24 買い物
「これから何て呼べば良い?」
「もう師匠でも良いぞ?釣りはしたことあるか?」
「七歳位の時に。最近は全然。」
アルバは完全に気を抜いて気楽にギフトの隣を歩く。両腕を頭の後ろで組んで、半端に長めな茶髪が揺れる。
「髪長いな。後で切れよ?」
「……。」
「何変な顔してんだ?掴まれたり目にかかったり邪魔だろうが。」
惚けた様子もなくギフトは本気で言っている。長い髪は戦闘中に確かに邪魔になるだろう。それをロゼやミーネに言わないのは文句を言われる事を理解しているからだ。
「女の子じゃ無いんだし短くても良いだろ?」
「いや、師匠も髪長い……。」
「俺は纏めてるだろ?」
そうは言ってもギフトの髪は自分達の誰よりも長い。三つ編みにしてるから多少スッキリと見れるが、割りとそこ以外は適当で、前髪も目に少しはかかっている。
自信満々に自分は違うと言い切っているがこれに関してだけは何一つ説得力が無い。
「付け入る隙を与えないのも大事だぞ?減らせる弱点は減らしとけ。」
「そうだろうけど……。」
「どうしても伸ばしてーならちゃんと纏めとけよ?」
「師匠は髪切らないのか?」
「どうせすぐ伸びるし。」
町を歩きながらとりとめの無い会話を行う。アルバはギフトが何処に向かっているのか知らない。
暫く適当な会話をしながら着いた先は武器屋。鎚の振り下ろされる音が響き、中に入ると若い男が店の番をしている。
「いらっしゃい。何を買いますか?」
「手甲ある?後靴。」
「ありますよ。こっちです。」
「触っても大丈夫?」
「壊さなければ。壊れれば弁償してもらいます。」
「はいよ。おい、勝手に触るなよ。」
武器屋に入るや否やアルバは興味深々に見回して、惹かれた物に不用意に近づく。それを見てギフトは注意するが、少し離れても視線がキョロキョロ移動する。
「師匠は武器使わないよな?」
「俺はね。ミーネに買ってやらなきゃならんから。」
「お、俺のも選んでくれないか?」
「んー?お前の剣見せてみ。」
アルバは既に剣を持っている。と言っても何か銘ある物ではなく、安物を使い回しているだけだ。
目利きも出来ず、まともな戦闘も行わなかったアルバはそこにお金をかけなかった。だがこれから先はそれでは駄目だと思っている。
師匠が出来て、武器を選んで貰えるならそのチャンスを逃す訳にはいかなかった。腰に差した剣を抜いてギフトに手渡す。
「……あー。これはなー……。」
「だ、駄目か?」
「駄目って訳じゃないが、お前には向いてないな。」
「え?でも買った時は俺に合った武器を選んで貰ったつもりだけど……。」
「お前に合うを選んで貰った時点で駄目だね。そもそもすぐ成長するお前に合った武器を渡すなんて無理だし。」
ギフトの言葉に店員もうんうんと頷き、自分が騙されていた事を知る。
勿論店側も嘘を点いた訳ではないが、基本は商売。売れなければ生活することが出来ないので、それは責められないだろう。
「お前は剣を握ってどれくらい経つ?」
「三年くらい。でも教えて貰ってないから……。」
「独学が悪いとは言わねーけどな。うーん。だったらいっそ……。」
少し悩んで結論を出す。ギフトは一番得意なのは素手だが、それ以外で武器が使えない訳でもない。
ある程度基礎は学んでいる。学ぶと言うよりは戦うなかで観察し、盗んでいった技術だが。
「剣、槍、弓、ナイフ、素手、刀。どれを使いたい?」
「……刀って何だ?」
「別の大陸の剣だな。極めれば切れないものは無いらしいけど、かなり技術がいる。この店にある?」
「一応ありますが……。使えない人に売れませんよ?親方が五月蝿いんです。」
職人気質なのだろうか。それとも認められない人間に武器が渡るのが嫌なのか。
その言葉を聞いてからギフトは初めてちゃんと部屋を見る。様々な武器が並んでいるが、品質はバラバラで統一性が無い。
目を見張る物もあれば、こんなものを売っているのかと思えるものまで。恐らく質の高いものは親方が作り、それ以外は仕入れているか弟子の作品なのだろう。
「んー……。これなら頼んだ方が良いかな?」
「えっ!?やめた方が良いですよ?親方素人に厳しいですし……。」
「親方さんにこれ見せてくれる?たぶん話を聞いてくれると思うんだ。」
ギフトは上着を脱いで店員に渡す。納得はしていないが、客の頼みを断れないのだろう。嫌々ながら奥へ引っ込む。
待つ間にギフトは適当に店の中を物色する。だが、ギフト自身武器を使わないので、良いものだとわかったところで買いはしない。
アルバに目利きを教えてくれと言われるが、ギフトは感覚に頼った見方しかしないので、それを教えることは出来ない。諦めて暇潰しに煙草を吸いに行こうとすると、店の奥からドタドタ走る音が聞こえてくる。
そして店の暗がりから頭を丸めた髭の濃い熊のような男が現れる。身長が高い、と言うより体がデカイ。急に店が小さくなったような気さえする。
「誰だ?」
「俺だよ。武器作って欲しいんだ。俺が使う訳じゃないけど、妹の分がね。」
「……来い。」
言われるがままギフトは後を追いかけ、アルバもそれに続く。薄暗く蒸し暑い部屋で親方と呼ばれる男は椅子に腰掛けギフトを睨む。
「……盗みか?」
「酷いなー。疑ってるの?」
「お前は若い。」
「若いけど実力はそれなりにあるよ。ワイバーンを倒すくらいには。」
「……師匠。そんな嘘は……。」
「流石にそれは法螺とわかりますよ。」
「いや、なるほどな……。」
アルバと若い店員はギフトの言葉に懐疑的だが、親方は何か納得したのか髭を触る。
しばし黙った後、期待の目を向けてギフトに視線を寄越す。
「骨しかないよ?」
「十分だ。何を?」
「出来ればその素材で手甲と靴を一組づつ。後刀を作ってほしい。」
「……量による。」
「あー……。そんなに数はないなー……。」
「服は?」
「幾ら積んでも売らないから諦めて。」
「残念だ。いや、誇らしい。」
親方は口数は少ないがギフトと会話が成立している。話の流れから親方はギフトを認めてくれた様だ。
「いつだ?」
「明日かな?荷物増えると思って置いてきちゃった。」
「どうする?」
「取り敢えず慣らしたいんだ。適当に貰って良い?」
「良いだろう。」
「場合によってはちゃんと金も払うよ。んじゃ明日。」
お互いに交渉が成立したのか、ギフトは蒸し暑い部屋を出て行き、親方は何事も無かったかの様に作業に戻り鎚を降る。
「何で親方の言ってることがわかるんだ……?」
「ワイバーンを倒したってマジ……?」
残された二人は会話事態の疑問と、会話の流れで出た内容に疑問しか覚えない。
「って師匠待って!」
放っておけばギフトは勝手に帰ってしまう。それを理解したアルバは急いでギフトを追いかける。
若い店員も取り敢えず持ち場に戻ろうと、親方に声をかけようとする。だが無愛想な親方の少し嬉しそうな横顔に口を閉ざして、音を立てないよう部屋を後にした。