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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 二部 ~二人旅~
23/140

23 姦しい

 夜の街を二人で歩きながら他愛もない会話をしていく。ギフトが喋り、ローゼリアが答えるだけだが二人共に鬱屈した表情は無く、その会話を楽しんでいる。


「それは流石に嘘であろう?無茶苦茶な話ではないか。」

「本当だって。あと知ってるか?海の水はすごく甘いらしいよ?」

「海の水は塩辛いと聞いたことがあるが?本でもそう書いてあったぞ。」

「俺実際に飲んだことあるもん。マジで甘かったよ。いつか海に行ったら飲んでみるといい。」


 荒唐無稽な話ばかりを大げさに語るギフトはローゼリアを引き込む。それは知らないことばかりで、これから先見ることも叶わない様な話で心が躍る。


 因みにギフトは傭兵時代に同じように団員に騙され盛大に吹き出した事がある。報復として海に突き落としたが、もしローゼリアが自分の話を信じて、海の水を飲むなら楽しそうだ。惜しむらくはその瞬間を見れないことだろうか。


 アルフィスト王国に海がないことを幸いと、嘘を吹き込むギフトの表情は晴れやかで、罪悪感など微塵も感じられない。


「そうか。ならば機会があれば飲んでみるか。」

「そうそう。そんときは俺に感謝してよね?」


 ローゼリアに嘘を教えながら歩き続け、目的の建物に辿り着く。そこは少し小汚い酒場で、あまり上品な食事は期待できそうになかった。


「ここか?」

「姫ちゃんまさか妾にこんな下賎な食べ物は似合いませんことよ!とか言わないよね?」

「今までお主は何を見てきたのだ?それが嫌なら騎士に同行などせん。」

「それもそっか。じゃあ行くか。」


 ローゼリアが躊躇ったのは小汚いことでも、上品な食事が無い事でもない。夜の酒場は荒くれ者が集まりやすいのだ。単に酔っ払っているだけならともかく、意図して相手を害そうとする者が多いとグラッドに聞いたことがある。


 積極的に関わりたくない場所ではあるが、もう夜も遅い。ここ以外で食事の取れる場所もすぐには見つからないだろう。ギフトを待たせてしまった手前、ここで更に時間を食わせるのも申し訳ない。


 ローゼリアが歩き出すと、ギフトは慌てて小走りになり、扉を開けてローゼリアを招き入れる。進みだした足がその行動で止まり、ギフトに怪訝な目を向ける。


「何をしておるのだ?」

「散々デリカシーが無いと馬鹿にされたので、ここらでいっちょエスコートして少しは出来ることを見せてやろうかなと。」

「こんな夜更けに小汚い酒場に女性をエスコートする者が何を言ってるんだ。」

「こんな感じじゃねーの?」

「ギフト殿は色々学ばねばならぬことが多そうだな。」


 首を傾げて何が悪かったのかを真剣に考え込むギフト。扉を開けて女性を先導するのはあながち間違いではないが、根本的に間違っている。だが、いちいちそれを懇切丁寧に教える気もなく、むしろその方が変に気を使われなくて済むと、ローゼリアは何も言わず店内に入る。


 そこは予想したとおり屈強な肉体をした男どもが、酒を片手に大声で笑っている。自分の英雄伝を語っているものも酔いつぶれて動けなくなったものもいるが、中には女性も何人かおり、その女性に対して男どもがチラチラと視線を送っている。


 ローゼリアも御多分に漏れず視線を向けられるが、それに臆することはない。多数から視線を受けることなど今まで何度もあった。今までに比べれば欲望が前面に押しでた視線だが、腹の底で何を考えているかわからない奴らよりかは幾らかマシだった。


「ありゃ、結構席が埋まってんな。」


 後から入ってきたギフトが店の状況を見やり、残念そうな声を出す。確かにこの時間にしては人が多い。額に手を水平に当て、周囲を見渡すと唇をへの字にして愚痴を漏らす。


「空いてるテーブルないな。相席頼むかー。」


 ローゼリアもそれに相槌を打つ。それを見るとギフトは迷うことなくある一画に進み出し、ローゼリアもその後を追う。途中恨みの篭った目がギフトに向けられるが、それを気にすることなくずんずんと店の奥へと歩き続ける。


「こんばんわ。相席してよろしいですかー?」


 初対面にも関わらず能天気な声で、馴れ馴れしく声を掛けるギフトに嘆息を漏らすローゼリア。声を掛けるにしても、よりによって女性しかいない場所に行く必要は無いだろう。


 もしかすればギフトの好みの女性がいるのかとも邪推するが、ギフトの様子からは特別テンションが上がったわけでも雰囲気を変えたわけでもなく、いつも通りだ。


「何?あんた。いきなり声を掛けるなんてナンパにしてもやりようがあるんじゃない?」


 結果、三人いる内の一人茶髪を短く切った軽装の女性から鋭い目を向けられ、侮蔑の言葉を吐きかけられる。他の二人は何も言わないがどこか気まずそうだ。


「いきなりじゃなかったらどうやって声を掛けるんだ?」

「それはほら、ご飯を奢るとか、飲み代を奢るとか、綺麗な人たちだねとか言うとか、ってなんで私がそんなこと答えなきゃいけないのよ。」


 最後にジト目で睨んでくるも、途中まではしっかりと答えたところを見ると、根は素直なのかもしれない。ギフトはそれに対して気負う様子もなく平然と答える。


「じゃあここ奢るから相席して良い?最悪姫ちゃんだけでいいから。」


 人の目が向いている時に姫ちゃん呼ばわりはどうかと思うが、既に言ってしまっている。周囲のざわめきが少し大きくなり、ローゼリアが少しだけ気まずそうになるが、それに気づかず強気な女性はギフトを見下す。


「うっわ。バカップル?姫ちゃんとか恥ずかしくないの?」

「渾名だし別にいいんじゃない?それより良いの?駄目なの?」

「あー奢ってくれるなら良いわよ。変なことしたら承知しないから。皆良いよね?」


 了承の言葉をかける時だけ幾らか柔らかい口調になり、他の二人も同意してくれる。ギフトが渾名と言った事で懐疑の目は霧散するが、代わりに女性四人を侍らせて食事をしようとするギフトに注目が集まる。


 だが、自分が注目されていることなど気にもせず、メニュー表を見つめるとヘラヘラ顔は何処に消えたのか、今までにないくらい真面目な顔をする。


「何こいつ・・・。変な奴。」

「リカ。失礼。」

「す・・・すみません!」


 メガネを掛けた暗い印象のある女性がショートカットの女性を嗜める。そして最初からずっと落ち着きの無かった女性が慌ててローゼリアとギフトに謝罪する。


 その謝罪はギフトの耳には入ら無かったのか、何も答えない。ローゼリアは椅子を引いて席に座ると、性格がバラバラな三人を見ながら、ギフトが注文するまでの時間を潰す。


「受け入れてくれて感謝する。こ奴の非礼は変わって述べよう。」

「硬。そういうプレイなの?流石に引くわー。」

「引くのは私たち。リカは遠慮が無さすぎ。」

「そうですよ!例えどんな趣味だろうと私たちがそれを否定する権利はありません。」

「言外に変態認定してるじゃないか。一番傷つくわ。」


 会話を聞いていたのかギフトが口を挟む。メニュー表をローゼリアに渡すと大きく伸びをして、椅子にだらしなく座り、煙草に火を付けようとする。


「ちょっと。私煙草嫌いなの。吸うなら余所に行ってよね。」

「酒場でそれ言う?別に良いけどさ。」


 それ以上文句を言うことなく、注文だけ言い残し煙草を吸うために外へと向かうギフト。文句を言ったのは確かだが、あっさりと引き下がって少し拍子抜けした女性は肩を落としてローゼリアを見つめる。


「なんであんな変なのと一緒にいるの?」

「リカ。」

「だって気になるじゃない。はっきり言って変人っぽくないあいつ?」

「うむ。やはりそう思うか。」

「・・・へ?」


 悪口を言っていたはずなのに当の本人に同意を得られて戸惑う女性。ローゼリア自身もギフトはどこか変だと思っていたが、第三者から見ても変なら、自分は間違っていないという確信に変わる。


「あ奴はどこかおかしい。誇れることを威張らず、誇れないことを胸を張って言う。その上たまに何を言っているのかわからない。残忍な時もあれば甘い時もある。お主の言う変人とは何一つ間違いじゃない。」


 確かにギフトは変人だ。隠し事はあるし、自分を馬鹿にしてくるような言動も多い。だが、ローゼリアは見下されたと感じたことは一度もなく、どこまでも対等にあろうとしているだけとわかっている。


「えっと・・・。」

「だがあれでも妾の恩人で、優しいところもちゃんとある。何も知らぬお主に悪く言われる謂れはない。」


 だからだろうか。こんなにも腹が立つのは。自分が対等と認めた人間を、何も知らない奴に悪しざまに言うことが腹が立つ。


「お主がどこまで正しいのかなど妾は知らぬ。だが、知らぬ人間を悪く言う者が正しいとは妾は思わぬ。今すぐ訂正しろ。」

「な・・・!なによ!あんたも変人だって言ってたじゃない!」

「底が知れる。お主よりよっぽどギフト殿の方がまともで、大人だ。非礼を詫びよう。妾も大人気無かったな。」

「あんただって私とそう変わらない年齢でしょうが!」

「ちょっとリカ。」

「あわわわ・・・!け、喧嘩は止めましょうよ!?」


 一触即発の状態になり、辺りにピリピリした空気が漂い始める。


 煙草を吸い終えて帰ってきたギフトは、ちょっと目を離した隙に何が起こったのか、その現実を直視するのに精一杯だった。

続きは明日。

誤字脱字は気をつけていますが、

あれば報告お願いします。

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