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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 二部~特訓開始~
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23 アルバの真相

 ギフトは特に身を隠すこともせずに、堂々歩いて町に戻る。視線を感じる先は町から少しずれていたのだが、直接向かえば流石に逃げるだろうから少し遠回りをしているのだろう。


 それにしては真っ直ぐに歩いていて、アルバは疑問に思ったことを口にする。


「町に向かうのですか?」

「だって買いたい物あるし。」


 想像していた反応と違う答えにアルバは面食らう。てっきり即座にカタを付ける物と思っていたが、ギフトはそこまで重要視していないのかのんびりしている。


 アルバからするとあまり時間をかけたくない。ソフィーが狙いならそれを放置したくは無いし、ジロジロ見られるのは気分も悪いだろう。ソフィーの精神衛生上早めに障害は取り除きたい。


「危険なのでは……?」

「危険なんてどこにでもあるだろ。いちいち気にしてたら何も出来ないよ。」


 それは強い側の理屈だとアルバは思う。危険はどこにでもあるからこそ、警戒は怠らないようしなければならないと普通は考える。


 だがギフトはその場その場で対応するだけ。未来を夢想して進むのではなく、今行きたい方向に、向いている方向に進むだけ。危険があろうがなかろうが構わずに進むことしか考えていない。


「俺には他人の気持ちは理解できんよ。俺ならこうする、とかは考えられてもな。」


 不服そうなアルバの顔を見て適当に濁す。どれだけギフトが人に寄り添おうがその人間の思考は理解し得ない。ならいっその事自分の事だけ考えてる方が建設的で気楽だと思っている。


「本来俺は人の上に立つ器じゃない。周りが持ち上げる事はあるけど。」

「……迷惑でしたか?」

「迷惑だ。当然だろ?」


 ギフトも今更になって面倒だなんだ言うつもりはない。だが迷惑かと聞かれれば当たり前のようにそう答える。


 海に着いたら釣りを楽しみ、海の幸を味わい、その町や国の特産を食べる。それを目的としていたのに、聖教連やディーゴに出会って思惑と外れた事ばかり起こっている。


 本来好奇心だけで動く性分なのに、自分が知り得た事を他人に撒き散らす事に興味はない。共有を楽しむ気概はあっても、それを自慢する事に楽しさを見いだせない。


 人と話すことは好きでも、人に何かを説くのは苦手。喧嘩腰になってしまうし、言いたい事もちゃんと伝わらない。相手の理解力が足りなければ殴り合いになる事だって珍しくもない。


「俺の時間を俺の為に使って文句は言われないだろ。」


 ギフトはそう言って、気付けば目の前に来ていた門を潜る。アルバは慌ててギフトの後を付いて行き、少し考える。


 言っている事は理解できる。だがもし自分がギフトと同じ立場になってそう言えるとは思えない。強くて驕らず、芯があって強要しない。人としてはどこか冷めた印象を受けるが、確固とした自分があるからそう言えるのだろうか。


 恐らく自分なら強くなれば自慢したがる。力を見せびらかしたい。俺はこんなに強いんだと精一杯喧伝するだろう。


「改めて見ると立派な町並みだなー。まぁ終わった後で散策するか。」


 最初に来た時は夜で周囲は見えず、その後もなんだかんだと町の風景を見る事は無かった。ゆっくり見れる時間を取れて、ギフトは体を伸ばし空気を堪能する。


 白い壁に赤色の屋根。ほとんどの建物がそれで統一されていて、通りは広く人が行き交う。


 魚の焼ける香ばしい匂いが潮の香りと相まってギフトの鼻腔をくすぐっていく。敷き詰められた石畳を上機嫌に踏み鳴らして鼻歌を歌う。


「んー。いい匂いで腹が減るなー。ちょっとくらい寄り道しても良いかな?」

「……駄目です。早く不安を消し去らなければ……。」

「飯にするか。」

「駄目ですって!」

「心配しすぎ。狙いは聖女だったっぽいけど、問題ないよ。」


 ギフトは確信を持って告げる。町に戻っている最中に自分に対する視線は感じなくなった。目的は見えないがソフィーを監視しているのだろう。そしてソフィーを監視する理由があるとすれば聖教連かディーゴくらいのものだろう。その二つなら問題は起こらない。


 どこかで恨みを買って狙われている。その可能性もあるだろうが、もしそうなら監視する必要はない。聖教連から離れている今が絶好のチャンスだろう。


 周囲の実力を知らない以上手が出せない。そう考える事も出来るが、それにしては距離が遠すぎた。あれだけ離れていてはこちらの会話も聞こえないし、罠を張られても気づけない。


 そう説明してもアルバは納得しない。だがギフトは薄く笑うだけで、止める間もなく食事の為店に入る。


 白い石で囲まれた食堂の隅の一角に付けられた机に座り、メニュー表を取って上から読んでいく。一人帰ることも出来ず、アルバは不承不承椅子に座ってギフトを見る。


「そう睨むな。お前に確認したい事もあるしな。」

「なんですか?」

「正直に答えろ。お前は勇者をどう思う?」


 ギフトはヘラヘラした顔を消しメニュー表を置いて、真剣にアルバを見据える。一変した雰囲気にアルバの背筋が伸びて、魔物と対峙する様な緊張感が湧き出てくる。


「……どういう意味ですか?」

「あれは勇者の器じゃない。聖女はそれに気づいているだろ?」

「何故それを聖女様に聞かなかったのですか?」

「どうせ答えられないからだ。聖教連が認めた勇者をあいつが違うと言う訳にはいかないからな。」


 頬杖をついてギフトは煙草を吸い始める。周囲の喧騒を余所に、二人の雰囲気は重く沈む。


 目の前の人物がさっきまでと同一人物とは思えない。少しでも油断すれば命が消し飛ぶような迫力がそこにある。いや、どれだけ気を張っていようとアルバでは何もすることは出来ないだろう。


「答えろ。」

「……お、俺はそれに答えられ……。」

「三度目だ。答えろ。」


 何一つ冗談で言っていない。ギフトを不器用で優しい人間だと思っていた。気絶している間にソフィーと仲良くなっていたから悪い人間では無いと。


 実際は違う。ギフトは善悪に頓着がない。気に入らない人間に容赦無く、気に入った人間は守る。そこに正誤は無く、ただ自分の思うままに行動するだけ。


 放たれる威圧にアルバは耐えられない。重く伸し掛る雰囲気は閉ざしたアルバの口を開かせる。


「俺は、正直……わからない。」

「あれを勇者と決めたのは誰だ?」

「それも、わからない……。でも聖女様では無い。あの人は、関与してない。」

「いつからあれは勇者と呼ばれている?そうだな、教祖が消えた後か先かで答えろ。」


 淡々と紡がれる言葉の中で、アルバは苦悶の表情を作る。ギフトは確かにソフィーに気を遣った。だがアルバにまで気を遣っているわけではない。


 容赦なく責め立てられる言葉の中に、答えられない項目が混ざる。答えられないでは許してくれないだろう。それでも沈黙を貫き脂汗を流す。


「教祖が去った後か。まぁそうでもなきゃあれが勇者にはなれないわな。」

「……!?なんで!?」

「あんなクズを普通認める訳無いだろ?わからないって言った時点で教祖も関与してない。お前の信仰は聖教連じゃなくて聖女に向いている。流石に見てれば気づくさ。」

「……そう、か。」


 アルバは全て悟って体から力を抜く。見透かされていた、そしてそれを黙ってくれていた。


 ほとんどは本心だった。ギフトの強さに憧れたのも事実だし、ソフィーを慕っているのも事実だが、根本的な事実は隠していた。


 ソフィーとアルバ。その二人しか知らない事。それに違和感があったのはソフィーの態度。


 生来の優しさはわかる。それでもソフィーはお供に取る態度を取っていない。聖女らしく振舞うなら、一人の人間に対してあそこまで肩入れする理由にはならない。


 そして聖女の傷ついて欲しくないと言う発言。もし本当にそう思っているのなら護衛を辞めさせれば良い。そう言えるだけの立場が聖女にあるのだから。


「お前が本物か。沈黙も否定も無駄だぞ?」


 言わないのは言った所で無駄なことを知っているから。戦う運命にある事を理解してるから。


 誰かの為に戦い、優しく、強い存在。誰もが憧れ神に認められ、()()()()()()()()()()()()()()


 事実を当てられてアルバは押し黙る。それがギフトの疑いを確信に持たせる行動と知っていても、反論する事が出来なかった。


「でだ。ここからが本題だ。」

「……え?」


 ギフトは今までの威圧を消し去って、だらしなく机に頬を付ける。


「俺はお前の師匠にはなれない。お前の目指す先は、俺の居る場所じゃない。」

「……。」

「お前は何を目指す?」

「俺、は……。」


 アルバはもっと幼い頃教祖に出会い、勇者として見初められた。教祖はそれを唯一同年代の、先に聖教連に入っていたソフィーに伝え、そこから二人は幼馴染として育ってきた。


 教祖が消息不明になる前は楽しかった。夢を語り理想を語り、輝かしい未来を疑ってなかった。慈愛の心を持って人に接し、大欲を持たず、弱気人々を救う。維持費はお布施で賄い、それで食べていけるだけの大きな組織だった。


 だが教祖が消えてからは組織の維持が厳しくなり、多くの者が離反した。お金を集める為に治療費を強請る様になり、神の声など聞こえないのに、さも聞こえるように大衆を煽るようになった。


 その時からソフィーとアルバは意識改革の為に動き始めた。でも所詮子どもに出来ることなど知れている。聖教連の本部にいて何かを変えることが出来ないと悟った二人は旅に出て同士を集め、聖教連の回復を図ろうとした。


 二人だけの計画だった。自分たちなりに念入りに計画した筈。なのに情報は漏れて、旅に聖教連が付いてきた。新参の、信念の欠片も無い者達が。


 事あるごとに邪魔をする。本人たちにその気があるかはわからないが煩わしい事この上なかった。ソフィーが無償で治療を行えば、後でお金を要求する。自分達の目的とかけ離れた行動ばかりする邪魔な存在。


 それをアルバに止める事が出来れば良かったが、彼にその力はない。毎日素振りはしていても、実戦に出た事も無ければ大人に勝った事もない。


「俺を、そうだと知っているのは、聖女様と教祖様だけです……。」

「だろうな。厄介事を増やさない措置だろうね。」

「……はい。」

「でもそれが裏目に出た。いきなり聖教連は新しい者を見つけ、それを崇め始めた。」

「そうです。だから俺は……。」


 子どものアルバに心労を増やさないよう教祖は配慮した。だがそれを誰かに伝える前に教祖は行方を晦ました。


 勇者は負けてはいけない。人々の希望なのだから。だがそれを幼いアルバに実行に移せと言われても無理難題だろう。所詮勇者は神に認められただけで、素質のある人間。最初から強い訳ではない。


 強くなろうと努力した。その間に新しい勇者はやってきて、彼は自分より強かった。そこに自分が勇者だと名乗っても、それは誰も認められないだろう。


「だから、俺は胸を張りたいんだ。胸を張ってあいつのやっている事を間違いだと言いたいんだ。ソフィーの頑張りを支えたいんだ。」


 どれだけソフィーが努力しても、勇者や聖教連の存在がそれを阻む。悪評は広がりソフィーは声を押し殺して泣いている。


 アルバはただそれだけの為に強くなりたい。自分が胸を張って勇者と名乗れれば、ソフィーがあの青年を勇者と呼んで気を遣わなくて済む。


「強くなりたい。ソフィーが笑っていられる様に。でも俺にはそれを教えてくれる人がいなかった。そんな時に……。」

「なーるほど。そういう事ね。」

「……これは俺の我侭です。それは、わかっているんだけど……。」

「良いじゃないか。最高な気分だ。」


 正体がバレて、自分の弱さに凹むアルバとは裏腹に、ギフトは上体を起こして悪い笑みを浮かべる。それはそれはとても楽しそうに。


「良い。良いぜアルバ。我儘も大いに結構。大義なんてクソ喰らえだ。」


 アルバは自分の為に、ソフィーの為に戦える。世間が求める勇者では無いかも知れないが、それこそギフトは求めている。


 大義の為に戦うのは大人の役目。いずれアルバもそうなるかも知れないが、今はただ自分と周りだけに目を向けていればいい。


 勇者の真偽等どうでもいい。一番大事なのは何を成そうとしているかだ。アルバが勇者として成長したい等言っていればギフトは笑っていないだろう。


 国を守るだ世界を守るだ言う人間の言葉を信用しない。それよりも個人の我侭を優先できる者の方が味方も敵対もしやすくて気分が良い。


「結果が全てのこの世界。お前に力を届けてやる。」


 アルバの本音はギフトを動かす。他人の為に努力できる者に、ギフトは称賛を惜しまない。それがどれだけ難しく、どれだけ茨の道かギフトは知っている。


 本当なら子どものアルバがそんな悩みを抱えている事自体がおかしい。それでも腐る事なく、得体も知れないギフトに望みを懸けて、頭を下げた。


 悪い笑みを止めて煙草の火を消し立ち上がる。そしてアルバの頭を軽く叩くとそのまま店の外へ出ていこうとする。


「何ぼさっとしてるのさ?早く行くぞ?」

「え?あ、良いんですか!?」

「呼び方と敬語を改めればな。無駄なことに力使ってる暇な無いからな。」

「い、良いのか?」

「子どもの内はな。大人になってタメ口聞いたらぶん殴るぞ。」


 先に出て行ってしまったギフトの背中を見ながらアルバはソフィーの言っていた言葉を思い出し、否定する。


 ソフィーはギフトを複雑と評したが、アルバは他の者同様単純なんだと思う。色々考えてはいるのだろうが、結局単純で明確な事が好きなんだと思う。


 アルバの敬語を嫌ってソフィーの敬語を許しているのも、ソフィーは素の性格で話して敬語だから良いのだろう。アルバは無理していて、それが見え隠れするから駄目だったのだろう。


 強く、優しく、厳しさも兼ね備えたギフトに、アルバは一番尊敬している人物の面影をギフトに見て一つ思い出し、ギフトが消えたドアを見ながら自分は間違えていなかったと確信する。


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