19 悪戯好きの炎
気づけば日が沈みかけていた。ローゼリアも眠りに付いてしまっていたのだ。それを起こすことなくギフトは横で目を閉じ、風を身に受けていたのだが、流石にそのまま寝ていると風邪を引くと、ローゼリアを起こした。
「何故もっと早く起こさなかったのだ。もう夕暮れではないか。」
「馬鹿みたいに涎垂らした女の子を起こすほど無粋じゃないよ。」
「な・・・!妾は涎など垂らさぬわ!適当な事を言うでない!」
顔を真っ赤にしながら起こるローゼリアを無視し、森の入口前で野営をするために準備を行う。テント一式は騎士から一つ借り受けた。今までもそれを使っていたのだが、その度に少しの衝突が起きる。
「今日も妾が使って良いのか?助かるには助かるが・・・。」
「俺は慣れてるからな。気にしなくていいよ。」
「・・・そうは言うがな・・・。」
ローゼリアはギフトには世話を掛けてばかりだ。食事は作ってはいるが、その食材はギフトが取ってきているし、寝床は占領している。訓練も付けてもらい、励ましてももらっている。その上、夜の見張りまでも基本ギフトに一任している。
貰ってばかりは心苦しい。だが、そう言ってもローゼリアもできるなら、見えない場所で眠りたい。今日の昼寝は別としても、あまり無防備な姿を晒したくはない。
「俺の方が旅上級者だぜ?伊達に一人で歩き回っちゃいないよ。」
「それでも疲れはするであろう?」
「街に着いたら休むから大丈夫だよ。」
ローゼリアの心配を余所に、ギフトは生返事を返すばかり。実際のところギフトに疲労はあまり見られない。いつ寝ているかもわからないのに、その顔は少しもやつれてはいない。
「お主は本当に人間か?」
「一応人間だよ。それより飯にしようぜ?この森を抜ければ明日には街に付くし、ある程度豪勢にしよう。」
本当なら今日の今頃には街に着く予定だったのだが、昼寝が原因で野営を余儀なくされていた。今日たどり着けないことも考慮して、少し余裕があるが、流石にこの距離なら問題は無いだろうと、明日の朝に使う分以外を使うつもりだ。
「姫ちゃんが料理得意で良かったよ。良い嫁さんになるよ。」
「妾を娶るなら、王族か貴族だろうがな。」
「でも姫ちゃんもう王族としての価値は無いんじゃないの?」
「・・・言いにくいことをはっきり言うのだなお主は・・・。」
多少傷ついたようだが、調理の手を止めることはない。事実には違いないからだ。自分で思うか、他人に言われるかの違いはあるが。
「だからこそ疑問なんだけどね。あー良い匂い。」
「妾を襲撃したことか?つまみ食いは許さぬぞ。」
「そうそう。姫ちゃんを害することで何か有益な事があるのかなーって。うん美味い。」
「食うなと言ったであろうが!」
いつの間にか隣に来ていたギフトが手を伸ばし、盛り付けようとしていた肉を口の中に放り込んでいた。真面目な会話をダラダラ続ける気が無いのだろうか。それとも何より食事を優先しているのか、ギフトは何度注意してもつまみ食いを止めない。
そしてほどなく料理が出来上がり、二人は火を囲んで向き合い食事を取る。夕食には少し早いかもしれないが、お互いお腹が空いていたので、多めに作っておきお腹が減れば、各自で温めて食べることにしている。
「街についたら何か美味しいものがあるといいな。」
「目的は忘れておらぬだろうな?」
「大丈夫大丈夫。仕事はちゃんとする事もたまにはあるから。」
「何一つ信用できないではないか。」
「でも届け屋になってから依頼失敗したことないんだぜ?」
「嘘では無いだろうな?」
「本当だよ。今もこうして気を張り詰めてるんだから。」
ギフトがそう言うと同時に炎の玉が虚空から現れる。そしてそれは真っ直ぐにローゼリアの後方へ飛んでいき、森の中へと突き抜けていく。
「あああああっっ!!熱い!誰か!誰かっ!」
そして森の中から人の悲鳴が聞こえてくる。森の一部が明るくなり、やがて元の暗闇へと姿を変える。
「な?」
「・・・いや、お主・・・。」
「飯の最中だから少し肌を焼いただけだから大丈夫だよ。飯が不味くなる心配なし。」
「そういう事ではないわ!」
ローゼリアは剣を抜いてギフトが火の玉を飛ばした方向に構える。ギフトは座ったまま立つこともしなかったが、その目はちゃんと向けられており、相手の同行を伺っている。
すると数十人のみすぼらしい格好の鎧を着込んだ男達が森の中から現れ、ローゼリアを見て下品な笑みを浮かべる。
「いきなり火の玉を飛ばすなんて随分な挨拶じゃねぇか。」
その中の一人大柄な体躯に重厚な斧を携えた、髭も髪もボサボサの男が前に出る。
「気に入った?好意的すぎて泣いちゃいそうだろ?」
「ああ。少なくとも一人は泣いちまったな。」
ギフトはそれに臆することなく話しかけ、男も皮肉を言い返す。そして斧を担ぎ直し、堂々と言い募る。
「挨拶をしてくれたお礼だ。金と女を置いていけば、命だけは助けてやるぞ?」
「そりゃ随分な優しさで。どうする姫ちゃん?」
「・・・貴様等は何者だ?」
会話をする中で一切気を抜かずにいたローゼリアが初めて男に声を掛ける。すると男は下品な笑みをさらに深くし、笑い声を上げる。
「俺たちは傭兵さ。何でもこの国の姫が誘拐されたからそれを救い出せって依頼が来たんだよ。」
「・・・それで?」
「しかもその後そいつは好きにして良いってよ。何したかしらねーが随分嫌われたみたいだなぁ?」
剣を握り締め男をじっと見据えるローゼリア。こいつらが何も知らない盗賊か、それとも命令をを受けた襲撃者か、答えは後者だったようだ。
命令を受けたなら、やはり狙いはローゼリアだ。しかも傭兵に声をかけてまで殺したいのだろうか。そこまで狙われる理由は自分にはないと信じたいが、それを否定する証拠はない。
「誰に依頼されたのだ?」
「いう訳無いだろ?傭兵は口が堅いんだ。信頼がなきゃやっていけないぜ?」
その言葉を聞いてローゼリアはギフトをチラリと見るが、ギフトはギフトであさっての方向に視線を逸らし口笛を吹いている。傭兵にも色々居るようだ。
「質問を変えよう。貴様等は妾を害するつもりか?」
「醜女ならその気は無かったが、予想以上の別嬪だからな。楽しまなきゃ損だろ?」
そう言ってゲラゲラと笑う男たち。身の毛もよだつほど不快な思いだ。ローゼリアはその男の口を塞ぐために、踏み出し剣を下から振り上げる。
それを男は難なく斧で防ぎ、力で無理やり押し返す。態勢を崩さないよう、自分から後ろへ飛び着地し男を睨む。単純な筋力では勝てない。かと言って、手数で攻めようにも男の鎧を貫ける斬撃は放てない。魔法が使えればその限りではないが、その隙を作らせてくれそうには無い。
「お前ら傭兵なんだ?結束したのはいつ?」
ローゼリアがどう戦うかを考えていると、ギフトが呑気に質問する。男はそれに対して舌打ちを打つが、この距離ならば魔道士は怖くない。詠唱をする前に叩き伏せる自信が男に口を開かせる。
「四年前だ。随分面子の変更はあったがな。」
「うわ、長いね。それだけの間傭兵でいられるなんて、よっぽど実力があるんだな。」
ヘラヘラ笑いながら褒めてくるギフトに男は不気味さを覚える。本当に実力があると思っているならここまで余裕ではいられない。隠し玉があるに違いないと当たりを付けて、ローゼリアより先にギフトを倒すべく、その斧を叩きつける。
だが、もうその場にギフトの姿はなく、少し離れた場所で笑みを浮かべて立っている。やはりただの魔道士ではない。質問等に答えず問答無用で切りつけるべきだったのだ。
「うん。少し多いな。お前だけで充分だ。」
男が後悔しているとギフトは何事か呟き、杖を男達に向ける。そしてこの場にいる誰もが驚愕を顕にする。目を話した訳ではない。油断していたわけでもない。だからこそ彼らは戸惑う。
ギフトの周りには既に炎の玉が一人を除いて人数分形成されている。詠唱も唱えず、複数の炎を一瞬で形成するなど、簡単に出来る事ではない。才能が有るだけでも努力しただけでもできることではない。
そして男の脳裏に一つの名前が浮かぶ。戦場を神出鬼没に駆け回り、炎を用いて敵を焼き払った出会ってはいけない傭兵の名前。
赤い髪が揺れる度人の体が燃え上がり、赤い瞳に見つめられる度仲間が一人燃えていく。伝説が独り歩きしたわけでもなく、純然たる事実としてその恐怖を数多の傭兵に刻み込んだ傭兵団の特攻部隊。
「まさか・・・お前は・・・!」
そして男が何かを言う前に、ギフトはその炎の弾丸を発射する。それは戸惑う傭兵たちに狙い違わず突き刺さり、その体の一部を燃やしていく。
男の後ろで悲鳴が上がり、夜が少し明るくなる。だがもはや男にそれを気にかける余裕はない。一度だけ遠目で見たことがある。その時の呪いが男を蝕む。絶対に逆らっては行けないという呪いが。
「悪戯好きの炎・・・!」
絶対の恐怖を男に刻み込んだものの渾名は、未だ薄れることはなく。男は顔を絶望に染め上げる。
「よく知ってるね。それで暴れまわってたの結構前の話なんだけど。」
笑顔を崩さずそれが事実と認めるギフトに男は膝を折り屈服の姿勢を取ることしか出来ず、ローゼリアは何が起こったのかを理解するのに必死だった。
続きは明日。
誤字脱字は気を付けてますが、
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