41 食事の場にて話し合う
「私はメイヤーだにゃ。……猫人族にゃ。」
「私はオルフィですぅ。……エルフですぅ。」
「我が名はロウ。調停者なり。」
「面倒事ばかり抱えてんなー。」
「そうでもないさ。これで中々楽しいぞ?」
因みにロウはただの人間だ。他二人と対抗するためか、変な言葉を使いたいのか知らないが、理解するのに時間のかかる言葉を使っている。
食事が来るまでの間でさっさと自己紹介が終了する。と言っても名前と種族を明かすだけの簡潔なもので、呼ぶときに困らないようにする為だけのものだ。
自分の種族を明かすのは躊躇いがある筈だが、周囲に気を遣って小声ではあっても、それをギフトに話すことに躊躇がなかった。
「不思議でも無いにゃ。噂が本当なら貴方は種族に拘りは無いにゃ。」
「まぁそうだけど。」
ギフトの疑問に気づいたか、メイヤーは茶色の目を覗かせてギフトを見る。噂以外にもギフトには本人以外の、獣人族の匂いがついている。
それもかなり親しい仲なのか、強く匂う。日常的に密着していなければここまで匂わないだろう。嗅覚にそこまで自信の無いメイヤーですら嗅ぎ分ける事が出来るくらいだ。
「変な感じはしますけどねぇ。何と言うか、精霊の加護があるような、違うような……。」
「精霊は見たこと無いからなー。違うんじゃない?」
オルフィは金髪の長い髪を緩く波立たせ、細い目の胸の大きなエルフだ。
エルフは精霊の力を借りて、魔法に似た力を行使する。属性魔法に置いて右に出る者がいないと言われる種族である。
独特の感覚でも持っているのか、ギフトが人でない事をすぐに見抜く。人以外の種族にはギフトが人間で無いことは見抜かれてしまうようだ。
だがそれ以上には至らない。流石に種族までは判別出来ず、細い目がギフトを確かめるように捉える。
「うざったい。」
「あらごめんなさい。つい、ね。」
見られる事を嫌ったギフトが手を払うと、また穏やかな微笑みを携える。あまり人の事は言えないが、マイペースな性格をしていそうだとギフトは思う。
「紹介が終わったなら話を変えるぞ。」
「そうだね。取り敢えずこれを。」
リズが話を打ち切り、ギフトもそれに従う。ポケットから石を取り出して机の上に転がすと、リズ達は食い入るようにそれを見つめる。
「深淵の宝玉。闇の住人は色を求める。」
「ロウ君の言葉は俺には難解だなー。」
「こいつはお前より歳上だぞ?」
「嘘ーん。」
ギフトはロウを見ながら間抜けな声を出す。ロウの身長はミーネと同じかそれよりも小さい。唯一声だけが大人の様に低いが、それ以外に歳上と見れる要素がない。
「まぁ歳の話はいい。これはどこで手にいれた?」
「聖教連の腹の中。」
「……どうやってとったんですかぁ?」
「そりゃあこう。グッと。」
手を尖らして前に出し、何かを掴む動作をする。それで何が言いたいのかを察したオルフィは顔を青ざめさせる。
「無理矢理だにゃ。でも他に取る方法も無さそうだにゃ。」
「のんびりしてる間に魔物がまた現れては話にならんしな。えげつないが処理としては間違ってないだろう。」
「死んでないよ。たぶんだけど。」
後の事はソフィーとルイに任せたので、彼等が生きてるか死んでるかはギフトは知らない。一応息はしていたし、内蔵まで傷つけていないから大丈夫だろうと判断している。
「で、どうよ?」
「人の体にはねーな。だが魔力が微弱すぎてこれだけじゃ無理だと思うけどな。」
「だよねー。」
「人の体内にあって初めて作動するってなら納得できるが。」
「あー……。体内版奴隷の首輪的な?」
「そういうこと。条件さえ満たせば発動するように……。」
そこまで言うとリズは黙る。奴隷の首輪は主人に対し反抗的な行動を行えば魔法が発動する仕組みになっている。
それと同様だとすれば感情が鍵になる。だがそれだと現状打つ手が無いことを指している。
人の感情を塞き止めることは出来ない。気付かれるより先に殺せば良いが、それでは聖教連よりもこちらが悪党になってしまう。
ギフト個人だけなら何も考えなくて良いが、後を引いて困るのは自分以外。ならば行動は慎重に行うべきだが、肝心の策が成り立たない。
「聖教連がやってることは周知されてるにゃ。」
「それでも彼等はまだ指示されていますぅ。過去の功績はそれほど大きいものなんでしょうねぇ。」
「下手に動けば奴等を助長させるだけ、か。」
「でも動かないわけには行かないもんなー。大変だねー。」
他人事の様にギフトが言葉を漏らす。現状打つ手なしなら考えるだけ無駄と、早々に割りきって別の事を考える。
「矛先を変えるしか無いかー……。」
そしてギフトは自分の考えを言葉にする。
聖教連の目的が掴めないが、国に対して喧嘩を売ろうとしてることは明白。手段として国に敵対する必要があるという事だ。
国に対して動くなら彼等も慎重になり、結果尻尾が掴めない。ならば邪魔者として自分が名乗り出ればどうなるか。
無視されると言うのが可能性としては高い。だが、彼等が一枚岩では無いことは知っているし、都合が良いことに勇者がギフトを目の敵にしている。
「あいつにちょっかいかけまくってボロを出させれば良いか。」
「あいつって?」
「勇者。絶賛喧嘩中だから利用してみようかなって。」
矛先を国ではなく自分に向かせる。そうすればやり口も掴みやすいと考える。
危険はその分増えるだろうが、個人に降りかかる火の粉くらいなら払うことも容易い。敵を過小評価している訳ではなく、現実的に戦って負けるとは思えない。
「危険すぎるにゃ。と言うかそれが出来るなら私達がやってるにゃ。」
「……それもそうか。そんなに強いの?」
「勇者は知りませんけどねぇ。国が一つ滅びたらしいですぅ。」
「それも一瞬でな。だから確証も無い。あくまで予想だ。」
「国堕とし?そんな噂聞いてないけど……。」
「表向きには魔物によって滅ぼされた。情報規制がかかってるのさ。一応魔物を操り国が落ちた、って噂が広まってるらしいが、その実態は不明になってる。」
「……ふーん。」
ディーゴの話していた事はここなんだろう。あくまで噂に過ぎぬことをディーゴは真剣に考え最悪を想定して動いていた。
魔物を操る方法は見たことがある。ロゼの国やワイバーンがその一例だろう。明らかな力不足にも関わらず、彼等は魔物より優位にたっていた。
魔物が突然現れるのもロゼ達の話から事実。なら国を堕とす事は存外難しくないだろう。
外から魔物を操り攻撃し、中で魔物を生み出し破壊する。手段や対策を講じてなければ、余程の知恵の回るものか力のある者で無いと防げない。
「今が一番大事って訳か。」
「理解が速いな。潰すまでいかずとも、協力体制を取っておきたい。」
もし、聖教連がその犯人として。
すぐに行動を起こさない理由はない。可能なら速やかに片をつけるべきだ。
それをしない理由は、単純に出来ないから。まだ確実と呼べる程の戦力が無いか、又は魔物を呼ぶ技術が確立していないかだ。
ならば今が聖教連を叩くに一番良い。放っておけば際限無く被害は増える。ここで対策を練って、聖教連に力を与えない様にすることが現状で取れる対策だろう。
「でも話は元に戻るよねー。」
「……そうなるな。せめて決定的な何かがあれば良いんだが。」
結局聖教連が犯人となる確実な証拠がなければならない。世界中の総意として、聖教連を敵にしなければ、全て叩き潰す事は出来ず、また密かに動かれるだろう。
「厄介だけど。手段を選ばなければ方法は一応。」
「残像は手中にありて、なれど掴めず。」
「嘘じゃねーよ。ただ、」
ギフトは一拍置いてリズを見る。それを見たリズは観念の色を覗かせる。
騙し続けるには無理があると思っていたが、早すぎる。ギフトの勘を甘く見たと反省する。
「考えりゃわかる。知りすぎだよお前らは。」
「調子に乗ったか。」
「俺は興味無いけどね。ただ巻き込むなら嘘は通せない。お前らの正体は明かすべきだな。」
国の長であるディーゴが知り得ないことを知っていて、力はギフトと同様。聖教連の悪事を止めようとしていて、種族の拘りを持たない。
聖教連であれば、獣人や亜人を組織に入れない。冒険者なら関与しないし、昔はと自ら語っていた。
「この国の王様に会わせる。でもあれは適当な言葉じゃ納得しない頑固な奴だ。」
「是非もない話だ。だがお前は俺達を信用できるのか?」
「信じるさ。困ったら前に進むのが良いだろ?」
ギフトの策を通すならディーゴに話をしない訳にはいかず、彼等の正体も明かさなければならない。
隠し通したい理由は無いだろうが、不要に騒ぎが起きないようにしているのだろう。ディーゴならその点は心配いらないとギフトは判断するしかない。
「物事には円滑に進む手順がある。全力は尽くすさ。」
そう言ってギフトはニヤリと笑う。頭の悪い自分にはこれしか出来ないと、迷う事無くギフトは我が道を進むと決意して、リズとディーゴを引き合わせるべく動き出す。
やっと運ばれてきた食事も上機嫌に食べ始める。途端に機嫌を良くしたギフトに違和感を覚えつつも、それに習って食事を始める。