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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 一部 ~邂逅~
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16 動いた者と動く者

 暗い部屋で一人の恰幅の良い男は苛立たし気に待っている。調度品は高価な物なのだろうか、金に覆われ、複雑な模様の物もある。ただ、センスは無いのだろうか。それはそこにあるだけで調和が無い。贅沢を凝らしただけで美的センスは無いのだろう。


 その部屋で椅子に座ったり、立ち上がったり。部屋の間をウロウロして時間を潰す。動き始めたことにも問題はあるかもしれない。ここまで見つからないよう動いていたのに派手に動いてしまったのだ。


 絶好の好機ではあった。しかし、その成否の報告が未だ来ない。元々遠い場所だったので、報告が遅くなるのは仕方ないことだ。だが、それでも遅すぎる。当日に報告は男の元まで届くはずだったのに。


 舌打ちを一つ鳴らすと、男はどっかりと椅子に座る。体重をかけられた椅子は少し沈み、男を受け止める。肘を机に置き手を組み顎を乗せる。


 眠ろうとしても眠れない。落ち着いていられないのだ。もし、失敗したと報告が来ても、主犯が自分とバレなければ問題ない。バレたところで白を切り通すだけだ。


 だが、それでも自分の立場は間違いなく悪くなる。それは男にとって許容できない事態だ。ただでさえ自分の望みが叶わないこの状況で、これ以上の失態を晒すわけにはいかない。目指すものが遠ざかってしまう。


 何もかもが奪われた。憎悪に明け暮れやっと沸いた千載一遇の好機。逃すわけには行かないと制止を振り切り、独断で動いたのがいけなかったのか。自問自答を繰り返すも、男に為す術は無い。


 そして、そのままいくらかの時間が過ぎ、男の目の前に一人の人物が現れる。音も気配もなく、黒い服を身につけた、夜に紛れる様な服装の人物。男が影と呼ぶその人物は端的に報告だけを行う。


 それを聞いて男が最初にとった行動が、机の上の物を投げ散らかすということだ。それを影は一切表情すら動かさず黙っている。


 荒い息を隠すこともなく、肩を上下に動かしながら、男の脳裏に言葉が反芻する。


 ―――任務失敗。王女は生き延びた。―――


 奥歯を噛み締め、机に拳を叩きつける。失敗する可能性は無かった筈だ。少なくとも騎士の連中は役に立たず、人数も多く寄越した。にも関わらず、届けられたものは男の望むものではなかった。


「ふざけるなっ!このままでは俺の立場が・・・!」


 毒を吐こうとも、結果は覆らない。男は影を睨み、泡を飛ばしながら怒り狂う。


「お前は何をやっていた!?」

「情報を集めた。俺が受けた依頼はそれだけだ。」

「くそっ・・・!使えんやつだ!」


 そうは言っても彼はその場にはいなかった。男の指示で必要ないと言ったくせに、そのことすら覚えてないのかと思うも、それは口に出さない。


 面倒以前に興味がない。死のうが落ちようが彼にとってどうでもいい。金さえ貰えば依頼はこなす。それ以上を求めるなら、相応の対価を支払うべきだというのが影の考えだ。


 何を言われようとも大した問題ではない。男に忠義を払う価値などまるで無い。そんな人物が吐く言葉など耳に入らず、金づるに過ぎない。


 しかし男はそう思っていない。自分は尊敬を受けて当たり前。逆らう者などいない人生を生きてきた男にとって、忠誠心の無い影は一等腹の立つ存在だ。


 有能だからこそ使ってきたが、そろそろ限界かと。怒り狂う頭で思考する。だが、今失うわけにいかないのも事実だ。王女が生きているのなら、再び刺客を送らねばならない。その為の手駒は必要だ。


 何より、王都に戻ってくるのなら、自分の行いが露見する可能性もある。その時実力行使もやむなしとなれば、まだ使い道はある。


 冷静な思考で、状況を把握する。悪くはなったが最悪ではない。まだ取れる手段はいくらでもある。それさえ出来れば夢は叶う。


 男は近い将来の自分を夢想し笑みを零す。そうなる未来を信じて疑わないその姿は、下卑た野盗と変わらなかった。




「やっぱ塩があると美味いな。これだけでも充分じゃない?」


 ホーンブルの肉に塩を振って焼いた物を大口を開けて美味しそうに頬張り、ギフトは満面の笑みを浮かべる。タスクラビットも美味かったが、流石に特産と言われるだけはあると舌鼓を打つ。


 その様子を少し呆れた表情で見るローゼリアは溜息を漏らす。


「溜息すると幸せが逃げるらしいぞ?」

「流石にこの状況でお主ほど楽観的にもなれまい。」

「気分が前を向いても状況が変わるわけでも無いってか?」

「その通りだ。妾はどう動くべきか。」


 思案に耽りながらローゼリアはホーンブルの肉を上品に頬張る。ギフトの様に豪快に食うことはしないのか、それでもその顔は『美味しい』と雄弁に語っているところを見ると、本当に気分は良くなっているようだ。


「何もわからないからなぁ。情報は必要だな。」

「・・・妾は嫌いなのだ。甘いのは分かっておるが・・・。」

「俺も嫌いだし別に良いよ。やらなくていいならやりたくない。」


 一転少し暗い表情のローゼリアに手をひらひら動かしながら、慰めの言葉を掛ける。本人に慰めるつもりがあったのかは不明だが、気にしなくて良いと言われるのは有り難い。


 ギフトは捉えてきた二人に対し、拷問を施し情報を聞き出そうとしたのだが、それはローゼリアに止められた。曰く、「むざむざ痛めつける行為はしたくないし、見たくない。」と。


 本来ならそうも言ってられない状況で、グラッドも難を示したが、ギフトはローゼリアに笑いかけ「甘い!」と一言あったが、それ以上何も言うことはなかった。その為他の人もそれを躊躇ってしまった。グラッドがローゼリアに進言するも、頑なに首を縦に振らず、最終的にグラッドが折れてしまった。


 無罪放免というわけにもいかないので、監視下に置かれてはいるが、拷問や尋問はしない。結果情報は何一つ得られていないが、誰も文句は口にしなかった。


「まぁ何より、知ったところでそれが正しいかわかんないからな。捕まったらこう言えって命令されてたら、相手の思うように動かされるだけだし。」


 そう、結局それが正しいかの判断を今は出来ない。事前情報があれば照らし合わせ、正しさの有無を確認できるが、ゼロから全てを決める為の情報を敵に委ねることは出来なかった。


「そう言ってくれるなら少しは楽になるが・・・。」

「甘いのは甘いけど、そういう考えは嫌いじゃないよ。全部仕方ないで終わらせるよりかはずっと良い。」

「そうですぞ姫様。理想は貫いてこそ価値があるものです。清廉潔白である必要はありませんが、必要以上に汚れる必要はありません。」


 その言葉にうんうんと頷くギフト。悔しいがグラッドもギフトも自分の先を行っている。単純な力だけでない心構えが既に出来ているのだろう。ローゼリアにはまだそこまで思えない。それでも、その事を気にして動けなくなっては意味がない。


「・・・わかった。今その事は気にしない。」

「それが良いよ。それじゃどうするかだけど・・・。」


 ギフトは煙草を加え上下に揺らす。考えているのか考えていないのかその表情からは伺えないが、二人共ギフトが言葉を発するのを待っている。


「俺は王都に行くに一票な。」

「・・・危険だ。お主はともかく、妾達が今王都に戻るのはリスクが高い。」

「いずれ行くなら今行く。邪魔するものは薙ぎ倒してな。」

「敵がどれほどの勢力か分からぬのにか?」

「時間は平等さ。こっちが情報を集める間に、敵さんが戦力を増やさないとは限らない。」


 二人の意見は平行線だ。どちらを選ぼうと、結果は蓋を開けてみないとわからない。それはお互いわかっている。


 それでも決めなくてはならない。いつまでもここに留まるという選択肢が取れない以上、どちらかに動かなければ、それこそ相手に時間を与えるだけとなってしまう。


「間を取るなら戦力分散?」

「愚の骨頂であろう。連絡手段も無いのなら、何か起こっても対応できない可能性が高い。」

「んー。じゃあ俺一人で王都に向かう?そんで纏めてぶっ倒す。」

「自信は?」

「手荒な真似をすれば、それなりには。ただし無関係な人も巻き込む可能性はあるかな?」

「却下だ。お主が例えどれだけ強くとも、それは許されぬ。やはりまずは敵を知る必要があるな。」

「別の街に行って何かわかるの?」

「貴族は情報には聡い。手を貸してくれるかはわからぬがな。」

「八方塞がりだなー・・・。頭痛くなるから嫌だなー・・・。」


 二人してうんうんと悩み、話し合ってもまともな意見は浮かばなかった。周りに視線をやれば、他の者も話は聞いていたのであろうが、誰も彼も表情は晴れていない。


 その時グラッドが静かに手を挙げ意見を口にする許可を取る。


「姫様。ここは隊を分けるべきでしょう。」

「本気かグラッド?」

「相手の出方がわからぬ以上、疑うのは必至。ですがここは我らも意地を見せるべき時です。何より王都には向かいません。」


 疑問符を浮かべる二人を余所に、グラッドは地図を広げる。アルフィスト王国だけが描かれたその地図の中心より少し南側を指差し、グラッドは告げる。


「我らのいる位置は王都から見て南にあります。そして王都を中心に東回りと西回りで情報を集め、北で合流しましょう。動きがあれば必ずわかります。」

「何故必ずわかると断言できる?」

「王都は人も物も情報も集まります。そしてそこから発信して行くものも少なくはありません。その動きは必ず誰かに気取られます。例えば商人などの機微に聡い者達には。」

「・・・人が生きるには食事が必要という事か。だが口八丁なら奴らは天才だぞ?妾は奴らから正確な情報を得るのは無理だ。」

「正確でなくとも構いません。北で合流した時にそれを照らし合わせ、一番齟齬が小さいものを答えとしましょう。」

「詳しく説明お願いします先生。」


 疑問符しか浮かばないギフトに一言侘びを入れて、グラッドは噛み砕いて説明を行う。


 人が生きるには食事がいる。食事を作るためには食材を集める必要がある。戦うには武器がいる。武器を作るには鉄などの鉱石が必要になる。それだけではなく、人は生きているだけでありとあらゆるものを消費していく。


 それは人の多さに比例して消費量を上げていく。つまりは王都に運ばれる物資の量が以前より多くなれば、人が増えたことになる。そしてそれが宛先不明であったり、一人、或いは複数でも多様な場所から集めていれば否応なく目立つ。


 急激に人口が増加することはまず無い。人が増えるにはそれなりの理由があり、その理由を解明し金を稼ぐのが商人の仕事だ。情報を先んじて得ることの出来ない者に未来は訪れない職業だ。


「愚痴でも喜びでも構いません。『王都に行く機会が増えた。』『食料の消費が多い。』と言った言葉が聞ければ、その数から増えた人数を把握は出来ます。勿論全てを知ることは出来ませんが、何もせぬよりかはマシでしょう。」

「その中で名指しの依頼があればよし。仮に無くても、怪しい奴を選択することが出来る可能性がある、か・・・。」

「上手くいけば、ですが。それに何の情報も得られなければ、北で合流した時に再び意見を交えましょう。」

「・・・動かなければ、得られるものも得られない。随分と不明瞭な事が多いが、有効な手段は他に無いか・・・。」

「俺は行き当たりばったりは好きだぜ。悩む時間も少ないし。」

「如何でしょうか?姫様?」


 グラッドの作戦は作戦と呼べるものではない。そもそも隊を二分してもグラッドはどちらかにしか付けず、そうでない方は上手くやれる可能性はない。グラッドにしても本分は騎士だ。商人から情報を聞き出すことは、この場の誰も得意ではない。


 だが、可能性などいくらでも考えられるのは確かで、何を選ぼうとも正解の保証は誰もしてくれない。こちらの手札は全て見られ、相手は手札の数も種類もわからない。


「相手は全てを知っている。妾達の動きも筒抜けの可能性はある。考えたくはないが、この中に裏切り者がいる可能性は捨てきれない。」

「・・・。」

「だが、決断は下さねばならない。時間は待ってはくれぬからな。」


 裏切りの可能性があると言われても、誰も動じない。ローゼリアを裏切ったものが存在する今、それはありえないと否定することは誰にもできない。


 だが、疑心暗鬼を招くことになる為、誰も言わなかった言葉を口にしたローゼリアにギフトとグラッドは内心感嘆する。ローゼリアはその可能性があると口にしたが、限界で無いと断言しているからだ。


 疑っているなら口にする必用は無い。彼らを不安にさせない言葉など今のローゼリアにはわかっているはずだ。それでもその言葉を発したのは覚悟を決めたのだろう。


「妾は信じよう。お主たちを。妾の為に忠義を尽くしたものが信じられぬなら、どの道妾に未来は無い。」


 その言葉は騎士たちを奮い立たせるには充分すぎた。彼らを心から信頼することをローゼリアは決めたのだ。


 誰もが頷き、ローゼリアはそれらを見据えて頷きを一つし、そしてこれから先の未来を決める。


「グラッド。お主の案を採用する。隊の編成を考えよう。」

「それなのですが、姫様・・・。」


 ローゼリアは覚悟を決めた。それに対して感動を覚えるも、グラッドは頬を掻き何かを言いづらそうにしている。


「なんだ?妾はお主と離れても問題ない。断言はできぬが、全力は果たすぞ?」

「戦力的に考えて・・・。その・・・。」

「・・・?」

「姫様にはギフト殿と行動を共にしていただきたいのです。」


 流石の予想外の言葉にローゼリアも二の句が告げず、言われたギフトも口を開けただらしのない顔で硬直し、言葉を発せないでいた。





ストックが尽きたので、

少しだけお時間いただきます。

すいません。


次回更新は10日になります。

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