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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 二部 ~二人旅~
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28 猪と知識欲

「呑気に煙草吸ってるんじゃないわよ!いったい何があったの!?」


 ショートカットの女性リカがギフトとローゼリアに詰め寄り捲し立。ギフトはさも面倒ですと言わんばかりにその言葉を無視しているため、事態の説明はローゼリアに一任される。


 といっても、ローゼリアも上手に説明できる自信は無い。起きた事態に対応していただけなので、どんな目論見があって、この状況に陥ったのかは説明できない。毒渦の説明をするのならギフトの方がまだ適任だ。


 ただギフト自身は細かな説明をするつもりはない。リカはこの件に何の関係もない。目撃しただけの人間にすべて説明してやる義理などないし、面倒でもある。後者に比重が置かれているかなどギフトの知ったことではないが。


「黙ってないでなんか言いなさいよ!」

「面倒なので説明はしません。騎士でも呼んできてくださいな。」


 当然とばかりに言い切るギフトにリカもローゼリアも顔を顰める。ギフトがそういう性格だということはローゼリアは知っているが、流石にこの状況でその物言いもないだろう。リカに至っては大した理由もなく断っているだけで、納得できる訳もない。


「その言い方は無いだろう。せめてもう少し納得できるように言えぬのか?」

「他人を説得するのって苦手なんだよ。感情の方が先に出ちゃうからさ。」


 会話は楽しむものか、自分を理解してもらうためのもので、それ以外の使い方をギフトは好まない。他人を説得するなど相手の気持ちも理解できない自分には到底出来ないことだとは理解しているし、それで構わないとも思っている。


 ローゼリアもそれは理解している。他人の為に行動してくれる時もあるが大体その本質は自分にあることを。腹が立つか、楽しいと思ったことならすぐさま行動するが、それ以外では基本積極的に動かない。それはここ数日で充分に理解している。


 ただ、現状でそれが許される事もないだろう。現にリカは額に青筋を浮かべて口の端をひくひくと動かしている。


「それで済む訳ないでしょ!?この惨状を見てみなさいよ!面倒で終わると思ってるの!?」

「少なくともお前にはそれで済むだろ?お前は無関係じゃないか?」


 ギフトは心底不思議そうに言葉を重ねる。義憤に駆られた者がこの惨状に異を申し立てることは何度もあった。だが、その場合でも結局のところ関係ないという事実は覆らない。リカはどこまで行っても関係者にはならない。


「無関係ですって!?人を殺しといてよくそんな平然とできるわね!!」

「・・・ああ、そういうタイプか。面倒だな・・・。」


 正義感から動くものは非常に面倒くさい。彼らは自分が正しいと信じて疑わないからだ。そして、自分が信じた道を愚直に進み続ける。


 はっきり言えばギフトの嫌いな人間だ。甘いとも言えないし優しいとも言えない。自分の為にも誰かの為にもならないことを大声で言ってくるだけの人間という認識だからだ。


「・・・姫ちゃん任せた。俺こいつと口喧嘩する気起きないわ。」

「む?どうした?眠たいのか?」

「違うよ。俺ああいう正義です。みたいな奴好きじゃ無いんだよね。」

「そうか?妾は好感が持てるが・・・。少なくとも他人を害する人間ではなかろう?」

「他人を害さないってのは、何もしないと同義なんだよ。ほっときゃ被害が増えるだけなのに自分の見たことを全部と信じて動く勇者。見て見ぬふりを平気で行う癖に、表面を綺麗に取り繕おうとする一等嫌いなタイプなんだよ。そんな奴と喧嘩したくない。」


 優しい言葉を吐くだけなら誰にでもできる。人を殺してはいけないなんて当たり前のことだ。ならその当たり前が通用しない場所にいたならどうすればいい?誰かを殺さなきゃ生きていけない、それでも人を殺してはいけないのか。


 黙って座していれば死ぬしかない。人を殺すことと自分が死ぬことを天秤にかけた時、人はどちらを選ぶだろうか。そんなことで迷う者はどこにもいないだろう。自分を取るに決まっている。


 もし自分が死ぬことを選ぶなら、それはただの死にたがりだ。優しさでは一切ない。自分が見たくないものを見ないために他の誰が死のうと目を逸らせる。


 人を殺すなという癖に、間接的に人が死ぬことは心が痛まない。矛盾を抱えたくせに、その矛盾に気づかない愚鈍さはギフトにとって怒りを覚える対象にすらなる。


「どうせ抱えるならちゃんと見ろっての。苦しみながらも笑ってるのが格好いいんじゃないか。」

「何を言っているのかはわからぬが、相手をしたくないのは良くわかった。ここは妾が・・・。」

「何をぐちゃぐちゃ言ってるのよ!!言わないなら無理やり聞き出すわよ!」


 腰の細剣(レイピア)を抜き一足で飛び込みリカは突きを放つ。ギフトはさっさとその場を離れ、ローゼリアはその突きを下から剣を弾いて回転し、体制を整える。


 リカも自分の攻撃が防がれるのは想定内だったのか動揺することなくローゼリアを見据えて構える。


「話を聞かぬか。妾もギフトに聞きたいことがあるのだ。時間を無駄にするわけにはいかぬ。」

「はぁ!?説明しないって言ったのはそっちじゃない!」

「そういったのはギフトだ。妾が代わりに説明する。武器を収めろ。」

「・・・そう言って油断させて逃げるつもりでしょ?そうはいかないわ!」


 ローゼリアもうんざりする。ちらりとギフトを見てみればもう関与する気は一切ないのか、当事者であるにも関わらず、地べたに座り込み煙で輪を作って遊んでいる。


 流石にその態度はどうなのか。小言の一つでも言いたくなるが、ここでリカを無視すれば余計に面倒なことになりそうで、時間を食うことになる。


 ギフトの正体が半人(デミ)と知った。そのことについて詳しく説明してもらうつもりだったのに、ここで遊んでいる暇もない。毒渦と(ファング)という相手も見えた。早く動きたいというのがローゼリアの正直な心情だ。


「・・・はぁ。ならばそのまま聞け。妾達が相手をしたのは毒渦だ。殺したのはその構成員。それ以外は命までは奪っておらぬ。」

「やっぱりあんた達が殺したんじゃない・・・!」

「殺したのは毒渦の者だけだ。巻き込まれたものは・・・。」

「どんな理由があっても人殺しを許容できる訳ないでしょ!?」


 ああ。とローゼリアはギフトの言っている意味を理解する。


 毒渦を殺すなと言う事は、自分たちに死ねと言っているのと同じことだ。それだけじゃなく、巻き込まれた人たちも無視して誰も殺すなと言っているのだ。


 毒渦を壊滅させなければ被害は広がる。それでも人を殺すなというのは一体誰の為に言っているのか。答えは一つ。自分の為だ。自分の世界を守るためだけに、不純物をリカは許せないのだ。


「ふざけるな。」

「・・・え?」

「ふざけるなと言っている。自己中の自己満足に付き合えるか。ギフトですら人の為に苦痛を受け入れたぞ?お主はやはりギフトに遠く及ばない。」


 怒る気力すら失せたローゼリアは剣を鞘に納めリカに背を向ける。唖然としているリカを無視してギフトの元まで歩き、そっぽを向いて煙生産機になっているギフトの腕を取り無理やり上に引っ張り上げる。


「うわぁ。姫ちゃん力持ち。」

「それなりに鍛えておる。おかげでもっと女性らしくあれと小言を言われておる。」

「姫ちゃんらしいな。もういいの?」

「うむ。もう良い。」


 元々リカを説得する必要などないのだ。騎士かこの街を仕切る貴族にだけ話を通しておけばいい。苛立ちを抱えたまま嫌々話す必要までは無い。そもそも理由を説明しようとして、それを断ったのは向こうだ。怒られる筋合いはない。


「ちょ、ちょっと!まだ話は・・・!」

「終わった。話がしたいなら話を聞くようになってから出直してこい。」

「本当姫ちゃんずばずば言うようになったね。」

「お前の所為だろう?存外悪いものではないがな。」


 ギフトはローゼリアの変化を茶化すが、ローゼリアも口角を吊り上げそれに返す。認めてもらえるよう自分を隠して努力をしてきた。だが、実際認めて貰えた瞬間は自分を隠さなかった時だ。ならば今更取り繕う必要は無いと開き直っている。


 だが、ギフトとローゼリアは面白くとも、それが万人に受ける訳でもない。完全に蚊帳の外にされ、納得も出来ぬまま去ろうとする二人に突っかかる者はいる。


「待ちなさいって言ってるでしょ!?」

「もうヤダこいつ。姫ちゃん友達でしょ?何とかしてよ。」

「友達ではない。言い合える仲になれると思ったが、流石に受け入れられぬ。」

「なら私達には説明はある?」


 いつの間にか近くに来ていたメガネの女性にローゼリアは面食らう。ギフトは気づいてたのかさほど驚いていないが、視線を逸らしてまた増えやがったと言いたそうだ。


「また増えやがった・・・。」

「そういうことは思っても言っちゃダメ。大丈夫。私はリカと違ってちゃんと聞く。」

「私と違ってってどういう意味!?」

「そのままの意味。リカは猪すぎる。」

「もう一人いたであろう?その者はどこだ?」


 ローゼリアの質問に言葉で返さず指だけ動かす。その視線の先に目をやるとローブの女性は倒れた者たちの介抱を行っているようだ。クスリはギフトが燃やしたが、それは決してまともな方法ではない。体中に回っていたのならかなりの激痛があるだろう。全身を燃やされたとほぼ同義なのだから。


「意味が分からない。ただの魔法使いじゃない。体の中のクスリだけ燃やすなんて、まともな神経していたら絶対やらない。」

「そうでしょ!やっぱりこいつまともじゃ、」

「でも態々する必要もない。全部燃やしたほうが楽。つまり彼は救おうとした。助からないのは助ける必要がない、助けたくない者だけ。合ってる?」

「概ね正しいよ。それで?」

「事情は聴きたい。ルイの手助けも欲しい。でも・・・。」


 そこで初めてミリアをみると眼鏡の奥で瞳がキラキラと輝いていた。子どもが欲しい玩具を見つけた時のように、盗賊が宝物を目の前にした時のように。


「それ以上に君の魔法を知りたい。」


 魔導士は知識を追い求めるもの。彼女はギフトとは違って本職の魔導士だった。


 まだ見ぬ魔法を知って黙っていられるような殊勝さは彼女に存在はせず、まともと思っていたミリアもやはり少しずれていた。

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