8 王様の謁見
大きな空間。そこの最奥に一つだけ豪奢な椅子がポツンと備え付けられている。
その椅子を左右で取り囲むように、少し高い場所に人が何人も座れるよう椅子があるが、それはどれも平凡なもので、そこに座るものはある一つの存在を除いて対等なのだろう。
誰しもがその者の前では等しく位が下になる。普段の力関係もそこには持ち込めない。そんな場所だ。
その椅子、玉座に大男が退屈そうに肘を付いて座っている。普段は祭事、会議、謁見に使われるその場所で、この国の王はある一団の相手をしている。
「王よ。どうかご支援お願い致します。」
「何度も言っている。協力はしてやるがそこまでだ。この国は俺の国。貴様らにへつらう気はない。」
何度も何度も繰り返された対応。王の目の前には白いローブで固められた一団と、三人の年若い冒険者らしき者が膝を付いている。
そこから少し外れた所でまた別の服装の青年が控えている。まだ若く、線の細い青年は一見して騎士の様な装いだ。
兜を外しているから、その端正な顔立ちと碧眼は女性を虜にするだろう。肩までかかった金髪を鬱陶しそうに払い王に対して口を開く。
「これはあなたの国の為でもあります。どうかお力添えを。」
「はっ。金なら余所の国でたんまり積まれているだろう?」
「訂正を。僕達は金銭の為に行動している訳ではありません。」
「下らん。まだ金が欲しいと正直に言える方がマシだ。俺は貴様ごときに投資する無駄金は無い。」
「貴様ごときとは言わないで下さい。彼は私達が選んだ真に勇ある者です。」
「俺がそれをいつ認めた?貴様らの風評など知っている。でかい口を叩きたければ実績を持ってこい。選ばれただけの者など価値もない。」
いつまでも平行線のまま話は進まない。何を言っても首を立てに振らない王に、聖女は俯き次の言葉を探す。
だが、考えている内に鬱憤が溜まったのか、今まで黙秘を貫いていた聖教連の一人が声をだす。
「我等を相手にする事の意味を、あなた様ならご存じの筈ですが。」
それは明確な脅しなのだろう。出来ればその言葉を吐いて欲しくはなかったが、言ってしまった後では遅い。聖女は表情を固めて王を見る。
案の定王は呆れたような顔で肘を付いたまま明後日の方角に視線を向ける。
「消えろ。俺の目の前から消えれば今の言葉は聞かなかったことにしてやる。」
「そうしても良いのですか?僕の力を失う事の損失はどうお考えで?」
絶対の自信から来る青年の言葉だろうが、それに対して王は目を丸くして、始めて機嫌良く大声で笑い始める。
「くっく。構わん構わん。お前程度の力を失っても何もならんわ。」
口元に手を置いて笑いを抑えながら王は青年の言葉を切り捨てる。少なからず自分の力に自信を持っていた青年は、その態度に痛く傷ついた様子で立ち上がり、王を睨みつける。
それでも王の態度は変わらず、むしろより気分が良くなったのか睨む青年を気負うことなく見返す。
「僕が弱いと?それはどうでしょうか?」
「そこまで言うなら弱くは無いのだろうな。で、それがどうした?」
「・・・この世界の窮地なのはご存知でしょう?」
「まだ早い。それにその流れを断ち切る存在はいる。お前以外にもな。いや、より適任な者がこの世にいる。」
王は確信を持ってそれを告げる。例えどれほど崇め讃えられる人間がいようと、自分が認めた人間には遠く及ばない。
全てに否定されても全てを否定せず、誰に認められなくても誰かを認め、余計なお世話だろうと構わず拾い上げていくような紛う事なき英雄。
それを言っても否定するだろうが、そこも含めて気に入っている。褒められようと助長せず、ただひたすら貪欲に自己中に手を差し伸べていける存在を王は待っている。
「お前ではないのさ。例え勇者と呼ばれようとも、お前では遠く及ばない。」
「勇者は神に選ばれた存在です。それを否定するのですか?」
「神の意向を否定はせん。だが考えても見ろ。今の状況もその神の導きだと言うのなら、俺達は神に従う必要はあるのか?命を危機に晒されて尚、神に縋るしか無いなら世の誰もが強さなど求めんだろう。」
王にとって神は信じるものであっても縋るものではない。いても別にいいが、干渉してくる存在ではない。むしろ干渉するなと殴りつけたい相手ではある。
神がいるなら、縋って力を貸してくれるなら王は王になっていない。そんな事をせずとも安泰な生活が送れるのだから。だが実際は誰かが上に立たなければ、多くの人間は生活出来ないほど弱い存在だ。
その為に王はその椅子に座っている。神ではなく頼るのは自分だと。そして自分が頼る存在は、かつて自分が信じた男と、その男が信じた人達だけ。
目の前の勇者の青年は自信に溢れた多くの人間に頼られる存在なのだろう。だが王にとっては酷く脆い、歪な存在にしか見えなかった。
「話は終わりか?ならば去るが良い。次に会うときはもっと俺に有益な物を持って来い。」
「・・・お待ちください。話はまだ・・・。」
「お待ちくだされ!今は謁見中でございます!」
と、王と聖教連が話していると、扉の外から声が聞こえてくる。王はその声の主が執事であることに気づくと同時に、耳慣れない音が聞こえてくる。
大きな鉄を引きずっている様な音。それもかなり多い。時々その鉄どうしがぶつかる音が聞こえてくるのも疑問になる。
「今王は別の方と話しています!どうか時間を改めて・・・。」
「やかましい。呼んだのはお前らだ。俺の貴重な時間を奪ってる自覚はあるんだろ?建物ごと破壊するぞ。」
そして執事とは別の声が聞こえてくる。その声は随分不機嫌で、傲慢な言葉を当然の様に言い捨てる。
音は止まることなく、轟音を持って扉は開かれる。玉座のある部屋を足で蹴り開けた者など今までいなかった。だがそれをしても悪びれる事無く、堂々とした足取りで赤い三つ編みを揺らして部屋の中央まで進んでいく。
遅れて入ってくる女性二人はとても申し訳なさそうに、と言うか恥ずかしそうに俯いて目の前の男に付いてくる。男の手には縄があり、その縄の先には数十人分の鎧が引き摺られていた。
「はぁー・・・。お前はどうして・・・。」
「俺は無駄な事は好きだが、無駄な人間との会話は嫌いだ。」
「無駄な人間って・・・。例えば?」
「高慢な奴。愚かな奴。ミーネに意地悪する奴だな。そういう奴らは殴って蹴って生まれた事を後悔させて構わないのさ。」
玉座の間に不躾に入って、その上王を無視して話し込む男などそうそういないだろう。聖教連と勇者と呼ばれる青年も王の反応を見るが、王はそれに気づかず、ただ破顔する。
肘を付いた状態から立ち上がり、無礼な男達の目の前に立つ。王の身長の大きさから見下ろす形になるが、男はそれに臆する事なく見上げて不敵に笑う。
「何か文句があるか?これの不始末はお前が取れよ?」
「ああ。良いだろう。」
「?・・・素直じゃないか。不気味だ・・・な?」
言葉の途中で男ギフトの眉間に皺が寄る。それは王の言葉が素直だったからではない。そのまま王の顔を注視する様に首を左右に動かして確かめる。
「おい。失礼だぞ。」
「・・・ギフト兄?」
「え?いやいや。それは無いだろ?・・・え?」
珍しくギフトは動揺している。それはありえない可能性。いやその名前をこの国に入る時に聞きはした。ただそれも国に居ることは想像できてもここに居ることは考えていなかった。
「ディーゴ?」
「ふははっ!懐かしいなギフト!」
王は先程までと全く違う、子どもの様な笑顔でギフトの頭に手を伸ばして撫でる。撫でる勢いが強く、ギフトの体が揺れることも構わずに、ただただ王は懐かしい再開を喜んだ。