9 一応勇者と呼ばれている
頭を撫でる手を払いのけて、それよりも話が聞きたいとギフトは顔が良く見えるよう一歩下がる。
動揺するギフトが面白いのか王はにやにや笑い、ロゼもミーネもそれを驚いた様子で凝視する。ギフトは基本平然としていて、本気で慌てたり、取り乱したりする事は少ない。それがここまで狼狽えているのだ。珍しく思っても不思議は無いだろう。
「ガハハハッ!良い反応だ。その顔を見れるなら俺も黙っていた甲斐があると言うものだ。」
「待てって!ちゃんと説明しろよ!?何でお前がここにいるんだ!?」
「知りたいか?教えてやろうか?」
顔をぐっと近づけて王、ディーゴは顎の髭を擦りながら笑みを作る。厭らしい笑いではなく、心の底からの楽しそうな笑いだ。
ギフト以外の人間は訳がわからず、当の本人のギフトも状況を呑み込めていない。ディーゴに久しぶりに出会ったことは素直に嬉しいのだろうが、何の説明もされないのは不快さがある。あと何か負けた気がして腹が立つのだろう。
「ディーゴ。話せ。良いな?」
「俺はこの国の王さ。お前とあった時はまだ違ったが、今では立派な王様だ。」
「いやいや違う違う。え?お前王様なの?」
「ギフト。王に対してその口ぶりは・・・。」
それは決して王に対する言動ではない。横暴ととれるギフトの言葉遣いにロゼは口を挟もうとしたが、ディーゴはそれを手を翳して制する。
「まぁそう言う事だ。お前に少し聞きたいことがあるんで招待したのさ。」
「・・・んー・・・。」
ギフトは後頭部をがりがり掻いて思考を纏めようとする。正直理解が追い付いていないのが現状だが、昔通りの性格ならこんな嘘を言う人間ではない。
王として生きているならそれも変わった可能性もあるが、それでも今目の前にいるのは昔通りのディーゴだ。ギフトの知っている男なら、自分を騙して落とす様な真似をそうそうしないだろう。
「わかった。今は棚上げだ。」
「有り難い。やっぱりお前は話がわかる。」
「とりあえず煙草を吸って良いか?」
「流石にここではなー。場所を変えるから付いて来い。」
「あ、その前に、だ。」
ギフトは右手で持っていた縄をディーゴに手渡す。ディーゴはそれを受け取ると、改めてその縄の先をまじまじ見つめる。
そこにいるのは苦痛に歪むこの国の騎士達。ある者はピクリとも動かず、ある者は鎧が凹み、ある者はうめき声を上げて、酷い者は手足があらぬ方向に向いていた。
「こいつらは俺に喧嘩を売った。その意味がわかるな?それまでなら許しても良かったんだがな。」
「ほう。何をしたのだ?」
ギフトはそれに応えずただディーゴを見上げる。ギフトがディーゴを知っているように、ディーゴもギフトを知っている。ギフトは怒りを長引かせる様な事も、個人の責任を他人に取らせる様な事もしない。
それでもギフトが態々これを言っているのは、ディーゴに言う事に意味があるのだろう。要は「俺を敵に回したんだけど王としてどうするの?」と聞いているのだ。
それは先ほどの聖教連と同じ言葉ではあるが、ディーゴは聖教連を相手にするよりギフトを相手にすることの方が損になると直感する。ディーゴは一拍置くと即決する。
「お前を敵に回したくはない。無理のない範囲なら話は聞くさ。」
「こいつら俺の妹を蔑んだのさ。だから話をする時間を作れ。」
「・・・妹?」
ギフトに肉親はいない筈。それは確かな事だ。ならば妹と呼ぶ者はそれだけギフトに近しい存在だという事だろう。ディーゴにとってそれは興味深い対象だ。
ディーゴはギフトに付いてきた二人の女性を交互に見て、視線を滑らして背の低いミーネに視線を絞る。
「フードは取らんのか?」
不敬だから、と言う理由では無いだろう。ただ気になったから聞いただけ。それを示す様に、声には一切の怒気が含まれていない。
「理由が一応ね。」
「だ、大丈夫だよギフト兄。」
ミーネはゆっくりと自らフードを取る。ディーゴはそれを見ても表情に変化は無いが、聖教連側にいる青年はそれに目を見開く。
「なるほど。犬人族か人狼族か。」
「わ、人狼族です。」
「な、何でここに人狼族がいる!?」
青年は声を上げて驚きを顕わにする。それは当然の反応かも知れないが、大声にミーネは体を強張らせて掌をきゅっと握る。
ミーネを怖がらせたからかギフトとロゼが青年を睨むが、それを無視して青年は喚き立てる。
「王よお下がりください!獣人族は、」
「ちょっと待ちなさい!それは言っちゃ駄目だから!」
「・・・む?いたのか?」
青年の言葉を遮ったのは聖教連の護衛をしていた冒険者のリカだった。そしてそちらに気が向いたのかロゼは睨むことを止めて素っ頓狂な声を出し、ギフトも気を散らす。
「いたけど場違いだから黙ってたのよ。」
「なぜいるのだ?」
「それは・・・。」
「待て!貴様らは何を言っている!?呑気に話をしている場合か!?」
「待ちなさい。その方は問題ありません。」
この場でミーネの事を、ギフトの事を知らないのは青年だけ。それ以外は納得は出来ていなくても、ミーネに害が無い事を理解している。
それでも数人を除けば良い感情をミーネに持たない。嫌悪感を滲ませながらミーネを見る者もいれば、心配そうにギフトとロゼを見る者もいる。
「うるさい。全員黙れ。」
だがその喧騒も低い声でぴたりと止まる。ディーゴは鬱陶しそうに青年に歩み寄り胸ぐらを掴んで顔を寄せる。
「俺が話していた。なぜそれを遮った。」
「お、王よ!それは獣人族で、」
「俺が話していた。と言ったが?」
「あーもう。ディーゴ。お前が切れてどうすんだよ?」
ギフトはディーゴの腰を突いてその行為を止めさせる。収集が付かなくなるのは好ましくない。ただでさえギフトはここにいるのは面倒なのだ。
旧知のディーゴがいるから耐えているが、本来こんな退屈な場所からは早くおさらばしたいと思っている。ミーネの話さえ終われば消えるつもりだったのに、よからぬ介入の所為で長引いている。
「俺を呼んだのはお前だ。とっとと本題に入れ。」
「む・・・。それは悪かったな。うーむ・・・。」
ディーゴは手を離して青年を解放すると頭痛を堪えるように額に手を当てる。
「・・・そうだな。俺が用があるのはギフトだけだ。」
「ロゼとミーネも同席な。って言うか先にミーネの話からだ。」
「お待ちください!獣人の話など・・・!」
あまりにもしつこい青年にギフトは心底機嫌を悪くする。だがギフトが動く前にロゼはその青年に歩み寄って思い切り手を振り上げる。
パシンッ!と小気味の良い音が広い室内に響き、ロゼの平手は青年の頬を赤くして、蔑んだ眼で青年を見下す。
「貴様の過去など知らぬがな。どうしてお前達はそうできるのだ?」
聖教連も青年も騎士も。誰もがミーネを見下した。それを許す事は出来ないが、同時に疑問も尽きなかった。
「一体貴様等はミーネに何をされた?いや獣人族に何をされたのだ?どうせ何もされておらぬのだろう?良くも平然と人を落とせるものだな。」
ロゼは青年だけでなく、後ろにいる聖教連も睨みつける。前日も痛感したくせに、懲りずにミーネに敵意を抱く様な者にロゼは怒りを隠せない。
「去れ。これ以上怒らせるな。妾が怒っているうちはまだマシだ。」
一番問題なのはギフトが完全にブチ切れる事。そうなればこの場の誰にも止められないだろう。
ロゼが率先して怒ればギフトは溜飲が下がる事が多い。案の定ギフトはそれを笑顔で見守っていた。とても楽しそうに。
「ぼ、くを誰だと思っている!?」
「ブフッ!」
ようやく捻りだした言葉にギフトは吹き出してしまう。いくら何でもそれは無いだろうとギフトは肩を震わせる。
「くっく。ふはは!あー駄目だろそれは。下らねー。」
ギフトは目尻に溜まった涙を拭って青年に近づいていく。笑わせてくれたお礼はしなければならない。
何より高慢な鼻は折ってやらないと今後無駄な犠牲が増える。この青年が死ぬのは正直どうでもいいが、この青年がギフトの予想通りなら面倒ごとが起きるだろう。
「さて。ロゼのお陰で怒りは無いが、邪魔なんで消えてもらうよ?」
「・・・舐めているな。不意打ち以外で僕に勝てるとでも?」
青年は赤い頬のまま自信たっぷりにギフトと向き合う。それを見かねてディーゴは一応ギフトに向けて注意を促す。
「おいギフト。再起可能にしとけよ?」
「大丈夫さ。手加減できる相手なら問題ない。」
「それなら良い。そんなでも勇者だからな。問題があるだろう。」
「あー。やっぱり?聖教連が絡んでいるからそうかなーとは思ってたけど。」
ギフトは青年の正体を聞いても何も変わらない。驚いたのはロゼとミーネだけで、ギフトからすれば勇者という存在は歯牙にもかけていない。
「僕を相手にして良いのかい?僕に勝てるとでも?」
「どうかなー?」
「・・・!僕は神に選ばれた、」
「神なんている訳無いだろ。馬鹿かお前は。」
その言葉を最後にギフトは勇者と呼ばれる青年の鼻頭を軽く叩きつけて頭を下げさせる。そのまま長い金髪を掴んで勢いを乗せて膝を顔面に叩き込む。
完全に油断していた勇者はそれだけで意識を飛ばし、そのまま鼻血を流して地面に倒れ込む。あまりにも一瞬の出来事に目を奪われ、勇者の体が痙攣で動く以外の音が鳴らない。
「神様より自分に頼れ。そっちの方が建設的だぞ?」
決してその声が届かない事を知っていて、ギフトは笑顔でそう告げる。神がいないと聖教連の前で宣う事がどういうことかわかっていても、ギフトはそれを悪びれない。
「さて。話しようぜ。」
「おう。ここで良いか?」
「煙草を吸いたいから別の場所でお願い。ほれお前ら。そいつ連れて帰れ。」
完全に蚊帳の外に置かれた聖教連は成す術も無く、部屋を後にする王とギフト達を黙って見つめる。
「あちゃー・・・。」
「無知か無謀か。」
「あわわわわわわ。」
その惨劇を冒険者達は呆れ、慌てて眺めていた。良くも悪くも何かが起こる。その未来を三人は感じ取ってしまった。