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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 二部 ~二人旅~
27/140

27 正体

 炎を揺らめかせて敵へと突撃する。その速さはより速く、その後ろを炎の線が追いかける。


 数年前に戦場で戦った時も、ある傭兵団を廃業に追い込んだ時もこの姿をしていた。本気で戦う時、自分の魔力を制御せずに暴れまわる時彼の髪は真っ赤に燃える。


 髪だけでなく、手首や足首、体の所々から炎が燃え上がり。それは炎の魔法が使えるなんてものではなく、炎の化身と読んだほうがずっとわかりやすい。


 手を振るうだけで炎が扇状に広がり、人を燃やす。一言も発することなく炎の槍が自身の周囲に形成され、人に目掛けて今まで見たことの無い速度で放たれる。人の多い場所に自ら飛び込み足を踏み込めば、それだけで周囲で人が倒れていく。


 ローゼリアに行った、体の毒を燃やすという荒業を、混戦の中で併用しているのだ。それに合わせて、最初にギフトの姿をまじまじと見つめてしまった数人は、ギフトに顔を掴まれ燃え上がりのたうち回る。


 ローゼリアはその光景を瞬き一つせずに見つめている。既に体に毒はないから、動こうと思えば動くことは出来る。だが、動けない。その戦いに自分が踏み入る場所など無い事を理解しているから。ではなく。


 ただ圧倒される。荒々しくも一切の油断なく敵を打ち倒す姿に。人を救うことを難なくやってのける魔法の使い方。誰もが諦めるような状況を笑って覆すその豪胆さに。


 その姿は紛れもなく自分が憧れた姿だった。ギフトは昔黒髪だった。それは間違いない。ローゼリアが見た少年は赤い髪をしていたということ、それが間違いだった。


 もし、正確に覚えていたのならこう表現していただろう。髪の毛を真っ赤に燃やした少年が助けてくれたと。燃えるような赤い髪ではない。実際に人の髪に当たる部位が炎で燃え上がっていたのだ。


 ギフトは尚も暴れ続ける。その姿に見とれているといきなりギフトが炎の槍を手に生み出し、上空に向かって投げつける。その槍は重力に逆らい高く上がり、やがてその勢いを止めて、落下してくる。


「矢のお返しだ。炸裂する槍(バーストジャベリン)。」


 その槍はギフトの言葉に従い破裂する。そして落下の勢いを付け標的にぶつかる前に小さな槍の形状を取り、標的を貫いていく。家の上に隠れていたものもどうやって狙ったのか上空からの小さな槍に撃たれて地面に激突する。そしてローゼリアの目の前にも一人の焼け達磨が落ちてきて、その威力を物語る。


 人の焼ける嫌な匂いがローゼリアの鼻腔をくすぐり、顔を顰める。気づけば相手の数は随分と減り、もうギフトを凝視した人物はいなくなる。


「これで後はクスリをぶっこ抜いていくだけだな。」


 ギフトの髪の炎が根元からどんどん普通の髪に変わり、やがて炎は消えてなくなる。三つ編みは解かれ長い髪を流した状態の髪の毛を鬱陶しそうに払い、ローゼリアの元まで歩いてくる。


「大丈夫?姫ちゃん。」

「まさか・・・ギフト殿は、魔人か・・・?」


 出来ればそうであってほしくはない。人の住む国に魔人が出たとなれば間違いなく騒ぎが起こる。その魔力量と身体能力は人にとって驚異となりうるものだ。そしてその恐怖は数多の国に刻み込まれている。


 魔人が出たとなれば冒険者も騎士も傭兵も、周辺国ですら関係なく討伐隊が直ぐ様組まれ、退治される。その犠牲はあれど、そうでもしなければならない程の驚異なのだ。


「・・・俺は魔人じゃ無いよ。魔人の象徴の角は無いだろ?」

「ならば・・・。」

「俺は半人(デミ)。人から産まれた何にも属さない半人(デミ)だ。」


 呼吸が止まる。


 半人(デミ)。それは正体不明で、人ではない何かで、災厄を呼ぶ者と言われている。それの前では魔人すら可愛いと呼ばれる特異な力を持ち、国を一つ滅ぼしたとも言われる災厄の咎人。


 その正体は誰にも分からず、それでもその力は誰もが恐れる。匿えば国が滅び、怒りに触れれば国が滅ぶとされたお伽噺の怪物だ。誰の人生でもそうそう出くわすことのない産まれた時に罪が決まった存在の許されない化物。


 その半人(デミ)が今自分の前にいる。その圧倒的な暴力を遺憾無く発揮し、敵を薙ぎ払った。それは頼もしき力から一転して、ただ恐ろしいだけの存在となる。


「・・・まぁ、怖がるのはわかるさ。俺みたいな存在は普通産まれて来ないらしいしな。」


 少し影のある表情だが、その声はまるで迷っていない。本気で仕方ないと割り切っているのだろう。後頭部を掻いて溜息を漏らす。


「正体もバレたしもう一緒にはいられないわな。途中でやめるのは気が引けるけど、王都には自分で向かってくれ。毒渦のリーダーはいなかったし、(ファング)もいなかった。多分王都に集まってるならなんか画策してる奴がいるだろうから、とりあえず冒険者ギルドに行って・・・。」


 ローゼリアが一人でも行動できるようにと助言を残そうとするが、途中でローゼリアに服の裾を引っ張られ言葉を止める。顔が下を向いているので表情は伺えないが、その体は震え、怯えていることはよくわかる。


「無理すんなって。お前じゃ俺は殺せないよ?お前を殺すつもりは無いけど、逃げ切ることくらいは余裕でできる。」

「・・・。」

「ん?なんて?」

「それが答えであろうが!!」


 小声で何かを呟き、聞き取るために顔を近づけたギフトの耳元で、ローゼリアは今まで出したことのない大声を出す。突然の事に耳鳴りがして、耳を抑えて蹲る。


「うっさ。どうしたのよ姫ちゃん?」

「どうしたもこうしたもない!!妾を馬鹿にするのも大概にせよ!!」


 ものすごい剣幕で怒鳴るローゼリアにギフトも面食らう。確かにローゼリアを弱いとは言ったがそれは今までも言った事はある。今更ここまで怒る事とは思えないが、それ以外に怒る理由はない。


「お前が弱いのは事実だろ?どうしたのさ?」

「違う!妾が弱いことなど関係ない!妾を侮辱し、下に見たことが許せないのだ!!」

「別に下に見たつもりは無いけど・・・。」

「お主は確かに下に見た!怖いだと?一緒に居られないだと?お主の尺度で勝手に物事を決めるでない!!何様のつもりだ!!」


 ローゼリアの物言いにギフトもカチンとくる。別に自分の事など割り切れる。今回の事に関して言えば、一緒に行動することでローゼリアに被害が及ばないために言っているのだ。それを無碍にされて黙っていられるほど大人ではない。


「んだとこのクソ姫!こっちが下手に出てりゃ調子づきやがって!お前の為でもあるんだ!俺と一緒にいて得なことなんてねえんだよ!!」

「お主がいつ下手に出た!妾がいつそれを望んだ!!人の事などお構いなしに傍若無人に振る舞うのがお主だろうが!!」

「こっちが気を使ってやってんだろうが!!俺は化物だ!一緒にいりゃお前に迷惑が、」


 その瞬間乾いた音が響き渡る。ギフトの頬にローゼリアが平手をお見舞いしたのだ。


「痛って・・・。てめぇ・・・。上等」

「触れられるではないか、痛みもあるではないか!怒ることも笑うことも出来るではないか!お主のどこが化物だ!もう一度言ってみろ!!ギフト!!」


 目尻に涙を浮かべなからギフトに近づく。肩で息をしながら、ギフトを睨み続け一切目をそらそうとしない。


「妾はお前を殴ったぞ!さあやり返してみろ!!お前が化物だと言うのなら、怒りのままに妾を殺せ!!それでこそ化物だろうが!!理不尽でこそ化物だろうが!!」


 声を荒げて口調も悪くなりながら顔をより近づけギフトに詰め寄る。ローゼリアにとってギフトが化物かどうかは関係ない。大事なのはどんな誰であれ自分を救ってくれたという事実だけだ。


 知らないだけかもしれない。半人(デミ)がどれほど恐ろしい存在かはよく聞かされた。それでも目の前の人物を恐ろしいとは思わない。例え半人(デミ)でもギフトは恐怖の象徴たり得ない。


「良いか!?三度だ!お主が妾を救ってくれたのは三度もある!妾が今生きているのはお前がいたからだ!!人を救う化物がこの世のどこにいる!?」


 誘拐されて泣いていたとき、力不足を嘆いた時。ローゼリアにとって大事な転機にギフトは必ず居た。もうギフトは昔の事など覚えていないが、それでもローゼリアは覚えている。


 泣きじゃくる自分に笑顔を向けて、暖かな日差しが差し込む日常に返してくれた恩人を。傷つくことも厭わずに、何の関係も無い人を守るために、救うために戦った者が化物なんてあるわけがない。


 少なくともローゼリアはそう呼べない。例え誰に否定されようとも、ローゼリアにとってギフトは恩人で、憧れで、そして誰よりも人のために生きれる男だ。そうでなければギフトは今ローゼリアと共にいる理由はない。


 本人がなんと言おうと、ローゼリアにとってのギフトの評価はローゼリアが決める。それすら奪うことは許さない。


「お前が誰かは関係ない!勝手に決めて妾の意思を奪うな!妾がお前と一緒にいるかどうかは二人で決めるものだ!お前だけで判断を下すな!!」


 ギフトは声を荒げるローゼリアの言葉を黙って聞き入れた。ローゼリアも言いたいことは全て言った。聞きたいことも多々あるが、今言うべきことは全て言った。後はギフトがどう答えるかを待つのみだ。


 殴られるかもしれない。罵倒されるかもしれない。それでもここで引くわけには行かない。ギフトと向き合うことすらできないなら、これから先自分は誰とも向き合わずに人生を終えてしまう。


 今まではそれでも良いと思っていた。だが、ギフトと出会い、誰も見ず、誰にも見られない人生がどれほど辛いかを知ってしまった。だからもう戻れない。向き合う痛みはずっと続くが、痛みのない人生はもう耐えられない。


 ローゼリアはギフトを黙って目をそらすことなく見つめ続ける。気負うローゼリアにギフトは少し顔を俯かせ、予想しない反応を示す。


「ぷっ。くくっ・・・!アハハハハ!!ダーハッハ!!!」


 ギフトは腹を抱えて大爆笑。それはそれは心底楽しそうに、愉快そうに笑う。


 ローゼリアとは別の意味で目尻に涙を浮かべ、なんとか呼吸を整え肩を上下に動かしながら目元の涙を拭ってローゼリアを見つめる。


「いやー。久しぶりに大爆笑したよ。姫ちゃんって面白いね。」

「・・・また、妾を馬鹿にするか・・・!」

「いーや。むしろ尊敬するよ。確かに俺だけで決めるべきじゃ無かったな。悪かった。」


 片手を軽く上げ謝罪の姿勢を取るも、笑いがまだ抜けていないのか、少し苦しそうだ。だが、先程の影のある表情は綺麗に消え去り、いつもの飄々とした笑顔を顔に貼り付けている。


「で、どうする?俺と一緒にいるとバレた時本当に嫌な目に遭うぞ?」

「ふんっ。上等ではないか。お主だけ辛い目に合わせて何が憧れだ。妾が憧れた誰かは全てを背負って笑うような世界一強きものだ。」

「流石にそれは誇張しすぎじゃない?誰かさんも迷惑だろ。」


 ここまで言ってもまだギフトは思い出せないようだ。だが、それは構わないし、寂しさもない。ギフトが思い出そうが思い出さまいが、自分の追いかける背中は変わらない。むしろその背中を近くで見れることはローゼリアにとって喜びだ。


「じゃあ行こうか?姫ちゃんがそれでいいなら、俺も最後まで面倒見てやるよ。」

「そう言う台詞は料理の一つでもできてから言え。」

「それまでの食材全部姫ちゃんの胃袋に収まるなら。」

「死んでしまうな。やめておこう。そんなことより・・・。」


 目の前に広がる光景を、ローゼリアは溜息を吐きながら見渡している。言わんとすることはギフトにもわかるが、それを考えるのはうんざりする。


「悪いのは毒渦の連中だし、このまま逃げちゃおうかな?」

「このまま逃げればただの犯罪者であろう。どの道居場所はバレたと思って良いだろう。今更コソコソ動く必要はない。騎士には妾も説明しよう。」


 ギフトは肩を落としながら、倒れた人間、生きているものとそうでない者を分けて集めていく。ローゼリアもそれに倣って行動する。


 そしてミギルの街で行われた戦いは大きく知れ渡ることはなく、静かに収束する、


「うわ!なにこれ!?」


 事にはならず、状況の説明をどう行うかを考え、ギフトは天を見上げて紫煙を吐き出し思考を放棄した。





更新少し途切れます。

やっぱ毎日更新は厳しかったよ・・・。

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