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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 二部 ~二人旅~
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26 片鱗

 ローゼリアは前に出ると同時に詠唱を始め、自身の前方に雷の弾丸を発射する。殺傷能力はなく、精々相手の動きを数秒止める程度の物だが、その一瞬はローゼリアが間合いを詰めるのに充分な時間だった。


 素早く懐に潜り相手の目を確認する。その目はローゼリアを見つめておらず、虚ろに自分という人間を視界に捉えているだけの様に思える。


 相手の目を見ろ。とは言われたが、それは簡単なことではない。ローゼリアはクスリ漬けにされた人間の目など見たことはないし、彼らも動くものには視線を寄越すくらいの事はする。そしてそれが演技かどうかの判断をローゼリアには下せない。仕方なく肩で相手を弾き、距離を無理矢理に開ける。


 剣を構え直して全体を観察するが、やはり誰がどれほどの状態なのかはわからない。やると決めたは良いが、それが出来るという事には繋がらない。志だけが先行し、彼らを救うための手段は取れない。


 歯噛みをしながら、ギフトの言葉を思い出す。何も知らないとは本当に厄介だ。ここ数日で自分の未熟さを嫌というほど思い知らされる。何故もっと早くにその事に気づけなかったのか、後悔が一瞬頭を過る。


 だが、その一瞬は相手につけ込まれる。二人がローゼリアに襲い掛かり、相手との距離を取るべく脅しのために剣を振るうが、相手は止まらない。その為ローゼリアの剣が迷い、体を切ることなく空中で制止し、痛みに耐えうるべく目を瞑るが来るべき痛みはやって来ず、代わりに人の体が打たれる鈍い音が聞こえる。


「ぼさっとしない!こいつらには痛覚はないんだ。脅しは通用しない。」


 間一髪のところでギフトが横合いから一人を蹴り付け、二人まとめて遠くに吹き飛ばしていた。見ればギフトは何一つ乱れた様子は無く、別の場所では何人か倒れ伏せている。


「すまぬ。不覚をとった。」

「難しいなら相手を行動不能にしろ。お前の身を守ってくれるのは最後はお前だけなんだ。」


 言いながらギフトは相手を殴りつけ、蹴り付け、相手の骨を折ることを厭わない。鈍い音が響くたび、一人また一人と地面に倒れるものが増えていく。


 それでも呻き声が一切聞こえず、異様な光景にローゼリアは恐怖する。訓練はしてきた。実践も何度か行った。だが、ここまで異様な光景は見たことがなく、その視線は地面へと落ちていく。


「傷つけたくないのはわかるよ。でもお前は戦うことを、救うことを選んだんだろ?だったら自分の痛みくらい耐えて見せろ。こいつらはもっと痛くて辛いんだ。」


 顔を上げてギフトを見れば、ギフトも少し表情が暗い。向かってくるものなら容赦無く殺す。自分の的には遠慮をするつもりは一切ないが、流石に事情が違いすぎる。


 騎士や傭兵、冒険者の様に覚悟を決めてその道に進んだわけでもなく、平和な世界で生きたいと願っていただけなはずなのに、命の奪い合いをさせられている。自分の思いは含まれず、クスリが抜けても罪の意識に苛まれる。


 その境遇に同情はする。だからこそ、救うことに否は唱えなかった。目が覚めて殺してくれと言われれば痛みもなく殺してやることもやってやる。それでも何の罪もない人を傷つけるのはギフトにとっても愉快な気分には到底なれそうにない。


 ギフトの葛藤が見えたのか、ローゼリアも視線を前に向ける。その顔に迷いが幾らか消えたのを見て、ギフトはローゼリアの横に立ち小さく呟く。


「最悪、命を奪ってでも動きを止めろ。石を投げられる役目くらいは貰ってやる。」


 その言葉は自分のために言われた言葉だとは分かる。だが同時に自分の不甲斐なさを突きつけられる。


 頼ってばかりではいけない。辛い役目を押し付けるだけの、そんな存在にはなりたくない。その横に立って一緒に背負えなければ強くなった意味が、強くなろうとした意味がない。


 息を吐き、呼吸を整える。平常心でいられない事を理解して、それでも冷静さを取り戻す。そして向かってくる相手に向けて一閃。太ももを切りつける。


 自分ではどこまで切れば行動不能になるかわからない。どれだけの血が流れれば人が死ぬのかわからない。痛覚のない相手をどうやって止めるかわからない。


 知らないことだらけだ。ならば、自分の知っていることをかき集めろ。それも用いて最適解を導き出せ。知らないことを理解しろ。出来ることと出来ないことを理解しろ。


 ローゼリアは剣を収め、両手を空にする。それは決して誇りたいことではなかったが自分の魔法は弱い。魔法を使えるものはいるが、雷を使うものは周囲にいなかった。だから我流で魔法を学んだ。


 結果として強い魔法は身につかなかったが、それは今役に立つ。相手を殺すことのできない弱い魔法は、人を救える強い魔法に成り代わる。


「荒ぶる(イカヅチ)よ。集い集いて妾の敵を薙ぎ払え。雷帝の鉄槌(トールフィスト)!」


 詠唱を唱え腕を振るうとそれに追随して雷が振り下ろされる。それは集団の頭上に落とされ、闇を少し照らし、光が収まる頃にはまともに食らったものは地面に倒れ伏せている。


「・・・魔法も使い方次第か。弱くて良かったと思える日が来るとはな。」


 自分の手を見つめ、拳を握り締め敵を見据える。その目にはもはや迷いはない。傷つけづに制する方法がわかれば、何一つ恐れる相手ではない。


「ギフト殿!お主は毒渦をやれ!他は妾が全て落とす!」


 その言葉をギフトは聞き届けると、今まで相手にしていた場所から一気に遠ざかり、ローゼリアの元までやってくる。そして姿勢を少し低くして、少しだけ荒くなった息を整える。


「さっきの魔法姫ちゃん?すごいね。」

「褒められるほどの物ではない。できるか?ギフト殿。」

「・・・期待に答えてやるさ。援護頼むよ?頼りにするからな。」


 口の端を釣り上げ不敵に笑うギフトにローゼリアの心は高揚する。自分が認めた人間に、今初めて認められたような気がした。それが嬉しくないわけがない。


 自然とローゼリアも口角を上げ、頷き返す。それを合図にギフトは走り出し、敵に真っ直ぐ突き進む。ローゼリアはそれを確認することもなく詠唱を始め、前方に広がる敵の意識を刈り取っていく。


 ギフトが暴れまわり、その線にいなかった相手をローゼリアが落とす。単調な行動を繰り返す相手に対して、単純な力押しは有効な一手となった。


 そして暫くそれを繰り返し、空に少し青さがひらがり始めた頃ギフトもローゼリアも疑問を抱く。それは敵の数が一向に減っている様子がない。地面に倒れた人間は増えているが、それでも相手にする数が減っている気がしない。


 ギフトは群がる人垣に蹴りを放って無理やり距離を空け、近くに居た人を掴んで投げる。一瞬の空白を生み出し、その間にローゼリアの元まで戻ると、流石に疲れたのか、肩で息をしている。


「・・・おかしくないか?」

「明らかに増えておるな。一体どこから・・・。」


 倒しても倒してもキリがなく、むしろ時間が経つたびに増えていく敵を相手にしていくのは辛い。と言うより、ローゼリアの魔力はもうじき無くなる。そうなれば剣で相手をするしかないが、魔力切れの体では時間稼ぎも録に行えないだろう。


 ギフトも肩で息をしており、疲労が伺える。今まで見たことがない汗を掻いた表情だが、使った魔法は一回だけ。まだ余裕はあるはずだ。


「ギフト殿。魔法は使えるか?」

「・・・使えるよ。でも今は炎の槍(ジャベリン)しか使えない。」

「何を言って・・・。っ!!」


 炎の玉や、煙草に火を付けるために無詠唱を使える者が、一つの魔法しか使えないとはどういうことだろうか?そうローゼリアが問う前にギフトの死角から一本の矢が飛んでくる。


 ローゼリアはギフトを押して、倒れこむ。幸いにして矢は刺さらず肌を薄く割いただけで支障は無さそうだ。


 が、立ち上がろうとしても体に力が入らない。それどころか目眩がする。頭がガンガンなり、吐き気を催す。


「姫ちゃん!?」


 ギフトが慌ててローゼリアを抱えてその場から飛び退る。その場には再び矢が放たれており、矢の角度から飛んできた方向に視線をやると、一人の人間が弓を構えている。


「毒!?くそっ!あと少しだったのに・・・!」


 麻痺毒ならばまだ問題はない。問題なのはそれが死に至る毒かどうかだ。毒に関する知識はあるが、専門家という訳でもない。せめてもう少し後ならすぐ対処できるが、今はどうしようもない。


 ローゼリアを背負ってその場から離れるために全力で走る。だが、疲労からかその足は少し遅く。痛みを感じぬ集団にジリジリと距離が縮まっていく。


「ギフト殿・・・。妾を置いていけ・・・。」


 すると耳元でローゼリアの声が聞こえる。薄れる意識の中で自分が重荷になっていることがわかったのだろうか。か細い声でギフトに嘆願する。


「お主は元々関係ない・・・。ここで見捨てても妾は恨まぬ・・・。」

「悪いが、俺は恩人を見捨てるほど義理堅くないんでね。命を救われた借りはちゃんと返すよ。」

「ギフト殿には・・・。既に、救われた・・・。妾が借りを返しただけに過ぎぬ・・・。」

「覚えてないね。喋れるならまだ大丈夫そうだな。もう少し我慢できるか?」


 喋るのも辛そうだが、まだ意識はある。今更見放すぐらいなら最初から首を突っ込まない。どうせ付き合うなら地獄だろうが踊ってみせる。


 ローゼリアに言葉をかけながら全力で走るも、この街の地理に明るいわけではない。やがて袋小路に追い込まれ、行き止まりに突き当たる。


「奴らの狙いは、妾だ・・・。ギフト殿一人なら逃げ切れるだろう・・・?」

「・・・。」

「もっと早く・・・。気づいていれば・・・。死ぬときになって、口惜しいな・・・。」


 自分の死期を悟り、力なく呟くローゼリア。もっと早く矢に気づいていれば。救おうと欲をかかなければ。もっと早く、ギフトに出会っていれば。


 そうすればもっと強くなっていたかもしれない。こんな状況でも切り抜けられたかもしれない。強くなって、もっと笑えていたかもしれない。そう思えば、自然と涙が溢れてくる。


「そうだな。ここまでだ。」


 ギフトでも切り抜けることはもうできないのだろう。ならばせめてギフトだけでも生きて欲しいとローゼリアは願う。


 逃げ場を失い完全に包囲され、もう取れる手段は残されていない。


「逃げ回るのはここまでだ。」


 ただしそれは普通の人間ならばと言う枕詞がついている。


 ギフトが不敵に笑うと同時、眩しき太陽がその姿を現す。その光を一心に浴び、ギフトの体に変化が訪れる。荒い息はなりを潜め、真っ赤な髪が炎のように揺らぎ始める。いや、それは比喩ではない、現にギフトの髪の毛は炎へと変わり、熱によって空間が少し歪んでいるのだから。


「ちょっと痛いぞ?覚悟しろよ?」


 ギフトはローゼリアの傍で片膝を付き、その手を翳す。するとローゼリアを今までの比では無い頭痛が襲い、頭を押さえる。


 どこがちょっとだ。と訴えたいとことだが、その痛みは続くことなく、多少の体のだるさはあるが、先程までに比べれば随分と楽になっている。


「お前の体の中の毒を燃やした。ちょっと節々が痛むだろうけど、死ぬことはないよ。」

「お主は・・・一体・・・?」

「後で説明するよ。もう言い逃れできないし。」


 ギフトは立ち上がり、振り向くとそこにはギフトの姿を凝視するものと、そうでないものが別れている。それはとてもわかりやすく、誰が敵かをひと目で判断することができた。


「この姿にも感謝だな。」


 目の前で片手を開き、視界に収めた者たちを握りつぶすように拳を握る。誰ひとり逃がさない。どうせもう言い訳はできないのだ。ならば心の往くままに暴れてやろう。


「さあ。覚悟しろよ?俺の炎は少し熱いぞ。」


 獰猛な笑みを浮かべ、空間を歪めるほどの炎を生み出す化物は、標的に向かって最後の言葉を投げかける。




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