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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 二部~特訓開始~
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16 稽古の始まり?

 青年の怒りは止めどなく溢れ出る。


 別に戦いなど望んでいない。怒りは晴らせれば、自分が優位に立てればそれでよかった。勝つことなど微塵も考えない。


 なぜなら青年は勇者だから。生まれたときから決められた天分を余すことなく使い、誰もが自分にひれ伏す。


 絶対的な正しさを掲げ、悪を討つ。最初は反論されても、いずれ誰もが認めてくれる。


 そう疑っていなかったのに、今日その常識は覆された。圧倒的な暴力で、勇者と言う存在に怯えない、屈しない存在。


 自分と対等な存在は聖女。自分より上の存在は神と司教様だけ。なのに彼は、彼らは蔑むどころか、あまつさえ殴りかかった。


 こんな屈辱があってたまるか。こんな馬鹿げたことが許されて良いはずがない。正義とはいつだって勝ち続けてこそ正義と呼ばれる。負けてしまえばその瞬間正義は消え失せる。


「僕が守らなければ……!悪を許してはいけない……!」


 聖女は悪に加担した。それも救い出さなければいけない。油断さえしなければ恐れることは何もない。それだけ勇者とは特別なのだ。


「どうされました勇者様?」


 気づけば青年は自分達が泊まっている宿の前に辿り着く。おかしな様子の青年を見かねて聖教連の一人が声をかけるも青年は答えない。


 独り言を呟きながら素通りし、用意された部屋に入る。不審さを覚えた者が聞き耳を立てると、部屋の中から声が聞こえてくる。


 それが意味をなしているのか成していないのか。答えを探ることもなく、青年は一人閉じ籠る。


 ◇


「基本がなってないんだよ。全員。」


 ギフト達は町の外、人気の無い場所で特訓している。


 最初に出された課題は全員でギフトと戦うこと。現状の実力を知らないことにはどうしようもない。


 結果としてまず、根本的な見直しが必要と思うが、それを聞いているのは聖女、ミーネの二人だけだ。


「もう少し……加減を……。」

「手加減したから生きてんだろ?」


 他の者は一様に地面に倒れ伏せ、呼吸も荒い。


 一切歯が立たない。と言うよりかギフトに当てれてもそれが通用しない。


「結界……ですか?」

「そんな上等なものじゃないよ。」


 聖女は返答もままならない者に代わり、聖女が質問するが、ギフトはヘラヘラと否定する。


 身を守る手段として目の前に無色の壁を作れる。それをより高い次元で使用していると思っているが、むしろ逆だ。


「こんなもん基本中の基本だよ。世に名前が出る奴は使ってるものさ。」

「全員そうなの?」

「本人が気づいてるかはともかくな。因みに勇者は使ってなかった。出し惜しみしたかは知らんが。」


 言っては見たものの、その可能性は低いと考えている。出し惜しみして蹴られる位なら、初めから本気で切りかかった方が良いだろう。


 二度も蹴られて気を失っているのに、ギフトに気を使う必要は無い。沽券の回復を願うなら手を抜く意味はなかった筈だ。


「お前らには先ず一つの魔法を覚えてもらう。それがなきゃ俺と対等に戦うなんて出来やしないからな。」

「先に、言わぬか……。」

「わかりやすいだろ?」


 悪びれもせずに煙を浮かべるギフトを倒れた者が睨む。地面に何度も勢い良く倒されて身体中が痛いが、休憩は無さそうだ。


「基本的に魔法ってのは言葉と魔力で発動する。魔力っつー動力源に言葉で指向性を持たせるってわけだ。んで、その際に使う魔力量の過多で威力が決まる。魔力があればあるほど戦闘で有利になる。」


 戦いに参加してないミーネはふんふんと頷くが、ロゼやリカ達はそれどころではない。


 耳に言葉は入っているが、それを反芻しない。脳の処理能力が疲れで追い付いていないのだ。


「待て……。休憩を……。」

「魔力を増やす方法は一般的には体力と一緒で、疲れて飯食って寝る。それを繰り返せば良い。体力と違うのは意識的に魔力を使わないと減らないって事だな。」


 ロゼの提案を無視してギフトは喋り続ける。そしてロゼ達は冷や汗をだらだらと流す。


 言い方や笑顔からギフトが何をしようとしているのか想像がつく。だがそれを実行されてしまうことに恐怖を覚える。


「その上で経験を積むには死の恐怖があるのが手っ取り早い。すんどめや手加減した戦いなんて意味はない。つまり本気で戦うのが一番ってわけ。」

「僕は?」

「ミーネには後で別に教えてやるよ。そんじゃあ……。」


 休憩は十分にとった。と言うより敵が待ってくれると考えてるなら改めなければならない。


 ギフトなら待たない。余裕があっても無くても敵対してるものに情けをかける意味を理解していない。


 いつだって災厄は唐突にやって来る。疲れてました、油断したなんて言い訳は通用しない。


「立て。でなけりゃ死ぬだけだ。」

「……待って。もう、動けない……。」

「わかった。なら死ね。」


 ギフトは炎の槍を空に生み出し、言葉を吐いたリカに向けて打ち出す。


 動けないと宣ったリカはそれを転がって回避する。それを見てギフトは笑い、今度は人数分の槍を生み出す。


「動けるじゃないか。嘘は駄目だぞ?」

「動かなきゃ、死んでたわよ!」

「なめてんの?」


 戦いとは生死を分ける行為だ。それが当たり前で、当然。


 戦うなら覚悟を持たなければいけない。殺す覚悟は持てなくても、最低死ぬ覚悟くらいは必要とギフトは思っている。


「死ぬだろうが。戦場で動けなくなれば。それともお前らは守られたくて戦場に向かうのか?なら役立たずの足手まといとして生きれば良い。」


 それだけ言ってギフトは槍を消してミーネの元に向かう。自ら立ち上がらない者に未来が来るはずもなく、ギフトが気にかける必要もない。


「じゃあミーネは頑張ろうか。とりあえず武器とかどうする?」

「ま、……て。」

「待つかよ。お前らが寝転がってる間に俺だけ先に進ませてもらう。」


 ギフトの言葉がが本気と理解して、痛む体を叱咤して身を起こす。


 ただそれだけ。武器を上げることも、歩くことも出来ない。ギフトは溜め息を吐き、腕を回して止めを決めにいく。


「体に染み着いた怠け癖を叩き直せ。俺を味方だと思うな。強くなりたいのはお前らで、強くしたいのは俺じゃない。」


 拳を握り、動けない者の頭に拳骨を打ち込んでいく。全員の意識が飛んで、それを確認するとギフトは煙草に火を点けて一息つく。


「次はミーネだな。」

「う……。うん!ぼ、僕も頑張る!」

「そう警戒するな。最初だから試しただけだよ。」


 何人も抱えて教えるにはギフトの技量が足りない。強いからと言って教えることも上手とは限らない。


 それを十全に理解しているから、ギフトは人数を絞りたいと思っている。約束したからには教えるが、勝手に辞めていく分には知ったことではない。


 どのみちこの程度で挫折するなら何を鍛えようが意味はない。根源的に戦えない性質なのだ。それならば無理はしない方が良い。


 一仕事終えたとばかりに煙草を吸うギフトに、聖女は倒れた者に近づいて手当てをしようとするが、ギフトに止められ渋々下がる。


「少し厳しすぎでは……?」

「これで諦めるなら才能が無いのさ。」

「才能の問題では、無いと思いますが?」

「諦めないって才能が無い奴は何をしても無駄なんだよ。」


 ギフトの言葉に聖女は複雑な表情になる。


 何をしても無駄、とは言いたくないのだろう。諦めても人生は続くし、他の道が拓ける事もある。何もそれだけが全てでは無いのだから。


 言いたいことを堪えてます。それを表情から見て取ったギフトは薄く笑って頭に手を置く。


「俺の言葉は俺の物だ。お前が違うのは当たり前だろ?一週間で何か学べりゃ良いな。」


 ギフトは聖女から離れ、ミーネに指導を行うべく頭を回す。


 聖女はその後ろ姿を見て不安を覚える。男の子が弟子入りしたいとは思っていなかったし、指導する人物は多くに慕われていても、性格面に不安がある。


 だが、ちゃんと人を見てやっている可能性も言葉に見え隠れしている。あの程度で折れないと思っているのだろう。


 このまま行動して良いのかどうか。それを理解するにはまだ早い。わかっていても過る不安を拭うことはまだ出来なかった。


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