リュウグウノツカイの飼育方法
1 なぜ菱川がこんなエッセイを書かなければならないのか
ある朝,ヒドイ頭痛に襲われながら目を覚ました菱川が,twitterを開くと,驚くべき事態が生じていた。
プロフィール画面に,身に覚えのないtweetが固定されていたのである。
アンケート機能が用いられた,そのtweetの内容は以下のとおりである。
………
菱川あいず氏がなろうでエッセイを書きます。テーマは?
1 なろうで売れる小説の書き方
2 ミステリー小説の書き方
3 面白い小説の書き方
4 リュウグウノツカイの飼育方法
………
このツイートは何だ? まさかアカウントが乗っ取られたのか? と訝しんだ菱川だったが,先刻からの二日酔いと思しき頭痛と併せ考えると,以下の推理が成り立ちえた。
前日,夜遅くまで居酒屋やらカラオケやらで飲んでいた菱川が,帰宅後,上記アンケートtweetをし,それをプロフィール画面に固定。翌日,目を覚ました菱川には記憶がなかった。
この推理は,上記アンケートtweetの直前になされた,「酔っ払い過ぎて前後不覚」というtweetによって裏付けられた。
上記アンケートtweetの存在自体が驚きであったのだが,さらに不意打ちだったのは,アンケートの結果である。
………
菱川あいず氏がなろうでエッセイを書きます。テーマは?
1 なろうで売れる小説の書き方…17%
2 ミステリー小説の書き方…16%
3 面白い小説の書き方…12%
4 リュウグウノツカイの飼育方法…55%
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こうして菱川は悪魔的なムチャブリを受けてしまったのである。
2 そもそもエッセイとは
菱川が,「エッセイ」というジャンルに対して持っているイメージは,筆者が経験した身近な事柄をしたためる,というものである。
しかし,「リュウグウノツカイの飼育方法」はエッセイのイメージからはあまりにもかけ離れている。
まず,菱川は,リュウグウノツカイを飼育した経験がない。菱川が飼育したことのある水生生物といえば,せいぜい金魚と小亀くらいである。
さらに,菱川にとって,リュウグウノツカイは全くもって身近な存在ではない。日常的な事柄が非日常的な事柄かといえば,間違いなく非日常的な事柄に属する。
もっといえば,菱川には,リュウグウノツカイを飼う方法について,一切知識がないため,この「エッセイ」を書くためには,調査が必要なのである。徒然なるままに筆を動かすことはできない。
それにもかかわらず,「リュウグウノツカイの飼育方法」を「エッセイ」として書く,というのはクレイジーである。泥酔状態の自分を恨みたい。
3 菱川とリュウグウノツカイ
菱川にとって,リュウグウノツカイは身近な存在ではないが,全くかかわりがないかといえば,それも違う。
周りからはただのアイドルヲタクとして認知されている菱川だが,実は深海魚フリークなのだ。小学生の頃の菱川は,海洋学者を夢見ており,自由研究では,深海魚をテーマにした。
さらに,幼き頃の夢が打ち砕かれ,文系大学に通うようになった菱川は,携帯電話に,巨大なリュウグウノツカイのストラップを付けていた。
なお,握手会でそのストラップを見た某アイドルが,「わあ,可愛い」と言ってそのストラップを触ってくれたことがあったため,その某アイドルの手汗のついたストラップは,菱川の宝物となっている(ただのアイドルヲタク)。
4 そもそもリュウグウノツカイとは
リュウグウノツカイは,でかくて,細長くて,赤いひらひらがついている魚だ。
申し訳ないが,これが三流作家菱川あいずの描写力の限界である。
皆様には,できれば「リュウグウノツカイ」でググって欲しい。
………
↑檸檬絵郎様から,FAとしてリュウグウノツカイのイラストをいただきました。菱川の稚拙な描写力を補ってくださり,ありがとうございました。皆様,これがリュウグウノツカイです。
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以下,今回のエッセイを読むにあたって最低限必要なリュウグウノツカイの基礎データを示す。
基礎データ1
とにかくでかい。体長が10mを超える個体もある
基礎データ2
水深200mから水深1000mくらいの深海に生息している
基礎データ3
どうやらプランクトンを食べているらしいが,詳しい生態系は不明
基礎データ4
昔からよく日本の海岸に打ち上げられている
基礎データ5
全世界で飼育に成功した例はない。水槽に入れても数日内に死亡する
5 もし浜辺に打ち上げられたリュウグウノツカイと遭遇したら
予め断っておくが,菱川には,浜辺に打ち上げられたリュウグウノツカイと遭遇した経験はない。
しかし,アンケートで「リュウグウノツカイの飼育方法」に投票した55%の方々は,おそらくこの経験があるがゆえに,リュウグウノツカイの飼育方法を知りたがっているのだと思う。
遭遇してしまった以上,放っておいて見殺しにすることは心苦しい。
しかも,リュウグウノツカイは,名前的に,亀以上に,助けた場合に龍宮城に連れて行ってくれる可能性が高い気がする。
そこで,以下では,浜辺で横たわり,エラをピクピクさせているリュウグウノツカイの救命方法について真剣に考察したい。
6 あなたと出会った時点でリュウグウノツカイはかなりのダメージを食らっている
まずは認識しなければならないのは,厳しい現状である。
というのも,浜辺に打ち上げられたリュウグウノツカイは,下記のダメージを負ってしまっている。
① 浜辺に打ちつけられたことによる物理的ダメージ
② 水がないことによる呼吸困難及び乾燥
③ 食事が摂れないことによる空腹
④ 温度の変化によるダメージ(深海の温度は2度前後)
⑤ 水圧の変化によるダメージ
あなたと運命の出会いを果たした時点で,すでにリュウグウノツカイは瀕死状態なのである。
7 最大のハードルは水圧
上記①〜⑤のダメージの中で,もっとも避けがたいのは,⑤の水圧の変化によるダメージだと思う。
というのも,①は自己治癒力,②は水を与えること,③は餌のプランクトンを与えること,④は氷水の中にいれることによって回復可能なダメージであるものの,⑤については,少なくとも現在の技術では対応できないのだ。
水圧とは,水が与える圧力のことだが,水の重さ,と考えてもらっていい。水深2mに潜った場合,上には2m分の水がある。ゆえに,上に乗っかっている2m分の水の重さがかかってくる。
そして,水深1000mに潜った場合には,上にある1000m分の水がのしかかる。あなたがアイアンマンでない限りは,ペシャンコになってしまうだろう。
深海魚は,それぞれ特殊な体の構造を持つことによって,深海の水圧に耐えている。しかし,その特殊な体の構造より,水圧がない場所では,逆に体に負担がかかってしまう。
うろ覚えだが,現在の技術では,水深70m程度の水圧を再現できる水槽は作れるらしい。しかし,それでも,リュウグウノツカイが暮らす水深200m以深には足りない。
8 リュウグウノツカイの飼育方法
上記の「水圧問題」を解決しない限り,リュウグウノツカイを飼育することはできない。
ゆえに,現在の段階においては,リュウグウノツカイを飼育することは不可能である,という結論を出さざるをえない。
ただし,もしもあなたが「普通の人間」ではなければ,リュウグウノツカイを飼育する方法は存在している。
9 もしもあなたがアイアンマンだったら
もしもあなたがアイアンマンで,水圧に負けないボディーを持っているのであれば,発想の転換によってリュウグウノツカイを飼育することができる。
すなわち,リュウグウノツカイを陸地に連れて来るのではなく,あなたの方から深海に赴けばいいのだ。
ただし,深海は広大なので,せっかく潜っても,酸素ボンベが続く時間内でリュウグウノツカイと遭遇できる可能性はかなり低いと思う。
10 もしもあなたがビルゲイツだったら
もしもあなたがビルゲイツで,大量のマネーをだぶつかせているのであれば,高水圧水槽の開発に投資して欲しい。
それから,深海を泳いでいるリュウグウノツカイを,傷付けずに捕獲できる潜水艦の開発にも投資して欲しい。
大量の熱を放出することによって海を温め,海洋の生態系を破壊してしまう新型原発への投資ではなく。
11 もしもあなたの身近にドラえもんがいたら
もしもあなたの身近に未来の世界から来た猫型ロボットがいるのであれば,彼の協力を仰ごう。おそらくもっとも重要な未来の道具は,「ほんやくこんにゃく」であると思う。
浜辺に打ち上げられている瀕死状態のリュウグウノツカイに,「ほんやくこんにゃく」を与え,色々と聴取しよう。
「君,子供の頃はどこで過ごした?」「普段何食べてるの?」「夜の営みってどうしてるの?」等々。
残念ながら,聴取を受けた個体はそのまま死にゆくと思う。
しかし,リュウグウノツカイの生態系を明かすことによって,リュウグウノツカイの飼育という目標にかなり近付ける。
なお,リュウグウノツカイはあまり大きく口を開くことができないので,「ほんやくこんにゃく」はかなり細かくちぎって与えることがミソである。
12 もしもあなたが魔法の使える転生者だったら
もしもあなたが転生者であり,魔法が使えるならば,浜辺に打ち上げられた瀕死状態のリュウグウノツカイに対して,まず,回復呪文を唱えよう。
もっとも,リュウグウノツカイは深海で暮らす生き物であるから,深海の環境に連れていかない限り,継続的にダメージを負い続けることになる。
そこで,肝心なのは防御力を上昇させる呪文だと思う。
リュウグウノツカイに,水深70mでもへっちゃらな強靭な肉体を授けさえすれば,現在の高水圧水槽で飼えるようになる。
13 残念ながらあなたが「普通の人」だったら
とはいえ,菱川も含め,多くの人は「普通の人」だと思う。
「普通の人」が,浜辺に打ち上げられたリュウグウノツカイを発見した場合に,できることはたった一つ。
それは,美味しく戴くことである。
リュウグウノツカイの身はプリプリとしており,エビのような甘みがあり,鍋にしても刺身にしても美味とのことである。
あなたがリュウグウノツカイを食すことによって,あなたの身体の一部として,あなたはリュウグウノツカイを「飼育」することができる。