10 触るな危険
時間はギフトが怒りのままに暴れる少し前。
森の中をとりあえずまっすぐ進んでいた。具体的な場所などわからないが、多分こっちの方向に向かっただろうと当たりを付けて歩いている。
その顔は晴れない。服は乾いたが、タバコも吸えず、食事も出来無い今の状況はギフトにとって絶望的だったのだ。
唯一の望みとして先程出会った女性だったのだが、食事を出すと約束したにも関わらず、その事を反故にされたのだ。正確に言うと約束などしていないのだが、ギフトは勘違いをしている。都合の言いよう現実を改変するくらいには精神に来ているのだ。
歩くこと数分、目的のものは見当たらず、時間が経っていくに比例して腹が減ってくる。腹の音が大きくなることにも苛立ち始め、もういっそ木の皮でも齧ろうかと思い始めた頃、人の声が聞こえてくる。
ギフトは直ぐ様その場所に向けて一直線に走り出す。そこには同じ鎧に身を包んだ恐らく騎士と思える人間が、開けた場所で数十名右往左往している。
兜を脱いでいるため、戦闘が起きているわけでは無いだろう。そう思いギフトは木陰から出ていき声を掛ける。
「こんにちわ。お腹が空きましたのでご飯を下さい。」
相手の事情などお構いなし。何をしているのかも気にしない呑気な人間に、戸惑いながらも若い騎士の一人が訪ねてくる。
「お前は誰だ?ここで何をしている?」
「ギフトです。ホーンブルを探してたけど、お腹が減って限界です助けてください。」
「お、おう。そうか・・・。」
虚ろな目をしながら淡々と言葉を紡ぐギフトに、騎士の一人はたじろいでしまう。
そして暫く考えると結論が出たのかギフトに向き直る。
「すまないが、それはダメだ。今はいつ命令が下されても良いように警戒態勢を取っているんだ。見ず知らずの者に食事を作ってやる余裕はない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
これが、絶望というものなのだろうか。ギフトはその場に座り込み一言も発さなかった。
流石にそれを不憫に思ったのか、目の前の騎士は少し待ってろと言い残し、その場から離れていく。返事もせずにじっと地面を見つめていたがギフトの頭上に影が差す。
「ほれ。美味しくはないかもしれんが保存食だ。これしかないが許してくれ。」
「お兄さん・・・。あんたぁ格好良いよぉ・・・。」
持ってきてくれたのは乾パンと干し肉だ。美味しいものでは確かにないが、こちらの無理を聞いてくれて、邪険にすることなく親切にできる優しさにギフトは心底嬉しくなる。
実際にそこまで飢えていた訳ではないが、優しさは何にも勝る調味料だ。今から食すこの保存食はギフトが食べたこともないくらいに美味しいものとなるだろう。
ゴクリと喉を鳴らして、食事前の祈りを捧げそれを口に運ぼうとする。そしてそれはその時起きた。
ギフトの目の前が赤に染まる。遠くの方でも、目の前でも。あちこちで苦痛の声が上がっている。目の前で突如倒れた男は、右の脇腹の装甲の薄い部分を矢で貫かれていた。ギフトは食事することすら忘れ目の前の男に駆け寄る。
「おい!大丈夫か!生きてるか!」
「うっ・・・。」
「生きてるな!だったら良い!俺が助けてやる!」
鎧に阻まれたのか幸いにしてその矢は浅く刺さっている。だが、そのままで良いわけがない。
矢が刺さった時は下手に抜かずにその矢を止血様に使うほうがいい。だがそれは治療の出来ない時だ。ギフトは矢傷や切り傷の治療には慣れている。
しかし今はまともな道具など存在しない。それでもギフトは目の前の男を救うべく右の手に魔力を込める。
「死ぬほど痛いかも知れないけど、見殺しにはしねぇ。どうせなら俺が殺してやるから安心しろ。」
そして手のひらに炎が生まれる。その炎を男の脇腹に近づけると、ギフトは一息に矢を引き抜く。
そこから血が溢れ出すが、それを直ぐ様焼いて止めようとする。荒っぽいやり方に、男は激痛を訴える悲鳴を上げる。ギフトの腕を掴み、千切れんばかりに握り締める。
それでもギフトは一切手を離さない。それどころか集中力を高め傷口に炎を当て続ける。
そして、治療を終えたのかギフトは手から炎を引っ込める。男は激痛の中意識を失わず、苦悶の表情をしながら、自分が助かった事に疑問を抱く。
「助、かった・・・?」
その声は悲鳴によるものか枯れている。それでもその声を上げれたことにギフトは安堵の声を漏らす。
「動くなよ。荒療治には変わり無いんだ。さてと・・・。」
ギフトは立ち上がり、周囲を見る。そこは血溜りが出来上がっていた。頭部に命中して即死したものもいるのだろう。ピクリとも動かない者が大勢いた。
それでも少なからず息をしている者もいた。それらを助けるためにと一歩進むとその足元に矢が突き刺さる。
「動くな。」
数名を引き連れて、ギフトの前に出た人物は顔の半分以上をマスクとフードで隠し、目元しか見えない。声の調子から男だと思うがそんなことは関係ない。
「これやったのお前ら?」
端的に、事実だけを確認しようとする。だが目の前の人物はそれに対して否定することもなく、ギフトの帽子を一瞥すると、右手を少し上げてそれを振り下ろす。
「やれ。」
そして数人がギフトに向けて猛然と走り出す。ギフトはそれをゴミでも見るかのような目で見つめるだけで動かない。この時彼らは勘違いをしていた。ギフトがただの魔法使いであると。
魔法使いは近接に弱い。魔法は驚異ではあるが、詠唱に時間がかかる。この距離ならば詠唱を行う前に殺せる。もし無理でも、波状攻撃を仕掛ければ問題ないと。
一人目が手のナイフをギフトに突き立てようとした時、初めてギフトは動く。ナイフを持つ手を掴み、魔力を高めて手首を燃やし始めた。
甲高い悲鳴を上げてそれから逃れようとするが、それを許すわけもない。炎は徐々に広がり全身を蝕み始め、そこでやっと解放される。
だが既に遅い。炎は勢いを増して体中の肉を栄養に燃え続け、数度地面を転がるとやがて動かなくなる。
誰もが足を止めるその光景に動けるものは一人だけ。それはそれを行い予想できる人物だ。
相手が足を止めたからなんて理由でこの男は止まらない。逆鱗に触れたのは奴らの方だ。見逃す道理は既にない。
近づき燃やす。ただそれだけのことを凄まじい速さで行っていく。視界から外れたと思えば、自分の体の一部が既に燃え上がっている。
真っ赤な髪が動くたびに揺れ、真紅の瞳で見つめられ、その動作の一つ一つが寿命を縮める。それはまるで人の形をした炎の化身だった。
何が何だかわからないまま、碌な命令を出すこともその場から逃げ出すことも出来なかった男はついに最後の一人となった。
「馬鹿な・・・!無詠唱だと!?」
今更なことを今更叫ぶ男。だがギフトはそれに取り合わない。動く気もなければただの的。一方的な虐殺と思っていた男は、一人の存在によって一方的な虐殺を受けることになった。
「疲れた。」
全員を仕留め終えたあと、ギフトは懐からタバコを取り出そうとする。濡れていたが、もういいやと熱気を当てて葉を乾かす。タバコに火を点け少しばかり味の変わってしまった事に顔をしかめつつ、紫煙を吐き出す。
その様子を見ていた騎士の男は開いた口が塞がらなかった。高い身体能力に加え、無詠唱で魔法を使い敵を蹂躙するなど男の人生では見たことも聞いたこともない。
戦闘中に魔法を使うものはひと握りの天才で、自分たちの主がその天才で、誰も越えることのできない領域。そう思い込んでいた。だからこそ、男は自ら主の下へ志願し、その力の一端になれるよう尽力するつもりだった。だが、それすら圧倒する力を前に、男は何も言えなかった。
「動いちゃダメだよ?浅い傷じゃないんだから。」
そしてその男はあろう事か、戦闘が終わって直ぐ様生きている者の治療を始めた。自分と同じ荒療治だが、それ以外に方法も無いのだろう。衛生兵は既に亡くなっている。いや、いたとしても自分と同じ新人だ。これほどの怪我の治療までは行えなかっただろう。
程なくして全員の治療が終わり、頭の中に賢者の文字が浮かんでくる。だが頭を振ってその思考を捨てる。今大事なのはそうではない。ここが襲われたのなら、もしかするとがあるかもしれない。
自分の様な者が天才の安否を気にするなど烏滸がましいかも知れないが、それでも自分が目指した主君の無事を思わずにはいられない。
「たっ!頼みがある!!」
掠れた声で目の前の男に頼みを告げようとする。その声は自分の予想以上に小さく、聞こえてるかもわからない。
それでも真っ赤な髪の男はこちらに近づいて来る。そして膝に地面を付き何も言わない。こちらの言葉を待っているのかもしれない。
ならばとこの男に望みを託す。自分では出来ないこともこの男なら出来ると信じて。
「あっちの方角に、皇女様がいるはずなんだ。頼む!助けに行ってくれ!」
指を指して方向を示しながら、頼み込む男。それをギフトは黙って聞き届け、笑いかけてくる。
「任せとけ。お兄さんの元に、その皇女様を届けてやるよ。だから、ここは頼んだぞ?」
ギフトは笑いながら立ち上がる。もしあいつらに仲間が居るのならそれを許すわけがない。
食事を与えてくれた人を害したクズ。その仲間。ギフトにとっては全てが敵だ。そこに届けの仕事も入るならギフトに文句は何もない。
「悪党どもに鉄槌を下してやるよ。俺もまだ満足しちゃいないんだよ。」
どちらが悪党かもわからない笑みを零しながら、ギフトは仕事と鬱憤晴しの両立を兼ねて、森の中を全力で走り出す。
続きは明日10時。
誤字脱字は気をつけていますが、
あれば報告お願いします。