39 戦い方
「一つ!先ず相手に力を思い知らせる!」
ギフトは一番近かった者の顎を蹴り上げ空に浮かす。そしてその顔面に掌底を打ち込み吹き飛ばして敵を巻き込もうとするが、それはよけられる。
だが、視界が一瞬切れた間に近づいて首を掴んで持ち上げる。ギフトの腕を掴んで足掻いているが、それを気にすることなくギフトは掴んだ相手に笑顔を向ける。
「二つ。笑顔は恐怖に落とすために。虚勢を張るためじゃない。」
足を前に出して勢いを付ける。首を掴まれたまま地面に叩きつけられ鈍い音を立るがそれだけでギフトは止まることはない。そのまま顔面を踏みつけ相手の意識を狩る。
その足をゆっくりと上げ敵に振り向き、これでもかとゆっくり近づく。思わず後ずさりしてその様子をギフトは嘲笑う。
「どうした?俺が怖いか?次は誰にしようか。一番近い奴からでいいか?」
両手を広げて隙だらけの筈なのに踏み込むことが出来ない。悲惨な光景はある思いを抱かせる。抵抗する間もなく二人の意識を奪ったギフトに恐怖を抱かずにいられない。
ここにいるのは戦っても誰が勝つかわからないくらいに立場は横一戦。一人で戦えばロゼにもリカにも勝てないだろうが、数の力と連携で戦況を操作する。
だが、それが通じない奴は存在する。圧倒的な個の力は数を無視して戦況を決める。ジリジリ後退りながら機会を伺うも、ギフトに突撃できる者はこの中にいない。
「三つ。相手が怯えたときは最大の好機だ。落ち着く前に全てを決めろ。」
そしてギフトの周りを炎が包む。その炎にギフトは手を入れ引き抜く動作をすると、それに従うように炎が鞭となり敵を叩きつける。
これ以上戦力を奪われるわけにはいかない。そう思ってギフトに突撃を仕掛けたものは巨大な鉄に吹き飛ばされ木にぶつかり動かなくなる。
「四つ。見えない部分は補ってもらう。集団戦なら当然だな。」
「俺がやる必要はなかっただろう?」
「お手本だよ。連携を取るんじゃなくて補い合うって方法があるって事。」
死角はどうしても存在する。その死角に味方がいれば不安は減らすことができる。後ろから襲いかかってくるものは味方に任せて前を見続けるには信頼関係が要るが、そもそも後ろに回り込ませないよう牽制することも大事な事だ。
「前だけ見る奴と後ろも気にかける奴がいれば楽になる。ただ視野が狭くなるからこの辺は経験不足かな?」
「仕方ないだろう。言って俺もそこまで集団戦は得意じゃない。」
「じゃあガルドーは好きに暴れろ。合わしてやるよ。」
ガルドーはその言葉にニンマリ笑い、一足で距離を詰めて薙ぎ払う。ガルドーの後ろに回り込もうとするものはギフトが足を止めて、ガルドーに指示を出して倒してもらう。
「五つ。声は掛け続けろ。意味のある言葉でも無い言葉でも良い。それが生存確認にもなるし、声色で危険かどうかもわかるだろ?」
二人は常にヘラヘラ笑っている。まるでこんな状況どうということでも無いと言わんばかりに、敵を破竹の勢いで倒していく。
あれだけ苦戦していたのに戦闘能力の差をまざまざと見せつけられて悔しくないわけがない。沸々と心の中で何かが沸き起こり、どんどん表情が暗くなっていく。
「六つ。無駄は省け。まぁこれも経験不足だから今すぐどうこうはできないだろうな。」
ガルドーが敵をなぎ倒して数が少なくなり暇になったのか、四人に歩いて近づいてくる。ヘラヘラした表情でロゼに手を伸ばし、不思議に思いながらロゼが手を重ねると、足をかけてロゼを地面に転がす。
「七つ。足元に注意を向けろ。人間の起点は足だ。見てれば動きがわかる。当然自分の足元もな。」
「・・・。」
「そんなに怒るな。ちょっと座ってろ。」
ロゼの頭に帽子を被せてガルドーを呼びつける。これでギフトの後ろには味方だけで、前には敵しかいない。この状況なら何も加減することはない。殺さないように手加減する必要ない技を選択する。
「最後に。自分だけの技を身につけろ。初見の相手に有効な技が一つだけあればそれを決めるために誘導する戦い方を学べ。」
ギフトが両手を下に突き出すと掌から炎が現れ渦巻く。風が乱れギフトの髪の毛が揺れ動き、空気が熱を帯びていく。
本気を出すわけにはいかない。ロゼには見られたから構わないが、態々見せる必要はない。バレたらそこまでだが自分から見せつける必要はない。魔力の流れを調整して正体を晒さないように注意する。
お陰で時間がかかるが、異様な魔力の動きが不用意に手を出させないのだろう。これくらいで怯えてるようじゃまだまだとギフトは敵を嘲笑うが後ろでも味方が怯えている。幸か不幸かギフトには見えていないが、それだけ恐ろしい現象が目の前で起きている。
彼女たちにとって救いはその魔法が自分達に向けられていないということだろう。これがもし敵に回っていたのなら戦う気力が出ていたかもわからない。
誰しもが怯える中でロゼとガルドーだけがギフトを観察するように見つめる。ガルドーはあの時やはり戦わなくて良かったと。自分の勘を信じて良かったという安堵。ロゼは盗める技術をギフトから盗むために。
「這い回れ焔よ!敵を焼き尽くして灰に変えてしまえ!」
笑って言葉を紡ぐ。詠唱ではなくただ気分が良い。自分の想像を超えられるのは悔しさと高揚感が綯交ぜになって楽しくて仕方無い。
自分の予想通りに事が運ぶことの楽しさ。自分の予想を超えていく者がいる楽しさ。やはり世界は自分の知らないことばかりで面白い。これから先もまだこの高揚感を味わえると思うと笑いが止まらない。
だが、その笑いの意味をしっかりと理解する者はこの場にいない。炎を操り敵を殺さぬように肌を焼いていく苦痛を与えて笑う姿はどこからどう見ても善人には見えない。
「死ぬなよお前ら!根性で乗り切ってみせろ糞どもが!!」
最早昂り過ぎている。この程度で死ぬ事は無いとギフトは知っている。多くの人間を焼き払ってきた。どれだけ焼かれれば人が死ぬか。その平均を下回ればそうそう死ぬ事は無いだろう。後は本人の気合しだいだ。
生きたいと願えば生きることは出来るだろう。その程度に抑えて人の肉が焼ける匂いが辺りに充満していき、慣れたギフトはともかく他の人が耐えられなくなってくる。
「ギフト。もういいだろう。俺も辛くなってきた。」
「あ?ああ。そうだね。」
ギフトが手を握ると暴れまわっていた炎が消え去るが、草木や服が燻っている。自分で出した炎は自在に消すことが出来る。延焼したものまでは消すことは出来ないが、今回は消して回る必要も無さそうだ。
「あー。まあこんなもんだろうかな?」
「・・・すごい。」
リカとルイは言葉が出ず、ミリアもそれ以外の言葉が出てこない。見たことが無い。ここまで圧倒的な力を持っているなら冒険者ならどのランクにいるのだろうか。
「嘘でしょ・・・!魔法も体術も並じゃないわよ!?」
「当たり前だろ?お前ら俺のこと弱いと思ってたの?」
「弱いとは思ってませんでしたが・・・。ここまでとは・・・。」
冷や汗を垂らしながらルイは惨状に目を見張る。そこかしこで呻き声が上がり、むしろ死んだ方が楽なんじゃないかと思うくらいには悲惨な光景だ。
殺すなとは言った。それは確かに守られているが、それでもやりすぎと思わざるを得ない。ここまでの事が起こるとは思っていなかったのだ。
「殺してないし、後遺症も残らないから安心しろよ。そんくらい調整できる。」
煙草を取り出して煙を燻らし既にいつもの表情に戻る。魔力の調整が出来れば威力の増減を決められる。それだけ面倒な事ではあるが、この調整が出来るか否かで人の実力も測りやすい。無駄が少ない相手はそれだけ強いと思っていい。
「ほれぼーっとするな。今の内に縛りあげるぞ。」
ギフトの声に我に返るが、体は動かない。単純に疲れて体が言う事を聞かないのだ。それはロゼも同じように座った状態から動こうとしない。
と言うより少し頬が膨らみ拗ねている様だ。
「どしたのロゼ?そんな可愛い仕草するんだ。」
「妾が・・・。」
「はい分かりました。後で教えてやるから機嫌直せ。お前はこれから強くなるぞ?」
ギフトは笑いながらロゼに手を伸ばすが、それをロゼは取ろうとしない。先程転がされたばかりだ。直ぐに信じられる程ロゼは馬鹿ではない。
顔を背けたロゼに苦笑いを漏らし、強引に手を引き持ち上げる。まだロゼは顔を見ようとしないがそれを気にすることなくギフトは話しかける。
「強くなりたくない?」
「・・・卑怯者。」
「良い褒め言葉だ。頑張ろうぜロゼ!」
グッと拳を握るギフトを冷めた目で見た後がっくりと項垂れる。本当なら自分一人でなんとかしたかった。それを三人に力を借りて、挙句の果てにはギフトに助けられなければ死んでいたかもしれない。それが悔しい。
「絶対だぞ?約束だぞ?本当に強くならなければ食事に味付けをせぬぞ。」
「それされたら俺も怒るよ?大丈夫だって。苦手だけど頑張ってみるさ。」
「嘘つきは信用できぬ。」
「証明してやるって。お前の本気にはちゃんと答えるさ。」
ロゼの頭に載せた帽子を取って被り直す。ガルドーは黙々と縛り上げて行ってくれている。それに倣うようにギフトもガルドーに近づいていく。
「さて後片付けだ。・・・面倒臭えな・・・。」
自分がやった事とはいえ気分が萎える。だがここでウダウダ言っていても後で怒られるか文句を言われるかだろう。ギフトは黙って人を縛り始め、興が乗って空中に吊り下げて結局怒られる事になる。