40 王都潜入
「悪戯好きの炎だと?」
サイフォンの問いに影はこくりと頷く。やっと皇女と一緒に居る存在が明らかになった。だが、かと言ってそれが朗報に繋がるかは別の話だった。
「なんだそれは?」
「一言で言えば化物だ。今まで退けられた理由もわかる。」
影は一度だけ悪戯好きの炎と戦ったことがある。自分の本拠地に単身乗り込んで全てを焼き払った忌むべき敵。そしてまともに戦ってはいけない存在。
「正面からでは勝てないな。相手にしないが賢明だろう。」
「ふざけるな!ここまできて終われるか!!」
サイフォンは怒鳴るが影は恫喝を気にせず策を練る。あの男ともう一度やり合うのはまだ避けたい。せっかく戻ってきた力がまた減らされることになる。既に手の内の何人かはやられている。これ以上の被害は避けるべきかも知れない。
「だが奴も無敵ではない。方法はある。」
「ならば早く行動しろ!!」
サイフォンが泡を飛ばしながら指示とも言えない命令を下す。悪戯好きの炎は確かに強いが、個の力には限界がある。過去の戦いも後一手だった。その一手が足りずに敗北したが、それに対応策も取らないままでいるはずもない。
悪戯好きの炎は夜には現れない。所属する傭兵団が戦っていても夜には必ず参加しなかった。そして雨の日も参戦したと言う話は聞いたことがない。
あの男は日の出ている時しか行動しない。それが魔法の条件なのかそれとも何か別の理由があるのかは知らないが、付け入る隙にはなるだろう。更にあの戦いを生き延びた影だけが知る悪戯好きの炎の弱点。
その弱点さえつければ勝機はある。問題はそこまで誘導できるかどうかだが、その為の方法を考えるのが自分の仕事だ。
「完全に上手くいく保証は無い。お前はお前で考えろ。」
それだけ言うと影はサイフォンの下から姿を消す。サイフォンはやり場の無い怒りを抱えて誰もいない部屋で大声を張り上げる。
「ふざけるな!ふざけるなふざけるなふざけるな!!俺を誰だと思ってやがる!!」
机を何度も叩きつけ拳に血がうっすら滲んでいき、最後に一際大きく拳を叩きつけるとサイフォンは覚悟を決める。
「やってやるさ・・・!この国の王に相応しいのは俺だ!!俺こそが王だ!!」
荒い息を整えることなくサイフォンは動き始める。もう後戻りは出来はしない。己の運命を変えるためにサイフォンは立ち上がる。それが誰にも理解されない事を知らないままに。
「やーっと見えてきたな。」
ギフト達一行はようやく王都を視界に入れる。距離はあるが見えてきたことでいよいよと気合も入る。筈だった。
「で、いつまで暗い雰囲気なのさ?」
「四人揃ってボコボコにされれば暗くもなるわよ・・・。」
道中でギフトは訓練と称して四人を鍛えようとした。だが、ギフトは自分の強さを理論建てて理解しているわけではない。なので訓練といっても実戦形式で戦うだけだった。
その実戦形式が酷い。最初はロゼだけだったが、次第にミリアも混ざり、次いでリカ、ルイと順番に訓練を受けさせてもらえた。
結果として誰一人歯が立たず、ボコボコにされただけで何も得ることは無かった。そして四人でギフトに勝とうと手を組んだが結果は変わらず、むしろギフトは意気揚々と全員を平等に地面に転がした。
「言っとくけど俺に負けてるようじゃまだまだだよ?俺より強い奴なんて幾らでもいるんだから。」
「・・・うんざりする話ね。敵にならないことを祈りたいわ。」
「残念ながらそう上手くいかないのが人生ってもので。」
ギフトは自分の事を強いとは思っていない。ある程度の強さは備えてると思っているが、過去にギフトも四人と同様に、いやそれ以上に手も足も出無かった。力の片鱗すら見ることが出来ずにボコボコにされる毎日を送っていたから、この世に強い奴など幾らでもいると思わざるを得ない。
傭兵になってからも常勝不敗とはいかなかったし、自分の弱点も理解している。初めて戦う相手なら構わないが本当に強い相手なら二度三度戦えば負けることもあるだろう。
今はどうしようも無い事でいずれなんとかするべきだとはわかっているが方法が見えてこない。だからそれに時間を掛けないことにしている。
「ガルドーなら知ってるんじゃない?俺より強い奴とか。」
「まぁ、見たことはあるな。剣を交えた訳ではないが、強い者はギフトの言う通り掃いて捨てる程いる。」
「ガルドーさんやギフトさんより強いんですか?」
「俺は人生で何十回負けてるかわかんないからね。」
ここ数日で一行は随分仲良くなった。と言うよりかはこの中で仲違いを起こしていたのがリカとギフトだけだったのでそれさえ無くなれば普通に会話をする。
元よりロゼを除けば色んな場所を巡るか巡った者ばかりだ。人との出会いを蔑ろにする人間はこの中にはいない。唯一ロゼだけが違うが、ロゼもギフトと出会いその楽しさを知っている。
だが、今ロゼは一言も喋らない。まだ落ち込んでいるのかとギフトがロゼを見ると顎に手を当てて思案に耽っている。
ここに来て何を悩んでいるのかと、ギフトは呆れながらロゼに近づく。
「なーに悩んでんの?ここに来てさ。」
「む・・・。いや悩むというか・・・。」
ロゼは要領を得ない返事をしながら街道を歩く。その視線は一つ所を見据えたままでギフトはその視線の先を追っていく。
「なぜ街の外に人集りが出来ているのだ?」
ギフトもロゼの視線先を見て眉間に皺を寄せる。ロゼとてここに来て悩む程臆病でも慎重でもない。だが、街の外に人が集まっているとなれば考えもするだろう。
基本街の外に出ることは無い。魔物がいる以上外には危険が多い。一生を街の中で暮らすものだっているくらいには危険性は説かれている。
それなのに今は街の外に遠目からでもわかるくらいに人が集まっている。風貌までは分からないが、とてもいい事が起こっているとは考えられない。自分の国の自分が住んでいた街で不審な動きがあるなら気にするなと言うのも無理な話だろう。
「ほんとだ。なんか人が集まってるね。」
「だろう?何かあったのかも知れぬな。」
「んー。どうしようかな?」
このまま普通に歩いて行っても問題は無いだろう。ロゼがいなければ。
この国の皇女であるロゼが街の外から歩いてくれば騒ぎになるだろう。そしてそれは好ましくない。もうロゼが生きて王都に向かっていることは知られているだろうが、自ら騒ぎを起こすのは話が別だ。
「何があったのか確認したいけど、ロゼの事を知られるのもな。あの中に誰が潜んでるかもわかんないし。」
「そうだが、ではどうする?流石に王都の人間には顔を知られているぞ。」
「姿を変える?」
「どうやってですか?」
「魔法で。」
「そんな事できるの?」
「私には出来ない。でもギフト君なら。」
期待の目でミリアはギフトを見つめる。それはもしそんな魔法が使えるなら是非教えてくれと言わんばかりの目で、ギフトはその目を鬱陶しそうに振り払う。
「無理無理。姿を変える魔法なんて使えないよ。」
「・・・そう。」
「だから姿を消そう。」
何でも無い事の様にギフトは呟き、遠方を見つめる。この距離なら向こうからは人数を把握できないだろう。幸い草原で見晴らしは良好だ。誰かが見ていたなら気づく事が出来る。
ギフトは周囲を見渡すが視線は感じない。だが、念には念を。見晴らしの良い草原にポツンと佇む岩の陰に身を隠すと、全員にこちらに来るよう誘導する。
「炎の温度差にはこういう使い方もあるのさ。」
了承の返事を待つ事なく、ギフトはギフトは不可視の炎を顕現させる。そしてどんどんギフトの体が歪んでいき、やがてその姿を消すことになる。
「・・・もう驚く気力もないわよ。何それ?」
「酷いな。とっておきなんだぜ?これ神経使うから嫌なんだよ。」
言葉の終りと同時にギフトの姿がゆらゆらと現れる。驚かれることが無くて少しがっかりした表情だ。
正反対にミリアはキラキラと目を輝かせてギフトに近づいてくる。
「・・・!!」
「目が煩いな。もう一回やるよ?あっち見てな。」
ミリアは何度も首を上下に振るとギフトに言われた通りに指差された方角を見る。するとそこにはギフトの姿がうっすらと現れていき、やがてはっきりとその姿を見せる。ミリアが振り向くとギフトが本来いる場所にその姿は無かった。
「・・・これは、蜃気楼?」
「正解。細かい事は俺にはわからないけど、数分騙すくらいなら出来るよ。」
ギフトにはその仕組みを知らずともそうなることがわかれば充分なのだがミリアはその現象を個人で起こした事に驚きを隠せない。
「そうか。強力な熱を発することで周囲との気温差を変えて光を屈折させて・・・。?魔力の粒子を流して・・・光の方向を変えている?そんな事が出来る?・・・駄目、わからない。」
「俺もお前が何を言っているのかさっぱりだよ。」
光の屈折や気温差など言われてもギフトには何がなんだかだ。別段使いどころも無かった悪戯用の魔法なのだが、ミリアには興味の対象に映っているようだ。
「ギフト君、」
「後でな。とりあえず今は、」
「後でって言って教えてもらったことない。」
「・・・後で!な。行くぞ。ちょっと暑いから我慢しろよお前ら。後声出すと流石にバレるから気をつけろよ?」
ミリアの文句を無理やり黙らしてギフトは確認を得る。そのままギフト達は誰にも気づかれることなく王都に潜入することに成功する。
王都に入って暫く後、路地裏で汗だくになった女性陣に半眼で睨まれるが、ギフトは汗一つかかずに涼しい顔をしていて、それが余計に火に油を注ぐことになる。