33 聖教連の目的?
ギフトは平然と建物の壁を登っていく。正面から行っても通してくれるだろうが、引き留められても面倒臭い。
見つかったときの方が面倒と思うが、それより最短で辿り着く道を選んだ。この辺りが考えなしと言われる所以だろう。
窓ガラスを数度叩く。顔を覗かせて反応を見ていると、部屋の主はギフトを見て驚き、そして呆れて窓を開ける。
「一応俺も国王だ。警備が不安になる。」
「時間かけすぎるとロゼ達に怒られちゃうからね。」
そう言う問題ではない。この建物は塔のように細長く、基本外からの侵入は許さず、正面入り口からしか入れない構造になっている。
「警備体制を見直すか。」
「サボりいたぞ。じゃなきゃ流石にここまで来れないし。」
「……良い報せだ。場所を教えてくれ。」
ギフトは自分で見た警備の穴をディーゴに伝える。正面入り口は堅いがそこ以外は脆い。
何より構造上他の場所からの侵入は難しい。垂直な壁を登る者がいると思っていなかったのだろう。それにしては気を抜きすぎではあったが。
「それで?嫌がらせに来た訳では無いだろう?」
「聖教連が戦力を集めてるっぽいね。何をする気か知らんが、ちょっとどうかと思って。」
「……詳しく話せ。」
ギフトは勇者との会話をそのまま伝える。私見は伝えずありのままを。
憶測を伝えない事でディーゴにも考えて貰う。ギフトの私見が混じればディーゴの意見が変わってしまう。
別に自分の意見に賛同して貰いたくてここに来た訳ではない。言ってしまえば勇者や聖教連の動きはギフトには関係なく、好きにやってもらって構わない。
自分で考えるのが面倒で対策もディーゴに任せる。その為にここに来た。
全て伝えて煙草を吸い始めると、ディーゴは腕を組み、考えを整理する。
「魔法では無いのか?他者を操る魔法をお前は知らないのか?」
「操る魔法はあるでしょ。精神に作用する。思考を鈍くする。そんな魔法ならあるだろうね。」
「動き始めたのは?」
「教祖がいなくなってから。動き始めはそこだろうね。」
「俺の集めた情報では金策に奔走している。それは?」
「聖女の回復魔法。あの子は無償でやりたいだろうけど、勝手に付いてきたみたいだね。」
聞かれれば自分の意見を述べる。簡単な受け答えを数度繰り返し、ディーゴは腕組を解いて、ペンを走らせる。
「……もし、俺があいつらの立場なら先に聖女をどうにかするが。」
「条件があるんじゃないかな。例えば尊敬している人間がいると効果が無い、とか。」
「全体を通してのお前の私見は?」
「……想像だけどね。」
「構わないさ。」
「勇者は恐らく幼少期からあいつらに教育されてる。自分の意見は何でも通る教育がな。出来上がるのは誰にも愛されない不遇な人間。」
ディーゴの質問にギフトは思った事を口にする。支離滅裂な言動は精神の未熟さ。高慢な物言いは育ってきた環境。他者の意見より自分が絶対的に正しいと本気で思える様に成長させられたのだろう。
「聖教連の二分化。昔の名声を地に落として、別の態勢を整える。その為の前段階。」
「……ふむ。」
「聖教連として戦争を起こして、別の組織としてそれを止めて名声を得る。それか単純に……。」
ギフトはそこで区切って思い付く。可能性の話でしか無く、確証は何一つ無い。
だがそこに思い至ってしまった。自分で話す内に考えが纏まって、その可能性を見出だした。
「……信仰する兵隊が国の中に紛れていては、初動で遅れを取る。人を操れるなら、魔物もその範疇の可能性。か……。」
「……戦争が目的?いやその上が目的だな。俺なら行動で満足しない。」
「やるからには結果を求める。俺もそうさ。」
ディーゴは手を止めて椅子に深く腰掛ける。それが一つの可能性として充分にあり得るとディーゴ自身も思っているのだろう。
ギフトの言葉を全て信用した訳ではない。あくまでこれは個人の意見。それを理解して、それでもディーゴは最悪を想定する。
それにギフトは無駄に不安を煽る嘘は言わない。深く熟考しないだけで頭は悪くない。
「俺も騙されてる可能性はあるけどな。」
「その上で俺は動かねばならん。貴重な情報提供感謝する。」
「……そうさな。もし戦争を起こすつもりなら俺は止めなきゃならんし。」
喧嘩は止めない。殺し合いも構わない。それでも戦争は許さない。全員が同意の上で命をかけるなら良いと思えても、戦争が引き起こすのは平穏を望む者の虐殺だ。
「あーあ。ロゼに怒られちゃうな。」
「……伝えないのか?味方は多い方が良いだろう?」
「あいつらは大会を楽しみにしてるのさ。ならそれを邪魔せず見守るのが俺の、……師匠の役目だろ?」
ギフトの柔らかな笑みにディーゴは嬉しそうに相好を崩す。
ギフトは覚悟を決めている。昔から何も変わっていないその優しさを見て、ディーゴ自身も昔を思い出す。
「フフッ!ハハハッ!なら俺も大会を中止させる訳にはいかんな!」
「どうした?急に。」
「何。少し思い出しただけだ。俺は俺で動く。必要なら人手も力も貸そう。」
「……助かるよ。」
「それは俺の台詞だ。お前にはいつも助けられてばかりだな。」
ディーゴは立ち上がり機嫌を良くする。大きな手でギフトの頭をくしゃくしゃにすると、扉を開けて大声を上げる。
「全員集え!これは勅命だ!他の全てを無視して謁見の間に来い!」
腹から出た大声はギフトの耳を貫く、顔をしかめてディーゴの背中を軽く蹴るが、気にした様子は無く大声で笑う。
「お前は今届け屋だそうだな。なら俺からの依頼だ。もし奴等が動き、戦争、或いは魔物の群れがここに来れば大会は中止せざるを得ない。」
「……先に謝らんかい。」
「すまん!そこでお前には大会が進行できる場を届けろ。あいつらに出場権を届けてやれ。」
「それ言われるまでも無いよ。」
耳を抑えてディーゴに文句を言うが、何一つ響いていない。こんなのが王様で大丈夫かとギフトは疑問に思うが、個人としては気に入っている。
名を与えられて行動が変わってはつまらない。自分を変えるのは自分で、人に言われて変わる人間は面白くない。ディーゴは王としての行動もするが、本質は何も変わっていない。
「そうだ。ネヴィルには会ったか?」
「変な爺さんだろ?今あいつらと一緒にいると思うよ。」
「そいつはお前の仲間だ。好きに使え。俺には制御できんからな。」
それはディーゴなりの気遣いだろう。ギフトがいなければ彼女達を守る術が少なくなる。だがネヴィルがいれば少なくとも死ぬ事は無いだろう。
「良いのか?貴重な戦力だろ?」
「個人の遊撃手として申し分無い男がいるしな。」
「ん。じゃあ俺は一度帰るな。進展すれば誰に報告する?」
「俺に一々言いに来るのも面倒だろ?判断は任せるさ。頼りにしてるぞギフト。」
「おう。任せろ。」
ここで努力する何て言葉を使わない。努力するだけでは駄目とわかっている。ここで結果を出せないなら、それは大きな災いを招く可能性を示唆している。
勘違いならそれで構わない。無駄な時間を喰ったと笑い話になる。だが二人はただ最悪を回避するため動き出す。
ディーゴは無言で拳を握ってギフトに突き出す。それに拳を合わせると、一言も発する事無く、ギフトは窓から飛び降りる。
「俺の知り合いは扉を知らんのか。」
呆れた様にそう呟く。どこか嬉しそうに。だが一度目を閉じて開けば、気の緩みは鳴りを潜める。
ディーゴは歩き出し、すれ違う者達に指示を出しながら謁見の間に向かう。目的は聖教連の目的を掴む事。及びこれの排除。
それに伴い今まで起こった魔物の騒動の洗い直しと大会運営。やるべき事は山の様に積まれているが、一つも妥協することはない。
見えた尻尾は逃がさない。獰猛な笑みを浮かべて、ディーゴは頭を回転させる。