20 夢
夜になり、焚き火を囲んで話し合うのはたった二人。残りの人はこの場にはいない。ギフトに恐れを出して逃げ出そうてしたのだが、喧嘩を売ってきた相手をあえて見逃す理由はギフトには無かった。
「もうちょっと手心を加えるべきだったかな?」
「・・・妾の言えることではないが、」
晴れやかな表情を浮かべるギフトに対し、ローゼリアの顔は晴れない。黙認はした。しかしどうしてもギフトの行動が腑に落ちないのだ。
敵に対して容赦をしないのは分かる。見逃せばまた狙われる可能せがあるのだから、不安の目は詰むべきだ。特に旅をしているなら周囲の目をそれほど気にしないで済むのだから。
「お主も大概甘い男だな。」
だからこそ彼らを見逃したギフトの行動は腑に落ちない。殺せと言うつもりはない。殺さずに済むのならそれに越したことはないが、手加減も口で言うほど簡単なことではない。よっぽどの実力差がなければできないのだから。何より、そこまで圧倒的な強さがあるのなら何も気にせず殺せば良い。それがこの世界の強さなのだから。
「殺せば飯が不味くなる。俺は善人ではないよ。」
「それでもだ。それにしても有名だったんだな。」
「どうだろうね。ずっと前のことだし、もう違うからね。忘れてる人の方が多いと思うよ。」
あの傭兵が口にした悪戯好きの炎。傭兵に限らず、冒険者でも騎士でも二つ名が付くことはある。それは畏怖と尊敬の念を込められ付けられるもので、自称でもない限りは二つ名は実力を示すステータスとなる。
「悪戯好きか・・・。格好良くはないが、二つ名持ちとはな。」
「俺は気に入ってたぜ。それにまだガキの頃の渾名だし妥当だよ。」
それはつまり子どもの頃からその実力を認められていたということなのだが、それを誇る様子は見られない。普通なら二つ名は自慢するべきことなのだろうが、興味がないのかその名を自分から口にすることはなかった。
「誇らぬのか?どんな渾名だろうがお主の力の証明であろう?」
「もう傭兵じゃないしな。今の俺はただの届け屋だよ。」
ギフトは空を見上げながら何でもないように呟く。それは今の自分が気に入っていることを表し、二つ名を捨てることなど何ともないと語っている。
少しローゼリアはそれを羨ましく思う。自分にもし二つ名が付けば簡単に捨てられないだろう。それを事も無げに手放すのは、名を売ることなど興味がないということだろう。
自分の為だけに戦うことを決めたからこそできることなのか、迷いのなさは一つの強さとなり、憧憬ともなりうる。自分の事など気にもせず、それでも他者に認められる強さは素直に羨ましい。
「どうすればお主の様に強くなれる?」
「・・・姫ちゃん?」
「焦ってる訳では無い。少し聞いてみたくなっただけだ。どの道話を聞いただけで強くはなれぬだろう。」
その目は少し陰りはあるが、それでも弱々しいこともない。自分が敵うか分からない相手を、その名前だけで震え上がらせた力の一端に少し触れたいという好奇心だろう。
「んー。俺は努力して強くなったんじゃ無いからな。」
「嘘であろう。それだけの強さは才能だけでは片付けられん。」
「才能だけじゃ無いよ。ただ、俺は生きるのに必死だったから嫌でも強くなるしか無かったんだよね。」
その言葉にローゼリアの背筋が凍る。強くなりたいと願ったことは無くとも強くなった。いや、そうでなければ生き残れない世界にいたのだろう。自分の様に恵まれた環境で強くなる為に努力したのではなく、強くなりたいと思う余裕などなく、強く有り続けなければ死ぬしかない世界。
そんな場所で生きていたものと自分を比べても意味はないかも知れない。そもそも舞台が違う。剣舞を待っている時に、横で社交ダンスを踊っているのだ。比べるものではそもそも無い。
だが、ローゼリアはその舞台に立ちたい。そうでもなければ幼き日の憧れはどんどん遠くへ行ってしまう。と、思い至った時にふとギフトに視線を向ける。
「どうしたの?」
ギフトの疑問に答えることなく、ローゼリアは思案に耽る。思い返せば似ている気もする。だらしのない表情に、炎を巧みに操るセンス。赤い髪に物怖じしない言動。
何故今まで気付かなかったのか、そう思うくらいにギフトは似ている。昔過ぎて細部まで覚えきれてはいないが、類似する点は確かに多い。
「お主は妾と昔あったことがあるか?」
「え?何ナンパ?嬉しいけど今更じゃない?」
「答えよ。八年ほど前の事だ。」
有無を言わさぬ物言いにギフトは視線を彷徨わせ思い出そうとする。が、思い当たる節は無い。と言うより、今まで会った人全員を覚えているわけもない。それに八年も前ならもはや記憶には無い。
傭兵団に拾われてから数年位の頃だろうか。と思い返せても、その当時の事など思い出すことはできない。そこまで薄い人生は送っていない。後頭部を手で掻きローゼリアと昔出会った覚えは無い。
「・・・無理。わからん。」
「・・・そうか。似ていた気がするのだが・・・。」
「何の話?」
ギフトの疑問は尤もだ。ローゼリアは少しの気恥ずかしさがあるが、もしギフトがその少年なら、言いたいことは多いと覚えている限りの情報をギフトに提示する。
するとギフトは手を顔の前で振りそれを否定する。
「八年前に髪が赤いなら俺じゃ無いよ。俺子どもの頃は髪の色黒かったもん。」
「・・・そうか。人違いか・・・。」
落胆するローゼリアを見るも、ギフトには手立てはない。八年前に自分が何をしていたかなど覚えてはいないし、そもそもギフトの髪の色が赤くなったのは三年ほど前。当時は黒髪だったのだから、完全に人違いだろう。
「・・・髪の色が変わったのか?」
「ん?・・・ああうん。滅多にあることじゃ無いらしいけど、俺の場合はちょっと特殊だから。だから姫ちゃんの想い人の髪色は変わってないと思うよ。」
「想い人などではない。もっと純粋な尊敬だ。」
そう言って穏やかな笑みを浮かべるローゼリアは本当に恋焦がれてる訳ではなく、憧れの念が強いのだろう。恋愛の機微などギフトには分からないが、尊敬する事は理解できる。
「じゃあ俺がいつかそいつにであったら姫ちゃんの事伝えてやるよ。」
「む・・・。いや、それは自分で・・・。」
「美人が待ってりゃ男は来るさ。俺はそいつにこんな女が居るぞって教えるだけ。」
「・・・良いのか?」
「届け屋だからな。頼まれれば何でも届けるぜ?」
「届け屋か・・・。お主は何故その職業を選んだのだ?」
ギフト程の強さがあれば騎士にもなれるし傭兵稼業を続けていてもいい。自由に国を出入りできる冒険者でもやっていけただろう。それなのになぜそうならなかったのか。疑問が沸く。
「俺に興味が沸いた?」
「少しな。妾は昔、いや今も冒険には憧れがある。だが、それを選べない。立場もそうだが、不安が多い。お主には不安は無かったのか?」
良くも悪くも不安定な職業だ。何より認知されていないのは問題になる。冒険者ならそのランクで認められる。傭兵なら、名が売れれば仕事は舞い込んでくるし、戦争が起これば必要になる。騎士は言わずもがな国に仕える者だ。
そのどれでもなく、個人で届け屋として活動することは不安でなかったのか。そもそもなぜそんな不安定な物を選んだのか、興味は沸く。
「そこはもうちょっと可愛らしく、『きょ、興味なんて無いけど、私が聞いてるんだから答えなさい』とか言えよ。」
「それが可愛らしいのか?お主は変わり者だな。」
「昔なんかの本で読んだんだよ。」
そしてギフトは星を見上げながら言葉を選ぶ。何故?と聞かれてもこれと言った理由は無い。冒険者になることも、傭兵になることも嫌で、それでも旅がしたかったからこの道を選んだだけ。そこに崇高な目的はない。
強いて言うならば冒険者や傭兵では出来ないこと、探せない物を探すためなのだが、それは言っても理解はされないだろう。あるかないかも分からない物を探すのは人に馬鹿にされる行為だ。
「万物の箱庭を探してるんだ。その為には冒険者や傭兵じゃ面倒が多いからな。」
だが、ギフトはそれを口にする。夢を語ることを恥とは考えてはいない。例え馬鹿にされようとそれを追うことを止めたりはしないからだ。
「・・・ロマンチストか?そんなもの・・・。」
「あるよ。いや、昔は確かにあったらしい。」
万物の箱庭。それはこの世界の全ての種族がてを取り合い、生きる場所と呼ばれている。だが、今やそれはお伽噺で信じるものなどいないだろう。
誰も見たことがないはずのそれを何故ギフトは断言できるのか、それはただ夢を見ているだけではなくある事を確信しているものの目だ。
「この国には亜人や獣人がいないんだよね。」
「・・・ああ。この国に限った事ではないが、人の国はどこも似たようなものだろう。」
「でも、世界のどこかには獣人の国があるらしいよ?」
「・・・嘘ではないか?妾は聞いたことはない。」
「俺もお前も、この世界の全てなんて知らないだろ?」
そう言われてはローゼリアも言い返せない。知らないことが多いと怒られてばかりなのに、それに言い返すことは流石に出来なかった。
この国に限らず、人が支配する国では亜人や獣人の立場は低い。隠れて暮らしている者もいるかもしれないが、極小数だろう。迫害を受けて、まともな生活を送れるとは思えない。
冒険者の中には獣人もいるが、それも決して良い感情を抱かれない。少なくともこの国では、人以外の種族は冷遇されている。
「この世界は知らないことで溢れているんだ。冒険者はギルドに管理される。傭兵は戦場を転々とする。個人の依頼を受けながら世界中を渡り歩くなら、届け屋が一番都合が良かったのさ。誰に対しても平等に接することが出来るし、面倒な上下関係もない。組織維持のために金に拘る事もない。万物の箱庭を探すなら、一人の方が動きやすいんだよ。」
「・・・何故それを探すんだ?」
「人も亜人も獣人も魔人も、皆仲良く暮らせる場所があったら楽しそうだろ?それを見てみたい。」
「・・・。」
「夢物語と思うか?でも構わないさ。世界のどこかにあるそれを、俺は見つけたい。それだけじゃないしな。」
そこまで言うとギフトは両手を広げて大胆不敵に笑う。その顔には壮大な夢を語る気恥ずかしさも、夢を追い続ける気負いも無い。
「この世界は俺の知らないことだらけだ。それを見てみたいんだ。綺麗な所も醜い所も多いだろうけど、この世界の全てが見れるなら見てみたいと思わないか?」
不安定な人生を送る理由ではない。だが、そこに見えるのは一つの覚悟。誰に笑われようと、嫌われようともその道を諦めるつもりは無いという意思。
ローゼリアはギフトが途端に眩しく見える。夢のために歩き続けるギフトが、自由を謳歌するギフトが眩しくて仕方無い。国に囚われ自分に囚われたローゼリアには出来ないことをギフトは生涯をかけて行えるのだろう。
「・・・羨ましいな。ギフト殿は自由なのだな。」
「お前もそうだろ?」
「妾は腐っても王族だ。この国に仕える必要が、」
「だったらこの国のために旅に出たらいい。言い訳は俺たちの得意技だろ?この国をより良くする為に見聞を広める旅に出る。とか言えば良いんだよ。」
簡単に言ってくれるが、そう簡単な訳もない。だが想像はしてしまう。もし自分が旅に出れば。この国以外の知らないことを沢山知るための旅。嫌なことも多いだろう。それ以上に驚くことも多いのだろうか。随分昔に諦めたその夢はギフトによって掘り起こされる。
「本当にお前が自由に生きたいと願うなら、俺がお前に自由を届けてやるさ。後はお前の意思次第。」
「ふっ・・・。そうだな。もしその時が来れば、お主に面倒を見てもらおうか。」
薄く笑みを浮かべながらローゼリアとギフトは約束を交わす。その時が来ないことをローゼリアは知りながら。
続きは明日。
誤字脱字は気をつけていますが、
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