11 王の話
ディーゴの口調に対してギフトは相変わらずへらへらした表情を崩さない。ギフトからすれば世界がどう歪もうがあまり興味が無いからだろう。
「ふーん。」
「ここ最近魔物の活性化が進んでいてな。」
ギフトの反応はディーゴは予想済みだったのか、興味を持っていない事を承知の上で強引に話を進める。
「魔物の活性化なんて良くある事じゃない?冒険者かお前がさぼったんだろ?」
「そうでは無いのさ。兆候は何も無く、ただ魔物が町の周辺に現れる。」
「へー。それで?」
「俺はそれを人為的な物だと思っている。」
ディーゴの言葉にギフトは無反応を貫くが、ロゼがその言葉に反応してしまう。ディーゴはそれを目ざとく確認してギフト達の返事を待つ。
「おい。知ってることを先に全部話せ。俺達を疑うのは勝手だが、不快だ。」
「すまぬな。俺もこれでも王なんだ。揚げ足を取り合う事が仕事なのさ。」
「はいはい。心当たりはあるよ。今はそれ以上は喋らないけど。」
ロゼは申し訳なさそうにギフトを見るが、ギフトはそれを気にしないでいいと手を振って返す。ディーゴはある程度確信をもって話している。今はただ事実確認の為だけに話を掘り下げているだけなのだろう。
ならばギフトも話が迂遠になる事を避けるように、正直に応える。それでも明確な情報を伝えないのは、何を不利に持ち込まれるかわからないからだ。
ディーゴは気の許せる知り合いだ。だからこそ、こういう時は慎重に対応する。無理を通す男では無いが、無茶は平気でする男だ。
「人為的。と言ってもそれは人族に限ったものではないし、それは大事ではない。問題なのは魔物を活性化させ、操る事が出来るという事だ。」
「何が問題で?操れる魔物もたかが知れている。そりゃ真正の龍とかが操られたら怖いけど、それは無理だろうし。」
「お前にはな。お前に危険が無くても、それが国にとって問題ないとは限らない。」
ディーゴの言葉にロゼとミーネが頷く。ギフトは危険の幅が狭すぎる。大概の人間が恐怖を抱き、諦めてしまう事でも、ギフトは焦らない。
だがギフトは自分一人で国を落とせるとは思っていない。要はギフトより弱ければ、どの国にとっても大きな問題ではないと判断するしか無いのだ。
「お前の服はワイバーンか?」
「良く気づいたね。なんで?」
「ワイバーン一体倒すのに俺達がどれだけの被害を覚悟するかわかるか?」
「準備が出来てれば被害ゼロ。そうでなくても適切な対応が出来ればワイバーン程度はどうにかなるね。実際あってそう感じたよ。」
「それが異常なんだ。ワイバーンは天災に等しい。前触れも無く来たなら、何人死ぬか想像も出来ない。普通ならな。」
ワイバーンで一番厄介なのは上空に居られることだ。魔法の使い手、それも上空のワイバーンを打ち落とせる者でなければ打つ手が無くなってしまう。
近付いて来た所を倒す。それが出来る者は多くいるだろうが、遠距離の敵の肉を割いて攻撃を通す事が出来る魔導士など、育成のしようもない。ギフトの様に近距離だろうと遠距離だろうとお構いなしに戦える者はそうそういないのだ。
「要するにだな。魔物が操れるなんてなってしまえば、国が崩れる。それに言っては悪いがここ最近大きな戦争が無かったせいで、平和ボケしている。」
「・・・良い事ではないか?戦争が無いのは。」
「良い事だ、それは当然さ。だが考えてもみろ。それに慣れた俺達は、突如現れる魔物と戦えるか?お前は仮想敵も見えない訓練をしてワイバーンを倒せるか?」
ロゼはディーゴの言葉に反論するが、逆に返されて二の句を告げなくなる。戦う準備が整っていても、ロゼにはワイバーンを倒す手段は思いつかない。
もしロゼがギフトと共に旅に出ず、国に残っていたなら戦う事すら選択肢に入らなかっただろう。
「確かにいざ自分の国にワイバーンが現れてはどうしようも無いな。」
「国にもよるだろうがな。一応この国ならワイバーン一匹なら犠牲をもって撃退は出来るだろう。想像上はな。」
ディーゴは冷静に自分の国の現状を鑑みてそう結論付けるしかない。一応戦う備えは出来てきても、武器が揃っていようと、心構えが足りなければ意味はない。
その心構えを育てるのには実践が一番いい。中には初めての戦いでも臆する事無い者もいるだろうが、そんな少数に期待するのはあまりにも無謀も良い所だ。
だがギフトはそれらの話を聞いてもいまいちピンと来ていない。話を聞けば確かに問題はあるのだろうが、それを自分に話して何があるというのか。
歪みと言うにも変な話だ。長い歴史の中で魔物によって国が滅ぶ事は多々あった。操らていると言っても、自分の国以外が原因で滅びを迎える事など想定して当たり前。当然の事だと思ってしまう。
「それが歪み?魔物の活性化も操作もわかったけど、打つ手無いんじゃない?」
「それを率先して動かしている者がいる。としたら?」
「・・・まぁ。それなら話は変わるけど、それこそ無理難題だと思うぜ?」
今まで魔物を操っていた人間を思い返してギフトは首を捻る。一人は人間、一人は天狐族。そのどちらも小物と称して差し支えない存在だった。
だから唆した者がいると言われても不思議は無いが、かといって裏にだれかいる様な素振りは無かったように思える。注意してみていた訳では無いし、もはやうろ覚えの領域になるが、ギフトには思い当たる節は無い。
だとすれば黒幕がいたとして、その存在を突き止めるのはほぼ不可能だ。そもそも表舞台に出てこない人間を捕まえる根気はギフトには無い。探す気力だって沸く事も無い。
「それが色々な国で動いている。アルフィスト王国もその一つだ。」
「・・・妾の国が?」
「それは知らん。俺はお前の素性には何も言わない。ただ言える事は、そんなことあってはならない事なのさ。」
「人には過ぎた力だよねー。魔物を使役するなんて。」
「俺はそれを止めたいと思っている。と言うより、一国の王として止めておかなければこちらにいつ矛先が向くかわからん。」
国の長に位置するディーゴとしては、国を壊しうる力を振りまく者は消しておきたいのだろう。自分達を守る為にそれは当然の考えなのだろう。
だがギフトは納得しきっていない。窓に向かって歩いて煙草を咥える。
「それを俺に伝えた理由は?」
「簡単だ。お前は旅をしている。ならばついでに潰して貰いたいのさ。」
「無茶言うな。俺は俺の目的以外で動かない。お前は好きだが、お前の国を救ってやる義理なんてない。」
煙草に火を点けてギフトは頭を回転させる。ここで適当に受けてしまうのは簡単だ。ディーゴもついでと言っているくらいだから、そこまで重要視はしていないのだろう。
だからこそギフトは受けない。その程度で良いなら態々ギフトを呼ぶ必要は無い。むしろ何も言わない方がギフトは勝手に動いて解決する。だからディーゴが本当にして欲しい事は別にあるのだろう。
「本音で話せ。俺は王としてのお前に興味はない。」
ディーゴは深く溜め息を吐いて、椅子から立ち上がりギフトの隣に立つ。言葉を紡ごうとして閉じ、それを幾度か繰り返すと覚悟を決めたのか言葉を発する。
「俺は今の世界を気に入っている。」
「・・・それで?」
「奴らの目的は壊す事。それも徹底的な破壊だ。今の世界を気に入らない者がいるのだろう。」
ギフトとしてはそれも良いと思っている。今の世界は気に入っているが、仮に壊れたとして、ギフトの世界が変わるわけでは無い。
今までと変わらず守りたいものを守って、気に入らない物を殴っていく。それが許されなくても突き進む自分の世界を気に入っていて、それが崩れない限りは世界を守ろうなど思わない。
ディーゴはギフトの沈黙をもって何を考えているか理解する。それを言わせずに言葉を連ねる。
「俺からすればそれも良いんだがな。世界が気に入らないのは構わんし、俺に文句があるのも良い。だがその目的に人を巻き込んだ事が許せない。」
窓の縁に手をかけて力を込める。ディーゴにとって正面から当たってこない事は最も嫌悪するべき対象だ。言いたいことがあれば言えばいい。殴りたいなら殴ればいい。
だが搦め手で人を落とすやり方は、他人を蹴落としてのし上がるやり方を黙って見てられない。どうせやるなら気分爽快なやり方を使って欲しい。
「俺がお前に話したのは、お前しかいないのさ。俺を理解して、俺の我侭を通せる奴がな。」
ディーゴは真っ直ぐにギフトを見つめて言葉を締めくくる。ギフトはそれを見返しながらその決意を見ようとする。
赤い眼は真っ直ぐにディーゴを射抜き、内心でディーゴは冷や汗を流す。ギフトには言っていないが、ギフトは割と単純な節がある。
ギフトは気に入らないと思ったら勝手に動く。そして、他人の為なら平気で動く人間だという事。それを理解しているからこそ、ディーゴは全てを正直に話した。
ギフトに「お前は困っている人間を見捨てられないだろ?」と言ってしまえばむきになって否定する。そうはならない様言葉を選びはしたが。
ギフトはふっと口元を弛めて煙を吐き出す。ディーゴの真意を見抜いたのか、言葉通りに受け取ったのか、その仕草からは読み取れない。
「良いぜ。俺がお前の我侭通してやる。お前の我侭を世界中に届けてやるさ。」
「・・・助かる。」
「つーわけだ。良いかな二人共?」
「構わん。事実なら妾の国も救えるしな。」
「僕はよくわかんなかった・・・。」
「基本今までと変わんないさ。ちょっと目的が追加されただけだよ。」
この世界がどうだ国がどうだと話されてもミーネには理解が及ばなかったのだろう。それをこの場の誰も責めたりはしない。
そもそも子どものミーネに何かを背負わせる事など誰も良しとしていない。ミーネは自分の理想だけを貫いてもらわなきゃ困ると言うのはこの場の総意だ。
「ディーゴ王。一つ訪ねたい。」
「なんだ?」
「妾達の旅路を手助けすることは可能か?」
「難しいな。さっきも言ったが俺の力は程度が知れている。文くらいなら預からせられるが。」
「無いよりはマシだな。頂いても構わないか?」
ロゼの質問はこれから先、その目的を果たすためには情報が必要と判断しての事だろう。一々自分達の素性を話していては面倒の方が多い。
一国の主たるディーゴの口添えがあればそれもいくらか軽減できるだろう。何より、ミーネと共に旅するなら少しでも負荷を軽くしたいのだろう。
「わかった。それは後で用意する。これで話は終わりだ。」
「ん。了解。いやー肩凝ったね。」
一気に弛緩して窓の縁に座り込み、空を見上げてギフトは鼻歌を歌い始める。
「確かに長い話だった。好きに休憩して良いさ。こいつほど寛がれても困るが。」
「それは無い。感謝する。」
「僕はちょっと眠いや。良い?」
「構わん。好きにしろと言っただろ?」
長い話が終わり、それぞれが力を抜いて休憩する。王の一室とは思えぬ光景だが、それを咎める者はいない。そしてミーネはすやすやと寝息を立て始め、緊張が抜けて、穏やかな時間が流れ始める。