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Deliver Happy   作者: 水門素行
一章 アルフィスト王国動乱記 一部 ~邂逅~
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11 弔いは清浄なる白き炎

「ご助力感謝致します。」

「そんなことより腹減ってんだよ。ご飯をくださいお願いします。」


 グラッドが感謝の言葉を告げると、機嫌の悪い顔のまま土下座をするという珍妙な場面に出くわしてしまう。

 腹が減ったと感じたのはホーンブルに突き落とされる少し前。まだ日も高い頃の話だ。そこから谷底の川に突き落とされ滝から落ち、ビンタを食らって剣を向けられ、上げて落とされ、やっと食事が出来ると思えば邪魔が入り、そこから全力疾走でここまで来た。

 はっきり言ってもう限界だ。身体的な意味ではなく、精神的な意味で。

 鬱憤は綺麗さっぱり消えている。それでも腹の虫は納得しておらず、ぐーぐーと鳴り続ける。


「貴様は、ギフトだったか?何故ここに居る?」

「お仕事です。ってああそうだお前さんもしかして皇女様?」

「・・・ああ。そうだ。」

「ならよかった。行くぞ。待ってる奴がいるんだ。」


 言うやいなやローゼリアの手を引いて森の中へ入ろうとするギフト。そしてそこにグラッドが待ったを掛ける。


「もう日も沈んでおる。そこまで焦る理由があるか?」

「お前さんらの仲間?も被害にあったんだよ。急がないとしんどいだろ?」

「なんだと!?それを早く言わぬか!」


 慌てて向かおうとするも馬はもう事切れており、運ぶ余裕はなかった。既に首を跳ねられた二人をグラッドが担いでいる。急がねばと焦るローゼリアを気にせずギフトは指を差す。


「こいつらは?」

「放っておけ。」


 地面から頭だけ出した状態の数十名。裏切ったものも、襲撃してきたものも仲良く埋められ気を失っている。ちなみにこれをしたのはギフトだ。本人曰く、もう少し華やかさが欲しかったとのことだ。

 縄もないので動かさないためにどうしようか迷っていたので黙って見ていたが、どう見てもこれはこちらが悪党ではないだろうかとグラッドは思ったがそれは口に出さなかった。ローゼリアが黙認したのならそれで構わないのだろう。

 ギフトは頭だけを出した状態の男に近づき二人ほど引っ張り上げる。その行動に疑問を持つローゼリア。


「情けでもかけるつもりか?」

「俺そこまで優しくないよ。いろいろ聞けるかなと思って。」

「…なるほど。」


 そして本当に他の者を放置して森の中へと走り出す三人。起きていたなら大声で助けの声が聞こえただろうが、三人を見送る背中は静かなものであった。

 余談だが、その光景は三日後にはもう見られることはなかった。動けない肉があるならそれはただの餌でしかなかった。


 森の中を駆け抜けていく三人。と言っても二人は人を担いでいるのでそこまでの速度は出ていない。焦るローゼリアは気づいていないが、グラッドは内心舌を巻いていた。

 森の中は当然だが舗装されておらず、起伏も激しい。そんな中気絶した人間二人担いで飄々とローゼリアの後をついて行けてる事から、どこかの騎士か傭兵かと当たりを付ける。

 気絶するとすべてのバランスをこちらが担うことになり、それを運ぶのは存外難しい。それでもそれを簡単に行えるということは、訓練を受けているか受けたかのどちらかだ。もし傭兵なら引き抜きを行ってもいい。口の悪さは多少あるが、実力は先程の戦いが嘘でない限り確かだ。

 グラッドが内心でギフトを賞賛していると森の中で少し明るさが見えた。走ること数時間。やっと目的の騎士の仮拠点に戻ることができたのだ。


「・・・これは・・・。」


 そこに映し出された光景にローゼリアは思わず目を伏せそうになる。それを意志の力でねじ伏せ、前を見る。

 五十名ほどの人がいたはずだった。そこに横たわり布を被せられている人数は大凡三十名ほど。自分の軽率な動きが彼らを殺したと、やりきれない思いが脳裏に渦巻く。

 もっと慎重に行動すればこうはならなかったのではないか?そんな思いだけが頭の中を占拠する。

 ローゼリアが一歩を踏み出せない中、ギフトがその線を簡単に越える。悲しいことに彼は人が死ぬ事には慣れている。見殺しにするつもりはさらさらないが、どこか仕方ないと思える部分も確かにあるのだ。

 気絶した人間を地面に下ろすと、生き残っている者たちに向けて歩き出していた。そして生き残っていたものがいるのだろう。少し離れた場所で話し声が聞こえると、人の走る姿が目に入る。


「皇女様!ご無事で何よりです・・・!」

「・・・妾の心配など、」

「おい、姫ちゃん?俺腹減ったんだけど。」


 しなくとも良い。そう言おうとしたところでギフトに遮られる。こんな状況で言うべきことではないだろうと、ローゼリアが睨むも大した効果は無さそうだ。


「姫様。ここは彼を立てましょう。まがいなりにも我らの恩人。礼はせねばなりませぬ。」


 グラッドはギフトに文句を言わず、ギフトにお礼をするよう進言する。確かに助けられた。だが、人の死を前に平然と飯を強請る男にイラつくのも仕方ない。

 それでもできるだけ毅然とそれに了承する。グラッドの意見を蔑ろにするわけにも行かない。自分の忠臣は彼しかいないのだ。その言葉を聞くことさえできないのなら、味方は一人としていなくなる。

 ローゼリアは自分の備え付けのテントに向かい休息するよう促され、渋々ながら付いて行く。グラッド以外の生き残った騎士もそれぞれ思い思いに休息を取るためテントに戻るよう命令を下す。


「そんな、我らは大丈夫です。グラッド様こそお休みください。」

「心配無用だ。私はこう見えてもまだ体力には自信がある。それとも、年老いたじじいが出しゃばるなと言いたいのか?」


 そう言われては従う他ない。彼らはグラッドを尊敬しているのだ。騎士の中でその名を知らぬ者などいない猛将を誰が軽んじる事が出来ようか。

 誰もが散開する中、一人だけグラッドの命令を聞かないで良い者が取り残される。その者に向けて誰もいなくなったことを確認すると、グラッドは重々しく頭を垂れる。


「世話になった。失礼ながら名を訪ねてもよろしいか?」

「ギフトだよ。おっちゃんはグラッド様?」

「敬称は不要だ。グラッドで良い。礼を言う、ギフト殿。」


 握手をするため伸ばされた手に、ギフトも応じて手を伸ばす。それは先ほどのローゼリアの言葉を途中で止めてくれたことに対してのお礼だった。

 命からがら生き延びて、仲間が大勢死んだ。そんな中彼らはローゼリアの心配をしていたのだ。その思いは決して無碍にして良いものではない。してはいけないのだ。

 ギリギリの精神状況で、それでも自分を心配してくれたものに「そんな物は不要」と言われるのはどれほど心に突き刺さるだろうか。ただでさえ状況は良くない。なのに仲間内で遺恨を残すような真似は上に立つものは決してしてはいけないのだ。

 自分がローゼリアの意見を遮ることは出来ないのだ。嫌われようとも他人の為に行動できるギフトに尊敬すら抱いていた。

 そして手を離すとギフトは手持ち無沙汰になったのか煙草に火を灯す。それがさらりと無詠唱で行われたことにグラッドは驚くが、疑問をぶつけるより前にギフトが口を開く。


「お礼は嬉しいけど、それより早く弔ってやろうぜ。その為に散開させたんだろ?」

「そこまで世話になるわけには・・・。」

「手伝うよ。見てたのに止められなかったからな。」

「・・・すまぬ。恩に着る。」


 自分にも責任がある。とギフトは言外に告げる。その場にはいなかったがグラッドにはわかっている。どうしようもないことなどいくらでも起こる。恐らく、遠方からの強襲を受けたのだろう、大勢が争った形跡などこの場にない。

 ギフトには全く落ち度はない。それでも手伝うと言ってくれたのだ。ならば今はそれに感謝しよう。二人は黙々と遺体を一箇所に集め始める。



 ローゼリアは自分の不甲斐なさに嗚咽を漏らしていた。

 今回の事は自分の失態だ。もしあの時出発する際に全員で行軍していれば、ここまでの死人を出さずに済んだのではないか。それとももっと自分に力があれば、グラッドをこの場に残し、自分一人であの場に行き、窮地を超えられたのではないか。

 結果は考えもせずに突撃し、激高しても全員を倒すことも出来ず、あったばかりの者に助けられる。

 幼き日に憧れた背中に近づいているつもりだった。だがそれは幻想だった。現実はローゼリアに突き刺さり、涙が込み上げてくる。

 亡くなったものの顔が何度も頭に浮かぶ。その度に自分に責め苦を吐いてくる。ただの想像でしかないが、それが現実だとローゼリアは否応なしに理解する。

 自分がいなければこんなことにはならなかった。そんなことはわかっている。もう誰にも見向きもされなくなった自分が何を足掻いたところで変わらないものは変わらない。


「何が強さだ・・・。何が守るだ・・・。妾には、そんなこと出来ないくせに・・・。」


 ローゼリアの心は既に空っぽだ。憧れだけで生きてきた。それが今日、自分には何も守れないと世界に言われた気がした。

 結局守れたものは自分の身だけ。これほど情けないことはあるのだろうか。ローゼリアは寝具に顔を埋め、後悔ばかりが胸中に木霊する。


 だがそんなローゼリアの胸中など露知らず、ローゼリアに対して気さくに話しかけてくるものがいる。


「姫ちゃーん。でておいでー。」


 まるで友達の家に遊びに来たのかというくらい気軽な声でローゼリアを呼びつける。こんな無礼を働くものは騎士の中にはいない。いるとすればこの場でただ一人だ。

 ローゼリアは慌てて涙を拭い、声を整えテントから顔を出す。そこには予想通り真っ赤な髪を揺らした男が立っていた。


「酷い顔だな。もっとしゃんとしろよ?」

「・・・うるさい。」

「うわーお。真っ直ぐな物言いに流石の俺も傷つくわー。」


 言葉とは裏腹に心底楽しそうに笑うギフト。正直不快で堪らない。こっちの葛藤など知ったことではないと笑う姿はまるで自分をみて笑っているかのように思えたのだ。


「何の用だ。」

「皆を弔うから姫ちゃんも行こうぜ?せめて見送ってやろうや。」


 先ほどの笑みを幾分か寂しいものにして、ローゼリアの手を引き歩くギフト。ローゼリアは抵抗せず、その手に惹かれて皆が集まった場所にやってくる。

 そこにはローゼリアの見たくない現実があった。綺麗に木が組み立てられ、その合間合間に騎士の遺体が並べられている。その下には騎士の鎧や剣が立てかけられていた。

 ギフトはローゼリアの手を離し、一人その場に近づいていく。ローゼリアの許可はとっていないがグラッドと決めたことだ。


「勝手に決めちゃって良かったの?」

「・・・意見具申はするべきかも知れぬ。ただ、あまり追い詰めたくもない。誰にも逃げ道は必要だ。」

「なーるほど。いいぜ。俺もその役買ってやるよ。嫌われても俺は旅に出れば良いだけだしな。」

「迷惑をかけてばかりだな。」

「気にすんな。俺は届け屋だ。望まれれば何でも届けてやるよ。」


 グラッドと小声で話し合い、誰もが見つめる中ギフトは遺体に向けて片膝をついて、手を組み詠唱を紡ぐ。


「炎よ。穢れ無き白き炎よ。その身を燃やし、清浄なる魂を天へと送れ。邪魔するものは全て燃やし、彼らを無事に送り届けよ。穢を払う炎(ホーリーフレア)。」


 詠唱が終わると同時、天使の羽のような白き炎が轟々と燃え上がり、遺体を包み込む。それは余すことなく全てを焼き払い、彼らに苦痛を与えることなく天へと送る。

 白き炎は天に向けて炎を伸ばす。ほんの少しでも彼らの苦労を消し去るために、炎は限界までその身を伸ばす。

 ローゼリアもグラッドも、生き残った騎士たちも。誰もがそれを目に焼き付け、そして冥福を祈る。

 その炎は闇夜を払い、騎士を最後まで見送り続ける。その魂を天へと届けるために。



続きは明日10時。

誤字脱字は気をつけていますが、

あれば報告お願いします。

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