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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 二部~特訓開始~
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30 三日目朝

 風を裂く音が一つ鳴る。とても静かで、それでいて耳にうるさい音が。


 それは動く度に音を鳴らす。銀色は恐怖を生むと同時に、見るものを惹き付け離さない。


 美しく禍々しく。静けさと激しさが同居した太刀筋は、一介の剣士に届く領域を越え、高みにいると素人目ですら思えてしまう。


 やがて一通り型を終えたのか、ギフトは鞘に刀身を滑らしながら納めていく。そして腰を少し沈めて体から力を抜く。


 何も見逃さない。そのつもりでアルバは見ていた筈なのに、ギフトは既に刀を振り抜いている。時が跳んだ錯覚を覚えるが、ギフトは魔法など行使していない。


「ふー……。」

「かっけー……。」

「だろ?これが基本的な刀の使い方かな?」


 一気に気を緩めて刀の峰で肩を叩く。扱うのが久しぶりで、忘れてしまっている可能性もあったが、体が覚えてくれていた様だ。


「相手の攻撃を受けずに、流すか回避で期を待って切る。剣が攻防一体なら刀は攻撃一辺倒だな。」

「受けれないのか?もし避けきれないってなったら?」

「あくまで一般論。自分の性格に合わせて変えれば良い。」


 本職の人が聞けば激怒するであろう言葉を吐いて、ギフトは刀を地面に突き立て肘を置く。


 刀は切る事に特化している。その反面受ける度に切れ味は落ち、血糊がついても切れなくなると、長期戦に向いていない。


 ギフトはそんなもの魔法でどうとでもなると考えているから、もし刀を使っても乱雑に切りかかるだろう。だが現状のアルバではギフトと同じ様には戦えない。


「最初は基本だけ学べ。下手に欲を出してもお前の力にはならん。」

「はい!師匠!」

「元気が良いな。じゃあ次の武器は……。」

「師匠!俺は刀を使いたい!」


 武器の使い方を教えた後で、好きな物を選ぶ。そう言っていたのに、アルバは余程魅了されたのか威勢良く刀を選ぶ。


 悪いことではない。見た目から入って大成することもある。何がアルバに向いている武器かは本人にすらわからないのだ。それに文句を言いはしない。


「ならお前は暫くこれ振ってろ。疲れたら魔力操作。回復したら素振りと交互にやれ。」

「はい!」

「良し。ミーネ!」

「はーい!」


 呼ばれて直ぐに尻尾を千切れんばかりに振ってギフトに近づく。昨日は結局何も教えてもらっていないのだ。文句が喉元まで来ていたのだろう。


「ミーネは風の魔法を教えてやる。と、これだな。」

「何これ?」

「手甲と靴。とりあえず慣れるためにな。本格的なのはまた作って貰うから今はそれを付けとけ。」

「僕素手で良いよ?」

「楯としてとりあえず使っとけ。ミーネが一人で戦えるってなれば外すも使うも自由。ただ当面は使え。これなら素手と対して変わらん。」


 正確に言うなら手甲分の厚みの差で違いは出る。その誤差は拮抗した勝負の中で致命的になる。


 当然ミーネが素手で戦うときになればその違和感に戸惑うだろう。だが恐らくミーネはその違和感をすぐに修正出来るとギフトは思っている。


 ミーネの感覚はこの中の誰より優れている。獣人族としての天性の才覚も、臆病者としての思慮深さ、それに加えて曲げてはならない信念を持っている。


 だがそれは後の話。ミーネには一先ず魔法を教えて、それから自分なりのやり方を見つけて行けば良い。ギフトに出来るのは下地を整える事だけだ。


「んじゃ風魔法だが、まずだな……。」


 ギフトは砂浜に指で文字を書いていく。ミーネにはまだわからない文字が羅列して、円の中に模様と文字が書き込まれる。


「それ何?」

「魔法ってのは魔力に言葉で指向性を持たせる。んで、これが魔法の……。んー……っと。」

「方程式じゃな。魔法を使う根元となる式じゃ。」

「ほーてーしき?」

「まぁ今は感覚で理解しとけ。俺達が魔法を使うときはこの式を言葉で表してるのさ。」

「そうなのか?」

「うん。だから無詠唱は本来出来ないとされていた。」

「俺は今ミーネに教えてんだよ。」

「気になるではないか。無視して良いぞ。」


 ミーネに話している最中に魔法に興味がある面々がわらわらと寄ってくる。


 ギフトはロゼの言う通りに無視して少し横に図形を書いていく。それは紋様は複雑だが、文字の描かれていない図形だ。


「ほっほ!なるほどなるほど!お主の考えることはぶっ飛んでおるのぅ!」

「うるさい爺さんだなー。これがこれからミーネに覚えてもらう魔法な。」

「文字が書かれておらんな?」

「どう言う事?これは魔方陣にならない。要素が不足している。」

「いや素晴らしい!是非我が学園に招待したい!」

「……。ミーネまず魔力を体に流してこう唱えろ。僕は深淵を知る者。僕の意思に従い、ここに集え。ってな。」


 うるさい外野を無視してギフトはミーネに指導を行う。ミーネは苦笑いを浮かべた後、目を閉じて気持ちを沈め、小さく呟く。


「僕は深淵を知る者。僕の意思に従い、ここに集え。」


 途端ミーネの周囲に弱々しい風が吹く。ミーネに向けて風が集まり、周囲を渦の様に回転する。


「……ほう。これはこれは。」

「良いぞミーネ。そのままの状態を維持して、一気に拡散させろ。自分の中にある魔力を外に出すイメージだ。」


 ギフトの言葉がちゃんと聞こえているかわからないが、ミーネの周囲の風はだんだん速度を増していく。


 ミーネの額に汗がじわりと浮かぶ。それでもミーネは止める事無く風を集め、目を開く。


「うわっ!」

「きゃっ!」

「ほっほー!素晴らしい!」


 ミーネが目を開いた瞬間に、周りにいた人間に風が叩きつけられる。痛みのあるものでは無いが、油断していれば体勢を崩すに十分な威力だ。


「上出来だ。最初にしては文句無しだな。」

「うむ。獣人族は得てして魔法が苦手と思っていたが、長生きはするものじゃな。」

「ほんと?」

「本当だよ。はいおいでミーネ。」


 ミーネは笑顔を浮かべてギフトに抱きつき、そのまま力尽きて寝息を立て始める。ギフトはミーネの頭を撫でると抱えて背中を優しく叩く。


 初めて魔法を使えば集中力も必要だし、慣れない動作に魔力切れも起きて眠りもする。ギフトには知らぬ感覚だが、傭兵時代の仲間に魔法を使って眠る奴がいたからこうなることは予想できた。


「今さらだけど爺さんは獣人族に偏見ねーのな。」

「長生きしとるからのぅ。若い頃は旅もしとったからな。」

「なるほどね。それは有り難いな。」

「うむ。将来有望で努力家で飾らぬ性格。更に人を心から信頼できておる。儂がこの子に何かするとすれば儂が狂ったかお主の教えが間違えるかしかないのう。」


 ネヴィルは獣人族に対して偏った意見を持っていない。ネヴィルの元の性格もあるだろうが、長い人生を渡り歩けば人の良し悪し等自分で判断できる。


 ギフトの腕の中ですやすや寝息を立てているミーネを敵に回す事はあり得ない。真剣に学ぼうとする姿勢も気に入った。


「良ければ儂が預かっても良いがなぁ……。」

「俺とロゼを敵にしたいか?って言いたいけど、個人的にはミーネが幸せなら良いよ。」

「なら厳しいのう。残念じゃな。」


 今の学園にミーネが来ても風当たりは厳しい物になる。ネヴィルが守る事も出来るが、どうしても目の届かない場所は出てくるなら、ミーネは悲しむだろう。


 何よりミーネにとって学園に来る理由が薄い。ギフトは学園講師と同等、もしくはそれ以上に知識と閃きがある。態々学園に来て学ぶより、ギフトといる方が有意義な勉強になるだろう。


 余計なプライドでミーネの成長を止める事もしない。ミーネの成長を本人より喜ぶ男が師となるなら、ネヴィルに今より良い環境を与えられる自信はない。


「ギフト!今度は私!」

「あーちょっと待て。」


 ミーネが寝入ったのを見て、待ってましたとリカが声を上げる。リカの手には細剣が握られており、リカは剣の腕を鍛えたい様だ。


 ギフトはミーネを砂浜から離れた草原に置いて、自分の上着を被せる。汗を掻いたミーネの額を拭ってリカの元に向かう。


「お待たせ。」

「待ったわ!私にもミーネちゃんと同じ様に積極的に教えなさいよ!」

「あー。大丈夫。やるからには本気でやるよ。」


 言葉の終わりと共にギフトは炎の剣を形成する。本気な訳では無いが、リカの悪癖を炙り出すにはこれが一番手っ取り早い。


「俺は戦うだけ。自分の反省点は自分で探せよ?」

「当たり前よ!行くわよ!」

「いつでも来い。」


 リカは一足で自分の距離にギフトを入れると、喉元に向けて突きを放つ。容赦なく殺すつもりの攻撃にギフトは少し笑う。


 信頼しているのか恨みがあるのか。どちらとも判断できないが、恨みがあっても簡単にやられるつもりはない。炎の剣を横凪ぎに払いリカの攻撃を弾く。


 リカは横に流れた剣を強引にギフトに向けて振り払う。当たっても切れる事は無く、痛い程度で終わるがそれも炎の剣で防ぐ。


 防がれたと判断した瞬間リカは姿勢を屈めて足を払う為蹴りを放とうとする。虚を付いた攻撃はギフトの反応を鈍らせたのか動かない。


 行けると確信したリカの足は勢い良くギフトの足に当たる。なのにギフトの体制は揺らぐこと無く、当てたリカの表情が歪んでいく。


「……っ!卑怯者!」

「阿呆か。」


 リカはギフトが魔法を使って体を強化したと考えるが、ギフトは何もしていない。


 リカの蹴りの角度と流し方に問題がある。来るとわかっている攻撃、それも横から蹴られるだけなら問題はない。後ろから引っ掻ける様にしなければ、体格の違うギフトを転ばすことは出来ない。


 それに純粋な筋力も違う。ギフトはほぼ毎日歩いているし、場合によっては人を背負って三日程度は歩ける位には鍛えている。


 リカの蹴りは普通に当てるだけでは通用しない。それがわかっている筈なのに何の策も技もなく戦っても意味はない。


 ギフトは炎の剣を振り上げる。リカは即座に後ろに飛び退いて体勢を立て直そうとするが、ギフトに詰められ余裕を持てない。


 右、左、右、上。次から次に剣劇は奮われ、リカは呼吸もせずに防ぐことしか出来ず、下からカチ上げられた斬檄に握力が持っていかれて剣を手放す。


 宙に浮いた剣が地面に落ちるより早く、ギフトの剣はリカの喉元に突きつけられる。


「ほい終わりー。」

「……悔しい!」

「悔しいのは良いが反省しろよ?」

「うぐぐ……!」


 怨めがましくギフトを見るが、既にギフトは気を抜いている。煙草を咥えて憎たらしく笑うと、炎の剣を消す。


「悔しいのも怒るのも大事な事だ。そこで終われば愚か者だけどな。」

「わかってるわよ!」

「で、何が悪かった?」

「……駆け引きがなって無いのよ。」

「そうだな。」

「でも戦ってる最中に考えるのは苦手なのよ。」


 リカの言葉には悔しさが滲んでいる。自分でも最初から理解しているのだろう。


 リカは圧倒的に選択肢が少ない。選んだ武器の性質か、一番怖いのは突きに絞られるし、リカ自身思考で自分を動かすのが難しいと感じている。


「それが駄目なら俺も駄目だよ。」

「……教えてよ。」

「あー……。駆け引きは相手がいて成立するだろ。」

「わかんないわよ!」

「……相手に勝手に考えて貰え。深読みさせれば勝てるだろうが。」


 リカに遠回しな言い方は伝わらない。それを理解してギフトは自分の考えを述べる。


「例えば屈んだ時に武器を引け。そうすれば相手には二択だ。蹴りが来るか、突きが来るか。自分の選択肢を増やして、相手の選択肢を削れ。」

「どうやって?」

「体の使い方だ。突きを撃つときに空いた手を相手に向ける。蹴りを放つ前に相手の顔を見る。相手に何かあると思わせれば何もなくても有利になる。」


 自分で考えるのか苦手なら、相手に深読みさせる事が必要だ。視線でも動作でもとにかく相手に選択肢が多いと思わせれば良い。


「ああ!相手に勘違いさせるのね!」

「お前は反射神経は良い。それを生かす手段を身に付けろ。相手に不利な攻撃をさせてカウンターで終わらせろ。」

「考えて戦って、最後は考えないのね。切り替えられるかな……。」

「体に徹底的に覚えさせろ。そこまでは面倒見きれん。」


 恐らくリカは出来る。頭で考えるより先に体が動く人間ならカウンターが一番戦いやすだろう。


 相手に打たして後の先をとる。元々リカの武器は打ち合いに向いていない。一撃必殺の戦法が嵌まりやすいとギフトは考えている。


「まぁ従うも従わないも自由。とにかく魔力操作だけは真っ先に覚えな。」

「……そうね。ねえ?」

「何だ?」

「私の武器って私に向いてないかな?」


 伸び悩んでいるとでも感じているのか、リカは寂しげな笑みを浮かべながらギフトに問う。


 リカの細剣は手数の多さで敵を翻弄し、力で勝てずとも技で勝つための武器だ。正直リカの性格に合っているとは思えない。


 それでもギフトは笑い飛ばす。そんな悩みは死んだ後で漏らすものと思っている。


「俺は武器が無いから負けた何て言わねーよ。強かろうが弱かろうが俺は武器は使わない。」

「何で?」

「それが俺の戦い方だから。死んだ時に後悔しなくて気楽じゃないか。」

「……そっか。うん。わかった。」


 ギフトの言葉を聞いてリカはふっと笑う。悩んでいる暇があるなら強くなれば良い。この道を選んで正解だったと後で思えば良い。


 武器を変えたから強くなるとは限らない。ならばこのまま進んだ方がリカは後悔しない。


 武器自体は大した銘もない物だが、細剣を使うことにリカは意義を見いだしている。その道を進んで良いと、自分より強い人が言ってくれた事が素直に嬉しかった。


「ありがと。またお願いね。」

「おう。んじゃ俺休憩するから。」


 リカの思いなどギフトは気にしていない。思ったことを言っているだけで、慰めるつもりなんて毛頭ない。


 だから素直に受け入れられる。同情なんて微塵もないただの言葉だからこそ、リカの迷いはすっと無くなる。


「お前らも休憩しろよ。根詰めすぎても意味ねーぞ。」

「待てぃ!この魔方陣について詳しく教えよ!」

「私も気になる。」

「妾もだ。」

「……お前らな。」


 休憩しろと言ったのに聞く耳持たない三人に呆れ、煙と一緒に溜め息を吐き出す。


 それだけで三人を視界から外してギフトはミーネの隣に座り休息を味わう。幸せそうに眠るミーネを羨ましく見つめ、ギフトは体を休めるために体を横にする。

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