫌だった。
「ローゼーちゃーん。着替えたー?」
と、そこにギフトの気の抜けた声が掛かる。どれだけ気合いが入ろうともこの声を聞くと気が抜ける。緊張しすぎるのも良くないとはわかっているが、これほどだらける必要があるのだろうかと溜息が出る。
「直ぐに行く。」
言葉の通りロゼは直ぐ様ドアに向けて歩き出す。荷物はもう必要ない。剣さえあれば充分だ。
ドアを開ければいつもの服装のギフトが立っていた。気負った様子が何一つないその出で立ちは、逸る気持ちを抑えてくれる。といえば聞こえがいいが、悪く言えば気が削がれる。
「決戦であろう?気合いが入らぬのか?」
「気合充分よ?ほらおめかししちゃった。」
そう言ってくるりと回るがどこも変化はない。ただの冗談だとはわかっているが、ロゼは目を皿にして変化を探す。
「やめてよロゼちゃん。冗談だから。」
「ふふっ。すまんな。」
冗談を間に受けられてバツの悪そうな顔のギフトにロゼは思わず吹き出す。いつもと変わらないギフトがいることが心強い。ギフトが緊張していれば、自分も必ずその影響を受けるだろう。
そうなれば自分の力を出し切ることは出来ないだろう。これから先の戦いは何が起ころうとも後悔はしたくない。自分の力を出し切れず負けるともなれば死んでも死にきれない。
息を吐いて上がった肩を下げる。それだけで強張っていた体が少し和らいだ気がする。
「行くか。」
「ほいさ。」
二人揃って歩き出し、裏口から建物の外に出る。そこにはオードンとユーリィ、ガルドーが待っていた。ガルドーは既に準備万端で、いつでも行けると一言添えると腕を組んで瞑目する。
ガルドーは完全に付いてくるようだ。恐らく恩義以外にやるべきことがあるのだろう。それを知りながらギフトは追求することなく、オードンとユーリィに話しかける。
「オードン、ユーリィ後はよろしくね。」
「お任せ下さい。期待に添えてみせますよ。」
「戦えいはできませんけど、それ以外は精一杯やり遂げてみせます!」
「ありがと。でも危ないと思ったら直ぐに逃げなよ?」
ギフトは二人にそれだけ告げると背を向け、二人も建物の中に入って行く。ロゼが知らないうちに何事かを頼んでいたようだ。
「何をさせるつもりだ?」
「保険だよ。主に俺に対しての。」
「危ない真似をさせるつもりでは無いのだな?」
「そんな事させるような奴に見える?」
「いや、確かにな。聞いても問題ないか?」
「別にいいけど、本当に関係ないよ?いざとなった時の俺だけの逃走経路の確保だよ。」
ギフトはヘラヘラと逃げる時の事をロゼに話す。挑発のつもりかも知れないが、ロゼはそれを気にする事なく、短くそうかと呟くとそれ以上の言及はしない。
「怒らないの?」
「どうせお前は逃げない。仮に逃げても妾は文句を言わん。」
ギフトは見捨てる時はあっさりと切り捨てる。それでも今まで付き合ってくれているのだ。今更逃げるような真似はしないだろうし、逃げたとしたらそれは本当にどうしようも無い状況なのだろう。
命を犠牲にしてでも自分のために動けなどロゼは言うつもりは全くない。危なくなれば遠慮なく逃げてくれればそれで良いし、その為に必要なら怒る理由でもない。それ故気にしなかったのだが、何かお気に召さなかったのか、頬をぷっくら膨らませて唇を尖らせる。
「なんだその顔は。」
「見透かされてる感じがして嫌だ。」
「お前はわかりやすい方だろう?小難しい人間ではない。」
「そういう意味じゃないの!」
「無駄に緊張するよりいいが、緩すぎないか?」
流石に見かねたガルドーが口を挟む。ガルドーは戦いに備えて集中を高めようとしていたのだが、事態の当事者がここまで軽いと馬鹿らしくなってくる。
悪いとは言わないがもう少し備えてもいいだろう。何が起こるかわからないのに、気負う様子の無い二人を見ていると、まるで自分が間違っているかの様な感覚に陥る。
「妾の所為ではない。ギフトを見ていると気が削がれるのだ。」
「何だよ俺の所為かよ。」
「それが緩いと言っているのだが・・・。まあいい。」
この二人にガルドーが何を言っても無駄だろうし、とやかく言うつもりも無い。ロゼはともかくギフトは戦いには慣れているだろう。その上でこの状況を選んでいるのなら、それがギフトにとっての戦う前のスタンスなのだろう。
戦いと日常を切り離さない。常に戦うつもりで、常に隙さえあれば楽しもうとする。それを繰り返して行く内に集中の切り替えなどギフトにとって造作もない。今すぐ戦闘が始まっても即座に対応できる自身はある。
そしてふとロゼが周囲を見渡す。この場にいても良いだろう
「リカ達はどうしたのだ?」
「夜に行くとは伝えたよ。後はあいつら次第だけど・・・。」
そう言ってギフトも周囲に目を配る。そしてある一点を見つめると小馬鹿にしたような顔を作り、わざとらしく惚けた声を出す。
「冒険者ってのは馬鹿が多いから、時間忘れて涎垂らして寝てるんじゃない?」
「ふざけないでよ!誰が馬鹿よ!」
「お前だ!」
「張り倒すわよ!!」
建物の中から勢いよく飛び出し、リカはギフトに噛み付く。だが、ギフトはそれを相手にせず煙草を取り出し火を点けて鼻歌を歌う。
「リカ。大声出さない。」
「そうですよ。でもそれも猿みたいで可愛いですよね。」
「ルイ。それは褒めてない。」
三人を見ると装備は整っており、戦うつもりのようだ。
だが、何と戦うつもりなのだろうか。冒険者は国に介入できないと聞いた。そしてこの三人は冒険者である以上ここから先は踏み込めないはずだ。
「私達も戦うわよ。」
ロゼの表情から何を言いたいのかを読み取り、リカが先に口を開く。その言葉を聞いてロゼは唖然としてしまう。
「なんて顔してるのよ?ここまできて仲間はずれにするつもり?」
「いや・・・だが、お主達は冒険者であろう?」
「そっちには行かないわよ。私達は街を守るから。」
「魔物が来ても安心して良い。と言っても出来ることは限られてる。」
「時間稼ぎくらいしか出来ないかも知れませんが、多くの人が傷つくかも知れないのに黙ってられません。」
三人は冒険者で居ることを選んだようだ。辞める覚悟は出来ていると言っていたが、考え直したのか、できることだけするつもりのようだ。
「本当はもっと力になってやりたいんだけどね。ギフトがいるなら大丈夫でしょ?無理する必要ないかなって。」
「ごめん。私達も目的がある。構わないと言ったのに・・・。」
「いいんじゃない?」
紫煙を吐き出しながらギフトは飄々と告げる。三人の力が必要ないと言うつもりはない。ギフトだって結局は個人だ。一人で何でも出来るほど優れた力を有しているわけではない。
当然人数がいる方が良いとは思うし、ロゼにとっても心強いだろう。でもそれは三人にとって有益な事ではないと判断してまで付いてくる必要はない事だ。
ここまでしてくれただけでも有難い。魔物の存在は確認されていないが、不安材料の一つであった。そこに見知った人が行くのであれば少しは安心もできるだろう。
「ロゼもいいでしょ?」
「・・・そうだな。世話になった。」
「どうせ後で合うんだし、別れの言葉はいらないでしょ?」
「もし私達が逃げたら合わせる顔も無いかもしれない。」
「なんでそういう事言うのよ!」
「まぁもし逃げたら俺が地獄の底まで追い詰めてやるよ。」
「やめて下さい。悪魔から逃げ切れる自信がありません。」
「誰が悪魔なのさ?」
これから戦いに赴くとは思えない雰囲気で話し合う。悲壮感を感じさせないその様子は、全員の思いが同じだからだろう。
戦いが終わればまた会える。
悲惨な未来など考える必要はない。最上の未来だけ想い続けてその為に行動すれば、その未来を掴み取れる。願わなくては叶えられない。それは誰もがよくわかってる。
「では妾達は行く。お主らも気を付けろ。逃げるとギフトが追いかけるそうだからオススメはできなくなったな。」
「冗談だよ?」
「いざとなったら逃げて、ギフトも返り討ちにしてやるわよ。」
「ねえお姉さん方?」
ギフトを無視してロゼとリカは力強く握手を交わす。最初はいがみ合ったがお互いそれはもう忘れたのか、それとも何か通じるものがあったのか随分仲良くなったようだ。
「あんな仲良かったっけ?」
「知らないんですか?よく話していましたよ?」
「どんな事を?」
「主にギフトさんの悪口でした。」
「・・・ルイ。」
言わずともいい事を口を滑らしたルイをミリアが注意しようとするが、ミリアがギフトを見ると肩を竦めるだけで気にしていない。
悪口を言われるくらいの自覚はあるが、どんな会話だろうと仲良くなることは美しきかな。心を閉ざしたロゼが心を開けるようになったのならそれは良い変化だろう。
苦笑いを浮かべながらギフトはミリアに近づき、隣に立つ。ルイは二人をにこやかに見守りギフトの動きに注意はいっていない。そしてミリアだけに聞こえるよう小声で呟く。
「本当にいざとなれば逃げろ。なんとかしてやる。」
「・・・わかった。死にたくはない。その時はお願いする。」
ミリアはギフトの言葉に素直に頷く。リカは元よりルイに言っても聞いてはくれないだろう。ギフトはミリアの冷静さは買っているし、ミリアもギフトの事は信用している。
自分達が戦うよりギフトに戦ってもらったほうが勝率は高い。自分達に勝てない魔物が出てきたなら時間稼ぎに徹してギフトに任せる。
「悔しいけど、仕方ない。私達はまだまだ。」
「それが理解できてりゃいいさ。お前も強くなるぞ?」
ギフトはミリアに笑いかけ、まだ話しているロゼの方へと歩く。ミリアは目を閉じギフトとロゼの無事を祈る。
ギフトもロゼも単純で純粋で眩しい人だ。その二人がいなくなってほしくはない。祈るならルイが適任かもしれないが、それでも無事を思わずにはいられない。
だがギフトなら笑って全てをねじ伏せてしまいそうだと、途中で相好を崩してしまう。それもありえるかも知れないと、無事を願うことが馬鹿らしくなる。
「リカ。ルイ。そろそろ行く。」
「行くぞロゼ。また後で話せばいいだろ?準備はいいなガルドー?」
ほぼ同時に声を掛けられ、先にギフト達が離れていき、そこから反対の方向へリカ達は向かう。少し離れたところでリカは振り向くが、ギフト達は振り向くことなく話しながら真っ直ぐに歩き続ける。
その背中を見てリカは直ぐに前を向く。彼らは目的に向かって真っ直ぐ歩いている。それを邪魔させるわけにはいかない。不安要素を取り除いて上げることが、今の彼女たちに唯一できることだ。
それぞれがそれぞれの場所に向かって歩き出す。王都の夜は静まり返り、争いの気配は微塵も感じられなかった。
明日10時に次投稿します。