24 不穏
「何やってるんだ?」
首を傾けながら率直に疑問を口にするギフトだが、返事はなく、お互いに睨み合っている。まるで先に目を離した方が負けだと言わんばかりに、どちらもギフトに一瞥くれることもない。
顎に手をやり少し考えるも原因も解決方法も不明なら、自分に出る幕は無いだろうと、元の場所に座り食事がやってくるのを待つ。
「あ、あの・・・。止めないんですか・・・?」
おどおどしながらギフトに声を掛けてくる薄い青のローブを纏った女性。見た目より年下に見られるだろうその女性は戻ってきたのギフトに仲裁を申し出ているようだ。
「だってよくわからないし。」
「け、喧嘩してるんですよ!?」
「えっ?・・・ふーん。喧嘩、ねぇ・・・。」
肘をテーブルについて頬を乗せる。喧嘩していると聞いたのに、その顔はどこか嬉しそうで、少なくとも喧嘩の仲裁役などやる気はないようだ。
ギフトの心情からしてみれば、ローゼリアの変化が面白いので止める気は一切ないが、ローブの女性は気が気でない様子。飯が来る頃には適当にやめてくれれば問題ないが、それ以上長引くようなら一言言うか。とギフトが考え始めた頃。
「リカ。もう止める。」
「だってミリア!こいつが!!」
「先に暴言を吐いたのはこちら。非は私たちにある。」
黒の服に身を包んだメガネを掛けた女性が止めに入る。至って冷静に自分たちが悪いと付けつけられ、リカと呼ばれた女性は悔しそうに歯噛みする。
「ぐぐっ・・・!大体なんでこいつが平然としているのよ!?」
「お主がもう少ししっかりしていればこんな事にはなっておらんのだぞ。」
「流石にそれは意味わかんない。」
いきなりこちらに矛先が向き、ギフトはうんざりする。喧嘩を止める気は無かったが、仲の悪いはずの二人が揃ってこちらを悪者に仕立てあげられるほどの事はしていない。
「俺は煙草を吸いに行っただけで悪いことはしてないつもりなんだけど。」
「お主は気にしなさすぎだ。それも一つの魅力かも知れぬが、もう少し周りに目を向けるべきだ。」
「あんたのせいで怒られたのよ。なんで何も悪くないなんて言えるのかしら?」
「眼鏡のお嬢ちゃんか、ローブのお嬢ちゃん。補足説明とかある?」
「大丈夫。今あなたは悪くない。」
「そ、そうですよ。厳密に言えばあなたが悪いんですけど、原因があなたなだけで何もしてませんもん!」
「・・・ルイ。私が説明する。」
「賑やかで楽しそうだな。良い友達なんだな。」
「それほどでも。」
ミリアと呼ばれた眼鏡の女性は気苦労が多そうだ。とギフトが思うと同時に、ミリアもギフトを内心で変な人認定を下す。今の自分たちを見て、真っ先に楽しそうと行ってきた者は一人もいない。同情の言葉を吐きながらこちらに擦り寄ろうとする下卑た人間が多い中、純粋にそう言えるものは珍しい。
ローブの女性も同じ思いを抱いたのか苦笑いを浮かべるものの、自分の失言を咎めることもせず、全部含めて楽しそうだと言われ悪い気はしていない。
尚も姦しいリナと静かに対応するローゼリアを横目にミリアはギフトに向き直り口を開く。
「紹介が遅れた。私はミリア。こっちのローブはルイ。茶髪のがリカ。皆冒険者。ランクはパーティーでCランク。」
「は、初めまして!」
「あらご丁寧に。俺はギフトでこっちのは姫ちゃん。関係は・・・。護衛と雇い主?みたいなもんだな。」
丁寧な自己紹介に対し、適当とも取れる紹介をギフトは返す。ミリアはそれに気を悪くせず、気になったことを聞く。
「姫ちゃんは名前?護衛ならあなたの職業は傭兵?冒険者?」
「姫ちゃんは姫ちゃんだろ?元傭兵だけど今は違うよ。冒険者でも無いし。」
「・・・ん?要領を得ない回答。もう少し詳しく。」
「俺は届け屋だよ。今は姫ちゃんを届ける最中?」
「なんで疑問符がつくんですか?」
「仕事として受けた気がしないからな。一応報酬は貰う予定だけど。」
「何談笑してんのよ!?」
リカが声を荒げてこちらの会話を遮り、ミリアとルイがリカを宥める。その間にギフトも椅子を動かしローゼリアの隣に移動すると小声で会話をする。
「何したのさ?」
「妾は何もしていない。あ奴が突っかかってきたのだ。」
「ほへー。そりゃ良い事だな。感謝しないと。」
「・・・何を言っておるのだ?」
「喧嘩ってのは意志のぶつかり合いだ。そいつには譲れない、負けたくないって気持ちが喧嘩になるのさ。喧嘩できる相手が居るのは良い事じゃないか。」
ギフトはそう言って笑うが、ローゼリアは良い事だとはちっとも思えない。とういかギフトが馬鹿にされたから怒ったのに、当の本人が能天気なのが気に食わない。
「さっきも言ったがお主はもう少し周りに目を向けろ。お主が馬鹿にされるのは不愉快だ。」
「・・・。」
「なんだ?だらしない顔をして。」
「いーや。姫ちゃん見てるのは面白いなと思っただけだ。ちゃんと謝りなさいよ?じゃないとお母ちゃん許さないからね!」
思わずきょとんとしてしまったが、その後すぐに口角を釣り上げる。本当に面白い。ギフトは心からそう思う。
ローゼリアは短期間で成長していく。肉体的にではなくその精神が。こんなことなら自分のした事は余計なお世話だったかもしれないとギフトは考え、自分がその一助になったとは思いもしない。
「せっかく出来た友達だ。仲良くご飯でも食おうぜ?」
「・・・友達ではない。」
「喧嘩しても一緒に飯食うならそれは友達なんだよ。案外良い所も見つかるかも知れないよ?」
そう言って三人を見ると落ち着いたのか、怒気は引っ込んでる。ギフトは許されていないのか睨まれるが、リカはローゼリアに向かい軽く頭を下げる。
「さっきは言いすぎたわ。ごめんなさい。」
「・・・いや、妾も悪い部分はあった。すまぬ。」
「俺に謝ったら負けなのかなこの二人は。」
「今言うことじゃない。」
「そうです!今あなたは空気以下ですよ!」
「・・・ルイ。もう少し言葉を選ぶ。」
弾けんばかりの笑顔で暴言を叩きつけ、ミリアが辟易とした表情で突っ込む。先程より幾らか緩和した空気の中、食事が運ばれるのを待つ。
「女三人で冒険者なの?大変そうだね。」
「舐められることは多い。でも、私たちも弱くない。」
「強い弱いじゃ無くて変な奴に絡まれるんじゃない?」
「あんたもその一人じゃ無いの?」
「いやいや。流石に俺も一人だったら声かけないって。面倒そうだもん。」
「だったらなんで?」
「同じ女の人の方が姫ちゃんも飯食いやすいだろ?知らんおっさんの前で大口開けて食いたくないだろうし。」
「妾は大口開けて食事をした事など無いぞ。」
そしてただ黙って待つこともなく、会話が弾む。ギフトは見知らぬ人との会話は好きだ。自分の知らない事を知っている。体験している事が多いからだ。
その途中で出た言葉にローゼリアは自分への気遣いがあったことを知る。いや、気遣いは今までもされていたが、その手の事には疎いと思っていた。態々女性だけのテーブルに声を掛けたのも一応理由があったらしい。
「お二人はどういう関係なんですか?護衛と雇い主って言ってましたが。」
「あながち間違いではないな。ただ、なんと言って良いのやら・・・。」
そこまで言って口篭る。今のギフトとローゼリアの関係は護衛と雇い主は正しいとは言い切れない。ギフトには護衛をする義理はなく、ローゼリアが雇ったわけでもない。
目的がありその手伝いを願い出ただけだが、それを言う訳にもいかず、何といっていいのか考え込んでいると、ルイが勝手に勘違いをする。
「言葉では言い表せられない関係なんですか?」
「・・・それが一番わかりやすいかも知れぬな。」
途端ルイが黄色い声を上げて微笑ましい目で二人を見る。結ばれない関係、例えば身分違いの恋なのかと思っている。それは冒険者になってからは中々見れなかった物語の様で、否応なく心が躍る。
「へー。あんたたちも大変ね。」
「でも良い。だからこそ燃え上がる。」
「そうですよ!障害が多い方が思いも強くなるんです!」
三人が三人とも好奇心溢れる目で見てくるが、ギフトとローゼリアには何故そうなったのかわからない。お互いに顔を見合わせて首を傾げるだけで、特に否定をしないことがそれを加速させる。
「ねえねえ。この子のどんなところが好きなの?」
「ん?んー・・・。面白いところかな。精一杯努力してる奴は好感が持てるしな。」
「あなたは?この人のどこが良いの?」
「む?ふむ・・・。なんだかんだと人を思えるところだな。嫌いなところは多々あるが、それを補うくらいの魅力もある。」
お互いが何故そんな質問をされるのかわからないまま素直に答える。異性としてではなく人間性として好きなだけなのかもしれないが、三人娘は黄色い声を上げて喜ぶ。
「ねえ!二人はこれから何処に行くの?」
「とりあえず北に向かうつもりだよ。その後は王都に向かうかな。」
「えっ!?今王都に行くのは・・・。」
「うん。やめといた方がいい。」
今まで流暢に喋っていたのに、いきなり言葉を詰まらせ不穏な言葉が飛び出す。その事にローゼリアの目が細められるが、ギフトは飄々とした態度を崩さず、三人を見やる。
「へー。なんで辞めといた方が良いの?」
「傭兵が集まってるのよ。戦争でもするんじゃないかって噂になってるのよ。」
「・・・戦争、だと?」
「はい。私たちもちゃんと聞いたわけでは無いんですが・・・。」
「噂に過ぎないって事は無いの?」
「わからない。ただ、毒渦と牙の傭兵団を見かけたとは聞いている。」
「・・・いや、それ戦争じゃないな。少なくとも毒渦は使わない。使えないはずだ。」
三人からの情報にギフトは戦争の可能性は否定する。きな臭い事には変わりないが、少なくとも大規模な戦争に発展する可能性は低いだろう。
「なんで?傭兵が集まるのは戦争が起こる兆しじゃない?」
「毒渦は戦争で使うには問題が多すぎるんだよ。牙はありえないだろうし・・・。」
毒渦はその字のごとく、戦いの際に毒を使用する。それ自体は褒められる事ではないが、無い事でもない。ただ、その傭兵団は被害を厭わない。無関係な人間を巻き込むことも容易く行い、森の中だろうが街の中だろうが毒を使用するので、国の戦争に使うには被害が拡大しすぎて戦後の問題が多すぎる。
牙の傭兵団は狂人の集まりだ。相手が弱かろうが強かろうが徹底的に嬲り、相手を追い詰める。実力が見合わないことも多く、返り討ちに遭うこともあるが、狙われたらその執拗さに辟易とする。だが、牙の傭兵団は二年前に解散したはずだった。
「牙は解散しているの?」
「まぁ。生き残りの連中がまた徒党を組んだことも考えられるけど、少なくとも国が使うには問題が多すぎて敬遠されてるな。戦後の賠償が高すぎるし、別の国にも睨まれることになる。」
「その通りだろうな。人を殺すことが戦争の目的ではない。そこを履き違えてる集団などを戦争には利用しにくいだろう。ましてやそんな者共を使う国など疎まれて当然。だが・・・。」
「問題はそんな者共がこの国に居るって噂が立ってることだな。事実かどうかはわかんないけど、もしいるなら・・・。」
と、ギフトが何かを言うタイミングで食事が運ばれる。だが、ギフトはそれを喜ぶことなく、険しい表情を浮かべたままだ。
その事にローゼリアが疑問を持つ。つまみ食いをやめろと言っても聞かないほどに食い意地が張っている男が、目の前の食事に対して顔を綻ばせない事を不審に思い、運ばれた食事に手をつけない。
「どうしたの?食べないなら貰うわよ。」
「待った。・・・そっか。その可能性もあるよな。」
リカを制して小さな声で呟き、スープを口に運ぶ。その顔は依然晴れず下の上で少し味わったかと思うと、口の中に入れた物を床に吐き出す。そのまま腰に吊り下げたままだった水筒から水を口に注ぐと口の中を洗い流してそれも吐き出す。
いきなりの行動に不審な目を向けられるが、誰も声をかけない。いや、かけられないのだ。ギフトの纏う雰囲気が先程の飄々としたものから明らかに怒りに満ちているからだ。
「吐き気がするな。あいつら本気でぶっ潰す。それ食うなよ、今すぐ破棄しろ。」
それだけ言うと立ち上がり、ローゼリアに立ち上がるよう促す。何が起こっているのかは分からないが、ギフトが意味もなく食材を無駄にするとは考えられず、それに従う。
「ありがとうな。色々教えてくれて。俺たちはもう行くよ。それとこの街で食事はしない方が良いよ。」
唖然としている三人に忠告をしてその場を離れようとする。そしてローゼリアの手を引きテーブルの合間を縫って店を出ようとすると、音もなく二人めがけて凶刃が振り下ろされる。
続きは明日。
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