14 仏の顔は
「これくらいで良いのか?具体的に何をするか聞いておけば良かったな。」
「お金は大丈夫?」
「服の二、三着で消えはしない。だが確かに金策も考えねばな……。」
ロゼとミーネは雑談を交わしながら街を散策する。ミーネは一応フードを被って耳を隠している。
決意はしたが、まだ何をするか等決めていない。それならば先ずは隠しておいた方が面倒が少ないとわかっているのだろう。
行動の前にいちゃもんを付けられたくない。それがミーネの考えで、ロゼもそれに賛同した。
「必要な物は買えたか。後は待つだけだな。」
「遅いねー。ギフト兄。」
「そう急くな。約束したのだから破りはせん。」
二人は街を歩いて広場で休憩する。疲れた訳ではないが、待ち合わせ場所も決めていない。
宿に戻るか城に戻るかなら前者を選ぶ。ギフトは目的地に辿り着けてもその道は曲がり曲がって予測も立てられない。
宿に近い広場ならギフトも見つけやすいだろうと、二人は服の入った袋を床に置いて中央の椅子に座る。
「さて。あまり遅くなっても困るが、見失っては仕方ない。」
「早く来ないかなー。」
ミーネもロゼ同様に少し浮わついた雰囲気だ。ミーネは強さにそこまで拘りは無いが、それを必要なものと理解している。
自分に出来る事が多ければ、それだけチャンスも結果も作りやすいと。だからこの機会は逃したく無いのだろう。
そしてそれは油断となり、近づいてくる人間がいる事に気付かない原因となってしまう。
「見つけたぞ!」
必要以上の大声が二人の耳を貫く。ロゼはともかくミーネには油断もあって体がピンと伸びてしまう。
苛立ちを覚えながら声の方向に顔を向けると、鼻を赤くした青年がずんずん二人に近づいてくる。その後ろには見知った三人が顔を抑えて頭痛を堪えていた。
「こんなところでのんびりしているとはな。僕に何をしたか忘れたか?」
「……何かしたか?」
「惚けるな!」
ミーネを後ろに隠し、辟易とした表情でロゼは青年と相対する。青年の性格がわからないので、このまま立ち去ることも出来ない。
もしここでミーネの正体をバラされると、ミーネの決意が無駄になる。そうならないためには青年の怒りはロゼが一手に引き受ける必要があった。
「覚えておらん。そもそも貴様に興味が無い。」
「な……!ふんっ。良いのか?僕にそんな態度を取って?」
ロゼに脅しをかけるよう顔を近づける青年。
気持ち悪さを隠すつもりもなく、ロゼは状態を逸らして冷たい目を向ける。脅しをかけられたとことでロゼは関係がない。
この青年が勇者ということは知ったが、ギフトに簡単にやられたのを見て完全に興味を失った。強いから話す訳でも無いが、自分の力以外をひけらかす人間に興味が湧かないのだろう。
「僕は勇者だ。その僕に不遜な態度を取って生きていけると思うなよ?」
「何故だ?お前が勇者であっても妾達には関係ない。」
「あるに決まってる!僕を敵にする事が何を意味してるかわかってないのか?」
青年がどれだけロゼに詰め寄ろうともロゼはそれに心が揺れない。青年からは何も感じないのだ。恐怖も優しさも強さも何も。人の形をした者が喋っているだけにしか思えない。
青年の事をロゼは何も知らない。なのにさも全てを知っていて当然の様に話され、絶対的に正しいと思って話しているのが気持ち悪さを上乗せしているのだろう。
「妾は貴様を敵に回した覚えはない。貴様が勝手に敵視しているだけだろう?」
「僕を殴っておいてそれで済むか!あいつはどこに行った!?目に物を見せてやる!」
あいつとはギフトのことだろう。ギフトに用事があるならさっさと行ってくれれば良いのに、何故彼はロゼに付きまとうのか。真意が読めずにロゼが後ろに控えるリカに目配せすると申し訳なさそうに目を逸らす。
「ギフトに用があるなら城に向かえ。妾も今どこにいるか知らん。」
「……待てよ。お前達だって同罪だろ?」
青年は顔に似合わない黒い笑みを浮かべる。本当に勇者かどうか疑いたくなる様な笑だが、ロゼはそれを口にしない。
ディーゴの前では猫を被っていて、こっちが青年の本性なのだろうか。自分の立場を傘に来て相手を貶めるようなやり方を素でやっているのなら青年よりギフトの方が勇者に相応しいとさえ思える。
「同罪とは?」
「人狼族が町にいると知られればどうなるかな?」
「……それが罪か?」
努めて冷静にロゼは言葉を返す。無理に押さえつけているのは見え見えで、成り行きを見ているミーネやリカ達は冷や汗を流す。
ロゼもギフト程ではないがかなり激情型だ。自分の事ならある程度まで我慢できても、親しい人を虚仮にされればすぐに沸騰する。
「バレたくは無いだろう?だったら僕に従うのが良いと思わないか?」
ロゼの微妙な変化に気づかずに、青年はロゼの肩に手を置いて耳元で囁く。鳥肌が体中で立ち、その手を勢いよく叩いて振り払う。
「クズで下郎。見る価値も無い。」
ロゼはそれだけを吐き捨てると、ミーネの手を引き踵を返してその場を立ち去ろうとする。これ以上は耐えられない。ギフトに報復するより、ロゼやミーネが御しやすいと判断したのだろうか。
はっきり言って気持ち悪い以外の言葉が無い。自分の駄目な身内を思い出して苛立ちも募る。
「待ちたまえ!君の企みは全てわかっているぞ!」
すると青年は殊更大声を張り上げる。周囲にいた町民は何事かと騒げの中心に目を向けて立ち止まる。
「獣人族を町に引き入れているのは知っている!君は僕が止めてみせる!獣人等と言う野蛮な者を引き入れた罪を償うが良い!」
大げさな身振り手振りで青年は視線を一身に集め人心の興味を煽る。流石にロゼも立ち止まり青年に視線を向けるが、もうその目には怒りが無い。
完全に虚無。これから何が起ころうとロゼは関与する気は無いのだろう。この青年の行くすえが半分決まってしまったが、それに同情することもない。
「なるほどな。ギフトが面倒と言うのも理解はできる。」
「……ロゼ姉……ごめん。」
「何を謝っている?よく目を凝らしてみろ。匂いで分からぬか?」
ロゼの視線は青年に向いているが、焦点は青年に合っていない。ミーネはロゼの言うとおり鼻をすんすん揺らし、ミーネは青年に少し同情する。
笑っている。怒りを抑える為ではない。ただ単に容赦なく潰す理由があるから笑うのだ。
「僕がいるとやっぱり迷惑かな……?」
「無い。あいつは迷惑なら切り捨てる。妾もな。」
「嘘だー。二人は優しいもん。」
「謝罪をするなら許してやる!僕は君達を切りたくはッ!?」
青年の言葉は途中で止まる。後頭部を思い切り握られてしまっているからだ。そのまま青年の足は地面を離れ、抵抗するも虚しく呻き声だけが上がる。
「クソガキが。良い加減にしとけ。」
ギフトはそう言うと青年の頭から手を放し、青年は尻餅を突いてギフトを見上げる。すると途端に顔を恐怖に歪めてそのままの状態から少し後ずさる。
「ぼ、僕は勇者だ、ぞ!?」
「そうだなー。だから何なんだ?」
「僕の敵になれば司教様が……。い、いや神様が黙ってないぞ!」
「……なるほどねー。そりゃ面白そうで。」
青年が口にした言葉にギフトは一瞬笑みを崩すも、直ぐに表情を作り直す。
未だ立ち上がらない青年に向けて一歩近づき青年と目線を合わせると、愉しそうな口調で青年に告げる。
「なら今から殴るから神様に守って貰え。三数えてやる。」
「へっ!?な、何を……。」
「一。」
「待ってくれ!い、痛いのは嫌だ!」
「二。俺も痛いのは嫌だなー。」
「せ、聖女様!こいつを止めてくれ!君なら……!」
「時間をやろう。どうする?」
「……あなたはやりすぎました。罰は平等に受けるべきです。」
聖女の突き放しに青年は顔を歪める。今までどんな教育を受けてきたのか気になるが、それを矯正してやるつもりはギフトには無く、立ち上がって腰に両手を当てる。
「三。じゃあね。」
「待ってくれ……!!」
ギフトは片足を下げると、腰を回して青年の顔面に向けて蹴りを放つ。顔を守る為青年が手を前に出すが、抵抗は空しく勢いを殺すことはできず、面白いくらいに人が飛んでいく。
鼻血を撒き散らしながら飛んでいく青年を見ながらギフトは煙草を取り出して火を点け、聖女の側の男の子に声を掛ける。
「俺は嫌だって言ってんだから諦めておくれ。」
「は?……い、いえ!ここは退けません!お願いです!」
男の子はそれが先程まで交わされていた会話だということに気づくのが遅れる。ギフトは呆れたうんざりした表情で男の子を見下ろすが、それを真っ向から受けて視線を逸らさない。
「俺は勇者を殴ったぞ?そんな奴で良いのかよ?」
「今のは蹴りであろう?何をしていた?何故そいつらと一緒にいる?」
溜息を漏らしそうな所でギフトの後方から声が掛かる。その声は怒りが滲み、文句があるのを必死で押し殺している様子で、ギフトの肝が冷える。
だがまあ仕方ないかと全てを諦め煙草を吸って、空に向けて煙を吐き出す。周囲の喧騒は続いているが、それらの一切を無視して、どうやって宥め賺すかにしか注力できない。
「とりあえず場所を変えるかー。ロゼ。お前には最高の技を教えてやる。」
「それは魅力的だ。誤魔化せると思っているのか?」
「全く。」
結局ギフトに妙案は浮かばず、諦める事しか出来なかった。