33 意気軒昂と
「よし!お互い腹も割ったし飯に行こう。いい加減ご飯が食べたいでござる!」
「そうだな。妾も腹が減った。日も落ちきってないし、どこに行こうか?」
「煙草の吸える場所で美味しいところ!」
無邪気に笑うギフトにロゼも笑みを返しながら、二人で宿を後にする。街は夕焼けで赤く染まり、一日の終わる物悲しさが周囲に漂う。
二人で店を冷やかしてはこれがないあれがないと言い合い店を探す。食事の好みはギフトには無いが、下手にまずい店を引きたくはない。街を歩く人に聞いては二人で相談する。
結果として豊富なメニューを出す店があると聞き、そこに向かうことにしたのだが、そこでふと思い出す。
「そういやガルドーにどこで集まるか言ってない気がするな。」
「・・・お前は本当に見切り発車が多いな。」
「まあね。」
「褒めておらんぞ?胸を張るな。」
「いざとなったら探せば良いよ。街自体はそこまで広くないし。」
乱雑に建物が並んではいるが、街の広さがそれほどあるわけではない。虱潰しに探せば見つかるだろうし、最悪明日の朝に会うことは出来るだろう。
細かな打ち合わせをするのは嫌いだ。どうせ全部聞いたところで覚えていられない。その時その時で自分が何を思うのかはわからない。ならば自由に決めて後は成り行きで決めたほうが楽だ。
下手に行動を決めるとそれに縛られる感じがして好きになれない。届け屋としてなら仕事はするが、個人であれこれ決める事はしない。
「良く届け屋など名乗っていられるな。基本ダメ人間だな。」
「仕事はするんだって。場合によっては忘れるけど。」
「・・・はあ。良いかギフト?仕事は義務だ。それを怠って良いものではない。お前がどんな思いを持って仕事をしているかは分からぬが、届け物を託した人の気持ちも考えろ。」
「本気説教じゃん!やめてよ。俺ロゼより大人なのよ?」
「そうは思えぬな。鑑みる所は鑑みろ。お前はその気になれば出来るはずだろう?」
店に向かうまでの間ネチネチと説教をされ、適当な相槌を打ちながら辟易とする。言いたいことを言い合える仲にはなったが、ロゼがここまでおせっかい焼きだとは思っていないかった。
それが嫌だという事ではないが、仕事仲間でも無いので真面目に聞く気はない。ロゼも直せと言うが本気ではないのだろう。もしギフトが本当に仕事として取り組めば柵が増えて、自由に動けなくなる。それはそれで見てみたいが、別にギフトに肩身の狭い生活をして欲しいわけでもない。
ギフトがロゼに判断を下させたように、あれこれ言っても決めるのはギフト自信だ。変わるも変わらないも自由で、どの道に進もうがそれに文句を付けるつもりはない。だが一応人として言わねばならないことが多いので道すがら訥々と説教をする。
「おい聞いているのかギフト?」
「バッチリ聞いたぜ。俺は今のままが俺らしいって事だろ?」
「なるほど。」
「諦めないで!」
ワイワイと騒ぎながら店に辿り付き、テーブルについて注文する。ギフトが見るからにだらしない顔をしているが、その事に関してはロゼも同意する。
この街についてから食事をしていない。自分で作るのも楽しいとは思えるが、自分以外の料理も食べたくなる。ギフトは料理ができないので仕方ないが、自分でずっと作るのは少し辛い。
美味しい美味しいといって食べてくれるが、そもそもギフトは自分で作った食事以外に文句をつけない。ちゃんとした味付けの食事が恋しくはなる。
「調味料持ち歩こうかなー。ロゼがいるなら食事も美味しいし。」
「食事係は買って出るが、レシピも録に知らぬからな。種類が少ないぞ。」
「じゃあ後で本買いに行こう。この街に料理本はあるかな?」
「本は高いぞ?まあ金貨があれば買えるだろうが。」
「俺お金使わないもん。煙草と飯と宿代くらいしか使わないからそういうのも良いじゃん。」
料理が来るまでの暇つぶしに会話に興ずる。お互い打てば響く鐘の様に止まることなく延々と喋り続ける。ギフトもそうだが、会話に関してはロゼも適当なのか、頭を使わず反射で答えている。
今まで発言に気をつけていたからか、何も考えなくていい会話が楽しくなる。悪口を言おうが、怒らないし、褒めても尊大になることのないギフトはロゼにとって無理なく過ごせる良い相手だった。
ただその会話も料理が来た途端に止まる。ギフトは一言祈りの言葉を唱えるともそもそと食事を始める。豪快でもなく上品でもなく目一杯食事を頬張る姿がおかしくてローゼリアは思わず笑う。
「何だその顔は。小動物みたいだな。」
笑われているにも関わらず咀嚼を止めず、口をもごもごと動かす。口に食事を入れている時に話すのを良しとしないのか、それらを飲み込んだあとで口を開く。
「酷いよ。人の食事を笑うなんて。」
「いやすまんな。妾の周りにはそこまで美味しそうに食べるものはいなかったからな。」
「え?美味しくない?」
「美味しいとは思うぞ。だが、食事の場は口が緩むからな。常に気を張っている必要があったから妾は食事を楽しいと思ったことはない。」
「勿体な!こんなにも美味しいのに・・・。」
「文句を言う時があるのか?」
ロゼが疑問を持ち出した時にはギフトは口に食事を運んでおり、黙って食事を飲み込もうとする。早く言葉を返さないと思っているのか、下を向いて咀嚼を繰り返す。
急がなくて良いと伝えれば、ギフトは口の動きを止めロゼを見て一つ頷く。こうして見ると本当に戦ってた時とは別人だ。どこか可愛さがある仕草が見ていて微笑ましい。
それを見てロゼも食事に集中する。声を掛ける事も声を掛けられる事もない。ギフトより優雅な所作で食事をする様は気品が溢れ、目の前の人物とはどう見ても釣り合わないが、それを気にする者はここにはいない。
そして食事をして暫くすると二人に声が掛けられる。ロゼがそちらを見ると背中に大きな荷物を抱えた大柄な男が立っていた。
「ここにいたか。探したぞ。」
「すまぬな。ギフトが伝え忘れていた。」
「いやこちらも聞かなかった。解放されて少し浮かれていたのだろう。」
椅子を指差し座ることを求めると、荷物を床に置いてドカっと座る。椅子が少し軋み悲鳴を上げるが、壊れることはなく、巨躯を受け止める。
「どうであった?必要な物は買えたか?」
「問題ない。というか金貨を渡されて買えないということもそう無いだろう。」
「お主の服は?」
「・・・好意に甘えたさ。一着しか無いとお前らに不快な思いもさせるだろう。」
ガルドーはギフトの言葉通りに旅に必要なものと、自分の服を買ったようだ。心苦しい気持ちもあったが、恩義は必ず別のところで返す。そう決めてギフトたちに不快な思いをさせない選択をしたのだろう。
元冒険者として旅をしたこともある。服が一着だけだと洗うことも出来ず、匂いがキツくなる。自分一人なら構わないが同行するものがいるのなら気を付けることもある。
「一つ聞くがお主は本当に良いのか?ここで去っても誰も文句は言わぬぞ?」
「恩義を返すだけだ。お前らの為じゃない。」
「この国が嫌いになったか?」
「子どもじゃあるまいし、一つの事で全てを嫌いになりはしないさ。」
「達観してるなー。大人になるとそうなるの?」
「ギフトも充分大人であろう?」
三人でテーブルを囲み、ダラダラ食事と会話を続ける。時折ギフトが音信不通になるが、何事も起こることなく食事を終えて、ギフトが手を合わせて食事を終える。
「美味かった。」
「流石プロの作ったものだな。」
「俺も久しぶりにまともな飯にありつけた。」
若干一名暗い発言があったが三人とも満足し、ギフトは椅子にだらしなく掛け直し煙草を吸う。ぷかぷか煙を浮かべてはその行く先を目で追って余韻に浸っている。
余韻に浸っている暇がある事を楽しみ、机に顔を突っ伏している姿にロゼは小さく溜息を漏らすが、何も言わずこれからの事を考える。
覚悟はもう出来ている。グラッド達が今どうしているのかは気になるが、今から北に向かうよりかは、王都に行って潜伏していたほうが良い。下手にすれ違うよりも待つことの方が余計な手間がかからない。
何より、サイフォンが首謀者なら事が起こるなら王都になるだろう。問題なのはどこまで巻き込むつもりなのかだ。王都の住人にまで被害を及ぼすつもりは一切ない。だが、巻き込まれることは容易に想像できる。
毒渦という驚異も知った。どこまで手が回っているかは知らないが、自分の都合の良い事ばかりでは無いだろう。むしろ状況は確実に不利な事の方が多い。
ちらとギフトを見るとまだ弛緩しきっている。そして知らぬうちに硬くなった体を少し解す。流石にここまでなろうとは思えないが、必要以上に強張っても良い事は何もない。
だが、それでも不安は拭えない。まだ分からぬ事が多すぎる。見えない敵に、見えない未来。それがロゼを不安にさせる。
「・・・妾はどうなるのだろうな。」
そしてその不安から出た言葉はギフトの耳に届いてしまった。ロゼはまたうじうじしてると怒られると思ったが、ギフトは何も言わず、ロゼの顔を見るとニッと笑う。
「どうもならねぇよ。俺がお前を、お前の日常に届けてやる。サービスで笑顔も付けてきっちり届けてやるさ。何も不安になることねーよ。」
その言葉一つでロゼの不安は幾らか軽くなる。
ギフトは知ってか知らずか自分の欲しい言葉を平然と届けてくる。ギフト自身は何も考えていないのかもしれないが、ロゼにとってギフトの言葉はいつでも自分を助けてくれる。下を向いても前を向かせる言葉を平然と掛けれるその姿は自信の表れだ。
自分がいるから大丈夫。そう言い切れる事は格好良く、安心できる。力になりたいと思っても、自分とギフトの間には大きな開きがある。ただそれでいい。いつか追いつく事を決めたのだ。見失えばもう追いかけることも出来ない。必ずその横に並び立つために前を向ける。
「仲睦まじいな。どういう関係性だ?」
その様子を見たガルドーの言葉にロゼは少し悩む。リカ達には護衛と雇い主と言った。だが今それを何故かいう気にはなれない。そこまで簡単な関係と割り切ることはしたくなかった。
ロゼが少し悩んでいると、ギフトが顔をガルドーの方に向けて何でもないかのように口を開く。
「友達だよ。」
その言葉にガルドーはそうかと呟き、ロゼは目を見開いて驚く。
「何驚いてんのさ。言い合って喧嘩して一緒に飯食って。そんで飾る必要のない相手なんて家族か友達くらいだろ?」
「・・・いや、妾は、友達などできたことが無いからな。」
「じゃあ俺がロゼの最初の友達だな。あの茶髪に悪いことしたなー。」
勝ち誇った様な笑みを浮かべてダラダラしているギフトにそう言われて、ロゼは何一つ陰りの無い笑顔を浮かべる。
並び立てた訳ではない。それでも気持ちだけは対等だと明言された、そんな気がしてそれが嬉しい。本当にギフトは自分に色々な物を届けてくれる。涙も笑顔も心も強さも。
「ああ。妾とギフトは友達だな。」
そう言ってロゼはギフトに頷き、水を飲み干し立ち上がる。最早不安は微塵もないし、気力も充分。逸る気持ちを抑えて晴れやかな顔で未来を見つめる。
「さあ。明日に備えて解散しよう。宿に戻るぞ。」
「ほーい。あ、ガルドーは余った金で適当に宿とっといて。」
ロゼの意気込みとは裏腹に、ギフトの気の抜けた態度は変わらない。だがその事が妙に頼もしく、宿に戻り睡眠を取る。
宿に戻るとギフトと同部屋だと言う事を認識し、気力が削がれる事になるとはまだ思っていなかった。