43 懸念する事
「盛り上がってるところ悪いんだが。」
ギフトとロゼが意思を一つにしたところで部屋に入り声をかけられる。
「どうしたのさガルドー?休んでたんじゃないの?」
「暇だっからな。少し街を彷徨いていた。」
「へえ。それで?」
「どうもこの辺りから魔物が消えたらしいぞ。」
ガルドーの言葉にギフトは疑問を覚える。ギフトがこの街に立ち寄った理由は魔物が活発になったという報告をギルドに届けるためだ。
それなのに今もたらされた情報はそれとは真逆の意味の言葉で、そして何より不安材料の一つだ。
「魔物がいなくなるのは良いことではないか?」
知らずロゼが呑気な言葉を口にするが、ギフトもガルドーもそれに賛同しない。
魔物は生態系の一種だ。生息地など決まっている。それが移動するとなれば獲物がいなくなったか、逃げざるを得ない脅威が現れたかの二択だが、どちらも良い兆候とは言えない。
獲物がいなくなると困るのは人間も同じだ。当たり前のように享受されていた物が無くなれば当然飢える。飢えれば食事を取り合い争いが起こる。
魔物が逃げるほどの脅威が街の近くに現れれば、交易は滞り、最悪その魔物が街に来れば大勢の人が犠牲になるだろう。
良くも悪くも共存関係なのだ。バランスが崩れて嬉しいことなど何一つ起こり得ない。
「門の前に集まってたのはそれが理由かな?」
「そのようだ。目ぼしい成果は得られなかったようだがな。」
「だろうね。簡単に見つかったら今まで何してんだって話だし。」
「冒険者も騎士も動員されている。人手が足りないそうだ。」
良くない情報ばかりが舞い込んでくることに嫌気がさす。人手が足りないのなら防衛は手薄になるだろう。街の外を守れば中が開く。ギフトが攻め入るなら確実にそのタイミングを狙うだろう。
問題はそれが人為的に行われたのか、自然現象かだ。自然現象ならギフト達の相手も対応せざるを得なくなり、こちらが動きやすくなる。
人為的なら、この状況は望んで起こしたものだ。ならば既に準備は整っていて、何が起ころうと対応されるだろう。唯一のイレギュラーがギフト達の存在となる。
「この国の運命が俺達の手にあるわけだ。」
「サイフォン兄様を放っておけば国の舵取りを受け渡すことになる。魔物を放置すれば、この国が物理的に破壊される、か。」
「冒険者がどう動くかが問題かな?そいつらだけで乗り越えられるなら、俺達は何も気にしないで済む。」
「魔物が動くなら冒険者が対応するのではないか?」
「冒険者は言葉一つで動けなくなる。それが耐えられず俺は冒険者を引退した。」
「この魔物は俺たちの兵隊でこれは戦争だ。そう言えば冒険者って戦えないんだよね。」
「・・・そんなもの口だけでは無いのか?」
「それを判断できないから戦えないのさ。国に介入しちゃいけないんよ。」
冒険者の決まりごとは曖昧だ。ギルド事に決められた文言はあれど、その判断はその場の人間が行っている。その人間が国の問題と言ってしまえば、それだけで冒険者は動けない。
「国を自由に渡れる代わりに義務に縛られる。忠誠心の無い放浪騎士みたいなもんさ。」
「確かにな。守りたいと思っても守れないことがあるのがザラにある。」
あくまでもギフトとガルド―の個人的意見だろうが、それでも二人には耐えられなかったようだ。それでも多くの者が夢を見て冒険者になりたがる。
魔物を狩って生計を立てる。強さを得て自慢する。自己中に自己満足を極めようとしなければやっていけない職業だろう。
「やるなら最悪を想定して動くべきか。冒険者は動けないとして考えよう。」
「この国の騎士の強さはどうだ?」
「妾より強いものはいくらでもいるな。だが個人でギフトより強いものはいないだろうな。」
そんなものがいれば有名になっているだろう。少なくともロゼにはそんな情報は入っていない。知らないだけより、純粋にそんな人がいれば噂くらいは立つはずだ。
「・・・魔物の強さがわかればな。」
「そうなるか。・・・先に動いた方が良いか。」
「後手に回るより先手を取った方が良いだろう。不安要素は多いが全てを気にしていたら動けないだろう。」
ガルド―の意見に二人も頷く。結局のところ何もわかっていないのだ。それを気にして動けないくらいなら、自由に動けるうちに動いた方が後悔も少なくて済む。
対応に追われて動くくらいならこちらから動いてかき乱す。ギフトもロゼもいい加減後手に回るのにストレスが溜まってきている。
「どうせだし派手に行きたいな。こっちに全部の目を集めるのも一つの手段だし。」
「妾達に気を掛ければ騎士も楽になるか。この国を守るために暴れまわる訳か・・・。」
「嫌かな?」
「いや悪くない。どうせ落ちる名前も無いしな。」
屈託なく笑うロゼは本当に気にしてないようだ。王女として失格なのはわかっているが、それでもロゼは王として振舞う事より騎士として生きたいと願ってしまった。
ギフトの影響もあるが、昔から英雄譚は好きだった。強さに憧れ求めて生きてきたロゼに国を守れる機会が与えられて奮い立たない理由は無い。
「英雄になろうではないか。その為の強さだろう?」
「・・・そうだね。誰もが認める強さを見せつけてやろう。」
少しだけ間を開けて、ギフトはいつもの不敵な笑顔を顔に張り付ける。
ロゼが疑問を覚えるも束の間、ギフトは立ち上がり背筋を伸ばす。話をだらだら続けている時間も勿体無いとばかりにギフトは手を腰に手を当てて、二人に語り掛ける。
「休憩しろよ?今日の夜には動くとしよう。」
「そうだな。わかった。」
ガルド―は疑問を持つことなくギフトの言葉に従い、部屋を後にする。しかしロゼは立ち上がらずギフトの方を見つめたままだ。
言うべきか言わざるべきか、ギフトは夜になれば力を失うのでは無かったのかと言いたいが、この場にはまだオードンとユーリィがいる。この二人がギフトの事をどこまで知っているかによっては話してはいけない内容だ。
「オードン。ユーリィ。悪いけど二人にして貰えるかな?」
「ええ。わかりました。」
「黙って座っていたので肩がこっちゃいました。」
にこやかに笑い気を遣ってくれたのだろう。場所を提供してくれて、わからない話を延々とされても何一つ文句を言わないでくれた事に感謝しながら、ギフトはロゼの前に座り煙草を取り出す。
「吸っても良い?」
「構わぬ。」
部屋で換気を行えないからだろう。断りを入れてから煙草に火を点け、上に向かって煙をは吐き出す。
「ほいで?」
「お前は夜に動いて平気なのか?」
何も言わずともロゼが考えていることなどわかる。ロゼは自分の事に関しては疎いが、人の事を良く気に掛ける。表情も顔に出やすいのでそれを察せない程ギフトも鈍感なつもりはない。
「別に平気だよ。半人としての能力を使えないだけで戦えない訳ではないから。」
「・・・?」
「魔法を主体に戦うかどうかの違いかな。俺はロゼ程器用じゃないのさ。」
「ならなぜ妾は最初に勝てなかったのだ?」
「単純に俺の方が強いから。弱いままでいいって性格してそう?」
それもそうかとロゼは胸中で呟く。昼と夜で戦い方を使い分けてるのだろう。半人の時には魔法と体術を合わせた戦い方で、夜にはそこから魔法を抜いた純粋な体術で敵を圧倒する。
単純な体術だけでもギフトは確かに強い。昼の時と同じほど圧倒的とまでは言わないが、それでもロゼが勝つことは出来ないだろう。
「そんな訳で動くことに問題は無いさ。だからお前も休めばいいよ。」
「・・・わかった。休んで来るさ。」
ロゼはそれ以上追及することは無かった。本当に聞きたいことはあったが、ギフトなら察してくれているだろう。その上で話そうとしないのならそれは言いたくないのだろう。
それを無理に聞き出す事はしたくない。少なくともギフトはロゼを嫌ってはいない。聞くことは後でも出来ると考え、部屋を出ていき割り当てられた部屋へと向かう。
一人ぽつんと残されギフトは煙草を大きく吸う。ロゼの聞きたいことはわかるが、今それを言っても、ロゼが気にしてしまうだろう。それでは力を使えない。
この国にギフトは思い入れなど無いが、ロゼが悲しむ姿を見たいとは思ってない。そのためには夜に動かなければいけない。例えそれが、自分に不利な条件になろうとも。
「・・・英雄か。」
小さく呟き目を閉じる。眠気は一切起きてこない。どれだけ目を閉じようと、それで意識を手放す事は無い。自分は気にしなくなったが、ロゼは気にするだろう。昼中に本気で戦えば起こりえる参事など目に見えている。
「なれるものならなってみたいな。」
一人部屋の中で自分自身を顧みる。今までの人生を思い返して、それでももうここまで来た。せめてロゼは暖かい日差しの中に返してやろう。
この先何が起こるのか、それはまだわからない。考えうる事態に陥らないかも知れないが最悪の場合は笑ってロゼを傷つけよう。この国に仇なす敵になろう。それが自分に出来る最良の事だと、ギフトは悲壮感の欠片も感じさせずそう決意する。