26 強い力とは
頬に赤い葉っぱを着けてギフトは膝と手、額を地に付けて言葉を待つ。怒りが収まるまでその体制を強要されて、ギフトもそれに抗う事はしなかった。
ミーネを止めた。それがギフトの見解だが、止め方に問題もあっただろう。それをわかっているからギフトは文句の一つも無い。
「大丈夫かミーネ?」
「ギフト兄嫌い……。」
「……すみません。」
ミーネに嫌われたいとは微塵も思っていない。素直に謝って溜飲を下げて貰えるよう必死になっている。
珍しくミーネがギフトと目を合わせない。そっぽを向かれて冷たい態度を取られる事も、他人にはともかくミーネにやられると心に来る。
「……理由って何?」
「あー……。いやな。実は俺が後で教えようと思っていたんだが……。」
頬を掻きながら気まずそうにしているが、ミーネとロゼの視線は冷たい。本当に反省している様子だが、今の端本当に心臓に悪く、不機嫌にもなる。
それでもミーネはギフトと険悪な関係を築くつもりは無い。本気で反省しているなら長引かせる必要も無いと、早くなった心臓を深呼吸で静かにしていく。
「もういいよギフト兄。何?」
「ごめんなミーネ。いや、本当ただの悪戯じゃ無いのさ。」
許しを得てギフトは立ち上がり、ミーネの頭を軽く撫でる。本気で悪い事をしたと思っているのだろう。いつもより優しく撫でている。
「んー……。ミーネ。さっきのは自分で考えた?」
「うん。」
「そっかー……。うん。」
「……駄目だった?」
「駄目じゃない。むしろ俺の言う事をちゃんと聞いてるなって。」
優しく笑いかけてギフトはミーネを褒める。ミーネが言っていた目的はそのままギフトの思惑通りだった。一つ計算違いがあるとすれば、ミーネが自分で考えて体内で魔力を循環させようとしていた事。
あれは応用として最後に教えるつもりだった。ギフトが剣を躱す事無く受けきれるのは魔力を集める事で体や服を強化しているからだ。
だが危険性もある。それをちゃんと理解してない内に、不用意に使って欲しくはない。鋭すぎる剣は時に自分を傷つける。
「まぁ、本当はちゃんと教えるべきだった。これは俺のミスで、驚かしたのも俺が悪い。ミーネの成長は早いなー。」
「本当?」
「本当さ。だから俺も本腰入れていくか。」
何も知らずに包丁を握らせる訳にはいかない。どうせ包丁を握らせるならその使い方、危険性を正確に教えるべきだろう。それを怠ったのはギフトでミーネは悪くない。
「お前らもついでに聞いとけ。大事な事だ。」
「何よ?」
最終的な目標はミーネのやっている事で間違いない。だがそれがどれだけ危ないか教えておくよ。」
ギフトは人差し指を立てて、そこに魔力を込める。目に見えない変化をリカとアルバ以外は敏感に感じ取り、少し警戒する。
「ど、どうしたの?」
「自分の魔力を感じ取れれば自然相手の魔力も感じ取れる。絵画とかと似てるかな?」
「自分で描くと人の絵の上手さがわかる?」
「そう言う事。だからお前達は警戒した。俺の魔力に怯えたのさ。」
「だが怖くはない。戦う時の者とは別な気がするな。」
「そこまでわかれば問題ないさ。大事なのは魔力を込めた部分がどうなっているかって事。」
ギフトはそこまで言って転がっていた石を一つ取る。左手で投げて遊びながら右手に込める魔力をどんどん強くする。
「魔力を込めるとその部分が強化される。簡単に言うと攻撃力が増す訳だ。」
「攻撃力?」
「うーん……。身体能力が上がる……。かな。魔力を流した物の性質を引き上げるのさ。」
「枝に魔力を流したのは?枝の性質を引き上げたのか?」
「枝と言うか木だな。木は魔力を流しやすい。魔導士が杖を持つ理由は魔法の攻撃力を上げるため、杖を媒介にしているのさ。」
「でも杖は燃えたり、新芽がでたりしませんよね?」
「そりゃ魔力を留めている訳じゃないしな。そのまま外に逃がしているから影響が出ないのさ。」
魔力を木に流せば魔力の影響を受けて変化が起きる。だがそれはある程度魔力を流し、それを止めておく必要がある。
魔法を使う時は内側に集めず外に集める。魔法を使う際は言葉で指向性を持たせて、魔力を通しやすい木を使う事で魔力の流れを円滑にし、威力と上げ発動までの時間を早めることが出来る。
「脱線したな。でだ、攻撃力が増すってのが具体的に何を指すかって言うと。」
「後で教えて。」
「気になるならな。見てろ。」
ミリアの言葉は適当に流して、ギフトは投げて遊んでいた石を右側に落ちる様少し高く上げて落下を待ち、人差し指を親指で支えて落ちて来た石を弾く。
すると石は粉々に砕け、サラサラと風に吹かれていく。それを見てギフトが危険と言った意味を悟る。
「力を入れる必要は無い。魔力に対抗できるのは魔力だけ。それを持ってなければ人体で同じ事が起きる。」
「もし、ミーネがあのまま妾に抱き着けば、妾はどうなっていた?」
「運が良ければ骨が折れるね。それだけ恩恵は大きく、危険性は高い。」
ぞっとする話に思わずロゼの姿勢が正される。ミーネもその話を聞いてギフトが止めてくれて良かったと思う。
止め方に問題はあったかもしれないが、あのままミーネが続けていれば事故が起きたかもしれない。未然に防いでくれた事に感謝する。
「ごめんね。ギフト兄。」
「謝る必要な無いよ。言わなかった俺と、お前の成長を見抜けなかった俺の責任だ。ロゼに監督役をさせても良かったんだし。」
「まぁ……。言わなかったのは駄目だと思うが……。」
ギフトが止めた理由を知って、単に驚かしただけと思っていたロゼは途端に恥ずかしくなる。
今の実演を見て、ミーネの成長が嬉しい事に直結しないのは理解できる。ギフトだってミーネが育っていくのは見ていたいだろうが、早すぎる成長は時に凶器を生み出す。
「言った事以外やりたいときは一応俺に言ってくれ。それなら多少危険でも止めれるから。」
「わかった。」
「うん。気を付ける。」
神妙な顔でロゼとミーネは頷く。二人には変わって欲しくないと望むギフトは、急激な変化を望まない。得た者は試したくなるのが人間の性と知っているからだ。
ましてそれが危険かどうか判断できないのなら尚更だ。気軽に試して人を傷つければ、悲しむのは傷ついた者だけでなく、傷つけた者も同様だ。
「ま、暗い話はここまでにするか。後でもう一回見せてくれるかミーネ?」
「……良いの?」
「妹の成長を喜ばない俺はいないさ。ただ俺がいない時にそれは使うなよ?」
「うん!約束する。」
「良い子だ。じゃあ釣りでもしながら頑張ろうか。」
「待て。妾もミーネに早く追いつきたい。」
「ミーネは自分で考えて偉いなー。」
焦りを覚えたロゼが教えを頼むが、ギフトの棒読みに言葉が詰まる。
ロゼは言われたことは出来るが、柔軟な発想は出来ていない。ミーネの様に聞いた言葉を自分なりに解釈する事も、疑問に持つことも無かった。
もっと自由に考えて良い筈だ。魔力を流せと言われて馬鹿正直に枝に集中する必要は無い。自分はそれが出来たのだから、本来なら自分で考えて次に進むべきだ。
ギフトは悩み始めたロゼを見て、苦笑いを浮かべながら釣竿を作り始める。長い木と針の付いた糸を結ぶだけの作業だ。
「冗談だよ。危険が無いようちゃんと教える。」
「……すまない。」
「何謝ってるのさ。今度は魔力を体に流せ。頭からつま先まで淀みなく流れるようになれば上出来だ。」
「僕は?」
「ミーネはさっきの事をやればいい。あれが自然に出来るようにならなきゃいけないからな。」
「私はまだ出来ないんだけど……。」
「変に意識するな。出来なきゃって焦っても出来ない。お前にはお前の歩き方がある。」
「私。」
「魔導士なら魔法の効率化だな。どれだけ早く魔力を通せるかが大事だ。それと何回も魔法を使ってその流れを覚えろ。そしたら無詠唱……。」
「私も教えてください。」
「……まあ良いか。お前は勉強しろ。治療はどれだけ正確に患部の魔力を活性化させるかだ。人の体に詳しければそれだけ効率が良い。俺の鞄の中に本がある筈。」
「師匠!」
「お前はリカと同じ。聖女ちゃんはルイと同じな。」
「わかりました。」
途中から良いように使われている。そんな感覚を持ったが、迷う事無くすらすら答えてギフトは釣竿を人数分作っていく。
ギフトは何も思う事無く話しているが、ギフトを除いた全員急に教える事に精力的になったように見えるギフトに違和感を覚える。
その原因となるであろうアルバに視線が向き、注目を浴びてアルバは口を開こうとするが、決定的な要因はアルバもわからない。ただ途中で機嫌が良くなったことくらいしか思いつかない。
「そいつは関係ないよ。ただの気まぐれだ。」
「……何故急に教える気になったのだ?」
「気まぐれ。楽しみが増えて気分が良いのかもってのと、お前らは信用したいから。」
その言葉に偽りは無いのだろう。上機嫌に下手くそな鼻歌を歌い始める。
ギフトはロゼとミーネはもちろん、冒険者三人も信用している。ソフィーはミーネと仲良くなったから構わないと思っていた。
唯一の懸念はアルバだけ。だがその真意も見えたのでコソコソ隠す必要もなくなった。
「私達が悪用すると思わないの?」
リカは思ったことを口にする。教えてくれるのは嬉しいが、危険な力を教える事を嫌がるくらいにはギフトも責任感はある。それを思わない程頭が悪いとも思っていない。
ただそれはロゼとミーネにはわかっている答えで、三人娘もうすうす感づいている。それでも聞いたのはただの確認の為だ。
「悪用したけりゃすれば良いよ。俺が責任取ってやる。」
案の定思った通りの答えにリカは半ば安堵する。強い力を得て変化するのはある種仕方ないが、ギフトと言う抑止力がいる以上変に調子に乗りはしない。自分を抑える理由が出来れば逆に迷わず突き進める。
頼もしい師を持って、全員ギフトの言われた通りにそれぞれの特訓に入る。誰も釣りをしない事にギフトは少し笑って、海に向かって木の枝を振るう。