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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 二部~特訓開始~
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18 ミーネに訓練・破

 ミーネは木の枝を持ちながら力を込める。魔法の使い方も魔力の使い方も知らないからとにかく力を込めようと頑張っているのだろう。


 うんうん唸るミーネを見ながらギフトはこれからの算段を立てていく。ロゼ達が復帰してまだやる気があるなら何をするべきか。


 地べたに座り、文字に書き起こしながら思案する。組み手は毎日やった方が良いだろう。だがギフトとやるには実力に差が開きすぎている。


 かといって他の者同士で行うにはまだ基本が出来ていない。せめて防御や回避が上達するまではお預けにしたい。


「俺が全員見るのもなー……。目が足りないし。」


 正確には見ることは出来る。だがそれでは長期間の訓練が出来ない。


 大人数を纏め、指示を出す。見事なまでに苦手な事がこれから続くと思うと少し後悔する。


「ギフト兄ー。出来ない。」

「早いよ。最初は無心になれ。魔力を感じとるんだ。」

「うー。難しい……。」


 最初から上手く行くと思ってはいない。感覚に頼る部分が多すぎてギフト自身あまり口出しも出来ないので、こればっかりはミーネに一任するしかない。


 ミーネが木の枝を握り、ギフトが腕を組んで悩んでいると、手持ちぶさたになったのか聖女が口を開く。


「ギフト様。」

「ん?どうした?」

「私も何かご教授願っても良いですか?」

「えー……。」


 既にギフトの容量は越えている。今から別の事をするのは難しい。それを正直に表に出すと、聖女は顔の前で手を振って言葉を重ねる。


「もちろん無理にとは言いません。ですが私も何かしなくてはと……。」

「何かって言われてもなー。俺に無魔法は使えないし。」

「私にも戦闘の基礎を教えてもらえないですか?」

「……何の為に?」


 一瞬ギフトの眼が鋭く光る。本当に一瞬だけだったのに、聖女はそれだけで背筋が凍る様な体験をしてしまった。


 今まで向けられた目とは違う。敵意でも殺意でも無いただ真意だけを見抜こうとする目。聖女の生涯でそんな目をする者に出会うのは二度目で、前の人物も底知れない力を有していた。


 ここで嘘を吐いてもそれは見抜かれるだろう。そうわかってしまう様な視線は聖女の身を自然と正させる。


「私には戦う力はありません。ですが自衛位は出来た方が良いと思うんです。」

「それはあそこに転がってる奴の仕事だろ?奪ってやるなよ。」

「……そうなんですが、その、私は出来るなら彼には私と共に守って欲しいのです。」

「……ははっ。そうかそうか。それは良いかもな。」


 ギフトは聖女の言葉を聞いて、じっと見つめる。幼さが見え隠れしているが、芯はしっかりしている。それも優しい方で。


 聖女の見る先はお供が前に立ち、自分は後方でそれを支援する。自分達の後ろにいる者を守る為の手段が欲しいのだろう。男の子とは明らかに見ている方向が違うが、ギフトとしては聖女を応援したい。


「だが一応言っておくが守るってのは難しいぞ?それにお前が守りたい者が守られたいと願っているかは別の話だしな。」

「どういうことですか?」

「背中を刺される覚悟はお前にあるか?」


 ぐっと言葉が喉の奥で詰まる。自分達が守りたいと思った者を背中に預ける事は簡単だ。


 だがその人物が聖女を応援するかは別の話。隙が出来たと喜んでナイフを背中に突き立てる者は少なからずいる。それを理解していないなら人を守りたいと言わない方が良い。死ぬ確率が高くなるだけだ。


 目の前の事で手一杯になってはいけない。守るなら背中も正面も警戒し、それらに抵抗する手段が必要になり、疑いを持たなければならない。優しい人間が優しさで死ぬ事をギフトは認めたくはない。


「……それは、……できません。私は死にたく無いので……。」

「ならやめときなよ。辛くなるのはいつだってお前だけだ。」

「ですが!見ているだけはもっと……。」


 少し声が荒くなった聖女を見て、ギフトは溜息を吐く。


「俺はお前に偉そうな事を言える立場では無いんだけど、まぁこれも何かの縁かな?」

「……?」

「お前が頑張っても頑張らなくても生きる奴は生きるし死ぬ奴は死ぬ。自分の事で手一杯の奴が誰かを守るなんて烏滸がましいよ。」


 ギフトの直球な意見に聖女は何を言われたのか理解するのに間が開いて、やがて理解したのかギフトに詰め寄る。


「そんな事はわかってます!だから私は育たねばならないんです!人として成長しなければならないのです!」

「それは良い事だな。だからってお前にはたぶん何も出来ないよ?」

「何でそんな事を言うんですか!?」

「優しいから。お前は選択できない。切り捨てる事が出来ない奴は成功しない。」

「そんな事ありません!あなたの意見は極端すぎます!」

「ガキの意見を封殺するのが大人の役目なんだよ。だってお前が俺の意見に逆らって成功すると惨めだろ?」

「そんなの身勝手なだけです!認められる訳がありません!」

「お前がやろうとしてることは同じだよ。」


 そこで聖女は言葉が止まり、怒りで肩を震わせても言葉が出ない。


 身勝手なだけ。認めたくは無いがそれを一理あると考えてしまい、そんな自分が急激に嫌になったのか、だんだん意気消沈して肩を落として俯く。


 そして鼻をすする音が聞こえ、嗚咽が漏れる。ギフトはそれを気にせずに煙草に火を点けて煙を吐き出そうとすると脳天に衝撃が走る。


 煙が器官に入りむせる。何があったのかと後ろを見ると、ミーネが今まで見せた事の無い目つきでギフトを見ていた。


「ギフト兄。泣かせちゃダメ。ちゃんと謝って。」

「……特訓の最中だろ?集中しな。」

「謝って。」

「別に泣かせたかった訳じゃない。すぐに収まるからミーネは、」

「謝るの!女の子を泣かしたんだからギフト兄が悪いの!」


 ミーネは泣きそうな顔をしながらギフトに説教する。怒る事に慣れていないからか、声を上擦ってギフトの耳にキンキン響く。


 ギフトは立ち上がってミーネを見下ろす。それでもミーネは涙を溜めながらも目を逸らさない。それを見ていることが出来ずにギフトが先に視線を躱し、煙草を手で潰す。


「……ちゃんと謝るよ。だから泣くな。ごめんよミーネ。」

「僕に謝るんじゃないの!」

「ああ、そうだな。」


 泣いている聖女に向けて歩き、目の前で止まる。ギフトは言葉を探すが、何が正解かわからず結局後頭部を掻いて自分の言葉だけ吐き出す。


「さっきの言葉は取り消さない。あー……。うん。取り消さない。それは事実なんだが……。」

「……。」

「要するにだな。俺が言いたいのはお前が傷つく必要は無いって事でな?まぁ結局俺が傷つけた訳だが……。」

「ギフト兄。」

「言葉が足りなかった。ごめん。俺と話、してくれるか?」


 ギフトは頭を下げて謝罪する。聖女はそれでも見ようともせず、ギフトは黙って聖女から言葉を掛けられるのを待っている。


「ギフト兄は辛い事も言うけど、酷い人じゃ無いの。本当は優しんだけど不器用なんだ。」

「……私は、だって、私も……。」

「大丈夫だよ。ギフト兄は僕のお兄ちゃんだから。ちゃんと話し合えば聖女様に答えを届けてくれるよ。」


 ミーネは聖女に近づいて両肩に手を置いて静かに語りかける。ミーネにとって聖女は自分の話を聞こうとしてくれた人。自分の為に怒ってくれた優しい人。


 それだけでミーネは聖女に好意を持っている。その人がギフトと仲違いして欲しくないという思いがあって、それを押し付ける。


「……何故ですか?」

「え?」

「何故そこまで信じられるのですか?この方にそれほどの信頼を持てるのですか?私はそうは思えません。」


 聖女にとって一番の謎。直接話して、その行動を見て、ギフトは信用する事は出来ないと思う。


 口も悪く、考え無しで、暴力も振るう。信用できる要素も尊敬できる要素もまるで無いというのが聖女の見解だ。


 だが少なくとも聖女とお供を除いたここにいる人達、そしてこの国の王はギフトを信用し、尊敬している。それが聖女にはわからないのだろう。


 だがミーネは迷わず口を開く。当たり前の事を言うように。


「ギフト兄が自分の為にしか動かないから。」


 答えは帰って来たものの、それは聖女に新たな謎を作るだけだった。そんな人間が信用される筈が無い。聖女が見てきた中で、自分の事しか考えない人が尊敬されているのを見た事が無い。


 納得がいかずミーネを見るが、嘘を吐いたとは思えない。ミーネは本心からその言葉を言ったのだ。


「そんなのおかしいです!自分の事しか考えない人が慕われる訳が……!」

「だってギフト兄はその為なら何とでも戦うよ?ロゼ姉が泣くのを見たくないって理由で国にも喧嘩を売ったらしいし、僕が泣くのを見たくないならワイバーンとも平気で戦うんだ。」

「……え?」

「今だって僕が怒ってるのが嫌だから謝ってるよ?」


 ギフトは自己中心的な行動しかしない。怒りを覚えれば怒り、楽しければ笑う。気に入った人間が泣いているなら世界だろうが敵に回し、どんな手を使ってでも勝利して笑顔にさせる。


 只の自己中では無く、究極的な自己中。見たくない物を見ないのではなく、見たい物に変える。その為ならどんな障害だろうと越えて見せると笑える男。


「自分の事しか考えないけど、僕達を忘れない。僕が悲しい時にギフト兄は笑えない。だから僕が泣かない様に世界を変えるんだ。」

「で、ですがそれで悲しむ人が……!」

「僕もロゼ姉もそれは嫌だ。だからギフト兄はしないよ。」


 自分を中心として世界がある。だからギフトは周囲に目を向ける。周りで誰かが泣いてれば、自分が笑えない。だったら笑わせてやれば良い。それを実行できる人で、実行に移すのを躊躇わない。


 どれだけ傷つこうと構わない。その先に自分が笑える未来があるのなら、それは万難を排して掴み取る価値があるものだと胸を張って言うだろう。


「口だけじゃないから信じられる。自分の為にしか動かないから、絶対に見捨てない。でもそれを誰かの為なんて言わないから尊敬できるんだ。」


 ミーネは笑顔で言葉を締めくくる。それは聖女から見ても眩しいもので、何一つ嘘偽りの無い言葉だと察してしまう。


 自分の意思が揺らいでいる。身勝手な人間が尊敬されるという事実を容認してしまいそうになる。その事実から目を背けるように顔を逸らすと、そこには未だ頭を下げているギフトがいる。


 これも自分の為なのだろうか。考えると聖女もわかってしまう。自分が謝る時に何を思うかを。


 それがわかってしまうと、聖女はもうギフトに怒れない。ここでギフトを否定するのは簡単だが、それこそ自分が身勝手と呼ばれてしまう。


「卑怯です……。」

「良く言われるよ。ごめんな。」

「……わかりました。頭を上げてください。」


 そう言われてギフトはやっと頭を上げる。そして少し気まずそうに顔を逸らしながら横目で聖女を見る。


「お前は賢い。でも、まぁ……。まだ子どもで良いと思うぞ。」


 それだけ言ってギフトはミーネの頭を一度撫でると、離れた場所へ行き煙草に火を点ける。


 聖女とミーネは後姿だけ見せるギフトを見る。聖女は言葉の真意がわからずミーネに質問する。


「どういう意味ですか?」

「僕もわかんないや。」


 ミーネもギフトの言葉の意味が分からないで首を傾げる。その様が先ほどまでの者と同一人物に思えず、聖女はクスリと笑う。


「ありがとうございます。ミーネさん。私の為に怒ってくれて。」

「ううん。あ、これで一緒だね!」


 元気を取り戻したミーネは聖女に笑う。嫌な事が無くなって笑うミーネは、同性である聖女から見ても可愛らしいと思える。


「一緒とは?」

「聖女様も僕の為に怒ってくれたよね!僕嬉しかったんだ!ありがとう!」


 最初にあった時の事を言っている。それに気づいた聖女は気にしなくて良いと言おうとして、それを取りやめる。


 素直に嬉しいと思えたからだ。自分の為に感情を出してくれることが、尊敬している相手にでも真っ向から言葉をぶつけてくれた事が。


 それを否定したくはない。そこまで考えると、自分の中にストンと気持ちに整理がつく。


「本当にギフトさんは不器用なんですね。」

「そうだよ?」

「ああ、そこは認めるんですね……。」


 ギフトが言いたい事は「自分の為に生きて自分の為に死ねるか」という事。もしかしたら別の事が言いたいのかも知れないが聖女は勝手にそう解釈する。


 聖女はその覚悟は無い。少なくとも今は。だからギフトはまだ子どもで良いと言ったのだろう。今は悩む時で、答えを早急に出す必要は無い。聖女らしく振舞うより、自分らしさを見つけろと。


 緩やかな風が聖女の頬を撫でる。涙の痕が少し冷たく、手で拭ってそれを消し去る。


「聖女様?」

「……私はソフィアです。ソフィーって呼んで貰えますか?」

「え?……うん良いよ!僕はミーネ!よろしくねソフィー!」


 ミーネは聖女が何を言いたいか悟ったのだろう。ギフトは聖女を賢いと言ったが、それはミーネも同じだろう。


 何も聞かず名前を呼んでくれて、自分の望んだ言葉をくれたミーネに握手を求め、応じてくれる。ソフィーの温もりを確かめて、恥ずかしそうに微笑んだ。


訓練してないじゃないか!

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