18 強くなるために
おまたせ。
森を抜けた平原で、剣が硬い何かに当たる音が木霊する。その音は止むことはなく、それが戦闘中である事が伺える。
真っ赤な長い髪を三つ編みに括り揺らめかし、その剣を避け続ける男はギフト。髪に負けないくらいの赤い目をした、ゆとりある服を着ている青年は、木の棒で全ての剣戟を防ぎ、回避しているが、手を出すつもりは無いのか攻撃する様子は見られない。
それに対して、長い銀髪を頭部の後ろの方で二つに纏めた意志の強そうな目をしている女性。騎士同様の制服を着込み鎧は付けていないが、動きやすそうな服装をしているローゼリアは何度も攻撃を仕掛けるも、ギフトには一切当たらず、掠りもしない。
かれこれ数十分攻撃を繰り返すも、ギフトに疲労も見られず、ローゼリアの息が上がるだけでどんどん分が悪くなる一方だ。
「ぐっ・・・。何故当たらん・・・。」
ローゼリアは自分の剣の腕にはそこそこ自信がある。世の中上には上が居ることはわかってはいたが、騎士にも負けない力があるのに、ギフトに良いようにあしらわれるのは屈辱的だった。
「姫ちゃんも強いんだけどねー。」
「お主の方がもっと強いと言いたいのか?」
攻撃を止め恨みがましくギフトを睨むローゼリア。自慢としか取れない言葉を吐かれるのは仕方ないことと思っても、気分が良いものではない。まして、相手が剣を使っているならともかく、ただの木の棒なのだ。それに負けることは屈辱的だ。
「俺の方が強いのも事実だよ。ただそれ以外の問題もある。」
「・・・なにか秘密があるのか?」
「色々とね。前も言ったけど、姫ちゃんは知らないこと多いからなー。」
グラッドや騎士達と別れ早二日。初日は何事もなく歩いていたのだが、ローゼリアが日課の訓練を行っている所をギフトがやってきて、何も言わずじっと見ていたのだ。
流石に気になりローゼリアが声を掛けるも、ギフトは気にするなとだけ言って、邪魔をするつもりも手を出すつもりも一切なかった。だが、どうせならギフトに稽古をつけて欲しいとローゼリアが願い出たのだ。
これから先誰と戦うかは分からない。ただ自分の実力が高くて損はないと思っての事だが、ギフトは快く返事をしてはくれなかった。
曰く、強い人間が増えるのは困る。との事で、ヘラヘラ笑いながら断っていたのだが、何度も催促されるのが鬱陶しいのか、それとも熱意に負けたのか、今はこうして稽古をつけている。
と言っても、ギフトは人に師事した事などない。故にローゼリアが攻撃し、ギフトはそれを防ぐか回避するといったことをしているのだ。そして何度もやっていれば、ローゼリアの悪い部分も見えてくる。
「知らないことが多いのはもうわかっておる。それが何か教えてくれ。」
「無理無理。多すぎて全部言い切れないよ。」
「む・・・。ならば一番悪いところは?」
「知らないことかなー。」
だんだん腹が立ってくる。ギフトは恐らくローゼリアを強くするという意思がない。悪いところがあるのはわかっているのに、それを修正したりはせず、のらりくらりと質問を回避し続ける。
「何でもかんでも教えてもらえると思っているのは、お前の悪いところでもある。」
「それは・・・。その通りだが、せめて指針が分からなければ・・・。」
「それは自分で見つけろよ。お前の薄っぺらい自尊心のために時間を割くのは俺は嫌だぜ?」
奥歯を噛み締めながらも黙って聞き入れる。煙草に火を点け紫煙を吐き出しながら、ギフトはだらしのない表情をしている。
「妾が強くなりたいのは、妾の為ではない。国を守るためだ。」
それでも何か言い返さなければと、ローゼリアは顔を歪めて言葉を吐き出す。だが、それに対してもギフトは飄々とした態度を崩さず、ローゼリアを挑発する。
「それが薄っぺらいんだけどな。はい、今日はここまで。おじちゃん疲れちゃった。」
そしてギフトは訓練を打ち切り、歩き始める。逸れる訳にもいかないのでそれに追従するが、その足取りは重い。
普段なら、ギフトは様々な物事に対して適当だ。言い返すことも出来るし、黙らせることもできる。ただ、こと訓練中に関してはギフトは一切手を抜かず、こちらの全てをへし折りにかかっているのでは?と思うほどに容赦がない。
自分が弱いことは充分良く分かった。だからこそギフトに教えを乞うたのだ。しかし肝心のギフトはこちらに何か教えてくれるわけでもなく、ただ苛つく事の方が多い。
何か策があってそうしているのか、それとも単純に馬鹿にしているのか、それはローゼリアには分からない。暫く悶々としているとギフトがローゼリアに視線を向けて溜息を吐く。
「うじうじするの禁止って言ったよね?」
「う・・・。すまん。だが、妾はどうしても強くなりたいんだ。」
「それはわかってるよ。だから態々稽古つけてやってるんじゃん。」
あれのどこが稽古なのか、と喉元まで上がってきた言葉を既の所で飲み込む。ギフトと出会ってもう四日は立つ。相変わらずその考えは読めないが、意味もなく人を貶めることはしない。筈。
ならばあの訓練にも何か意味があるのだろう。それに少なくとも自分より強い人間と戦えるのは、自分の為にもなる。
「分かった。これからもよろしく頼む。」
「・・・。はぁ・・・。」
先程よりも大きい溜息を吐いて、がっくりと肩を落とす。その様子を少し不審がるが、ローゼリアは黙っている。するとギフトは頭を掻きながら、独り言を漏らす。
「本当。姫ちゃんは・・・。」
その言葉はローゼリアにも聞こえたが、その意味が分からず、首を傾げる。
ギフトはしっかりと稽古を付ける気は無かった。自分より強くなられるのも困るし、何より面倒くさい。だが、ローゼリアは純粋に力を求めている。それを無碍にし続けるのもギフトには出来なかった。
その理由が後暗いものなら簡単に断れるのだが、ローゼリアは前を向くために、その力を欲している。力がなければ死んでしまう。そんな世界を生きてきたギフトにとって、力は努力して得るものではなく、生きるために身につくものだ。
戦わなくても良いのに、その場に身を置こうとするローゼリアの気持ちは分からないが、その覚悟は垣間見える。だからこそ、聞かねばならない事もある。
「なんでそんなに強くなりたいのよ?さっきも言ったけど姫ちゃんは割と強いよ?」
「割と。では駄目なんだ。強くなりたいと思った切っ掛けは憧れだが、今も強くなりたいと願うのは・・・。」
そこで言葉を区切り、ローゼリアは押し黙る。ギフトはそれに疑問を持ち、ローゼリアを見るが、彼女は少し俯いて、言いづらそうにしている。
「・・・ああ、そうか。これは薄っぺらいと言われても仕方ないな。」
そして傍とローゼリアは気づく。自分が強くなりたいと思ったのは誰かを守りたかったからだ。それは間違いない。幼き日の少年のように、人を守り、誰かを笑顔にできる強さが欲しかった。
だが今は、自分の居場所を作るために、この国に自分が居ていい場所を作るために強さを欲しがっている。国の為にと言いながら、結局は自分の為でしかない。その事に思い至り、ローゼリアは自虐的な笑みを浮かべる。
が、直ぐ様ギフトに頭を軽く小突かれ、その笑みが崩れる。
「いっ・・・。何をする!?」
「気持ちの悪い笑みを浮かべるな。俺はその顔嫌いだ。」
小突かれた場所を抑えながら、抗議の声を上げるが、それはギフトに切り捨てられる。そしてギフトは目線を別の少し上げて、唐突にローゼリアの手を引っ張る。
「よし。あっちに行くか。寄り道しよう。」
「・・・?そんな時間は・・・。」
「ある。行くぞ。」
有無を言わさず、ローゼリアの手を引きながら、小高い丘の上へと目指す。日はまだ高い。多少の寄り道くらいなら、大丈夫かと、ローゼリアは黙ってついて行く。
その丘を登っている間、ギフトは何も喋らず、黙って手を引いていくだけ。その顔は真剣そのものだが、ローゼリアには目的が見えてこない。どこか怒っているようにも見える、ギフトの横顔を気にしながら、二人は小高い丘の頂辺に辿り着く。
そこに風が吹き、汗を掻いた体を冷たく撫でる。太陽の暖かさと、風の涼しさを受けて、ギフトはローゼリアの手を離し気持ちよさそうに伸びをする。
「うーーーーん・・・。気持ち良いもんだな。」
そしてそのまま後ろに倒れこみ自分の手を枕に、仰向けに寝転がる。
「何をしておる?」
「昼寝でもしようかなと。ほれお前も寝転がれ。」
「流石にそんな暇は・・・。」
「一体何をそんなに焦ってるんだ?」
寝転がり目を瞑ったまま、ギフトはローゼリアに疑問を投げかける。焦る理由くらいギフトならわかっているはずだ。なのに何故ここに来てギフトはそんな疑問を持つのだろうか。
「それは・・・妾に手を挙げるのは大罪だ。仮にも王家の者に手を上げた者がいる。それを見過ごしては国の危機に繋がる可能性は多いにある。」
「敵の姿も分からない。勢力も、目的も分からない。今の状況は一朝一夕でなんとかなる事じゃ無いだろう?」
「だからこそ、急いで情報を集める必要が、」
「それは間違っちゃいないよ。でもお前が強くなる必要はないだろ?情報集めに邁進すりゃ良い。」
「・・・。」
「やる事多くて焦るのは分かるけどさ。俺はお前を優秀だとは思っていないよ?全部出来るほど格好良くは無いだろ?」
ローゼリアは言い返せない。確かに今強くなる理由は存在しない。強いて言うなら、敵の数が不明だからある程度の実力が欲しい、と言えるが、結局それも直ぐ様強くなれるわけではない。
「皆を頼ると決めたんだ。なら少しは怠けちまえ。自分が動かずとも大丈夫って言えば良いんだ。」
「それは怠慢だ。そんな者には誰も付いて来ない。」
「誰も見てないんだ。気を抜けばいい。どうせ俺はこの件が終わればこの国を出て行くよ。」
「・・・妾は、」
「国の為とか小難しいこと考えるな。あれもこれもと欲張るのは別に良いけど、優先順位はつけとけよ?」
「・・・お主は存外大人なのだな。」
「今までなんだと思ってたんだよ失礼だな。」
ギフトが寝転がっている横にローゼリアも腰を下ろす。ギフトほど弛緩するつもりはないのか寝転びはしなかったが、座ったローゼリアに涼しい風が吹き抜ける。
「んで、お前は何のために強くなりたいんだ?」
そして改めて、ギフトは問いかける。先程の問いには答えられなかった。言葉が詰まって音になってくれなかったのだ。
それを認めることはしたくはない。だが認めなければならない。それに今聞いているのはギフトだけ。それが騎士に伝わることも無いだろう。
「妾は、自分の居場所が欲しい。自分がいてもいい場所が欲しい。その為に強くなりたい。」
「・・・良いじゃんそれ。少なくとも、国の為なんかよりずっといい。」
「そうか?自分勝手ではないか?」
「だから良いんだよ。それで強くなりゃ結果として別の何かも救えるだろ?その時その時でうまいことやればいい。」
それはただの行き当たりばったりだ、とローゼリアは言いかけるが、恐らくギフトに何を言っても聞いてはいないだろう。ならば無駄だと肩の力を抜いて、気持ちの良い風に少しだけ身を委ねることにする。
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