3 アルフィスト王国
森の中の小さな小道を調子はずれの鼻歌を歌いながら背中にリュックを背負って上機嫌に歩く青年がいる。
真っ赤な長い髪を三つ編みにして、黒の幅広の帽子を被っている。それだけなら魔道士とも取れるかもしれないが服装は青の緩いズボンを足、首で縛り、黒のダボついたチョッキを一切締めずに着用している姿からは大凡知性に優れた様子は見られない。
手には自分の背丈と同じくらいの長い木の棒を持っており、時折それを振り回しながら歩く姿はやんちゃな少年のようだったが、彼は21歳。棒を持つ手とは反対の手にはタバコが紫煙をくゆらせている。
彼はアルフィスト王国に来るのは二度目たが、王都に行ったことはない。
2年ほど前に彼は自分が所属していた傭兵団を抜け、自らの足と意思で旅をすることを決めた。だが、気ままな旅には金が必要になる。
そこまで金に執着はしていないが、彼にとって食事は命を懸けるものだ。しかし自分で料理を作ることは出来無い。せいぜいが煮るか焼くかだけだ。塩などかけようものなら適量を知らず、肉の味がわからなくなるか、血なまぐさい肉を食べることになる。
今までの旅ではそういったものばかり食べてきたが、それも今日で一先ず終わる。それが上機嫌な理由だった。
アルフィスト王国の王都に今日たどり着く予定だったからだ。もちろん正確な位置は知らないが、この森を突っ切っていけば、王都にたどり着くと、三日ほど前に滞在していた村の人から教えてもらっていた。
本来なら平原の街道を使って、安全に行くためもう少し時間がかかる。馬に乗ればもう少し早く到着するだろうが彼は馬に乗ることはできても、持ってはいない。必然的に徒歩での移動となる。
それでは遅すぎる。三日以上の間まともな食事にありつけないのは彼にとって死活問題だ。その為危険は承知で森の中をただ真っ直ぐ突っ切ていく、と思いきや興味が沸いた方向に気の向くまま趣いた結果、いらぬ時間がかかっていた。
幸いなことに木々に目印は付けていたので、森の中で迷子になることは無かったが、それでも時間はイタズラに過ぎていった。そして森の中で人によって踏み固められた小道を見つけ、その先へとただ歩いているのだ。
その道が王都に続いているかは分からないが、少なくとも村なり街なり、人が住んでいる場所にたどり着くだろう。それなら十分満足だった。
彼の職業上の目的さえなければ。
「迷子になるとか笑えないな。まぁ時間は指定されてないし大丈夫かな?」
彼が『届け屋』として活動を開始したのは傭兵を抜けた時と同時だった。崇高な目的がある訳ではないが、なんやかんやと続いているのは、単に喜びがあったからだろう。
手紙を届けて人に感謝され、貧しい村に食料を届けて食事に誘われ、奴隷商人として悪逆非道の限りを尽くす者共から、畏怖の目を向けられ、連れ帰った先で涙を流しながらお礼を言われる。
それが嬉しかった。そうでなければここまで続くことは無かっただろう。基本的には面倒臭がりなのだ。自分のやりたくないことを延々と続けられるほどの根気はない。
今も絶賛届けの仕事の最中だ。目的は王都に存在している冒険者ギルドに別の場所から手紙を届けることだ。内容は最近魔物の活性化が進んできており、人手が足らないとの事。
彼自身魔物と戦うことは出来る。だがそれを積極的に行うことはない。身の危険や他人への危険がすぐそばにあるのなら討伐もするが、それ以外で仕事でもなければ逃げの一手だ。
なので、その手紙に書いてあることを一瞥したあとは、王都に向けて旅に出た。比較的急を要する案件の筈なのに彼がのんびりしているのは、彼意外にもそれを運ぶものがいるからだ。
自分が失敗しても大丈夫なら焦ることもない。あくまでも旅することが目的なのだ。命令されて嫌々やる必要もない。仕事はこなすが、期待されてないのに必要以上に頑張る必要はない。
「そんなことよりご飯が欲しい。暖かいスープと暖かいパンと熱々な肉が王都で俺を待っているんだ。」
自分の仕事をそんなことと割り切るのは如何なものか、途中で投げ出さないだけ良い事なのか、彼を問いただすものはいない。
どんな食事があるのかを楽しみにしながら、棒を振り回し、鼻歌を歌って森の中を歩き続けると、崖の手前に差し掛かり、そこから人の手によって作られたであろう建造物が見える。
一際大きく目立つ城があり、それを囲むように街が作られ、その終端には外壁がそびえ立つ。かなりの広大さを有した街だった。
ここからではよく見えないが、道も綺麗に整備されてあり、それなりに活気はあるように思える。綺麗な街は必然的に人が定期的に手を加えている。道を整備するにはある程度国としての余裕がないと出来ることではない。
「美味いメシがありそうだ。名物はなんだろうな?」
花より団子。綺麗に区画された街並みなどより、そこで織り成す人の営みや、活力の方が興味がある。どれだけ街が綺麗でも、暮らす人びとが暗ければ、ご飯は美味しく食べられない。そんなものは望むところではない。
汚かろうが、下品だろうが、星が綺麗に見えて美味しいご飯が食べられる場所の方が遥かに価値が有る。傭兵団の皆に教えられたことの一つだ。
いつまでも眺めることもせず、その街に向けて走り出す。彼の頭の中はご飯のことで一杯だ。既に手紙のことなど頭にない。
暫く走ると大きくそびえ立つ門の前に辿り着く。その下には槍を持ち武装した人間が二人いるが気にせず、喜色満面の笑みを浮かべ、彼はその門を潜ろうとする。
「止まれ!ここはアルフィスト王国が王都メイディン。ここに何の用だ不審なものめ!」
すると誰何の声が上がり門番に槍を突きつけられ止められる。顔をだらしなく破顔したまま大きな荷も持たず、たった一人で来るものなど不審と捉えられない道理は無かった。
そこで冒険者だとか、手紙を届けに来た、と言えば良かったのだが、彼の頭の中にそんな答えは用意されていない。
「美味いメシが俺を待っているんだ。通してくださいな。」
「・・・何を言ってる?ここに何をしに来た。」
「ご飯を食べに?」
「・・・。」
顎に手を当てながら首を傾げる青年に、門番の視線が益々険しくなるが彼は気にしない。言葉が出なくなったのをどう判断したのか、そのまま門を通ろうと歩き始めた。
「待たんか!勝手に入れるわけにはいかん!!」
「大丈夫!俺怪しい奴だけど危なくないから!」
「怪しいなら入れるわけにはいかんだろうが!こっちに来い!!」
手を引きずられ、門番の詰所に引きずり込まれる。抵抗らしい抵抗をしないところを見ると、彼は本当に危害を加えるつもりは無いのかもしれないが、目的がわからない以上素通りさせるわけにも行かない。
詰所の椅子に座らせると、門番の一人は青年を問いただす。
「それでお前は何をしに来た?」
「この街の名物とかあったら食べてみたいよね。」
「そういうことを聴いてるんじゃない!」
あくまでも飄々と、まるで恫喝など意にも介さない様子の青年に門番は声を荒げる。
それでも青年は怯えることもせず、窓の外を見ている。そして欠伸を漏らすほどの余裕っぷりだ。
「質問を変える。お前の名前は?」
「ギフトだよ。性は無いから短い自己紹介になるよね。」
素直に質問に答えたことに、門番は少し拍子抜けする。狙って話をはぐらかしている訳ではないのだろうか。
「おにーさんはなんて名前?」
「む。・・・ヨーケルだ。」
「じゃあヨーケルさん。この街で一番美味しいメシが食えるところってどこ?」
わかったことはギフトに裏が無い事くらいだろう。もしこれで何か嘘をついているのならそれは自分には見抜くことはできない。門番としていろんな人種を見てきた。その感が害はないと告げている。
「はぁ・・・。一応本当にそれだけが理由か?」
「うん。あっ冒険者ギルドに手紙を預かってるや。」
「それを早く言え!!」
ギフトは懐から手紙を取り出し、ヨーケルに見せる。その手紙の押印は間違いなく冒険者ギルドのものだった。初めからこれを出していればそれほど面倒も無かったろうにとは思うが、仕方ない。その事など覚えてなどいないのだから。
「冒険者ギルドなら街の東にある。ここから中央へ進めば噴水が見えるからそこを右へ向えば良い。」
「メシは?」
「・・・ギルドは食事場も兼ねている。そこに行けば問題は無いだろう。」
「そっかありがと。あと、赤い鳥の止まり木って場所は知ってる?」
「・・・冒険者ギルドからそう遠くない場所にあったはずだ。」
ヨーケルが少し言葉に詰まったのは、そこは女性と会話をしながらお酒を飲む場所だったからだ。別段商館だろうが男なら行くことは恥ずべきことではないが、堂々ということは憚られる。
と言うか、この街に不審人物として捉えられた人物が、何故この街の有名どころでもない場所を知っているのか、それが不思議だった。
「なるほど。ならとりあえず行くか。」
だがギフトはもう用事は終わりとばかりに立ち上がり、その場を出ていこうとする。
「待て。とりあえず注意点だけは話しておく。」
それはこの街のルールだったが、要約すると、犯罪は起こすな暴れるな。そうすればこちらも何も言わない。との内容だった。
ギフトはそれに片手を上げて返事をすると、六道棍を手にして詰所から出て行く。本当に内容を理解したのかは不明だが、言うべきことは言った。ならば後は犯罪者になろうが自分次第だ。
この街で諍いを起こして欲しくはないが、怪しい点はあれど、冒険者ギルドの使いであるならば、街の衛兵としてはあまり強く出られない。
ヨーケルは何も起こらないよう願うばかりだった。
ヨーケルが少しばかり不安を覚えている頃、ギフトは言われた通りに噴水まで歩いていた。街の憩いの場所としても使われているのか、その周りには人だかりが出来ていた。恋人と来ているものもいれば、家族と来ているものもいるのだろう。誰もが笑い、楽しそうな顔をしている。
それを横目で見つつ、ギフトは噴水近くのベンチに腰掛ける。腹は減っているが、急がねばならぬ理由もない。タバコを咥え指先から火を灯す。紫煙がゆっくり流れ、平和な日々に溶け込んでいく。
「おい赤坊主!ここはタバコ禁止だ!」
「うお!?びっくりした・・・。」
見ず知らずの頭髪が禿げ上り、ヒゲを少し蓄えた筋肉質の男に注意される。ギフトはタバコを手で潰し、腰にぶら下げてある空の箱に入れる。
「なんだ。意外としっかりしてるじゃねぇか。つーか熱くないのか?」
「ごめんよおっちゃん。知らなかったんだ。」
「いや、すぐ消したしゴミも出さないならそこまで言うつもりはねぇよ。タバコが吸いたきゃ酒場か路地裏だ。表通りで吸っちゃいけねぇよ。」
「そっか。ありがとねおっちゃん。この街は初めてでさ。」
「なんだ、冒険者か?」
「いや違うよ。それよりこの辺で美味しい飯屋って知ってる?」
「なら、冒険者ギルドにいけ。俺が作ってるから美味いメシが食えるぞ。」
男は豪快に笑い、自分が冒険者ギルドの関係者であることを明かす。ギフトはどうせならと道案内をお願いし、男はそれを快諾してくれた。
男の名前はダリオ。今も昔もこの街で暮らしており、その腕っ節と料理の腕を買われこの街の冒険者ギルドの食堂で働いているらしい。
荒くれ者の多い冒険者を相手にするのだ、多少の強さは必要になる。時には酔っ払った奴らをねじ伏せることも仕事だと笑う。
ギフトは楽しそうな笑顔を浮かべる男の料理に期待する。自分の仕事を楽しそうにできるものは皆一様に優れた仕事をする。今までのギフトの人生経験からそう思えた。
男二人で話しながら歩くと目的の場所に到着する。既に頭はご飯のことで頭が一杯で、手紙のことは忘れていた。
ストックが溜まらいないよ。
誤字脱字は気をつけていますが、
あれば報告お願いします。