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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 二部 ~二人旅~
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25 毒渦

「そうか。場所は分かったか。」


 男は影の報告を聞いて満足そうに頷く。影は多くを語らないし、不明瞭な情報も寄越さない。その発言は事実だけを述べ、その事実が男を満足させる。


 逃げられた時は焦りもしたが、動く方法など限られている。主要都市の周辺で網を張っていれば、見つからない道理は無い。いくら強靭な者だろうと、人の暮らす街の豊かさを知れば、そこから長期間離れることは苦痛になる。


「それにしても同行者がいるとはな。それもかなりの手練か・・・。お前なら始末できるか?」


 その質問には答えず、影はピクリとも動かない。情報として聞きはしたが、その実力など見てもいないのでわかる訳もない。斧の男が怯えながら報告をしてきたが、あの男なら自分でもそれほど苦労することなく勝てるだろう。問題はその上限。


 斧の男より強いものなど掃いて捨てるほどいる。その中でも上下を決めれるかと言われれば難しい。自分が直接見ることが出来るなら、その一端も測れるかもしれないが、現状ではその容姿と斧の男より強いことしかわからない。


 何も答えず終始無言を貫く影に、男は尊大に鼻を鳴らし窓辺による。そこからは王都を一望でき、もうすぐこの景色を独り占めにすることが出来ると思えばどうしても心が躍る。


 昂ぶる気持ちを鎮めるために、紅茶を飲んで気を落ち着ける。毒渦が動いたのなら問題はないだろう。後処理のことを考えるべきだ。


「ミギルの街には悪いが、殺せとは命じていない。少し都市機能が失われるだけで大きな問題にはならない。俺が頂点に昇るための礎になってもらおう。」


 実際には一つの都市が機能を失えば、その被害は計り知れない。だが、男はそれを考えはしない。いざとなれば切り捨てて、別の街として統治すればいい。自分が上に立てばそれも可能と、自分の実力を疑わない。


 影は報告以外終始無言を貫くが、男の考えがすんなり上手く行くとは思っていない。本来なら一度目の襲撃で終わるはずだった。それが、ズレたということはここから先は相手の出方次第になる。


 それを見越して作戦を建てるべきだと言うにも関わらず、それを怠った。それはつまり相手に付け入る隙を与えるということ。一つずれた歯車のせいで、全てが台無しになることなどよくあることだ。


 それでも影は喋らない。未来を思い描いて愉悦に歪む男を余所に、どこまでも冷ややかに自分の仕事を全うするだけだ。




 男は放物線を描いて椅子やテーブルにぶつかり、上に載っていたものを盛大に撒き散らしながら地面へと激突する。ローゼリアの目には足を振り抜いた体制のギフトだけが映り、今何が起きたのかを理解していない。


「本気でムカつく。食事をダメにしたり邪魔する奴は皆ぶっ殺してやりてぇ。」


 ギフト自身も料理ができないので食事をダメにすることはよくあるが、それは意図して行うことではないし、何よりそうなっても全部食べきっている。


 だからこれは許せない。飯を食べられないものに意図的にして、破棄することしかできない状態にするなど、許せるわけがない。自分で作れないからこそ、食事をするときは感謝の気持ちを忘れないギフトにとって、それは全てを無下にしていると言っても過言ではない。


「毒渦か?(ファング)か?それとも別の誰かか?誰だろうが許すつもりは無いけど。」

「・・・どういう事だ?」

「飯に毒が入ってんだよ。死にはしないだろうけど、暫く動けなくはなるだろうな。」


 顔から笑みを消し去り、冷酷な視線を向けるギフト。その目は油断なく周囲に刺さり、下手な動きを見せれば即座に対処する腹積もりだ。


 そんな中先程まで歓談していた女性が一人ギフトに近づく。


「ちょっとあんた!何してんの!?ってかなんで狙われたの!?」


 ローゼリアからは見えなかったが、遠くからはしっかりと確認できていた。二人に向けて、正確にはローゼリアに向けてナイフが振り下ろされる瞬間を。


 ただ事ならぬその状況に、リカは堪らず声をかけたのだが、ローゼリアにもギフトにも状況を説明できない。何故狙われたのかなど二人も知らないからだ。


「姫ちゃんこれ。もうバレてるみたいだし、杖と帽子返して貰っていい?」


 リカに言葉を返すことなくローゼリアに剣を渡し、杖と帽子を受け取る。帽子を被りながら店の中を睥睨してみるも、誰も彼もが怪しく見え、敵が誰かまではわからなかった。


 舌打ちを一つ鳴らし、ギフトは状況を整理する。毒渦のメンバーがここにいるなら、戦いたくはない。場所もそうだが、今は有利な状況とは言い切れない。逃げて時間を稼ぐべきだと、ギフトはローゼリアの手を引いて店から走り出す。


 そしてその後を複数の男女が追いかける。、誰もが状況を理解できずにいる。喧嘩なら日常茶飯事だが、明確な殺意を持った不意打ちなどそうそう見るものではない。あの二人が何か厄介な事に巻き込まれていることだけしかわからない。嵐が過ぎ去った後の様な静けさだけが残り、誰もが言葉を発することが出来なかった。


 二人は人のいない夜の街を駆け抜ける。走りながらギフトは空を見上げ月を見て、まだ朝になるまでは時間が掛かりそうだと、苛立たし気に舌打ちをする。


 二人を追ってくる人数も闇に紛れて正確に把握できない。どこから誰が出てくるかもわからない為、無駄に神経をすり減らす。


「ギフト殿!このままではいずれ追いつかれるぞ!?」

「わかってる!炎の槍(ジャベリン)!!」


 走りながら魔法を打ち出すも、それは容易く回避される。相手が攻撃されるのを予想している時に、直線に進むしかできない攻撃を避けるのは簡単だ。


 後方で炎の槍(ジャベリン)が地面に突き刺さり粉塵を上げるが、それに怯んだ様子はなく二人を追いかけ続ける複数の者たち。忌々し気にギフトは毒を漏らす。


「怯みもしねぇか。厄介だな。」


 ギフト自身当たるとは思っていなかったが、多少なりと足を遅らせることは出来ると思っていた。魔法が打ち出されれば当然身構える。遠距離攻撃を持つ者に無作為に近づく事は自殺行為だ。躊躇ってくれれば距離が稼げると踏んだのだが・・・。


「ありゃ毒渦のメンバーだな。相変わらず最低な奴らだ。」

「どういう事だ?」

「あいつら薬物で神経麻痺させてんだよ。痛みも恐怖も感じないようクスリ漬けの毎日を過ごしてる。中には捉えられて無理やり戦わせられてる奴もいる。」


 ローゼリアはギフトの言葉を聞いて不快な気持ちが襲う。それは間違いなく犯罪行為だ。それもとっびきりで最悪の。


 自分で勝手で堕ちるのはどうでもいい。だが、その道に無理やり引きずり込むようなやり方が許されて良いはずがない。人生を狂わされた者たちが自分の意志で戦うこともできず、したくもない犯罪行為に手を染めるのを黙って見ているのは気分が悪い。


「助けられぬのか?」

「今は自分の事だけ考えとけよ。美徳だけど、足元救われるぞ?」

「助けられないとは言わないのだな。」

「・・・出来る。けど、それが最良の結果になるとは限らない。あいつらにこれから先を生きる気持ちがあるかが問題だ。」

「・・・?」

「クスリ漬けにされてもその時の事を覚えてるんだよ。それを忘れるためにまたクスリに頼る。それが毒渦のメンバーの増やし方だ。」

「・・・外道にも程がある。叩き潰すべきだ。」


 腸が煮えくり返るような気持ちを抱えて、ローゼリアは決意する。彼らを救うことは出来ないかもしれないが、せめてこれから先の被害者を減らすことは出来るだろう。それが今自分がなすべきことだろう。


 自分以外の事を気にかけている余裕など本当は無い事はわかっている。それでも目の前の悪党を放置はできない。何よりこいつらは自分を狙っている。それを討伐することは理に叶っている。


 ローゼリアは走りながら抜剣し、ギフトに視線を寄越す。それは戦う意志の表れで、ギフトが仮に止めたとしても、絶対に譲ることはないだろう。そしてギフトも奴らを許すつもりは全くない。顔を見合わせて頷き合う。


「本当は今戦いたくないが、それで糞どもが蔓延るのも我慢ならねえわな。」

「許してはならないものを許す必要はない。見分ける方法は?」

「目を見ろ。従いたくない奴らは焦点が合ってない。本当のメンバーはある程度理性を保つためにそれほど強いクスリを使ってない。」

「聴けば聴くほど吐き気を催す連中だ。」

「やれるか?咄嗟の判断は難しいぞ?」

「難しかろうがやるしかあるまい。彼らをこれ以上苦しめたくはない。」


 あくまでもローゼリアは救うつもりだ。それは甘いとはギフトもローゼリアもわかっているし、ギフトに至っては容赦なく命を奪うつもりだった。


 クスリで狂わされた人の人生は悲惨だ。それは何度もこの目で見てきた。そうなるくらいなら、いっそこの場で死んだほうが彼らも幸せかも知れない。


 だが、それは今までの話。この場にはローゼリアがいる。自分になせないことが出来るかも知れないという淡い希望を抱いて、二人は狂わされた人達と毒渦と向き合い、彼らを救うために戦いに打って出る。



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