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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 二部 ~二人旅~
22/140

22 楽しみ

「はー。一息つくわー。」


 ベッドに腰掛け盛大に息を吐くギフトは完全に緩みきっている。ローゼリアは手持ちが無いため、ここの支払いはギフトが行った。特別高いわけでもない、簡素な作りの宿で値段も高くない。それでも支払いを任せたことに変わりはない。だから文句を言うのは間違いだとはわかっている。わかっているのだが・・・。


「やはり流石に同じ部屋はどうかと思うぞ。」

「信用してるんだろー?だったら良いじゃん。」


 ニヤニヤ笑いながらギフトは部屋を軽く周り確認する。いざという時の逃走ルートを確保しているのだ。狙われる事は少なくなかった。その為、こういう時に一番大事なのが何かくらいはわかっている。


 落ち着き払ってるギフトに対してローゼリアは逡巡する。先程の会話でからかおうとしたのが失敗だったのか手痛いしっぺ返しを食らうことになった。お金をあまり使いたくないという意向はわかるが、意趣返しにしてはやりすぎではなかろうか。


「・・・そもそも男女が同じ部屋で眠るのは問題がある。如何に信用していようと、間違いが起こらぬとは限らぬ。その可能性を減らすためにも・・・。」

「はいはい。ネタばらしすると俺はこの部屋使わないから。」


 珍しく饒舌に語っていたローゼリアの言葉を遮る。それに安心すると同時に、ローゼリアは怪訝な顔をする。部屋を取るときは確かにひと部屋しか借りていない。今から受付に言ってもうひと部屋借りるのだろうか。だが、態々その嫌がらせのためにこんなことをしでかしたとは思えない。


「俺は夜の間やりたいことがあるから、部屋では一人で寝てね。」

「う、む・・・?ギフト殿はどこで寝るのだ?」

「あー。適当にどっかで寝るよ。」

「それは駄目だ。ギフト殿にこれ以上の負担を強いるわけにはいかん。」


 一緒の部屋で寝るのは嫌だが、それ以上にギフトにこれ以上負担を掛けたくはない。散々世話になっておいて、一緒の部屋も嫌だと駄々を捏ねるのはあまりにも情けない。


 もうこれ以上ないくらい情けないと思われているかもしれないが、それでもだ。自分から進んで醜態を晒すのと、醜態を見られるのは天と地の差がある。


 ギフトは何事か考えたあと、ベッドに腰掛け考える。ギフトからすれば負担でも何でもないのだが、ローゼリアに心労をかけるのも良くないだろう。ただでさえ考え込んでしまう質なのだから、いらぬ心配はあまりかけたくない。


「じゃあ。一緒に寝ようか。」

「・・・。・・・・・・・・・仕方、あるまい・・・。」

「そこまで苦渋の決断みたいにしなくても良くない?」


 たっぷりと間を空け決断を下したローゼリアに苦笑いを零す。自分を信用してくれたことは素直に嬉しいのだが、それはそれで問題がある。


 いっそ自分の事を話して楽になろうかとも考えるが、それはそれでローゼリアは一人で行動するのを余儀なくされるだろう。バレるのは仕方ないが、自分から進んで言うことはしない。


「信用してくれたことは素直に嬉しいけど、俺はまだ全部話した訳じゃないよ。」

「承知しておる。だが今はそれを抜きにしてもお主の心根を信用しておる。」

「わーお。嬉しいな。でも俺はこの部屋使わないんでよろしく。」


 窓の近くの椅子に座り、窓を開け放ち煙草を吸い始めたギフトは先程の会話を意味のないものにする。ローゼリアは眉間に皺を寄せ、再度言い募ろうと口を開きかけるが、それは遮られる。


「ほんじゃ情報集めに参ろうか。先ずは酒場とかかな。」


 窓の外に煙を吐き出し、街を見下ろしながら今後の方針を決めようとする。聞いても答えはしないという意思を背中から醸し出し、ローゼリアに喋らせない。


 それ以上の追求は無意味と溜息を吐いて、ローゼリアもベッドに腰掛ける。豪華なものではないが、まともな寝所は久しぶりだ。少しだけここで寝転がりたい欲求が湧き上がる。


「疲れたなら寝てていいよ。思った以上に疲労は貯まるしね。」

「・・・ギフト殿が休むならそれでいい。」

「姫ちゃん我儘になったね?」

「お主の所為だ。妾は悪くない。」


 子どものような駄々を捏ねるも、ギフトはヘラヘラ笑うだけで咎めることはしない。ローゼリアが多少なりとも自分を出してきたことは良い変化だからだ。


「じゃあ、寝るか。姫ちゃんそっちのベッドで良い?」

「・・・うむ。少し・・・疲れた・・・。」


 ベッドに横たわると同時に眠気が押し寄せてくる。ギフトのお陰で睡眠は取れてはいたが、自分の想像以上に体は緊張していたのか、睡魔に抗うことなく、ローゼリアは眠りに落ちる。


 それを見ながら、ギフトは煙草を備え付けの灰皿に入れ、また煙草に火を点け息を吸い込む。そしてリュックの中からある鱗を取り出し、それを見つめながら独りごちる。


「裏切りたくは無いなぁ。どうすればいいかな、マルム。」


 鱗は太陽を反射して虹色に輝くだけで、その呟きに答えてはくれない。それでも遠き日の思い出はギフトに笑いかけ説教してくる。


 今でも鮮明に思い出す過去の会話。見下すこともせず、興味深そうに見つめていただけの瞳を思い出し、ギフトは薄く微笑む。


「そりゃそっか。俺は今の自分が好きだからな。誰に嫌われてもそれだけ変わらないなら構わないか。」


 一人呟き満足そうに頷くギフトは鱗をリュックの奥底に戻し、空を見上げる。旅に出る前に覚悟は決めていた。どうせなら最後まで付き合い罵倒されるのも良いだろう。責任感が強くて脆くて、弱くて強いこの女性が一体何処に向かうのか。それに付き合うのも悪くはない。


「出会いは旅の醍醐味だしな。嫌われるのも好かれるのも一興ってやつだな。」


 その顔に一切の迷いは無く、いつもと変わらない飄々としたどこか憎たらしい笑顔を貼り付けていた。




「ん・・・。」


 一体どれくらい寝ていたのだろうか。ローゼリアが目を覚ました時には外は完全に暗くなり、街も静けさが取り囲んでいる。そして部屋を見渡すとギフトの姿が見当たらない。隣のベッドを見ても寝ている様子は無かった。


 寝ぼけた頭でローゼリアは思考する。流石に自分を騙してまで情報を集めに行ったかと思うとそれは考えにくい。せめて書置きぐらいは残していくはず。それくらいにはギフトも気を使える。


 ならば何処へ?夜にはやりたいことがあると言っていた。その為に外に出たのか、それとも腹が減って食事に出ているのか。ベッドから降りてギフトを探すために硬くなった体を伸ばす。


「あれ?姫ちゃん起きたの。」


 そして見計らったかの様なタイミングでギフトが扉を開けて部屋に入る。廊下の燭台の光に眩しさを覚え、目を細める。


「今起きた。何処に行っていたのだ?」

「腹減ったから宿の人にまだ空いてる飯屋があるか聞いてた。ご飯食べに行く?」

「む。すまぬ。待たせてしまったか。」

「いいよ別に。どうする?」


 ギフトの問いには答えず、寝ぼけた頭と顔をさっぱりさせるために、顔を洗うために洗面所へ向かう。水を水を出して顔を洗っていると、ギフトがそれをじっと見つめてくる。


「女性の身支度を見るでない。」

「それどうやって使ってるの?なんで水が出たんだ?」


 しかしどうやら見つめていたのはローゼリアではなく、水道の方だった。その事に疑問を覚えつつもローゼリアは聞かれたことを説明する。


「知らぬのか?これを捻れば水が出てくる仕組みだが。」

「初めて見た。どうやって水が出るんだ?」

「地下に水道を巡らせておる。そこから組み上げているんだ。」

「なんで地下にあるのにここから出るんだ?」

「それは・・・。」


 そこまで詳しくは無いのでローゼリアにもそれ以上は答えられない。だが答えに詰まるローゼリアに不快感を示すこともなく、ギフトは言われた通りに蛇口を捻り、水を出してその勢いに喜んでいる。


「おお!凄いなこれ。水使い放題だな。」

「こんなことで喜ぶのかお主は?」

「今まで見たことないからな。この辺の国はどこもこんな感じなのか?」

「そこまでは知らぬ。この国の主要都市は少なくとも設置されているはずだが。」


 詳しい説明をされずともその様子が面白いのか何度も止めては出して、その度に感嘆の声を上げている。その純粋さが微笑ましくて、ローゼリアも少し相好を崩す。


「そうか。これはこの国にしかないのか?」

「少なくともこっから南では見たことないな。水が豊富だからこんなことが出来るのかな?」

「そうかもしれぬな。尤も詳しいことまでは妾にはわからぬが。」

「へー。面白いな。」

「そうか?こんなもので一喜一憂するのか?」

「一喜一憂するために旅してると言っても過言ではないからな。」


 心の底から楽しそうに話すギフトにローゼリアは苦笑いを貼り付ける。届け屋としての仕事はどうしたと言ってやりたいが、あくまでそれは金を稼ぐ手段で、それ以上に知らないことを知るのが楽しいのだろう。


「それで喜ぶのも良いが、食事はどうした?」

「おお、そうだ。早く行こうぜ姫ちゃん。」


 先程まではしゃいでたとは思えない程素早く部屋を出て行くギフト。溜息を吐きながらも、その後に続きローゼリアは部屋を後にする。


 窓からこちらを見ている視線があることにも気づかずに、二人は夜の街を歩き始める。


続きは明日。

誤字脱字は気をつけていますが、

あれば報告お願いします。

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