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二話

 そうこうしているうちに、始業の鐘が鳴った。

 程なく、担任のリュシドがやって来て学校行事等の予定を知らせる。

 リュシドは日本人に近い容姿をしている。黒い髪に焦げ茶色の瞳、肌の色も日本人と同じである。

 他のクラスの担任も異世界人だが、どちらかというと顔の造形は彫りが深い。海外の人と同じ容姿をしている。

 一通りの話が終わると授業になる。

 各授業は専門の講師が担当である。

 リュシドの担当は異世界の文化と魔法技術である。

 他にも、異世界コミュニケーション、異世界語、魔法関連の日本における法律を学ぶのが座学である。

 

 「そうだ。夏宮と安田、このまえのレポート早く出せよ、検定試験に出れなくなるぞ」


 リュシドに釘を刺される。

 

 「わかりました」


 「了解、了解っと」


 検定試験というのは、異世界人コミュニケーション能力検定というものだ。

 国家資格ではなく民間の資格であるが、進級するためには欠かせないものである。

 これを落とすと、もう一度一年生をやり直しである。


 「安田、今回は見逃すが次はないぞ」


 出席簿の角で、軽くリュシドは蒼の頭を小突いた。


 「夏宮も、こいつを甘やかすな」


 「違いまーす、被害者でーす」


 そんな事をしていると、元グランドであり、現訓練場と化している外から爆発が起きて、爆風で窓が揺れた。

 割れないのは、特別加工されているからだ。


 「あれ、今日上級生訓練の日だっけ?」

 

 「いや、今日は月曜日だから違うはず」


 「リュシド先生!また殴りこみでーす!!」


 窓の外を見てざわついていた生徒達。

 その中の一人が言った言葉に、リュシドは盛大な溜息をついた。


 「とりあえず、一時間目は自習。片付けたら再開する」


 教室の片隅に置いてあった愛刀を手に取ると、リュシドは窓に近づく。

 自習と言う言葉に、歓声があがる。


 「ひゃっほう!!」


 「賭けだ!!」


 「リュシド先生が、侵入者を薙ぎ払うに購買の焼きそばパン!」


 「なら、敵さんが倒されるまで二分、に海老カツサンド!」


 クラスメイト達のそれに、樹も声をあげた。

 

 「なら私は、リュシド先生とスカイ先生の一騎打ちに、隣の農業高校からの差し入れのおにぎりと手造り釜焼きピザ全員分!!

勝敗は関係なし!一騎打ちすれば奢る!!」


 おおー!と盛大な歓声があがる。

 スカイ先生というのは殴りこみをかけてきた者達の教師である。

 実は、これ定期的な訓練である。

 この学校の、ではなく姉妹校でもある異能力者を育てる学校の訓練の一環である。


 「おい、馬鹿ども。俺の分も用意しておけよ」

 

 リュシドが呆れながら、窓から飛び降りた。

 

 「きゃーリュシド先生、かっこいい」


 棒読みで蒼が言う。

 その手は、レポート写すために動いている。

 訓練場へと降り立ったリュシドの視線の先には武装した能力者の少年少女が立っている。

 その引率である教師に、リュシドは声をかけた。


 「たく、少しは押さえつけられないのか、お前は」


 答えたのは、若竹色の髪をした男である。

 先程、樹が名前を口にしたが、彼がスカイであった。


 「いや、悪いと思ってるよ。でもこっちの世界ってほらめんどくさいじゃん?

少し怒って小突いただけで体罰だー、暴力教師だー、セクハラだーってなるじゃん」


 リュシドは、こいつも相変わらず苦労してんだなと考えつつ、スカイが連れてきた身の程知らず達をみた。

 全員が全員というわけではないが、異能力持ちには多かれ少なかれ、力を過信した馬鹿がいる。

 二人がそれぞれ別の学校へ雇われたばかりの頃は、それはもう血気盛んな生徒が多かった。スカイの担当するクラスは特にそれが顕著で、まさに力にものを言わせて他人を虐げてきた者が何人か必ずいたのだ。

 自分たちが使っているモノがどれだけ危険なのか、分かっていない馬鹿共である。

 それは、彼らが専門学校生と違い高校生ということもあるかもしれないが。

 一方、リュシドの担当するクラスの生徒達はそれを学んでいるからか、喧嘩をふっかけるバカはいても、スカイが担当しているような生徒みたいなバカはいない。

 今のところ、いない。


 「まったく、拳骨は正義ってルールでも作りゃ良いんだ」


 さて、そんな馬鹿共を黙らせる薬はないか、とリュシドとスカイは考えた。

 考えた結果が、リュシドがスカイの生徒達と試合をするというものだった。

 リュシドは、自分の担当する生徒たち同様、道具を使わなければ魔法を使えない。

 つまり、何かを勘違いし調子にのった能力者達からすれば下等な存在、見下されて然るべき存在というわけだ。

 そんなリュシドに鼻っ柱を折られると、大多数の者が悪態をつき帰っていく。

 上には上がいる、ということを実体験でわからせるための措置だ。

 学校と、外の者への体裁のために名目としては、【他校との交流試合】となっている。

 樹たちの通うこの専門学校には、特殊な結界が張られている。

 魔法の使用で試合をして、試合中大怪我しても、外にでればそれは唯の疲労に変わるというものだ。

 他にも機能はあるが、いまは関係無いので割愛する。


 「はっ、グズで俺達より劣る奴が何言ってんだか」


 スカイの生徒の一人がそんな事を呟く。

 すると、馬鹿にした笑みをその場の少年少女達が浮かべる。

 人類の上位種、選民思想のそれである。


 「あー、はいはい。すごいですねー。力をもって生まれてよかったですねー。いったい保護者はどんな英才教育を施してきたんだ?

こんな迷惑すらわからない、道徳心とかマナーも知らないとても頭の良いお子さんたちをどうやったら育てられるのか、すごく興味があるなー。

こぉんな社会に出てもゴミになりそうな人間しか育てられないなんて、君達の家族、保護者はとてもすごい教育を施してきたんだろうなぁ」


 先ほどの蒼に負けず劣らずの棒読みで、リュシドが言った。

 彼の言葉に、生徒達から殺気が漏れる。

 しかし、所詮子供。戦闘を知らない。現実を知らない子供の殺気である。

 まだ不良達の方がマシな殺気を放つ。

 

 「お前なぁ」


 スカイが呆れたように苦笑した。

 

 「馬鹿に、するなぁ!!」


 生徒の一人、少女が手を振るう。

 それだけで、風が巻き起こりリュシドをおそった。

 所謂カマイタチである。それを、リュシドは刀を鞘に収めたまま振り払う。

 すると、風が切れた。

 魔法を切ったのだ。 


 「グランド荒すなよ。後始末するのうちのクラスなんだからな」


 見ていた生徒達からも、殴りこみの生徒達にブーイングが起こる。


 「そうだそうだー!!」


 「遊んだらお片づけ、は常識だろー!!

いっつもやったらやりっぱで帰るなぁ!!たまには片づけろー!!!」


 「リュシド先生!いま一分切りました!!

おれの海老カツサンドのために頑張って―!!」

 

 そのブーイングと声援に、スカイが笑う。


 「人気だなー」


 「今年は良い子ばかりだからな」


 「そりゃ羨ましい」


 リュシドとスカイの会話を他所に、今度は一斉に大小様々な魔法弾が撃ち込まれる。

 スカイはバックステップを踏んで、軽々と避ける。

 リュシドと違って尊敬もなにもされてないので、平気で攻撃に巻き込んでくるのだ。

 それはいつもの事なので、気にはしていないが一応注意はしておこうとスカイは口を開いた。


 「こら!

引率の人間に怪我させたら、退学処分になるんだぞー!」


 その横でリュシドが、


 「親の顔が見たい」


 呟きつつ、やはり刀は抜かないまま同じように振るう。

 すると、次々と撃ち込まれていた魔法の弾は切り裂かれることはなかった。

 魔弾が逆走し、放った生徒達に返っていく。

 まさに返り撃ち、というやつだ。

 身の程知らずの生徒達は、経験も浅いため対処する事ができず、自分達の放った攻撃魔法で地面に倒れ伏してしまった。


 「おい!!いま何分だ!?」


 リュシドの叫びに、焼きそばパンと海老カツサンドを賭けていた生徒、二人が歓声を上げる。

 正確な時間が伝えられることはなかったが、その歓声にリュシドは自分の今日のお昼のメニューに焼きそばパンと海老カツサンドが加わることを確認した。 

 あとはおにぎりと釜焼きピザのためにもう少し動く事を決める。


 「スカイ先生のぉぉぉおおおお!!」


 続いて、成り行きを他の生徒同様見ていた樹が、大きく息を吸い込んで声をあげた。

 

 「ちょっと良いとこ見てみたい!!

あ、それ!!」


 「「「一騎一騎!!いっきいっき」」」


 まさに阿吽の呼吸で生徒達が一騎打ちコールを始める。 


 「なんだろ、悪い気しないな」


 一騎打ちコールに、スカイは上機嫌で手を振って答えた。

 うぉぉぉおおおおお!! とさらに大歓声が上がる。

 よくよく見れば、いつのまにか他のクラス、学年の生徒達も二人のことを見ていた。

 それは、いつものことだった。

 この殴りこみと称される交流試合においては、本当にいつものことなのだ。


 「俺もこっちにすれば良かったかなぁ」


 「今更言っても遅いだろ」


 「まぁな」


 リュシドに返答しつつ、スカイはポケットから短冊のような細長い髪を一枚取りだした。


 「お、朱雀か」


 「そ、まぁ、久しぶりだし」


 言いながらスカイは紙を右手の人差指と中指で挟み、空いている左手で印を結んだ。

 それを見ていた樹が呟く。


 「あ、殴り合いじゃないんだ」


 残念そうなその呟きに、いつのまにか彼女の横に立っていた長谷川が言う。 

 

 「あれってたしか召喚魔法よね?

この日本の言葉で言うなら口寄せの術ってところかしら」


 「あ、なんかこの前の授業でなんかやったやつだ!」


 「すごい、本当にマンガみたいね」


 長谷川の言葉に、樹は目をキラキラさせリュシドとスカイの方を見ながら頷いた。


 ここは、彼女がまだほんの五歳の頃に思い描いた世界が広がっていた。

 作りモノような、でも本物の世界。

 主役になれることはないだろう、彼女がそれでも欠片でもいいからと、見たいと願った世界。

 偽物の様な、現実が彼女の目の前に広がっていた。

 スカイが、召喚したのは少女だった。

 着物を少し着崩した、炎のように紅い髪を高い位置で束ねている、美少女だ。


 「うっわ、かわいい!!」


 「俺もぜったい魔法覚えて美少女を召喚してやる―!!」


 樹のクラスメイト――主に男子達が歓声と、己の欲望と野望を口にする。

 他の教室からも様々な声が上がる。


 「スカイ先生!!

青龍さまもだしてぇぇええええ!!」


 「白虎ちゃんをモフモフしたぃぃぃいいい!!」


 「玄武ぅぅぅうううう!俺だぁ!結婚してくれーーーーー!!」


 召喚されていない者達の名を叫ぶ専門学生達に、召喚された朱雀はどん引きである。


 「相変わらず、ここの生徒達は元気ですねぇ。

それと、そこの人!!玄武は貴方と同じ雄なので、子作りは出来ませんよーー!!」


 朱雀の返答に、玄武に結婚の申し込みを叫んだ生徒が、他の生徒に嫉妬によりタコ殴りにあう。


 「てめぇ、なに朱雀ちゃんとお話してんだコラぁ!!」


 「羨ましいぞ、ちくしょう!!」


 そんな学生達をスカイは笑って見ている。


 「次があったら全員出すか。今日はとりあえず朱雀で、我慢してもらおう」


 「もうこうなってくると、一種のショーですねご主人様(マスター)

では、リュシド様、力不足とは思いますが手合わせをお願いします」


 「ニ対一か。シュネアがいたら良い勝負になったんだろうけどなぁ」


 「あははは、懐かしいな」


 朱雀と並んでたったスカイは笑った。リュシドも釣られて笑う。

 そして、バトルマンガの様な激突が始まった。

 そんな教師達のやりとりに、ますます樹は目を輝かせる。


 「前言撤回、殴り合いだ」


 そんな呟きが聞こえたのだろう、長谷川が微笑んだ。

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