38 貫く意思
ギフトは煙草に火を点けて戦闘を見守る。何もしないと言ったのは本当に言葉通りの様で、煙を浮かべるだけで動こうとしない。
ガルドーは大剣を手にいつでも動けるようにしているが、ギフトは棒立ちで四人を見守っている。
「どう思うさ。ガルドー。」
「・・・あの四人では厳しいかもな。敵が殺す気でこっちが殺さないでは勢いが違う。手加減して勝てる程あいつらは強くないだろう。」
ガルドーの意見にギフトはこくりと頷く。ギフト自身勝てるかどうかは分かっていないが、単純に人数の多い方が有利なことは間違いない。
それを覆すのは圧倒的な戦力差が要るが、それがあるとは思えない。迷いなく剣を振るうなら違ったかもしれないが、相手を気遣って戦うには少なくともロゼは経験が足りないだろう。
「意志の力が勝敗を分けると思ってたり?」
「そこまで現実が見えていなとは思わないが・・・。どうだろうな?」
結局のところ戦闘で勝つには意思とか思いとかに意味はない。力があるか無いかそれだけだ。
どれだけ強く思おうとロゼはギフトに勝つことは出来ないだろう。絶対的な壁は思いだけでは乗り越えられない。だが、それが人を強くすることは確かにある。
生きることを諦めた人間と諦めない人間が戦えば後者が勝つだろう。極端な話ではあるが、強くなるには必要な気持ちが存在する。
ただそれは戦う前から想い続けているか否かで大きく分かれる。相手だって死にたいとは思っていないだろう。自分が死なず、相手を殺すために戦ってきたものは何をしでかすかはわからない。
「ハァッ!!」
リカが鋭く突きを放ち、敵の腕を刺す。そこにミリアが水の魔法を打ち出し敵を吹き飛ばす。ロゼが詠唱を終えれば雷が頭上から落ちて相手の意識を奪い、直撃しなかったものも動きを止める。
一見優勢に見えるが、やはり無駄が多すぎる。あのまま行けば体力か魔力かが尽きて動けなくなるだろう。攻撃の回数に対して敵の数が減らない。
「ジリ貧になるだけだな。」
舌打ちを鳴らして帽子をくるくる回していると、ギフトに向けて敵が突撃してくる。向こうからすればあれだけの魔法を行使して平然としているくせに、動こうとしないギフトはさぞ不気味だろう。
危険の芽は少しでも排除する。それに従って彼らはギフトを狙うが、それは間違いと言わざるを得ないだろう。
はっきり言えばギフトはこの状況を危険視していない。やろうと思えば命を奪うことなく彼らを制することはできる。だが、態々生かすことのリスクを考えたときしない方が安心できるだろう。そこから先狙われることも無くなる。
ギフトからすれば驚異にすらならない相手がどんな武器を持っていたところで目もくれてやる義理もない。相手にしないと決めたのなら何があろうと相手にしない。例え死ぬことになろうと。
だが彼らがギフトに接近することは叶わなかった。横合いからロゼが駆け抜け敵を切りつける。致命傷を与えないよう武器だけを狙った攻撃は少し逸れて相手の手首から先を跳ね飛ばす。
断末魔が上がりロゼが顔を歪める。
やってしまった。順調とも言い難いこの状況でロゼは動きを止めてしまう。それは命取りとなり、ロゼの足にナイフが刺さる。
それを見て三人も慌ててロゼに駆け寄るが、今まで相手にしていた者がそれを逃すはずもない。三人に向けてナイフを切りつけ防戦一方となる。
ジリジリと後退し、やがてギフトの前に四人で固まることになる。
「大丈夫ですか!ローゼリアさん!?」
「・・・すまない。不覚をとった。」
「無理もない。数が多い。」
「キリがないわよ!?どうするの!?」
額に汗を浮かべてリカが聞くが、まともな返答は無い。手段があるなら使っている。意思だけで切り抜けて行ける程甘い世界はこの世に存在しない。
ルイがロゼの傷を治療をしている間残った二人がそれを守る。それを見てギフトは愚策だと心の中で思う。
どうせなら敵をさっさと倒してそれから治療すればいい。状況が悪いのなら戦える人数を減らす行為はしてはいけない。治療することで戦線に復帰できてもその間のリカとミリアの負担は並では無い。
「くぅ・・・!ミリア押し返せない!?」
「時間が掛かる。その間一人で行けるなら。」
「あいつはできたじゃない!」
「ギフト君はおかしい。そもそも私は無詠唱は出来ない。」
改めてミリアは戦慄を覚える。一体どんな訓練をすればあそこまでたどり着けるのかミリアでは理解できない。
だが今はそうは言っても始まらない。無いものねだりしている暇は無い。ミリアとリカが時間を稼ぎ、その間にロゼは傷を癒してもらう。
ロゼが戦線に復帰するが状況は依然良くはならない。既に追い込まれ状況を打破する手立てはない。
「思わず溜息出ちゃうねガルドー。」
「そう言うな。この状況にしたのはお前だろう?」
精一杯戦っている中で呑気な声を出すギフトに全員が苛立ちを覚える。確かに戦うと言いだしたのは自分たちだが、せめて黙って見ていて欲しい。
呆れを滲ませた声が三人の神経を逆なでし、余計に焦らせる。ただ一人を除いて。
「ここで諦めるくらいなら最初から言っていないさ。」
剣を構え直してその目に意思を携える。この状況を生み出したのは自分だ。ならば最後まで責任を取らなければならない。ましてや諦めるなんて論外だ。
「弱いのはわかりきっていた事だ。それでも挑むんだ。ここで示せなければ妾はただの嘘つきだ。」
ロゼは口の端を釣り上げる。怯えがないわけではない。危機的状況だからこそ笑うのだ。悲しむ暇も悔しがる暇も今はない。最上の未来を夢想して笑えなければ立ち止まってしまう。
長く息を吐いて肩の力を落とす。にっと笑って前を向く。ギフトと一緒にいるようになって笑うことを覚えた。素直になることを覚えた。
だから今は素直に笑おう。どんな時にも笑える心を身に着けよう。まざまざと力を見せつけられて、そこには届かないと諦めることが出来ないのだから進む以外に道はない。
「後少しだ。待ってろギフト。妾の意思を見せつけてやろうではないか。」
ロゼは一息つくと目を閉じる。何度も見てきたそれをイメージする。敵を殺さず制すには何をするべきか。相手の心を折ればいい。
方法は何でもいい。圧倒的な力を見せつけても言葉でも構わない。自分が見てきた者は言葉で心を折ったことはなく、絶対的な力を使って相手を退けた。
ビビらせろ。とにかく敵を黙らせろ。付け入る隙を与えずに災厄を振りまけ。そうすれば相手は勝手に逃げ去る。それを体現するための魔法を今ここで産みだして見せろ。
「集え雷。妾の敵を穿つため、全てを貫く槍と為せ!」
ロゼが作り上げたのは雷の槍。その槍は真っ直ぐ相手の足元に突き刺さり放電を開始する。その槍を中心に雷が霧散し、ロゼの意図とは無意識に人の動きを止める。
頭の痛みが毒を受けたとき以上にガンガンとなる。だがそれを意志でねじ伏せ突貫する。足元を切りつけ鮮血が舞い、ロゼが過ぎ去ったところから人が倒れていく。
「おーおー。馬鹿だなロゼは。」
先程までとはまるで違う動きに味方が唖然としている中、ギフトは笑いながらそう評価する。
使ったことの無い魔法を使用すれば体に負担が掛かる。それでなくとも気だるさはあるだろう。それを無理やり動かしているのだ。長く持つはずはない。
それでもギフトは笑う。自分の魔法を真似するとは本当に面白い。真似しようとして出来るものではない。天賦の才で片付かない。ロゼの今までの人生の努力が身を結んだ結果だ。
「結果が全てのこの世界。結果を出したお前は格好良いよ。ロゼ。」
勝てるわけではない。切っ掛け一つで強くなってもそれを扱う土壌がロゼには存在しない。魔法も技も新しく出来てもそれを使いこなすには時間が掛かる。
強い魔法があってもそれを使いこなせないようでは意味がない。今のロゼには雷の槍を有効に使えはしないだろう。
「ほれどうしたお前ら。助けに行けよ。」
ギフトの言葉に三人は意識を取り戻し、ロゼの元まで走り抜ける。ロゼは既に疲労困憊で立っているのも辛そうだが、下を向くことなくただ敵を見据え続ける。
「漂う水よ。私の周囲に集まり弾丸を形成せよ。飛べ水の弾丸。」
的確に顔に向けて水球を飛ばし、視界を奪う。その隙をリカが細剣で足を貫く。
「突出しすぎよローゼリア!足並み揃えてよ!」
「どうせ妾達は即席チームだ。無理に合わせる必要もなかろう?」
「でも突破できた。助かる。」
「慈愛の神よ!どうかその深き御心でで私達をお守りください!障壁!」
ここに来て四人はバラバラに動こうとしてる。悪くはない。三人は連携も取れるだろうが、それをロゼにも強要するのは酷だろう。それならいっそロゼが動き回って三人で支援したほうが楽だし、ロゼ自身突破力はある。
魔法と剣の融合した多彩な攻撃は相手に考える暇を与えない。常に先手を取り続ければ勝機は見えてくるかもしれない。
だが、相手も対応してくる。標的をロゼに決め四方から近距離遠距離で近づかせない。
「あー。ここまでっぽいな。」
「勢いで攻め切れれば良かったのだがな。まぁそう上手くもいかないだろう。」
ギフトもガルドーもこの戦いの結末を悟る。むしろここまでよく頑張ったほうだろう。彼女たちは弱くはないが相手もただの一般人ではない。
戦いの中に身を置いている人間が、弱いはずも無い。突出した才能が無くても生き残る術を得た人間は何より怖い。強さより厄介なしぶとさを持っている。
ロゼも三人も肩で息をしているのに対し、相手はまだ動いていない者もいる。これ以上戦うことは出来ないだろうとガルドーは剣を担ぎなおすが、ギフトが片腕を上げてそれを止める。
この期に及んでまだ手を出さないつもりなのか、もう充分見ただろう。覚悟を貫き通す意思は見えた。ここまでの戦闘で死者は出ていない。だがまだ続くなら死者は確実に出るだろう。それもこちら側に。
「俺は本気には本気で答えるんだ。」
ギフトは腕を組んで戦況を見守る。ここから先は別の世界。死の淵に立って初めて人間は見えてくる。彼女たちも気づいているだろうが、もう後はない。
ここから先を戦うには体力も魔力も足りない。その上で彼女たちは何を選択するのか、安全な場所から見ているだけでは得られぬ答えがそこにある。
そしてギフトが見守っているとジリジリと後退しているロゼと目が合う。その目には諦めの色は無い。それだけではなく、もう一つ別の考えも宿している。
その目を見てギフトは暫く呆然とした後厭らしく笑い、ロゼが苦い顔をする。表情を見てギフトが何を考えているかわかったのだろう。それはロゼにとって望ましくない答えだ。
突如ロゼは剣を鞘に収める。その行動に三人も敵も驚きロゼに視線が集まり、ボソリと呟く。
「ここまでか。」
そしてその言葉を直接ぶつけられた人間は笑みを深くし答える。
「弱いな。弱くて弱くて見てられないな。良く偉そうに啖呵切れたもんだぜ。」
ギフトはゆっくりと歩を進め、ロゼを真っ直ぐに見る。ギフトもロゼを死なせるつもりは更々無い。あの状況でロゼの目は確かにこういった。
―邪魔をするな―
諦めるつもりは一切ない。死ぬつもりは一切ない。殺すつもりは一切ない。
それを体現するために、最後まで戦い抜いてギフトに偉そうに説教をしてやりたかったが、それはここまでのようだ。
認めてもらえたのかもう飽きたのか。少なくともロゼは最後まで戦い切ることが出来なかった。悔しく、同時にギフトが戦ってくれることが頼もしくて、それがまた悔しくて。
まだまだ甘い。理想を貫くだけの強さをロゼは持ち得ていなかった。だが、無様でもその覚悟を貫こうとしたロゼをギフトは認めている。
「理想を掲げるのは悪くないさ。だが弱い。そんなんじゃ言葉は届かないよ?」
獰猛な笑みを浮かべて四人に話しかける。譲れない一線なんて人それぞれだ。自分の意見を押し付けるつもりはギフトには無い。
だからこそ他人に押し付けられるのも嫌いなのだが、勝手に感化されるなら話は別だろう。ギフトにとって大事なのは自分が楽しめるかどうかだ。ここで四人を見殺しにするよりかは、どこまで意思を貫いて生きるかを見たほうが面白そうだ。
「見せてやるよ。お手本ってやつを!さぁガルドー!徹底的に叩きのめすぞ!誰一人殺さずに殺ってみせようじゃないか!」
自分が誰かに影響されて変わっていくのも一つの楽しみ。変化すら楽しむギフトはどこか芯がぶれていて、それでいて誰よりぶれることの無い意思がある。
全てを自由に楽しむこと、それ以外に貫く意志の無いギフトは意気揚々と敵に詰める。