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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 二部~特訓開始~
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29 魔導師

 老人が来たことで特訓は一時中断。ギフトとロゼ。老人とミリアが座って話し合い、他の者は離れた場所に移って巻き込まれないようにしている。


「良い加減機嫌を直せ。ほら妾の分の魚もやろう。」

「魚釣りしてたんだよ。爺が連れても意味ねーんだよ。魚の餌にもならねぇよ。」

「いらんのか?」 

「食うよ!」


 手渡された魚を奪ってやけ食いする。よっぽど魚を逃がした事が悔しいのだろう。


 釣れなかった事よりその姿を見ることも、食べることも出来なかったのが嫌だったのだろう。それが自分の責任ならともかく、他人が要因になれば矛先はそちらに向く。


 もしかしたら普通に釣れなかった可能性があっても、邪魔されたと言う感覚が拭えない以上は自分の非は認められないのだろう。


「いやしかし。想像以上に愉快な奴じゃな。」

「学園長……。あまりギフト君をからかわない。」

「ほっほ。これは興味が尽きぬわ。」


 現在目に写る情報では、魔法が優秀と言うより戦闘に優秀。精神は未熟で敬われはしないだろう。


 なのに老人の見解と違い、ディーゴもミリアもギフトに一目置いている。目に見えるものが全てでない事を知っていても、そこまで人を惹き付ける人材には見えない。


「儂にはただのガキにしか見えぬが。」

「よし。良いぜ爺。老い先短い人生、俺が終止符打ってやるよ。」

「……それでも多様な者に慕われる。歳上にも歳下にもな。」

「人格だねー。見習った方が良いんじゃないか老いぼれ?」


 どこまでも高圧的に、挑発的にギフトは老人を見下す。その態度に老人の眉がピクリと動く。


「ほっほ。目上に対する言葉遣いは下手な様じゃな。」

「目上ってのは立場が上を指す言葉なんだ。一つ賢くなったな。」

「はて?儂はお主より立場も歳も上じゃがな。」

「なるほど。俺より自慢できるのはそれだけか。褒めてやろうか髭?」


 煙草に火を点けてギフトは笑い、老人もそれを受けて皺を深くする。


 空気が重く、冷たくなる。それを敏感に感じとるのは当事者ではなく、周囲にいる者達。


「そこまでだギフト。」

「……理由は?」

「どちらが悪いかはともかく。妾達まで巻き込んで不快にさせるのか?」

「……あー。正論が耳に痛いよ。」


 例えどれだけ怒りを持っていても、怒りを理解してもらっても、それは他人に八つ当たりして良い理由にはならない。


 大人気ない一面はあれど、楽しみを壊されたギフトの気持ちは理解できる。だがロゼ達を巻き込んで憂さ晴らしをするのはお門違いだ。


 別にギフトも老人に一言謝ってもらえれば消える程度の感情だ。その一言が無かったから変に長引いただけ。仲間に諭されて反論する気はない。


 息を吐いて後頭部を掻き、それだけで気持ちを切り替えたのか高圧的な態度を止める。


「悪かったよ爺さん。突っ掛かったりして。」

「……ほう。大した器だな。」


 非を認め、謝る事。それがどれ程難しいかは知っている。今回の事に関しては老人にも非はあるのに、仲間に不快感を与えない為だけに頭を下げられる。


「こちらもすまなんだ。そちらの事情を考えておらなんだ。」

「……嘘?」

「なんじゃミリア。何を驚いておる。」

「学園長が謝るなんて見たこと無い。」

「儂も謝る時はある。謝らなくて良い者には頭は下げんがな。」


 ギフトの判断はまだ出来ていない。器を図りきれないのだ。だが、自分の為に怒り、仲間の為に怒りを納める事ができるのは素直に評価できる。


 下らない事で激昂する性格だが、それも含めて仲間に認められている。言い分は聞き、無理に自分を誤魔化している様子はない。


 ディーゴの言う通り、この男は面白い。揺れ動く感情を否定せず、それも含めて自分と認識している。端から見れば情緒不安定なのに、確固たる芯を持っている。


「名乗るのが遅れてしもうたな。儂はネヴィル・カーナ。ある学園の長で、まぁ実質国王の様なものだ。」

「俺はギフト。届け屋だ。学園長で王なら魔法都市国家かな?」

「知っておるのか?」

「名前だけはな。行ったことは無いけど。」

「まぁ閉鎖的な国ではあるからのぅ。もう少し見聞を広げるのが良いと言うのに……。」


 ギフトの態度は変わってないが、ロゼネヴィルの言葉に体を強張らせる。


 意識しないギフトがおかしいだけで、国王やそれに準ずる立場の者との会話などそうあるものではない。


 さっきと違う緊張感を漂わせている事にギフトは疑問を覚え、その様子もネヴィルは楽しそうに見ている。


「どうした?」

「一応言っておくが、妾にはお前程の胆力は無い。」

「だから何さ?」

「硬くなるでない。儂は王と言っても名ばかりじゃ。実権は儂には無いし、何を言っても聞いても良い気楽な立場じゃよ。」


 ネヴィルは気さくに笑い、ギフトもそれは良いなと笑う。既にさっきの言い合いは二人とも気にしていないのか、お互い弛緩している。


 この中で明け透けに物を言えるのは能天気なギフトと、ネヴィルを昔から知っているミリアしかいない。そのミリアは学園長に呆れながら質問を口にする。


「学園長。本題は?」

「本題?何の話じゃ?」

「何か用があって来たのでは?」

「無い。暇じゃったから来ただけの話よ。そこな男に一目会おうとな。」

「何故?私は手紙に特徴も名前も書いていない。」

「む……?ならばギフトがミリアの言っておった魔導師か?」


 ネヴィルがここに来たのはディーゴの話を聞いたからで、そこにミリアがいることは予測していない。


「ほっほ。これは良い。ミリアが認める魔導師なら疑いも出来まい。」

「ミリアは後で話そうか?」

「でも、私はギフト君がここにいるのは教えてない。私は悪くない。」

「俺の事はどこまで話したのかな?」

「……凄い魔導師がいるとは書いた。それだけ。」

「俺魔導師じゃねーんだけどなー……。」


 この場の全員が否定しそうな話だが、ギフトは自分を魔導師と思ってないし、それを名乗るつもりもない。


 帽子だけがそう見えるだけで、ギフトは正式な師もいないし、独学と拾った知識だけで魔法の道を拓いてきた。


「正直俺が魔法を教えるのも変な話だしな。」

「独学で無詠唱が出来たのか?」

「無詠唱が出来なきゃ俺は生きてないからね。生きる為の必要最低限の力だよ。」

「今時の若いもんにしては辛い人生を送っておるのだな。」

「案外そうでも無いけどな。俺は幸せな人間だよ。」


 気負うこと無く平然と言うギフトに、ネヴィルは皺を深くして笑みを作る。


 必要最低限が無詠唱。それほど切羽詰まる状況を生きてきた筈なのに、本心からそれを言えるのは、余程出会った人達に恵まれていたのだろう。


 ネヴィルは自然と笑いが込み上げてくる。少しギフトの人生を紐解いてみたい衝動に駆られ、同時にギフトが何故人を惹き付けるのか少し理解する。


 全てに対して純粋なのだ。楽しいことも悪どいことも全て自分の意思に従い動いている。だから自分に自信があって、何に対しても真っ向から立ち向かう。


 恐らく多くの人間には疎まれるだろう。才能を持っていて自信家、逃げようとしても正面から捩じ伏せる。だがそれは同時に輝きを持って人を引き込む。


「素晴らしい。多くの人間を見てきたが、お主はその中でも特に秀でておる。」


 ディーゴは精神論を好む傾向にあるが、ギフトはネヴィルの目を持ってしても目を見張るものがあると思える。


 精神が未熟な部分はあれど、それをマイナスと考えていない。その未熟さを受け入れていて、文句を言われても受け止める度量がある。


 認め、受け入れ、前に進む。馬鹿にされようと否定されようと次を見る。それが当たり前だとギフトは考えているのだろう。


「前言を撤回しよう。ただのガキでは無く、未熟な大人じゃな。」

「そりゃ良いや。最高じゃないか。」


 ネヴィルの挑発とも取れる言葉に、ギフトは笑って胸を張る。


 強がりとは思えない自然な受け答えにミリアは疑問を感じるが、ロゼはそれを見て薄く微笑む。


 言葉の真意をギフトとロゼは受け取った。それがわかってネヴィルは慈愛を持って二人を見比べる。


 チグハグな二人だと思う。ギフトとロゼは一見相容れなそうに見えるのに、互いが互いを理解して、認めあっている。だからロゼは嬉しくて微笑んだのだろう。


「ネヴィル殿は良くわかっておるな。」

「……それをお前が言うんじゃないよ。俺より未熟な癖に。」


 自慢気にロゼが言い、ギフトはロゼの頭を押さえながら嫌みを言い返す。


「ほっほっほ。いや久方ぶりに楽しめた。詫びとして今日の夕飯は儂が出そう。もう良い時間じゃしな。」

「あー……。もう夜か。」

「ミーネとアルバには後で謝っておけ。」

「リカとルイと聖女様にも。」

「……俺が悪いのか?」


 半分は悪いと思っているがどうにも釈然としない。そんな事を言いたげなギフトの肩に手を置いて、ロゼは首を横に振る。


 その動作が何を指しているかを悟ってギフトは溜め息を吐くが、もし怒られればネヴィルを殴らして解決させれば良いやと諦める。


「おーい。もう遅いから町に戻るぞー。」

「……。」

「悪かった。今日は好きなだけ食って良いぞ。全員奢りだ。」

「おや?」


 あたかも自分が払うように言っているがギフトはびた一文たりとも払うつもりは無い。


 ネヴィルはそれを指摘せずに、ただ感謝する。この新たな出会いは必ず有益な物になる。理由は無くとも何故かそれを確信する。


 ネヴィルが認めたディーゴに認められ、ネヴィルもそれを認めた男。その男は輝き出した星を見て、上機嫌に鼻歌を歌い始める。

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