6 一つのお話
食事を終えて、宿を取って翌朝。まるで急ぐ様子はなく、最悪このまま無かった事にならないかなと考えながら窓の外に煙を吐き出す。
「何を考えておるかはわかるが、駄目だぞ?」
「良い天気なのになー。たまにはのんびりしたいなー。」
「何を言う。お前は基本いつもだらしないであろう?」
「そんなこと無いよねー?ミーネ。」
「だらしない!」
「えー・・・。」
ミーネはギフトを実の兄の様に慕っている。だからこそ遠慮のない物言いをする時があるのだが、その場合の多くはギフトの敵になる。
嫌っているからの発言ではなく、ギフトがこの程度で怒るわけ無いという信頼からの言葉だろう事はわかっている。だがギフトからするとロゼもミーネも少々真面目すぎる。
「もう少し肩の力抜いても良いんじゃない?」
「女心と言うものがある。男の前でだらしない姿は見せられぬ。」
「俺は気にしないけどねー。」
「それはそれで腹が立つな。」
恐らく着飾っても髪型を変えてもギフトは何も言わない。良くも悪くも人の内面しか見ようとしない男だ。
それ故基本他人に関心を持たず、必要な時にしか他人に話しかけない。気を許した相手には冗談も昔話も適度にするのが唯一仲が良い証で、それ以外でギフトの好意は見えてこない。
とはいえロゼもミーネも異性がいる場所で寝ている以上あまり多くも言えないはずだがそれは別の話。ロゼからすればギフトは好意と尊敬の対象なのだ。もう少し自分に関心を持ってくれてもと思いたくもなる。
「そう言われてもねー。俺の人生はあんまり女っ気の無い人生だったからな。今更態度改められても変じゃない?」
「ギフト兄は好きな人とかいなかったの?」
「んー・・・。いるにはいるが望む答えじゃ無いかなー。俺は恋愛とかはよくわからん。」
ギフトが好きな人はたくさんいる。だがそれは全て友愛に等しいもので、二人が望むような恋愛観を持った事はない。
ロゼもミーネも好きだがそれは親愛から来る物で、決して男女のそれではない。ロゼに好きと言われたこともあるが、それでもギフトの気持ちは特に揺らぐことは無かった。
「ギフト兄ってモテそうなのにね。」
「あー。まぁ俺ってば格好いいからなー。」
「・・・もしかして、元恋人とかいたのか?」
「残念だがいないね。そんな気も起きないしねー。」
「・・・今もか?」
「悪いね。」
ギフトはバッサリと言い切ってしまう。それはロゼもわかっていたことだが改めてそれを認識すると、少し胸が痛む。
ギフトは嘘を言ってもそれで人を悲しませるようなことはしない。ここでロゼが喜ぶ嘘を言うことはできるだろうが、絶対にそんな下らない事をしない。
ロゼがギフトの言葉に下を向いて、気持ちを切り替えようとする。付いて来たのは自分の意思。自由に世界を渡り歩くギフトに付いて行きたいと、好きになってしまったのは自分であって、それをギフトに鑑みて貰う事を強要は出来ない。
ロゼは自由に自分の目的の為に進むギフトを尊敬したのだ。笑って守って楽しく生きて。奔放に夢を追いかけているギフトに憧れてここにいる。
「そういえば忘れていたが、お前は万物の箱庭をどうやって見つけるのだ?」
話題の切り替えとばかりにロゼはふと思い出した事を口にする。
ロゼもそれを探す事を目的としたが、正直詳しくは知らない。大昔にあったとされる、全ての種族が集う場所と呼ばれている事くらいしか知らない。
「万物の箱庭って何?」
「ミーネは知らないか。今度本でも買ってやるか。字の練習にもなるし。」
「全ての種族が集う場所だな。人も獣人も亜人も魔人も。そこには誰もがいて、蔑まない場所らしい。」
「・・・そんな場所があるの?」
「どうだろうな。妾はお伽噺だと思っているが・・・。」
「今は知らないな。あったらミーネは行きたいか?」
「うん!行きたい!ギフト兄は何でそこに行きたいの?面白うそうだから?」
ギフトは元気の良いミーネに微笑んで手招きする。煙草の火を消して窓の外を見るように促した。
「かつて多くの存在は互いに互いを認め合い不足分を補っていた。力のある者は力無き者を守り、知恵ある者は道具を生み出し生活を豊かにした。」
ギフトは唐突に語りだす。いつもの緩い口調ではなく、厳かな、どこか気品のある口調でギフトは昔を思い出すようにポツポツと言葉を紡ぐ。
「だがある日それが歪み始めた。力ある者と知恵ある者が自分達の努力を認めろと言い出した。彼らは自分の体や時間を削って多くに尽くした。それの報酬を欲しがったのだ。」
ロゼもミーネもギフトの語りに黙って聞き入る。ギフトはいつもの飄々とした態度ではなく、少し悲しげな表情で町の外を眺めている。
「だがそれを多くは良しとしなかった。それを許してしまえば自分達が生きづらくなる。今まで当たり前の様に享受されていたものが取り上げられそうになったのだ。不興を買うのも当然だったのだろう。何もしなかった者達は始めて意思を持ち立ち上がった。」
「・・・それはおかしいだろう。何も出来ないならともかく何もしていないのだろう?文句を言える立場ではない。」
「それは今だから言えるんだよ。昔はそれが普通じゃなかったのさ。」
ロゼの疑問にギフトは表情を変えて答える。それは自分の言葉を話すための切り替えなのだろうか。その表情を見てロゼは少し安心する。
ギフトは時折要領を得ない事を言う。だがそれは不思議なだけで、今のように口調が変わったりしない。今は何か言い返せない雰囲気を纏っている。
「そして彼らは対立を始めた。最初は力と知恵のある者が勝っていた。だがいつしかその図式は大きく変わった。」
「何で?」
「力なき者は多くいた。戦いは長引くに連れて有利不利が逆転したのだ。そして力なき者は力と知恵ある者を自分達の支配下に置いた。彼らは報復を恐れ、力を奪い迫害した。」
「・・・まさかとは思うが、それはもしや・・・。」
「力無き者は人間、つまり人族さ。そして力ある者は獣人族や亜人族だな。」
それはこの世界の成り立ちの話。だがそんな話はロゼは聞いた事はない。ギフトの語る内容は今の世界の成り立ちの話から大きくずれている。
「万物の箱庭ってのは要は今の世界の始まりの場所。この世界の真実がわかる場所。俺はそう聞いた事がある。」
「待て。今の話は流石に突拍子が無さすぎる。妾の知る内容とまるで違う。」
「当然さ。こんな話はほとんど知らないだろうね。」
「なら何でギフト兄は知ってるの?」
「言ったろ?聞いたのさ。これも事実かどうかはわからないけどね。」
最後の締めくくりは結局適当に、肩を竦めておどけて見せる。だがこれが事実ならロゼの、今人族が知っている常識は大きく変わる。
人は神に認められた存在。神に見初められた種族として世界に君臨し、守る事が義務付けられた。だから人族は他の種族を管理する。それが神の意思だと信じて。
その結果が今の世界。獣人や亜人は人の助けが無ければ生きられない存在として、本来庇護すべき対象とされている。それが歪んでしまったのが奴隷制度だ。
「俺は今の世界が正しいかどうかはどうでもいい。ただ知りたくないか?世界の真実を。ロゼはわかっているだろうけど、ミーネはすごく良い子だよな?」
「当然だ。」
「でもミーネは獣人族ってだけで蔑まされるんだよ。そんなの納得できるか?」
「無理だな。そんな奴と同類と思われるだけで寒気がする。」
ギフトは新たに煙草に火を点けて、長く一方的に喋ったからか水を飲み込む。コップを机に置いてロゼに視線を向ける。
「俺は前に楽しそうだからと言った。それも嘘じゃないが、大きな理由はもう一つ。」
「・・・それは?」
「今の自分に不満は無い。ただ何で半人が生まれるのか。そもそも半人とは何なのか。何で種族の違いだけで辛い目にあわなきゃいけないのか。その答えがあるかも知れないのさ。」
そこまで言うとギフトは話は終わりと煙を窓に吐き出して空を見上げる。ロゼはそれを聞いて瞑目して思案する。
ロゼにとってギフトは恩人だ。自分の世界を広げてくれた、色のない世界を鮮やかにしてくれた大恩があり、その恩人は何事にも動じない強い人だ。
だがそれは間違いだった。決断が人より早いだけで、ギフトも悩み葛藤する。
それでもギフトはそれを決して表に出さない。同情されるのが嫌だからか、それとも素直に言うことが恥ずかしいのか。
ロゼは目を開いてギフトを見る。そこに映るのはいつもと変わらないギフトの存在。それを確認してロゼはふっと微笑む。
「なるほどな。よくわかった。うむ。」
「そういう事さ。当然今はミーネの為にも頑張るけどね。」
「うん!僕も見てみたいな!」
ギフトは勘違いしている。ロゼはギフトの言った言葉を納得したわけではない。ギフトは恐らく自分の事など基本どうでもいいと思っている。
だから万物の箱庭を探す目的は真実を、知らないことを知りたいと言うのこと。
もう一つはギフトは半人がと言った。それは決して自分の事だけではない。
自分以外の半人は今もこの世界のどこかで苦しんでいるかもしれない。その人たちを纏めて助けるのに一番手っ取り早い方法なのだろう。そしてついでと言わんばかりに他の種族も纏めて救おうとしている。
ロゼにギフトの本心はわからないが、そう解釈する。今までギフトを見てきたのだ。自分の興味を優先することも、人の為に平気で血を流せる人だとも知っている。
笑ってミーネを撫でるギフトをロゼは見つめる。ギフトに付いて来て良かったと、ロゼは胸を張って言える。それが誇らしく、嬉しい。
「さて、話が終わったならば行こうか。」
「おう。今日は絶好の釣り日和だもんな!」
「違うわ阿呆!」
「忘れてくれりゃ良かったのに。」
もしかしたらあの長い話はギフトの作戦だったのかも知れない。その可能性も否定しきれない事に、ロゼは頭を抱えて深く溜息を漏らした。