20 ギフトの魔導書
ミーネ達の訓練が思いの外早く終わってしまったので、ギフトはミーネに文字を教える。
地面に文字を書いて言葉にする。それをミーネが復唱して文字にするという作業を淡々と進める。
「意外です。」
「人を馬鹿にするのも大概にしろよな?」
一言だけでギフトは全てを察する。聖女は申し訳なさそうになりながらも、ギフトが気にしてない様子なので、すぐに気を取り直す。
「これがミーネ。これがこんにちわ。肉、魚、水、野菜。」
「ご飯ばっかり。」
「良いんだよ。もっと難しいのは一先ず俺とロゼがやるから、飯の注文くらい自分でしたいだろ?」
ミーネが文字を覚えるのは一人で買い物や食事が出来るようにだ。それ以上の知識を今身に付けた所で混乱するだけで役に立たない。
それならいっそ簡単な事だけに絞った方がミーネも楽だろう。日常で使う言葉や使う機会の多い文字を優先的に覚えた方が良いだろう。
「う……。」
「あ、起きた。じゃあ聖女ちゃんはさっきのやりながらミーネに文字教えてやってくれ。」
「私ですか?と言うかそれは難しいのでは……?」
「出来ることばっかりやっても意味ないだろ?」
ギフトはソフィーの言い分を聞かずに、後の事は任せて目を覚ましたロゼに話しかける。
「気分はどう?」
「……最悪だ。」
「それは良かった。これから最低一週間はこれが続くと思うがどうする?」
「愚問だ。」
ロゼはゆっくりと体を確かめながら立ち上がる。服に着いた汚れを払って深呼吸すると、意思の強い瞳をギフトに向ける。
「心の中で、お前は優しく教えてくれると思っていた。」
「それで?」
「だが、お前が生きてきた場所はそれでは駄目なんだな。」
「そうだね。」
「良くわかった。ギフト。妾は何をすれば良い?」
ロゼは自分の信条として食う以外での殺しを許していない。だがギフトと同等とまでは言わなくても、自分より強い者と戦って殺さない事は出来るのか。
出来るわけがない。自分にも他人にも甘いだけでは何も救えない。他人に甘いなら自分に厳しくしなければ誰も喜びはしない。
「ふー……。妾の何が駄目か、具体的に教えてくれ。」
「剣の腕は悪くない。ただ、それを支える膂力が無いね。」
「魔法では無いのか?そう言っていただろう?」
「その膂力を作るための魔法だ。正確には……、今あいつがやってることだな。」
ギフトはソフィーを指して言うが、ロゼはソフィーが今何をしているかわからない。
隣のミーネと地面に木の枝で何やら書いているだけに見えるが、それにしてはソフィーの顔色が優れない。
疑問を投げ掛けようとギフトを見ると、目の前に木の枝を差し出される。訳もわからず受け取り、ギフトは自分が持っている木の先端を燃やし始める。
「む?それが何だ?」
「これは魔法じゃない。魔力を流すと勝手にこうなるんだ。」
「ふむ……。魔法ではなく、その根源たる魔力を使うのか?」
「察しが良いね。まぁその第一段階だ。」
ロゼに付いてくるように言って、勉強中の二人に近づく。ミーネは気づいているが、ソフィーは二つの事を纏めてやろうとしているからか、処理が追い付いていない様子。
「木の枝に魔力で影響を与える。それで自分の得意な属性がわかるし、魔力操作のコツも覚えられる。」
「そう言えば僕は何が得意なの?」
「風。だからと言って他の魔法が使えない訳じゃないし、あくまで目安程度のものだけどな。」
「じゃあ僕も炎の魔法が使える?」
「使えるよ。ただあんまり多属性を使うのはお薦めしない。」
「何故だ?それだけ戦略の幅が広がるであろう?」
「単純に扱いきれない。多くても三つ位に絞った方が良いな。」
やれる事は増えるだろうが、威力に欠ける。一長一短だとは思うが、ギフトとしては協力な魔法が合った方が戦闘には楽だと思っている。
主軸に使う技。それを引き立てる為に覚えるのは良いが、最初の段階から手を出すべきでは無い。
「ギフトは火以外は使わぬよな?」
「俺の場合は火しか使えないんだよ。普通は色々使えるから問題ない。」
「あれ?でもさっき魔法を教えてくれるって言ったよね?」
「嘘じゃないぞ?使えないけど作る事は出来るしな。」
ギフトは一纏めにしていた荷物の中から自分の鞄を漁り、その中から数十枚の紙の束を取り出す。
「ロゼはまぁ雷だろ。ミーネは風。聖女ちゃんは無。えーっと……。」
パラパラ紙を捲ってギフトは必要な部分を探す。それは正規に販売されている物ではなく、ギフトが旅の合間に思い付いては書き留めていた物だ。
「あれ?これじゃないか……?」
「ねー。ギフト兄早く。」
「ん……。」
ギフトがもたついていると、リカ達も目を覚ます。頭がぼやけているのか状況を理解できないのだろうが、思い出して溜め息を吐く。
「酷い目にあったわ……。」
「差がありすぎましたね。」
「……ギフト君は?」
目の前にいるべき人が存在せず、少し離れたところで座って本を読んでいる。
お供の男の子も頭を押さえながらソフィーを見つけ、ふらふらと近づいていく。三人も重い足取りで歩き出す。
「起きたか。遅かったね。これでもねーぞ……。題名書いてくか。」
「……文句は後で言うわ。何してるの?」
「ん?ミーネ達に魔法を教えてやろうと思ってんだがな……。」
「それは違うの?」
「これは駄目だよ。言うなれば開発中?理論は出来たけど実現できない魔法だな。」
「それ見して。」
「良いよ。お、あったこれだな。」
ギフトは事も無げにミリアに手書きの魔導書を渡し、目当ての物を取り出す。ミリアはそれを何の気なしに開いて読む。
取り出した本に初級と書き込み、ロゼにページを破りとって渡す。そこには乱雑な文字と複雑な図形が描かれている。
「……良くわからんな。何を意味しているのだ?」
「まー見る奴が見たらわかるものだな。俺が思い出すように書いてるだけの、」
と、ギフトが説明をしようとした時に、ミリアは勢い良く本を閉じて大きな音が鳴る。
その音にギフトの言葉は止まり、全員がミリアに視線を向けると、ミリアは冷や汗をかいて肩を震わせる。
「……。……ギフト君。これ、君が考えたの?」
「ん?ああ。全部が全部一からじゃないけどな。」
「これは公開する気はある?」
「無い無い。使えない魔法だし、気に入った奴以外に教える気なんて起こらんよ。」
「……そう。なら良かった。」
閉ざされた本を開ける事無く、ミリアはそれをギフトに返す。受け取って何も言わずに鞄にしまうが、ギフトはそれで良くても他の者は何が起きたかわからない。
「ミリアは読めたの?」
「……読める。正直ショック。あの時別れた事を今死ぬほど後悔してる。」
「何が書いてあったんですか?」
仲間であるリカとルイが心配そうに声をかける。別にミリアは不機嫌になった訳ではなく、寧ろ逆だった。
「今の私には到底届かない領域の魔法。理解は出来ても実現できない魔法。本気でふざけてる。」
「酷いな。」
「でも感動した。もしこれが実現できたら君は確実に世界に賢者と呼ばれる。だからこそ危うい。」
「だから教えてねーんだよ。まだミーネやロゼに教えられないし、お前も悪用するなよ?」
「当たり前。と言うか悔しいけど私にはこれを実現できない。」
完全に二人だけで話が進む。周囲を置き去りにした会話は疑問だけを増やして混乱させる。
「ふむ。良くわからんが今は使えないのだろう?なら今出来ることをせぬか?」
真っ先に我に帰ったロゼが二人を止める。それに気まずくなったミリアは反省して落ち込んだ様子で口を開く。
「……ごめん。動揺した。」
「そうだね。先に基本をやっちゃうか。」
「だが気にはなる。簡単に説明できぬか?」
置いてけぼりの状況を嫌ったのか、ロゼは簡潔な説明を求める。ギフトは少し悩んでロゼの望みに応える。
「作物の育たない不浄の地を豊作の土地に変える魔法かな?例えばだけど。」
「……不作が無くなるのか?」
「理論上は。この魔法が使える奴が一人いればそれだけで一生食事に困らないな。」
「でも実現は出来ない。体現できる魔導師は恐らくいないし、いてもこの魔法は使えない。」
「何故です?とても良いことだと思うのですが……。」
「代償がある。十人救うために千人殺す魔法だからな。」
ギフトの言葉に誰もが言葉を無くす。
開発中と銘打った本に書かれているのはどれもこれも似たようなもので、使えないし使いたくない。
豊作の土地に変えたとして、その力は全て個人で賄えるわけではない。足りない部分は他で補う必要がある。
一つの土地を豊かにするために、数十の土地を更地に変える。ここに書かれているのはそんな物ばかりだった。
「何でそんな魔法を?」
「開発中って言ったろ?本当は作物育てる為だけの魔法だったんだが上手くいかなくてな。」
「途中過程の失敗作ってことか?」
「そんな感じだな。ここから無駄を省けば俺の狙い通りになるんだが、まだ途中だ。」
「完成すれば素晴らしい物になる。でも今は人に見せてはいけない代物になってる。」
「……いずれその魔法も使えるのか?」
ロゼの質問に誰よりもギフトが驚く。この手の魔法は誰よりロゼが嫌うと思っていたからだ。
「別に今のまま使いたい訳では無いぞ?いずれ犠牲無く使えるのだろう?」
「んー……。たぶん。」
「ならその時に使いたい。人を救える魔法等願っても無いことだ。」
ロゼの気持ちは一貫して変わらない。見て見ぬふりが出来ないロゼは、苦しんでる人になにもしてやれない事を何より悔やむだろう。
だがこの開発中の魔法が完成したなら多くの人を救うことが出来る。ミリアとギフトの反応からそれはわかることだ。
「完成するかどうかは俺次第だな。」
「お前なら出来るのでは?」
「俺別に魔法作るの趣味じゃ無いし。」
「……それ絶対に他の魔導師の前で言わないで。私の前でも二度と言わないで。」
片手間に作られては堪ったものではない。ミリアも魔導師の端くれとしての矜持はある。
ギフトの前ではそれが簡単に傷つけられる。わかっていた事ではあるが、魔導師としての各が違いすぎた。
「ま、いずれ使えるな。お前らが諦めなければ。」
「是非もない。」
「私も。後でその初級編?も見せて。」
「ん。じゃあ気分転換終わりね。」
「う……。また同じ事やるの……?」
殴られた事が堪えているのだろう。リカは明らかに嫌そうな顔を作る。
だが嫌だと言わない以上は続けるつもりは無いのだろう。難しい話に船を漕いでいる子ども三人を放って、ギフトは苦笑いを浮かべる。
「次はもっと地味な奴さ。一抜けした奴には、……好きな技を教えてやる。」
「剣術か?魔法か?」
「俺が教えられるなら何でも良いよ。」
ギフトはそれぞれに木の枝を渡し、ミーネ達と同様の事を話して煙草に火を点ける。
発破をかけられてそれぞれが気合いを入れる。これで暫くは暇になると感じたギフトは視線を周囲に散らした後、久しぶりに取り出した本を寝転がりながら読み始める。