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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 二部~特訓開始~
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42 不信感は募る

 鉄同士がぶつかる音が数回響く。互いに容赦なく、実力が拮抗している事が伺える。


 本気で挑んだ所で決着は簡単に着かない。剣以外を競えばその限りでは無いかもしれないが、そこは譲れないのか、剣だけの勝負に意味を見出だす。


 強く剣がぶつかり、互いの動きが止まる。そして力を抜いて息を吐き出し剣を収める。


「うーん……。何か違うのよねー……。」

「妾もだ。違和感がある。」


 ロゼとリカは自分の力に疑問を抱く。実力が近いのは理解していたが、それにしても自分達の動きがおかしい。


「手を抜いた訳でもない。その筈だが……。」

「遅いのよね。全体的に。」


 どうにも自分達の動きが思考と追い付いていないと。初めて味わう奇妙な感覚に、二人とも気持ち悪さを感じている。


 先程の戦いにはなかった違和感。自分の体がちゃんと動いているという感覚が今はない。疲労のせいかと考えもするが、取り立てて疲れを感じている訳でもない。


 二人が感じている物は、魔力操作に慣れ、自分達の身体能力が上がった事に対する戸惑いだ。


 先程の戦いで自分達の目が速さに慣れた。だがそれは一時的な物で、魔力操作をせずに動いた場合は遅いと感じてしまう。


 違和感は自分の最大速度を知っているのに、そこに届いていない事に対してのもの。もっと早く動ける筈なのに、同じ様にしても足りてないとしか思えず、気持ち悪さを覚える。


 きちんと説明することなくギフトが消え去ったので、それの答えを教えてもらうことは出来ない。半ば火事場の馬鹿力的な実力を出せても、いつでも引き出せなければ意味は無いと教えてもらえない。


 結局彼女達は自分達の動きが落ちているとしか思えず焦りを感じる。正確には地力は上がっているのだが、それを意識出来ずに落ち込んでいる。


「むぅ……。あの阿呆め。」

「仕方ないんじゃない?放っておく訳にもいかないんだし、気を遣ったんでしょ。」

「わかっておる。ギフトが約束を反故にしたのはそれだけ不味い問題なのだろう。だがな……。」

「それなら連れていって欲しかった?」


 リカの問にロゼは頷きで返す。足手まといになることは承知で、それでも譲りたくない部分はあった。


 一人だけに重荷を背負わせる等、何一つ面白くない話だ。実力不足は否めずとも、ギフトにだけ辛い思いをさせるのは笑えない。


 当人は何も思ってないかも知れないが、対等と言われたのだ。なのにギフトは降りかかる火の粉は一人で全部払うつもりでいる。


「私達が強くなる邪魔をさせたくないんでしょ?なら私達は強くならなきゃ。」

「……む?」


 ロゼはリカの真っ当な意見に疑問を持つ。これが普通の人間の考える事なら何も疑問を持たないだろう。


 だが率先して動いたのはギフト。本心はどうあれ、建前だけは自分の為にしか動かないと言う人間だ。


 もし、本当にギフトが自分の為に動くならここから離れない。危険があるとわかってミーネを置いていくことはあり得ない。


「……ふむ。」


 それでもギフトは動いた。その真意がロゼには見えない。魔物を呼ぶ方法を危険と判断し、止めるために動いた。そう考えるのが当たり前かも知れないが、それなら人手があった方が都合が良い。


 一人で動いても限界があるし、人に頼る事を気にする性格でもない。深く考えないが頭の回転は早い男だ。どっちがより良いかは理解している筈。


 ロゼ達の邪魔をさせない為に動いた。本当にそうなのだろうか。疑問を持ってしまったロゼにはそこが終わりの気がしない。


 近くにいれば邪魔されない。ギフトが側にいれば何より安心する事が出来る。ギフトの取った行動は不合理だとロゼは感じる。


「そこまで考えてないだけか……?いや……。」


 ロゼは少し考え、自分の思考を払うかのように頭を振る。


「どうしたの?」

「いや、何でもない。焦っても仕方ないからな。ギフトに言われた通りにしておこう。」


 思い至る。それが正しいかはともかく、その可能性があると。


 ならロゼはその通りに従おう。もしそれが思惑と外れていても、たぶん一番自分の為になる。


 強くなる事に依存はない。何より役に立てるなら申し分もない。心が痛まない事も無いが、致し方ないと割りきるしかない。


「ギフトも宿の位置は知っておるし、もし会えたら違和感の理由を聞いておこう。知らんと言われるかも知れぬが。」

「そうね。わかんないこと考えるより、今はちょっとでも前に、よね。」


 申し訳なさを胸に、ロゼは思考を切り替える。ギフトに会えたら真意を伺い、文句の一つでも言ってやりたい所だ。


 ◇


「つー訳で。人手が増えましたー。」

「気軽に言うな。俺はまだ信用していない。」


 呑気なギフトとは対照的に、ディーゴは疑いの目をリズ達に向ける。その真っ当な反応に嫌な顔一つせず、リズは口を開く。


「信用できないのは当然と思います。ですがそこを曲げてお願いしたい。」

「別に素性に問題がある訳じゃない。俺も一国の主として、事の深刻さは理解している。」

「では……。」

「何故今更だ?協力が必要と言うなら遅すぎるぞ。」


 ディーゴはリズを問い詰める。ディーゴが知っているのは魔物を操り国を滅ぼそうとしている事。実際に国が滅んだ話や、魔物を生み出す話は聞いていない。


 もし事実なら大問題だ。多くの国には外壁が備わっている。あれは外からの魔物に対し、防壁の役割として建てられた物だが、この話では壁は意味をなさない。


 ならばもっと現実的な対策が必要だ。避難経路の設定に、戦いの場所。それらは外からの侵攻に対して考えられており、どこで現れても被害を出させないように考られてはいない。


 どれだけ時間があっても完全に穴を無くすことは出来ないが、それでも時間は多いに越したことはない。なのにリズ達はその情報を出し渋った。


「信用を得たいと言うなら誠意を見せるべきだろ?お前等の言い分を理解した上で言ってやる。舐めんなガキ共。」

「ひゅーひゅー。流石ディーゴ。言ってやれ言ってやれー。」

「……返す言葉もありません。全てこちらの不手際です。」

「そう凹む事も無いさ。ディーゴならわかってくれるよ。」

「おい。」

「ま、俺からすれば仲違いはした上で協力しろって思うよねー。そんなの守られる側からすれば関係ないもん。」

「……それはそうだがな。一度できた蟠りは簡単には拭えん。」


 ディーゴとて言い合いがしたい訳じゃない。それでも他に方法は無かったのかと思ってしまう。


 リズ達が混乱を避ける為にした事は重々承知。だがそれは逆に言えば国という組織を舐めている事に他ならない。


 最初から信用していたならこんな事態にはなっていない。可能性の話だとしても、信用しなかったのだから信用されないのは当然だ。


「俺は良いと思うけどねー。子どもの我が儘みたいなもんでしょ。それに聞いた所で動いたかどうかは別の話だし。」

「力を貸して欲しいと言うならば、相応の見返りが必要だ。これでは脅迫ではないか。」

「だから落としどころを探すって?こいつらが所有する土地でも欲しいの?」

「飛び地に今のところ興味は無いな。それより武力だ。魔剣の一本や二本は当たり前だな。」

「それはこちらの戦力です。迂闊に持ち出すことはまかり通りません。」

「ならばごり押すか?危険があるから力を貸すのは当然か?この状況を招いた責任は誰が取る。」

「でも今出来ることは限られてるよねー。」

「……そうだ。だからこそ、少し位の愚痴は許せ。」


 理解はしても納得がいかない。そんな場合じゃ無いことを知って尚、ディーゴは言わねばならないのだ。


 これから先もこんな事が起きれば困る。次も似た方法を取られれば信用所の話では無くなり、それこそ言葉だけで収まりが付くかわからない。


 ギフトが飄々としているのも理解しているから。結局過去に何があろうと、今やる事をやらねば罪の糾弾も出来ないと。


 深く物事を考えない癖に、無駄な強かさで現実だけを見据える。ディーゴがギフトに頼んだ理由は強さも当然だが、余計な色眼鏡をせずに物事を見るからだ。


 今回はそれが裏目に出てる。ディーゴの感情論は正論で説き伏せられる。


「また聞いてやるって。少し位なら酒も付き合うぞ?」

「……。……わかった。今回は目を瞑ろう。」


 ディーゴはギフトのにやけ面を見て、大きな溜め息と同時にそれ以上の言葉を飲み込む。


 それを見てギフトは親指を立ててリズに自慢気な顔をするが、リズは申し訳なさそうに少し笑うだけ。


「申し訳ありません陛下。」

「もういい。こいつの言う通り過ぎた事だ。俺が苛ついていただけなんだろう。有耶無耶にされては困るがな。」

「はい。名誉挽回の機会、見事に果たして見せます。」

「つー訳で。人手が増えました。」

「良いだろう。お前達の事は騎士に周知させておく。入り用の物があれば頼れ。俺の出来る範囲でなら取り計らう。」


 緊張が解けたのか、リズはホッと息を吐き出す。


 そのままディーゴに一礼し、部屋を出ていく。ギフトもそれに付いていこうと、ディーゴに背中で手を振るが、その手は掴まれ動かなくなる。


「ほえ?」

「どうされましたか?」

「いや、こいつに話があるだけだ。お前達は先に行き、目的を果たせ。」


 ディーゴはギフトを掴み、疑問を持つリズ達を先に行かせる。振りほどこうと思えば出来るが、その理由もなく。ギフトは遠ざかるリズ達の背中を目で追いかける。


「どうされましたかー?」

「やはりな。何を企んでる?」


 ディーゴは先程までの深刻な表情を消して、意地の悪い笑みを浮かべる。


 土台ギフトが正論を振りかざす事が可笑しいのだ。この世で最も感情だけで生きているような人間だ。


 吐いた言葉を一秒後には撤回することもある人間。誠実ではあるが、万人の声を代弁するような人間ではない。


 時として正論紛いの事は言っても、それはあくまでギフトがそう思ったから言っただけの事。時に深い意味も持たずにそれっぽい言葉を並べることもある。


 仲を取り持つなど一番やらないことだ。嫌いなら嫌いで良い。協力なんてしてもしなくても構わない。そんな面倒を進んでやる性格ではない。


 問われたギフトは少し笑う。悪戯好きな子どもの様に。


「ディーゴにはバレるかー。」

「お前の渾名を誰が付けたと思ってる。俺はお前を過小評価も過大評価もしない。」

「そりゃ厄介だね。でも今頃ロゼも不信感を抱いてるかな?」


 ギフトの事を良く知っていれば、今彼の取っている行動に疑問を持つだろう。


「面倒だからね。腐った舞台で最後まで踊る程辛抱強く無いんだ。」

「……なるほど。ならば俺はお前を信じれば良いな。」

「話が早ーい。俺の事をそうだと思わせてくれると尚嬉しいね。」

「標的は?」

「会うやつ全員。」

「任せろ。だがお前な……。」

「俺はお前を信じてるよ。」

「……お前の仲間に殴られれば良いのにな。」


 ディーゴはギフトのやろうとしている事を理解して、敵にしなくて良かったと、過去を知っていて良かったと思う。


 何も知らなければ踊っていただろう。踊っていることも理解せず、そして全てが終わった後でも理解することなく。


悪戯好きな炎(ウィルオーウィスプ)の本領発揮だな。」


 ギフトは笑いながら嘘を吐き、嘘とわかってディーゴは笑う。それが当時を思い出しているのだろうか、それとも未来を夢見ているのかはわからない。

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