44 夜の会話
夜も遅い。にも関わらずネヴィルは一人夜の町を歩く。自分はギフト達の仲間とまだ判明されていない。誰よりも自由に動けるのは自分だと、目的の為に動いている。
「あれ?」
「おや。」
と、そこでギフトが偶然ネヴィルの前に姿を現す。昼間でさえ薄暗い路地裏。夜になれば人の目では闇しか見えない場所から現れた。
「何をしているのじゃ?」
「何って。聖教連を探してるんだよ?」
「いやいや。流石にそんな場所にはおらんじゃろ。」
「後ろめたい連中が動くなら夜でしょ。その上人目につかない場所を選ばない?」
「表向きは真っ当な組織じゃろ?普通に宿でも取っておるのではないか?」
ネヴィルの意見が盲点だったのか、間抜けな顔で沈黙する。
後頭部を掻いて煙草を咥えると、先程の会話を無かったことにして話題を変える。
「あの二人は?聖教連の二人。」
「儂が預かっておる。明日にはディーゴの所へ連れていく。」
「ふーん。今日はしんどい?」
「疲れたな。それに報告も兼ねたいからのう。儂が直接行くのが手間がなくて良い。」
とりとめの無い会話だが、ギフトは何が楽しいのか煙草を笑いながら吹き出す。
「何が楽しいのじゃ?」
「ん?んー……。魔法国家の王様って案外強くないのかなーって。」
「……それは、どういう意味じゃ?」
あからさまな挑発。そうとしか取れないギフトの言動はネヴィルを不快にする。
この場でネヴィルを苛つかせる理由は無い。少なくともネヴィルはそう思っているし、ギフト自身も怒らせるつもりは無かったのか、不思議そうに首を傾げる。
「だってあれくらいの魔物だよ?ロゼ達は言っちゃ何だがまだ弱い。それでも倒せる程度さ。」
「お前は見ていないからそう言える。いきなり現れれば戸惑いもする。」
「その上で。まぁ歳もあるし、そもそもの戦闘とは勝手が違っただろうけど、疲れるとは思ってなかったかな。」
単に自分の予想が外れた事に対する落胆だろうか。だがそれはネヴィルを不機嫌にさせるに充分な言葉だった。
ギフトはあれくらいなら排除できる。確固たる自信が嫌みを産み、ネヴィルの目が細められる。
「確かに油断もあった。勝手が違うのもそうじゃな。儂の戦いは本来長距離。それに道具も使うからのう。」
「杖じゃないの?」
舐められたくないのかバカにされたままで終われないのか。ネヴィルの言葉に興味を持ったギフトが質問する。
「当然杖もじゃ。じゃが近距離ではどうしても発動の遅い魔法は使えん。じゃから魔力を込めるだけで魔法が発動する道具があるのじゃよ。」
「魔剣的な奴?」
「似ているが、儂の国で作った物じゃ。量産の目処が立っておらんが既に複数作られておる。」
「へー。そりゃ便利だな。誰でも使えるの?」
「そこまではまだじゃな。今の所、それを作ったものにしか使えん。」
つまりネヴィルにしか使えない道具と言うことだろう。それを聞いてギフトは途端に興味を無くす。
炎に纏わる魔法しか使えないギフトには、別の魔法が使える可能性があるのは魅力的なのだろう。特に困ってはいないが楽しそうだと素直に思ったのかもしれない。
そして同時に安心する。その表情を読み取ったネヴィルはギフトが笑った理由がわからなくなる。
「読めぬな。」
「ん?」
「儂が強ければ安心できる。じゃが儂が弱い事を楽しそうに笑う。お主の目的は何処にある?」
「別に。気に障ったなら謝るよ。俺は他人と競べなきゃ気が済まないだけさ。」
自分とネヴィルを競べて、自分の方が強いと思ったから笑った。だが本来の戦い方ならロゼ達は大丈夫と思ったから安心した。
それ以上の理由は特になく、呆気らかんと言いきられネヴィルも肩透かしを食らう。深読みしても意味は無いのかも知れない。
「その道具って持ってきてるの?」
「明日以降は持っておく。心配する必要は無い。」
「頼むね。あ、後さ楔の守護者って知ってる?」
「む?……知っておるぞ。名前とその信念くらいはな。」
突然の話題転換に少し魔が空く。それでもネヴィルは心当たりがあるのか普通に返答する。
楔の守護者。リズ達の所属する組織の名前だ。主な行動は傭兵とあまり変わらない。傭兵派遣組織と呼ばれる事もある。
唯一違うとすればその信念。彼等は戦争で金を稼ぐのではなく、あくまでも戦争を止めるために、早期終結の為に動く。
戦争が長引けば長引く程傭兵は金を稼げる。それを由とせず、一人でも多くを救うために行動している。
傭兵の中では嫌われ者だが、民衆の支持は得ている。ギフトが傭兵にいた頃も何名か出会った事はある。
「そいつらが今この国に来ててさ。目的は一緒みたいなんだ。……警戒しておいてね。」
「何故じゃ?奴等と協力すれば良かろう。」
「協力はするよ。ただどこまで行っても傭兵は傭兵。信念より優先するものがあるのさ。」
元傭兵として、同じ職業だった人間だからこそ信用も疑いもする。仕事としては一流でも、その実態までギフトは知らない。
信念や理念だけの正しさなら聖教連だって同じだ。どんな組織にも別側面は存在する。
表向きは協力体制を取った。かといって全てを信じるかは別の話と割りきっている。どのみち疑っても大した損は無い。ギフトが嫌われるだけだ。
「ま、一応伝えたんで。俺は俺で動きますんで。」
「承知した。気を付けておくわい。」
それ以上特に話す事は無いのか、ギフトは足早に姿を消す。残されたネヴィルは一瞬考え込み、今日の捜索は諦めて自身の宿へと足を向けた。
◇
「やっほ。」
「……驚くだろ。メイヤーがいないと気づかないんだ。」
「別にお前らと戦う気は無いよ。お仲間さんは?」
「寝てる。俺ももうすぐ寝るつもりだ。」
ギフトが次に出会ったのはリズ。適当に町中を歩いて見つけた知り合いに声をかけている。
町中を歩くと言っても、ちゃんと表通りを歩いている訳ではない。屋根の上だったり建物の隙間だったりと、ギフトはとにかく手当たり次第に動いている。
「聖教連は見つかったか?」
「いーや。夜には動いて無いかもねー。」
「まぁ夜に動く利点が彼等には無いか……。」
リズが疲れと一緒に言葉を吐き出す。ギフトはその様子に苦笑いを浮かべてリズを励ます。
今まで尻尾も掴めなかった。何か確証があるわけでもなく、彼等からすれば何一つ憂う事無く行動できるだろう。
大事な部分だけ隠せれば、後は大っぴらに行動しても問題ない。夜に動くより昼間に堂々と動いた方が怪しまれない。
「一応この町の目の届かない場所は見て回ったけどね。酔っ払い位しか見つからなかったよ。」
「宿は?どこかに泊まっているだろ?」
「見つからなかったねー。流石に押し入る訳には行かないし。」
「それもそうか。」
リズは他人を巻き込む事を由としないのか、ギフトの行動に文句は言わない。
探す分には楽だが、こんな夜中に騒ぎを荒立てたくはない。第一侵入したとなれば心証的にも聖教連が有利になる。
「あ。そうだ一応報告ね。」
「何か掴んだのか?」
「違うけど。魔法都市国家って知ってる?」
ギフトの言葉にリズは頷く。とはいえそこまで知っている訳ではない。
魔法都市国家は閉鎖的な国だ。内部で何が行われているかは、そこを出てきた者位にしかわからない。外から情報を集めようにも容易に潜入は出来ず、表だって入れば核心は得られない。
魔法の研究が盛んな国は、総じて危険も多い。だが彼等の研究が役に立つことも事実なので、文句は全て封殺される。
「魔法道具?的な物が開発されてるんだって。誰でも魔法が使える道具なんだってさ。」
「……それは本当か?」
「本当さ。んで、その国の王様がここに来ている。だから警戒しておいてね。」
ギフトは真面目な顔でリズに忠告し、リズも頷く。真っ先に奴隷の首輪がリズの頭に浮かんでくる。
それを作っている組織など録な者ではない。当然全くの検討違いで、関与していない可能性もあるが、今は全てを疑って損は無い。
「魔法都市国家と聖教連が組んでいるとなれば、厄介この上無いな。」
「そうなの?個人的には組んでて欲しいけど。」
「なんでだ?」
「居場所がわかるじゃん。隠れられるよりマシ。」
敵が増えることよりも、見えない事に苛立ちを覚えるギフトの言葉に、リズは肝を冷やす。
多種多様な魔法に曝される戦時よりも、誰が敵かわからない平時の方が厄介だと、ギフトはそう感じている。
絶対の自信があるのかとリズは考えるが、ギフトはリズを自分より強いと評していた。決して自惚れる性格では無い筈だ。
「……何を考えている?」
「何って?」
「手段はあると言っていたが、具体的にその内容は聞いていないからな。」
「大丈夫さ。お前らはお前らで頑張ってくれよ。」
質問には答えず、適当にはぐらかしてギフトは笑う。
リズにはギフトの真意は見えない。協力すると言ったなら何もその手段を隠す理由は無いからだ。むしろ嘘を吐くのは信頼関係にヒビが入る行為。
「敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ?」
「俺達を騙しているのか?」
「さて、どうでしょう。全部お前次第だな。」
ギフトを信じるも疑うもリズに委ねる。それだけ言い残してギフトは去っていく。
リズから見れば一番怪しいと思えるのはギフトになる。疑われても良いという態度がどちらにとるべきか迷い始める。
「王からの信頼は厚く、何より今までの行動からも敵では無いだろうが……。」
ギフトの過去は話には聞いている。そしてそれは確信を得て、間違いないと思っている。だが、今もギフトがそうであるかどうかはリズには判断できない。
晴れない疑問を抱えて、リズは息を吐き出す。ギフトの行動も謎が多いが、それよりやるべき事は聖教連を止めることだと、リズは今日の捜索を諦め宿へと戻っていく。