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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 二部~特訓開始~
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32 三日目 昼

 各々に一通りの方針を示したギフトは、今一人で町にいる。親方と呼ばれる職人との取引の為だ。


 行く事に文句は出た。教える人間が放置をするのは如何なものかと言われたが、ミーネの為と言えばロゼは引き下がり、「一々聞かなければ何も出来ねーの?」と挑発すれば文句の声も消えた。  


「どう?足りる?」

「足りん。」

「んじゃ手甲で。後は買うよ。」

「取りすぎだ。」

「余ったら好きに使ってくれ。代わりに一級品で頼むね。」

「当然だ。」

「……何でわかるのかなー……?」


 そして今取引の真っ最中。と言ってもギフトは渋る事はしないし、親方も仕事に妥協や甘えを持ち込む性格では無いようだ。


 ギフトはワイバーンの骨など使い道も無いので全て譲るつもりでいる。対して親方はそれは貰いすぎなので他の物を無償で渡そうとするが、ギフトはそれを受け取らない。


 格好つけてる訳ではなく、必要無いからだ。アルバは暫くあの刀で良いし、ギフトは武器を使わない。ロゼに渡すにしても、優秀な武具より手に馴染む武具の方が命も掛けられる。今の武器を使い続ける方が良いだろう。


「いつ頃出来るかな?」

「大会まで。」

「仕事が早いのは良いけど手は抜くなよ?」

「愚問だ。」


 ギフトの皮肉にも口数少なく対応し、すぐに作業に取りかかる。見ていても邪魔にしかならないギフトは早々に工房を出て、店の前で煙草を吹かす。


「これで後は自由だね。何しようかな?」


 この国は全体的に均一的だ。どこを見ても似た造りの家が建ち並び、唯一違うと思える建造物はディーゴの家。城とは呼べない円柱形の建物だけ。


 わざわざ見に行く程の物ではない。知り合いの家なら豪華であろうが無かろうが特に感傷を持つことは無い。


 海の方に行ってみても良いが、それだと後で理由に困る。海を見てましたと言い訳にすれば、ロゼ達のいる場所でも海は見えると論破される。


 壁に背を預けて煙を浮かべているだけで時間は過ぎ去っていく。結局ギフトにはこの町で楽しむ物は特になく、別の場所に行きたいと言う思いが湧いただけだ。


「流石に怒られるよなー……。」


 ロゼは大会を楽しみにしているし、冒険者三人も大会で勝つため努力している。ギフトは勇者に決闘を挑んだが、最悪トンズラしても良い。顔さえ見えなければ怒りも起きず、すぐに忘れる程度の存在だ。


 大事なのはロゼの怒りを買わないこと。ハッキリしていて、物事を引きずらないが、言うときは正論で向かってくるのでギフトは逃げられない。


 ロゼやミーネに対して甘いのは自覚しているし、それを今後変える気は無い。気に入った人間の依怙贔屓は当然と思っている。


「飯だけ食って行くかー……。……ん?」


 どう言い訳しようにも怒られる未来しかない。あまり時間をかけすぎて小言を言われる位なら食事だけして帰ろうと思った時、人の喧騒が大きくなる。


 少しずつ人が止まり混雑を起こす。騒ぎの中心はギフトの位置からは見えず、少し考える。


 無視するか、野次馬になるか。巻き込まれれば確実に時間を食うが、少し見るくらいなら大丈夫だろう。


 早く帰ってこい。そんな幻聴に耳を閉ざして、ギフトは一息で屋根に登る。そこから騒ぎの中心と思える場所を見ると、数人の白い服が見える。


「……聖教連?それに……勇者か。んー……。」


 関わるべきでは無い。それは承知しているが、アルバの件もある。


 勇者と聖教連が何を考えているかはどうでも良いが、その先でソフィーとアルバに迷惑がかかるなら摘み取って起きたい。後勇者の実力も計っておきたい。


 ギフトは勇者相手に負ける要素は無いと感じている。だがロゼやリカ達が戦うとなると結果は見えない。


「暇だしな。」


 一番大きな要因とも言える言葉をボソリと呟き、向こうに気づかれないように屋根づたいに近づいていく。


 騒ぎは広場。中央に噴水があり、円形に広がる空白の場所で勇者と誰かが喧嘩している様子。それを一番近い屋根に座って眺める。


「調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「全く。君には品性が無いのか?」


 男が勇者の胸ぐらを掴み恫喝するが、勇者は余裕で受け流している。ギフトは自分と相対した時とは全く違う反応に眉根を寄せる。


「そっちが吹っ掛けて来たんだろうが!俺の仲間殴っといて謝罪も無しか!あぁっ!?」

「僕が君達に手を出す訳無いだろう?もしそうなら君達に非があるのだろうな。」

「ふざけてんじゃ……!」

「勇者様ー!頑張ってー!」


 言い合いから殴り合いに発展しそうな雰囲気の中。一人の観客が勇者に声援を上げる。


 ギフトの聞いている分にはどちらが先に手を出したかわからない。勇者と言う心象は周囲を味方につけられるのかな?とギフトは煙草に火を点けながら他人事に思う。


 勇者は声援に軽く手を上げて応え、男を挑発するように微笑む。群衆は黄色い声を上げて勇者を讃える。


「勇者様が悪な訳がねぇ!お前悪いんだろ!」

「謝罪しろ!勇者様の手を煩わせるな!」

「謝れ!謝れ!」

「何盛り上がってんだ?おい!止めとけって!」


 熱気は一瞬で燃え上がり、伝染していく。ただ男に向けて物を投げつけている者もいれば、それを止めようとしている者もいる。


 ギフトは違和感しか覚えない。勇者の言動も、周囲の盛り上がり方も安い演劇を見ている様で気持ちが悪い。


 男は狼狽し、周りを見て睨みを効かすがそれでも野次は鳴り止まない。だが勇者が片手を上げると静まり返って勇者の言葉を聞き入れようとする。


「問題ないさ。この悪は僕が成敗する!」

「なら俺も一緒にやってみるか?」


 何か腹が立つ。明確な理由がわからずにムカついている事も腹が立つし、勇者の言動も、観衆の盛り上がりも何故か痛く気に触る。


「き、さまは……!」

「久しぶり。暇だから茶化しに来たぞ。」


 勇者の顔が一瞬で憤怒に歪む。割り込まれた男は怒りの行き場がわからず戸惑っているが、それはギフトには関係ない。


 そして今まで勇者を肯定していた観衆の熱が少し下がっていく。だが散り散りになることはなく、成り行きを見守っている。


「ん……?」


 不思議とそこでギフトの苛立ちも少し失せる。勇者に対する怒りはあるが、先程の奇妙な気持ち悪さも消えている。


「貴様は関係ない!関わるな!」

「……魔法か。しかも感知出来ないのか?」

「勇者様。その者に関わってはいけません。平常心を保ってください。」


 この世は不思議で溢れてる。当然ギフトの知らない未知な魔法や力がある事は理解している。


 それでも魔力を感知出来ない魔法は初めて出会う。恐らくこれが奇妙な苛立ちの正体だとギフトは直感で理解する。


「聖教連か。暇潰しに見に来ただけだがこれは収穫だな。」

「貴方には何も関係ありません。ここは穏便に片を着けます。」

「穏便にしたいなら喧嘩を売るべきじゃ無いだろ?金も搾取するものじゃない。言ってることとやってることが違う奴は信用されねーよ。」


 精力的に情報を集めた訳ではないが、旅の中で噂位は耳にする。何より所属しているアルバからの証言もあり、ギフトは聖教連と勇者を何一つ信用してない。


「魔法で群衆を煽って何をするか。信者集めか、兵隊集めか。」

「そんな事するはずもありません。」

「考えはするのか。大陸に戦争でも仕掛ける気か?」

「何を言っているのか理解出来ませんね。」

「理解は出来るだろ。言葉を話してんだから。阿呆だと認めたいならそう言え阿呆。」


 ギフトの挑発を聖教連は流していく。何を言っても惚けるつもりならギフトは路線を変更する。


「勇者様も弱いし、無駄だと思うがね。」

「僕を馬鹿にするな!」

「お前はこの国と戦って勝てるか?」

「当然だ!こんな国潰そうと思えば潰せる!僕だけで無理でも僕には仲間がいるからな!」

「……嘘だろ?」


 チョロすぎる。言わなくて言い事も聞いてないこともペラペラ喋ってくれるのは有り難いが、ここまで来ると疑いもする。


 国と戦うだけの戦力を集めている。それを堂々と公言した。深読みするならそれを言うことで敵対を煽り、正当防衛を成り立たせる。


 だがギフトはそこまで考えた上でその可能性を切り捨てる。騙されようがそこはそれ。国のいざこざには介入する気は無いし、対策を立てるのはギフト以外だ。


「さて、じゃあ俺はお暇するか。」

「待てっ!僕に用があるのだろう!?」

「は?何で?」


 ギフトはただ暇潰しに見に来て、苛立ちを覚えてここに来た。それだけの理由で、理由は何も無い。ただの偶然だ。


「お前とは大会で戦うさ。それまで手は出さないよ。」

「なら何故ここに来た!」

「暇潰し。思いの外収穫はあったけどね。」


 ディーゴにお土産話が出来た。それをネタに色々譲歩してもらおう。これで聖教連の立場が落ちた時に、ソフィーとアルバを守れる足場にはなる可能性もできる。


 ギフトが一番最初に情報を仕入れられたのも大きい。ディーゴに貸し借りはしたくないが、ミーネの友達と、自分の仮の弟子を守るなら一つ貸しは作っておきたい。


「じゃね。」

「ま、待て!」


 聞く耳持たずギフトは人混みを歩くのを嫌がり屋根まで登る。そして勇者達に手を振って姿を消す。


 人混みはギフトが消えたと同時に少しずつ解散していく。勇者が怒りを顕にすれば、それに落胆したのか興味を無くしてそれぞれの目的に向かっていく。


 勇者に食い下がっていた男も興が削がれたのか、強い溜め息を吐いて立ち去っていく。完全におちょくられただけの人間を前に怒る気も無くしてしまったのだろう。


 残された聖教連と勇者は静かに立ち竦む。噴水の音が嫌に耳に入り、勇者は拳を握りしめて口の端から血が流れていく。

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