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Deliver Happy   作者: 水門素行
三章 闘技場乱舞 一部~前準備~
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12 決める時

 話を終えた後、ギフト達は直ぐに出ていくことをせずに、だらだらとディーゴの私室で寛いでいる。ミーネが寝入ったのも一つの要因だが、ギフトとディーゴが久しぶりに出会ったため、近況報告に花が咲いているのだ。


「時にお前らはいつまでこの国にいるのだ?」


 ディーゴが会話の間に気になった事を質問する。ギフトが今届け屋として旅している事は聞いたが、大きな目的がある訳でも無く、悠々自適に動いている以上いつまで滞在するかはわからない。


「さあ?特に決めてないさ。でもミーネがやる気だし、俺も海で遊ぶ気だし、しばらくはいるつもり。」

「そうか。なら祭りに参加してみないか?」

「祭り?」


 ディーゴは机の上から一つの紙を取り出して、ギフトに見せる。それをまじまじと見つめてギフトはディーゴを馬鹿にした様な目で見降ろす。


「無いね!」

「少しは迷えばどうだ?それに祭りの日には食事もたくさん出るぞ?」

「考えるね!」

「なんの話だ?」


 ミーネに膝を貸していたロゼはそこから動かず、首だけを動かして話に入る。ギフトはディーゴから紙を奪ってロゼの前に付きつける。


「・・・闘技大会?力ある者をここで待つ。優勝者には賞金と名誉を。大陸に名を馳せるチャンスだ。」


 ロゼは地味な絵の描かれた紙に書いてある文字を読み上げる。書かれていた文字を読んでいくに連れてロゼはギフトが即答した理由に思い至る。


 権力も金も興味は無く、武を示す事にも精力的にならないギフトからすればこの大会は意味の無いものだろう。祭りの間に出てくる食事に興味は示しても、一番盛り上がる催しには見向きもくれない。


 だがロゼは少し興味があるのかその紙をギフトから受け取る。賞金も名誉もロゼには必要としていないが、ここに強者がいるなら自分が今どれくらい強いか試せる場となるのだろう。


「これは妾でも出場できるのか?」

「出るの?やめとけって。俺ほど強い奴は出ないよ?」

「おい。あまり祭りに否定的な言葉を吐くな。」


 ギフトの本音にディーゴは難色を示す。実際にこう言った大会に出てくる者はお調子者か、自分の武を示したい者かで、本気で戦う事しか考えていない者は出てこない。


 ギフト程強ければ態々出場する事も無い。自分の力は示すものでは無く、高めるものだと理解しているからだ。他人と比べる事は無く、自分のみで上り詰めていくものだと。


「確かにギフトくらいの者はそうそう出てこない。ただ偶にいるのさ。天分を持ったものがな。」

「そりゃあね。でもそんなのが出るならなおさら反対だぜ?危険だし。」


 ギフトの言葉にディーゴもロゼも驚きを隠せない。一番危険とは縁遠い、そこに嬉々として飛び込んでいくような性格だと思っていたギフトがそんなことを言うとは思っていないかった。


「なんて顔さ。実戦で危険なのは良いけど、祭りは遊びだろ?遊びで危険な事するってのはどうよ?」


 ギフトは戦いは戦い、喧嘩は喧嘩と割り切っている。つまり祭りは祭り、楽しく遊ぶものであってそこに危険性があってはならないと思っているのだろう。


 実戦で危険があるのは仕方ない。それは命のやり取りなのだから。だが祭りという遊びで危険があるのはギフトとしては反対という事なのだろう。


「まぁ危険があるのは仕方ないな。この祭りは要は強さの証明だ。目に見えない実力を示したいのさ。」

「見世物かー。より一層駄目だろ?そんなの出てどうするのさ?」


 情報は秘匿するもの。傭兵として生きて来たギフトは自分の力が人に広まる事を望まない。敵対する者が自分の事を知っていて、自分がそれを知らないのならそれだけで不利になる。


 それを嬉々として見せる者など傭兵には絶対いない。自分の命は自分で守るしか無いのだ。


「俺は反対だね。ロゼが出ても良い事無いよ?」

「だが妾も強くなりたいのだ。その為に強い者と戦うのは良い経験だろう?」


 ギフトはロゼが弱い理由を経験不足と言っている。ならば様々な者と戦えるこの場はロゼにとって絶好の修行場だ。


「妾は強くなりたい。その為にこの場を利用したい。駄目か?」

「んー・・・。まぁお前がどうしても出たいないなら良いけども。んー・・・。」

「賛同してやれば良いではないか?」

「他人事だと思って。」

「実際他人事だからな。お前の言いたいことは俺にはわかるが、それはちゃんと言ってやれ。」


 ギフトはロゼに強くなれと言うし、強くなった事を喜びもする。だが自ら育てる事をしない。


 ディーゴはその理由をわかって指摘しているが、ギフトは難色を示す。強いだけの人間が行きつく先を見ているからこそ、ギフトはあまり乗り気になれずにいる。


「まぁロゼなら大丈夫だと思うんだけどね。」

「なら問題ない。お前の人を見る目は確かさ。」

「本当にそう思う?」


 ギフトが尋ねると、ディーゴは相好を崩して頷く。やはりギフトは変わらない。自分の為だけに動くなら無理難題でお構いなしなのに、完全に人の為として動く時は少しためらう。


 自分の為だけに動く事が無い癖に、自分の為と気持ちを落とし込めないと動けない難儀な性格。ギフトがどう思っているかはともかく、ディーゴはギフトをそう評している。


「そっかー。なら良いのかな?」

「なんだ。自信が無かったのか。」

「俺だけの問題ならどうでもいいんだけどねー。まあ後はロゼ次第か。」

「是非もない。お前に教えてもらいたい。」


 ロゼは何一つ躊躇う事無くギフトに教えを乞う。もともとずっと言ってきたことだ。ギフトが踏ん切りをつけてくれるならそれは一番有り難い。


 今までなんだかんだと躱されてきた事だった。それをここで承諾してくれるならロゼもここに来た成果があるというもの。


「何故今までは駄目だったのだ?」


 教えてくれるなら文句はない。だがそれならそれで今まで何故教えてくれなかったのかという疑問が浮かぶ。


 ギフトにとってロゼが強くなる事に問題がある訳でもないだろう。それでもずっと嫌がって来た事をここに来て翻す理由が今一つ思い浮かばないのだろう。


「そうだなー。面倒ってのもあるんだが、それ以上に俺はお前の望む道じゃないからな。」

「何を言っている?お前は妾の憧れだと・・・。」

「一側面だろ?俺の戦い方って人が真似するべきものじゃ無いんだよ。」


 ギフトの戦い方は一貫していない。力押しで戦う時もあれば、技で翻弄する事もある。と思えば魔法でかく乱しながら戦う時もあり、それは相手によって変えている。


 その中で一番ギフトが得意にしているのは力押し。魔力と身体能力に任した強引な戦い方だ。だがそれは経験があるからこその、勘を頼りにした綱渡り。それは人に教えられるものではない。


「俺は守る事も出来る。ただどっちかと言うと得意なのは殺す方だ。」

「それは違う。」

「まあ黙って聞けよ。俺はそうしなきゃ生きられなかったんだから。」


 ギフトの言葉にロゼは否定しようとするが、それを否定される。


 ギフトは人じゃない。人生の大半は嫌われて生きて来た。命を狙われる事だってあった。だからこそ奪わなければ生きていくことは出来なかった。


 磨かれたのは命を奪う技。今ギフトが生きているのはその力があったお陰であるから、ギフトはそれを恥じてはいない。それでもそれを人に教えるのは躊躇いが出るのだろう。


「俺の力は奪う側の力。だから教えなかった。特にお前やミーネにはな。お前らが守りたいと言うのなら、俺が教えるべきじゃないと思う。」

「・・・それは違うであろう?どんな力でも使うのは妾達だ。」

「どんな道具も使う人次第って?俺はその考え嫌いなんだ。俺が教えるなら俺が責任を取る。そう思えない限りは絶対に何もしない。」


 力を譲渡するならそれを信頼した者の責任になる。ギフトが与えられるのは命を奪う技。それをロゼが殺しの為に使っても文句は言えないが、気分が良いものではない。


 どうせならロゼには変わって欲しくないと願っている。ロゼの甘さは致命的な物になるとわかっていても、それを矯正したくはない。


「俺が教えて力をつけて、それでロゼが変わるのは嫌だ。俺は優しかった奴が、強さに溺れて死んでいったのを何度も見て来たからな。」

「妾が変わってしまうと?」

「ゼロじゃない。ってだけだけどな。昔いたんだよ。誰もを守りたいと言っていたのに、力を試したくなって人殺しばかり繰り返す様になった奴がな。」


 経験則に乗っ取った言葉は異様な重さがある。へらへらした顔で言うから説得力に欠けそうなのに、ロゼはそれを真剣に受け止める。


「その者はどうなった?」

「俺が殺した。」


 悪びれる様子も無くギフトは良い切って、ロゼの胸が痛む。


 ギフトは確かに殺しもするが、割り切ったと言っているだけで何も感じない訳では無い。そうしなければ潰されてしまうから、心を殺しただけだ。


 それでもギフトは人の心を持っている。優しさもあるし、自ら戦いを望む事は無い。いっその事完全な屑になれれば良かったのに、そうはなれなかった。その辛さをロゼがわかり合う事は出来ず、それがもどかしい。


「そう言う事で俺は出来れば教えたくない。それにこれは言ったけど教えるのは本当に下手なんだ。基本くらいなら何とかなると思うけど。」

「・・・構わない。お前の力は間違いでは無いと証明してやる。」


 それはギフトの望む事では無いとわかっていても、つい口から漏れ出てしまう。ギフトは自分の力が正しいかどうか等どうでもいいし、むしろ間違っていた方が良いと思っているのだろう。


 そうでも無ければ、命を奪う力が正しいとなってしまう。そんなことをギフトは望まないがロゼはそう思っていない。


「その力はお前を生かした力で、それが間違いな筈がない。お前は妾を救った。それを間違いだと言うなら、お前が救ってきた人は間違えで救われたのか?」

「・・・違うな。うん、それは違うって言わなきゃ駄目だな。」


 ギフトが救うのは、守るのは気に入った者だけ。そいつらは何かにつけて必死になれる者か、くだらない理不尽に嘆いている者だ。


 それを救うのは自己満足だ。だがその自己満足を止める気はない。それは正しさからではなく、そんな人が傷つくのを見たくは無いからだ。


 そして救われて笑った顔は、今でも鮮明に思い出せる。ロゼもミーネも最初に笑った時の顔をギフトは覚えている。その顔を嘘にだけは出来なかった。


「そうだな・・・。じゃあ条件付きだな。祭りまで一週間だろ?」

「うむ。何だ?」

「その間に基本は教えてやる。それでもし優勝できなかったらまた考えさせてもらう。」


 ギフトの本質は面倒くさがり。幾ら気の知れた人間でもそれは変わらない。優勝できない可能性は十分にあるが、これはあくまでロゼのやる気を引き出す条件だ。


 いつまでもと思われてだらだらやられたくはない。ロゼはそんな器用な真似は出来ないだろうが、ギフト自身いつやる気がそがれるかわからないから、先にだらけられるとすぐに辞めたくなってしまう。


 ロゼもそれがギフトの口だけだとわかっていて真面目に頷き、口を開く。


「優勝できれば?」

「俺がいる限り教えてやる。まぁ出来る範囲ではあるけどな。」

「約束だな?」

「約束してやる。」


 ギフトから言質をとってロゼは顔を綻ばせる。一度約束と口にすればギフトはそれを違えない。それをわかっているからロゼはそれが本気だと理解する。


「ならば早速行動だ。時間が惜しいからな。」

「一応俺の都合も考えろよ?」

「心配するな。お前の一番弟子として恥じない戦士になってやる。」


 ロゼは意志を込めた瞳でギフトを見つめ、浮かれている。憧れた人間に直接指導を受けられるのは何よりも嬉しかった。


 今までの様な適当な指導では無く、本腰を入れてくれるなら自然と気合も入る。ロゼは寝入っていたミーネを起こして町へ繰り出そうとする。


「むー・・・。何?ロゼ姉?」

「すまんなミーネ。・・・そういえばミーネはどうする?」

「良いさ。どうせミーネもお前と変わんないしな。ただしミーネは条件弛めな。」

「むぅ。それは仕方ない。妾とミーネでは事情が違うしな。」


 ミーネは今まで戦っとことも無い。狩りに出た事はあっても戦った事が無いなら、ロゼと条件が一緒では厳しいだろう。


 何よりロゼは最悪ギフトからの教えが実らなくても戦う下地があるが、ミーネにはそれが無い。それに優勝を条件にするならどちらか一人しか出来ない以上仕方ない。


「何の話ー?」

「ギフトが重い腰を上げた。戦い方を教えてくれるぞ。」


 ロゼの言葉にミーネの耳がピーンと跳ね上がり、目をキラキラ輝かせる。そして飛び起きてロゼを急かす様手を取って引っ張る。


「そう逸るな。まずは町で服を買おう。ボロボロになるかも知れぬからな。」

「動きやすいのな。あと食べ物も買っとけよ?」

「うん!ロゼ姉行こ!」


 そのまま二人は勢いよく部屋を出ていき、残されたのは男二人。ギフトは肩の力を抜いて、さっきまでロゼが座っていたソファにどっかりと座る。


「難しいもんだ。」

「そういうものだ。」


 ギフトはそれしか言わず、ディーゴも適当に思える言葉だけを返す。ロゼにもミーネにも気を遣う必要がなくなり、堂々と部屋の中央で煙を立ち昇らせる。


 ディーゴはそれを呆れた目で見ながらも何も言わず、ただ旧友同士の心地良い沈黙が部屋中を包み込んだ。



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