42 開催宣言
ギフト達は建物の奥の一室へと案内され、そこでやっと休息を取る。旅に慣れていると言ってもたまにはちゃんと休みたいと、誰しもが思うことだろう。
オードンへの説明をギフトとロゼに任せて他の者達は休むことにした。ロゼも休めと言ったが聞き入れず、問答するのも時間がかかるだけなのでギフトと一緒だ。ギフトの隣に座り語り終えるのを待つ。
「と、言う訳なんだけど暫く匿ってくれないかな?」
驚くことにギフトは自分達の状況を包み隠さず全て話した。ギフトからすれば話を聞いた上で判断しろと言うことなのだろうが、ロゼからすれば国の大事に一般人を巻き込むことに抵抗がある。
それでもロゼも気持ちは一緒だ。騙して被害を加えるくらいなら、全て話して自分で決めてもらいたい。
今ロゼが王都にいることが知られれば、その場で戦闘が始まることも危惧される。被害を広めたくないロゼとしては避けたいところだ。
話を聞き終えたオードンは黙り、考え込む。だが直ぐにギフトに柔和な笑みを浮かべて口を開く。
「わかりました。お力をお貸ししましょう。」
「助かるよオードン。」
「いえいえ。大丈夫ですよ。」
どこまでも穏やかに接するオードンにロゼは心苦しくなる。ギフトの知り合いと聞いて失礼ながらも似た性格をしていると思っていた。
それ故余計に辛い。優しさに付け入るような気がしてどうにも乗り気になれない。
「お主達は本当にそれで良いのか?」
「大丈夫ですよ。ギフト様の頼みですし。」
「・・・思考放棄では無いな?ハッキリ言えば妾達の味方についても旨味は無いぞ?」
ロゼ達の味方になっても報酬などない。出そうと思えばいくらかは払えるだろうが、裏切って情報を流した方が得になるだろう。
王家と言ってももはやロゼにその価値はない。現状ならサイフォンに付いた方が身の振り方としては妥当だ。
「ローゼリア様は得だからギフト様と一緒にいるのですか?」
「・・・妾はそれもあると思ってる。酷い言い様かもしれないが、ギフトの力を利用している。」
「でもギフト様はそれを苦にしていませんよね?」
「本気で嫌ならここにはいないさ。」
「そういうことです。私達はギフト様の力になりたいですよ。恩返しが出来る機会をもらえて嬉しいですよ。」
「ええ。利用してください。最大限尽力します。」
オードンもユーリィも既に腹は決まっている。いつかギフトに逢えたなら、必ず力になると遥か前から決めている。
ロゼはその様子を不思議そうに見守る。過去に何があったか知らないが、無条件で力を貸したいと思えるとは思えない。ギフト自身も忘れていたら仕方ないと言っていたからそれほど恩義を感じることはしていないと思っていた。
「お主達はギフトとどういう関係なのだ?」
堪え切れずロゼは二人に質問する。別に根掘り葉掘り聞くつもりはなく、言いたくないなら言わなくていい。だが、秘密にしている訳でもないのか平然と二人は答える。
「恩人なんです。私達の。」
「何をしたのだ?」
「奴隷にされかけた私を助けてくれて、病気がちだった母の為に薬を届けてくださいました。」
「・・・なるほどな。」
詳しく掘り下げる事はしないが、それだけでわかる。ギフトは今も昔も変わっていないのだろう。自分が救われたのと同様に別の場所で人を救っていても何ら不思議な事は無い。
それにどれだけの恩義を感じるかはその人次第。この二人が特別義理堅いだけなのだろうが、それだけわかればこの二人を好きになれそうな気がした。
別に返す必要は無い。ギフトは一々貸したものを返せと言わないだろう。よく言えば豪気で悪く言えば適当な性格だ。恐らくロゼの事情さえなければ普通に出会って普通の会話をして昔話に花が咲いただろう。
「すまんな。」
ロゼは思わず謝罪を口にする。本来なら何も気にすることなく楽しい会話が出来ただろうに、自分の存在がそれを許さない。自己嫌悪とまでは言わないが、肩身が狭くなる思いだ。
そしてその謝罪を聞いたギフトはロゼの方に振り向いてにっこり微笑むと、両手でロゼの頬をぎゅっと抓る。
「何を謝ってるのかなー?この馬鹿姫ちゃんは。」
頬をぐいぐい引っ張られながらギフトに馬鹿にされる。抗議の声を上げようにも頬を抓られていてまともに言葉が発せない。
「これは俺とオードンの約束だ。今この状況になってるのはお前の兄の所為だ。何もかもお前が責任を感じる事じゃ無い。」
ギフトは抓る力を少し弱めロゼの目を見る。その目に映る自分を見て自分にも言い聞かせる。
ギフトだってこんな事に知り合いを巻き込みたくはない。それでも力を貸して貰うと決めたのは自分だ。その責任をロゼに持っていかれては堪らない。
「俺が腹が立つのはこんな状況にしやがったどっかの阿呆だ。その阿呆をぶっ飛ばすまであと少しだろ?馬鹿騒ぎも終いにしようぜ。」
覚悟なんてギフトもロゼも出来ている。問題はそこまでどうやって辿り着くかだ。その為の足掛かりとして二人を巻き込んだ。その優しさだけは裏切れない。
ロゼの頬から手を放し、二人に視線を送る。心優しく義理堅い人を救えたのはギフトの誇りだ。その誇りを汚されるかも知れないのに黙っている訳にはいかない。
「もし阿呆が国のてっぺんに立てばこいつらは今まで通りの生活は出来ないだろう?」
「・・・今この国は綱渡りの状態だ。カイゼル兄様以外が上に立っても纏められないだろう。」
「だろ?俺はお前を日常に届けると約束したんだ。優しい人が傷つく国がお前の国か?」
「・・・違う。カイゼル兄様が国を治めて誰もが胸を張れる国になるはずなんだ。そうなるまであと少しだったはずなんだ。」
ロゼは国の政に詳しくは無い。それでも国が変わっていく姿をこの目で見てきた。
カイゼルから見離されて冷遇されているが、それでもロゼは忘れていない。優しく気高いカイゼルの姿を。国の為に身を粉にして来た王の姿は瞼に焼き付いている。
きっとカイゼルがこの国を誰もが誇れる国にする。自分にはない王の器を持ったカイゼルなら必ずこの国を導いてくれる。邪魔さえ入らなければもっと早く良い国にできたとロゼは思っている。
「お前のやることは我が儘を言う事だ。俺はこの国を知らないからな。お前がこの国はこんな国だったと言えば、俺がその場所を作ってやるさ。」
「・・・簡単に言ってくれるな。」
「俺は届け屋だぞ?頼まれれば何でも届けるさ。それこそ平和を届けてくれと言われれば、万難を排して届けて見せるさ。」
自分にそれが出来るかどうかは関係ない。優しい人が優しく生きれる世界を見てみたい。その為なら自分がどれだけ血に濡れようと構わない。遠き日の約束をギフトは守り続けて生きてきて、これから先も破るつもりは微塵もない。
「それは本当か?嘘は無いか?」
「俺は平気で嘘は吐くが、約束を破った事は無い。唯一の自慢だな。」
傲岸不遜にギフトは笑う。一言約束と口にすれば、ギフトはそれを破った事は無い。自慢できる事などそれくらいだが、誰より大きな声で自慢出来るものだと自負している。
「そうだな。お前はそういう奴だ。」
どこまでも自身に溢れたギフトを見ていると不思議と力が沸き上がるのを感じる。ギフトの言葉は重みがある。単なる夢想家の言葉ではなく、人を救ってきた自信がそう感じさせるのだろう。
同じ言葉をロゼが言っても信用されないかもしれないし、ロゼ以外に言っても聞いてはくれないかもしれないが、それでもその言葉はロゼに届く。たった一週間前後の付き合いしか無くとも、ギフトが本気かどうかくらいはわかる。
「やっぱりギフト様は変わりませんね。」
「ええ。相変わらず人に前を向かせることが得意なようで。」
「ほんと?届け屋辞めたら神官にでもなるかな?」
ニコニコ笑いながら喋る二人の言葉を聞いて、ギフトは真剣な表情で考え込む。それが本気で無い事はロゼにはわかっている。ギフトは死ぬまで自由であることを止めはしない。
「ギフト。」
「んお?」
考えているギフトにロゼは声を掛け、今度はロゼが真っすぐにギフトを見る。我を通すには力が必要とギフトは言った。そして今ロゼにその力が無いとも言った。
だが、その力は自分の物でなくても構わない。ロゼが我を通すための力はギフトが貸してくれる。ならば怖いものは無い。最強で無くともギフト以上に強い人間はこの世にいないとロゼは信じている。
「妾に力を貸せ。妾の求める日常は、誰もが笑い合い心優しい人で溢れるものであった。その場所に妾を届けろ。」
豹変といっても良いロゼの言葉にギフトは眼を丸くする。だがそれも一瞬。歯を剥き出しにしてギフトは身を屈めて笑い声を漏らす。
ギフトが気に入る言葉をロゼが選んだわけでは無い。たまたまギフトの琴線に触れただけ、それでも身を震わしてギフトは笑う。そうでなくては意味がない。誰からも必要とされない自分が、世界に見捨てられた自分が必要とされる瞬間、神に噛みつくこの瞬間は何にも代えがたい気分の良さだ。
「いいぜロゼ。良いよロゼ!そうでなくっちゃ!お前の我が儘俺が通してやるよ!!流されるだけの人生は終わりだ!お前に理想を届けてやるよ!」
ギフトは届けたいと思ったものは必ず届ける。そうでない物はそもそも依頼を受けない。これでムカつく奴を殴るだけの自己満足ではなくなった。正々堂々暴れまわれる。
ロゼはその言葉を聞いて鷹揚に頷く。本気になったギフトを止められるなら止めてみろ。もはや同情なんてしてやるものか。
「休息を取ったらすぐに行くぞ。もう隠れるのも飽きたであろう?」
「最高だよロゼ。やってやろうじゃないか。」
ギフトとロゼは笑い合う。隠れるのも逃げるのも待つのももう終わり。ここから先は仕掛ける側だとロゼもギフトも思いを一つにする。
「さあ後悔させてやろう。妾の怒りを思い知らせるぞ。」
そして始まる長い一日。ロゼにとっての転機が訪れようとしている。