お子様王子と七人パーティーの死の行進
全くもって世の中というのは理不尽なこと極まりないと思う。何故なら俺たち人間は、世界で一番無駄なひと時を送らなければ生きていけないからだ。
生きて行くのに大事なことといえば、食べ物を食べること。そして、世界で一番無駄なひと時というのが、食べ物を探すことである。
「あー腹減った! なあロミネス、次の村にはいつになったら到着するんだ?」
「も、もうすぐです王子! あと少し歩けば村が見えてくるはずですから! それまでは何卒辛抱を!」
「そうか〜、何というかお腹と背中がくっつくのをリアルで体験している気分だよ」
突然ですが、俺は王子だ。そう、あの国で二番目くらいに偉いと思われるあの王子、王族の王子だ。
そんな俺が、何故丸2日絶食で、こんな街道をひらすら歩き続けているのかといえば、俺たちは今、魔王討伐に向けた旅の真っ最中だからである。
長年、我が国と魔界の魔王軍との戦いが続いてるこの地域では、毎日のように多くの人々の命が失われている。
そんなどうしようもない現状を何とか解決できないかと、俺たちは魔王城に向けて旅をしているのだ。
どうしようもないことに、俺たちはまともな路銀も持たずに旅へ出てしまったので、道行く村々で食べ物を恵んでもらったりして食べていっている。あとは日通いのバイトとか。
そんなまともな食事も有り付けないパーティーだけど、国の平和のために尽力は惜しまない所存だ。
……まあ、腹が減っては戦はできないというし、この空腹だけは今すぐ何とかしたいんだけどな。
「それにしても、魔王城まではあとどれくらい進めば着くんだろうな」
「……まだまだ先ですよ王子。魔王城はこの国の一番端っこにありますからね」
俺の問いかけに仏頂面で返事したのは、アーベル・ブランターノという細身の青年だった。
死んだ魚のような瞳に不衛生な髪のおかげでそうは見えないが、実は本物の勇者の末裔である。
彼はその昔、勇者の末裔として恥ずかしくない業績と愛嬌を持つ好青年だったらしいのだが、何やら問題を起こしたそうで、今はすっかり落ちこぼれてしまったそうだ。
「あ、王子。次の村で食べ物手に入ったら、配分は俺にやらせてもらえませんか?」
「自分だけ多く食べ物を手にしようとする疑惑があるから、却下」
「チッ」
こいつ、王子の前で舌打ちしたぞ。何て元勇者なんだ。
こんな感じで自己中心的な性格になってしまった彼は、ひょんなキッカケでまた勇者的活動をすることになった。
落ちぶれても剣の腕前だけは確かなので、戦闘面では非常に頼りになる男だ。
「じゃあ今度スライム捕まえた時、俺に料理させてくださいよ。上手くやりますから」
「ん、それは俺も前々から良いと思っていた。許可しよう」
「良いわけないでしょあんたら!! スライムなんか食べられるわけないでしょう!?」
俺とアーベルが話している時に、横から口出ししてきたのは拳闘士の少女だった。
エミリー・ハイライト。『シャウト』という特殊な力を持つ彼女は、竜の末裔と呼ばれる部族の一員である。
自分の力を世界で試すため、村を出て旅をしていた彼女をスカウトしたのは俺だ。まあ半ば強引に誘ったってのもあるけどな。
エミリーのシャウトは、竜の言葉を放つといった何かよくわからない魔法みたいな技だ。
理屈は全くわからないが、とにかくすごい技であることは何と無く分かる。そんな感じの技だ。
せっかくだから実際に見てみようと思う。
「なあエミリー。ちょっと空に向かってシャウト撃ってくれないか?」
「え、なんで?」
「いいからいいから」
「うん、まあいいけど……」
そう言って、エミリーは首を大きく仰け反らせて大きく口を開いた。
《竜王の咆哮っ!!》
その瞬間、エミリーから発せられた強烈な言葉の塊が、エネルギーとなって空へと吸い込まれていった。
これがシャウトである。凄まじいエネルギーを口から放出する不思議な力。その力は竜の如く破壊を生み出し、災厄を起こすと言われている。
詳しい理屈は本当によく分からないけど、この力のおかげで、俺たちがすごく助かっていることは事実である。
「……ふぅ、これで良かったのかしら?」
「うん、ありがとうな。エミリーには本当にいつも助けられているよ」
「い、いきなり何なのよ。気持ち悪いわね……」
エミリーはそっぽを向いてしまった。どうやら俺の感謝の想いは通じなかったようだ。
「し、しかし予想以上の長旅になってしまいましたね! 本来なら昨日の夜には到着予定だったんですが」
「なんかこの辺り物騒らしいからな。安全重視して回り道とかしたからこんなもんだろう」
先頭でフラフラになって地図を片手に俺たちパーティーを誘導しているのは、賢者ロミネス・ボルーナ。
ボサボサの長髪に目の下のくまのせいで元勇者以上にだらしない、というか不気味な印象を与える彼女だが、実は結構な努力家で、俺たちのサポートに余念のないすごく頼りになる人物だ。
ロミネスは俺が勇者パーティーなんかを作る前から、魔王討伐の活動をしていたらしい。ただ、見た目が不気味だからという理由で周りから嫌煙され、日の芽の出ない日々を送る毎日だったそうだ。
俺も村の住人から、最初は会うのを止められていたのだが、実際に会ってみれば結構気さくな性格で話しやすい奴だった。
賢者としての技能も申し分なかったので旅の共にした。魔法や道具の知識に詳しいだけあって、さすが賢者と言える逸材だと思う。
「くっ! 何でこんなことに、本来ならもっと早く王子を休ませて旅の疲れを癒してもらうはずだったのに。そもそも他の連中がおかしな事をしでかすから悪いのよ。まともな食料も残っていないのにこれで王子が病気にでもなったらどう責任を取るつもりなのよあいつら。やっぱり早いうちに対策を打たないとどうせあいつら力しか取り柄のない役立たずなんだし早いうちに消えてもらったほうが王子のためようんそうだそれが良いわだったら今夜にでも寝静まった時に忍び寄ってメンバーの何人かをナイフでブツブツブツ…………」
………………………………。
まあ、ロミネスは少し考え過ぎるところがあるから、そこだけは注意しないといけないな。そのせいで昔大変なことになったそうだし、俺は目を光らせてなくては。一応、責任者だし。
「ちょっと聞こえてるよロミネス。さっきからブツブツと、ユリヤ達をどうするって?」
「ヒッ!! ……い、いえいえ何も言ってませんよユリヤさん。すこーし独り言を喋っていただけで……」
「バレバレね。まあユリヤは、ロミネスなんかには負けたりしないけど? 何たってユリヤは、夜空に瞬く『スター』なんだから!!」
そう言って大きくポーズを決めたのは元気いっぱいの可愛らしい少女だった。
ユリヤ・ドット。歌って踊れるNo. 1アイドル、兼僧侶だそうだ。
世界一のアイドルになるため、アイドル修行としてこのパーティーに参加したのだが、何だかとっても間違っている気がするのは気のせいだろうか?
自分でアピールしているだけあって、歌も踊りも相当なものだと評価している。これでも俺は王国の王子なので、それに関しての審美眼は持っている方なのだ。
癒しのアイドル、というキャッチコピーで活動している彼女は、修行の果て本当に癒しの魔法を習得したそうだ。
その努力は認めるところだが、方向性が間違っているような気もしなくもない。それでも回復職はパーティーにとっても有り難いし、ムードメイカーといても申し分ないので言うことはないのだが……。
「ま、ロミネスはおっかねえからなぁ〜。背後を刺されないように注意しとかないとなぁ〜」
「ギャスターヴさんまで……。だ、大丈夫です! 私、そんなに危ない人間じゃありませんから! 世のため人のために生きる賢者ですから!!」
「その意気込みだけは評価するけどさぁ〜……」
ギャスターヴ・ブオナロッティがおどけたようにそう言った。
比較的平均年齢が低い我らのパーティーで、それでも一番の年長者である彼は、しかしこのパーティーの中で一番底のしれない相手だった。
口先だけで生きてきたと自称する彼は各街を点々として飄々と暮らしてきたそうだ。
ギャスターヴの職業は自他共に認める『THE遊び人』。ひたすら楽して暮らしたいと豪語する、根っからのニート気質な男である。
「……しかし、仮にも俺らは魔王を倒そうと王子直属で派遣された戦士たちなんだよな? それが何でこんな貧乏生活の日々を送らなくちゃならないんだろうな」
「それは俺も思っていた。王子、この責任はどう取ってくれるんですか?」
おっと、自己中勇者と遊び人が俺を言及しにきたぞ。こいつら、仮にも王子である俺に向かって厚かまし過ぎるだろう。
「その通りですお兄様。国の未来を担う者として、そして我々を指揮するリーダーとして、この責任はきちんと果たしてもらいますよ」
「……妹よ。何故にお前はそちら側で俺を責めているのだ。お前は本来こっち側だろう!?」
勇者と遊び人に加担して、一緒になって俺を責めてきたのは俺の妹、つまりは王族の家系の一人であるところのビーチル・バンプキンだった。
兄である俺が言うのも何だが、妹は兄の俺よりもよっぽど王家の一員っぽい出で立ちでいる。何というか、オーラが違うのだ。人を自然とひれ伏してしまう気品というか……、上に立つ者として当然として持っている才能を生まれた時から持ち合わせていたような奴なのだこいつは。
本来ならこんな泥臭い旅の供になる事もおかしいのだが、何故か自分からついてきたのだから全く考えていることが分からない。
まあそれを言ったら俺も俺で王子だし、魔王討伐の旅にわざわざ同伴する事もないのだろうけど、俺は好きでついてきてるから例外でいい。
「お兄様、わたくしは長旅で疲れてしまいました。飲み物を用意してくださらない?」
「妹よ、悪いが兄は両手がふさがって身動き取れない」
「何故?」
「理由を教えてやろうか? お前をおんぶしているからだよ!」
人の上に立つために生まれてきた妹だが、虫も殺さない令嬢なだけあって体力は子供以下である。旅の道中のほとんどを俺の背中で過ごしている妹は、この食べ物の尽きた極限状態のパーティーで一番涼しげな表情を浮かべていた。
「はい、姫様。水筒です」
「ありがとうロミネス。……それにしても、徒歩での旅というのは本当に苦労の連続ですね。歩けど歩けど先の見えない……」
「魔物の襲撃で荷馬車が壊れちまったからな。ここまでの道のりはほとんど歩きだった。……でも、その長旅ともようやくおさらばだ。もうすぐで村に着くそうだからな」
「は、はい! この街道をまっすぐ進んで行けば、時期に村が見えてくるはずです!」
「ようやくだな。……運良く食べ物にありつけたら良いが」
「まあ、何とかなるだろう? ていうか、食べ物が無きゃ詰みだし、何がなんでも食料は手に入れないと」
そう、まずは食料だ。俺たちにはまともな食料も無い状態が続いている。このままでは確実にのたれ死んでしまう。
「みんな良いかぁ? 村に着いたらまずはなけなしの金でパンでも買おう。その後は仕事を探して金銭確保。まともな旅支度が整うまで、その村に在住する事にする」
俺の掛け声に、皆は力無く頷いた。これが魔王を倒さんと試みる勇者パーティーなのだから本当に笑えてくる。
「せめてアーベルがちゃんとした格好をしてくれれば、俺たちのパーティーも映えると思うんだけどなぁ」
「いきなり何なんですか。……それを言ったら王子だって見た目ただのお子様じゃないですか」
「どこがお子様だ。この黄金色に輝く王冠が見えないのか?」
「それが余計に子供っぽいんだよなぁ〜。サイズ合ってないでしょそれ」
「余計なお世話だギャスターヴ。俺のチャームポイントを真っ向から否定するな」
俺のアイデンティティを馬鹿にするとは失礼千万。何年この王冠と共に生きてきたと思っているんだ。
確かに最近、成長とともに頭に収まらなくなってすぐズレてしまうけど、これには相応の愛着があるんだ。簡単に手放せるもんか!
「……ていうか、その王冠を売れば当分食料には困らないんじゃないか?」
「「「「!?」」」」
ギャスターヴが急にそんな世迷い事をほざき出した。
そしてその言葉を聞いたみんなの眼が輝き出した! それはまるで、獲物を狙う獅子の如く凶暴な視線である。
「おい! 何てこというんだ国の宝だぞこの王冠! そんな易々と質に入れるような手軽き扱えるような物じゃないんだよ無礼者!!」
「も、申し訳ありません! 私としたことが目先の欲求に駆られてつい!!」
ロミネスが五体を投げ出して懸命に謝り出した。忠義心の強い奴だ。
因みに他の奴らは謝りもしない。人望ないのかなぁ俺。
そんなやり取りをしている間にも、パーティーメンバーの疲労は重なっていく。
俺におぶられて一番楽そうにしている妹でさえも、度重なる旅路で疲れが溜まっているのが背中越しに伝わってきた。
「…………ふぅ、お兄様暑いです。仰いでくださいませんか?」
「だから俺は手がふさがってるんだって。あーもう、ロミネス仰いでやってくれ、これ使って良いから」
「は、はい!」
俺が手渡したモノを受け取り、ロミネスは懸命にそれを振って俺たちを仰いだ。
心地よい風を感じる。なるほど、これは良いものだ。
「……あの、お兄様? ロミネスに渡したそれ、魔剣ではないですか?」
「うん、そうだよ? 適当な物が無かったからな」
「……お父様から直々に継承していただいた国の宝を、団扇代わりに使用するのどうかと思いますが」
「関係ないよ物は物だ。使ってなんぼだよ」
「お兄様には国宝をどうこう言う資格はありませんね」
そして、俺たちが村に到着するまでの有意義な雑談をして過ごしていた最中に、事件は起きた。
突然、俺たちの前に10人近い人数の男どもが馬に乗って迫ってきたのだ。
道を塞ぐ形で俺らの前に立ち尽くす彼ら。その中のリーダーと思わしき男が声を張り上げた。
「おい、止まれ!! 武器を捨てて大人しくしな! そうすれば命だけは助けてやる」
「あ、金づるだ」
如何にもと言った荒々しい男たちの群れ、どうやら山賊か人攫いの類のようだ。
俺たちが旅を始めてから、そう長い時間は経っていないのだが、このようなハプニングは何度か遭遇したことがある。いきなりの襲撃にもメンバーたちは誰一人動揺してはいなかった。
「しかしアーベル。幾ら何でも『金づる』は言い過ぎだろう、表現考えろよ」
「ああ、すいません。この手のハプニングは飽き飽きしてるので、つい本音が。でも実際俺らには幸運じゃないですか? 金持ってますよこいつら」
「ふぅん、確かに俺たちよりはマシに見えるな。馬持ってるし」
「そういうこと。あー残念だったな悪党共! 俺たちは今日食べるものもないくらい飢えに困っている状態だ。ある物と言ったらこの王子の無駄に派手な飾りと剣と、後は女たちが居るけど、居るのはやたら声のデカい脳筋女と、根暗のサイコパスと、自惚れアイドルと、手を出したら軽く国家レベルの軍隊が押し寄せてくる令嬢しか居ないから、お前たちが手を出すには割に合わないと思うぞ!!」
アーベルは山賊たち全員に聞こえるように大きな声を張り上げて叫んだ。
当然、その声は俺たちのパーティーにも響いてくる。
「このエセ勇者……! 誰が脳筋よ誰が!!」
「ねえアーベル、自惚れアイドルってもしかしてユリヤのこと? ぶっ殺すよ?」
「しかも、なんだかんだで自分は標的から避けるよう誘導していましたね。何という自己中!」
女性連中から非難轟々で言われる元勇者。彼は一切気にしてない様子で彼女から視線を逸らしている。
一方で、俺たちが思いの外落ち着いているのを見て怪訝な顔をする山賊たちだったが、すぐに表情を改めて、リーダーは声を上げる。
「お前ら!! 気にする必要はねえ、遠慮なく捕らえろ!!」
「お、問答無用だな。私的には好きだぜそういうスタイル」
俺たちの応対を待たずに、山賊たちは馬でまっすぐ俺たちへと駆けてきた。
それに応じるように自己中勇者アーベルが、一歩前に出て彼らを待ち受ける。
「おや? お前が自ら前に出るとは珍しいな」
「面倒ないざこざを抜きにして、ただ己の私利私欲にのみ従う奴らってのは好感が持てる。少なくとも自分の本心を隠し、自分で自分の欲求が何かも分からない奴よりはな」
「勇者の発言とは思えないな」
「だからこそ、こいつらは俺が相手をする。剥き出しの欲望洗いざらいぶち撒ける、その豪胆さに敬意を持ってなっ!!」
言って、アーベルは腰の鞘から一振りの剣を引き抜いた。
それは俺の魔剣のような特別な力などは秘めていない、無銘の剣だった。
しかし、仮にも元勇者であるアーベル・ブランターノがその剣を持てば、それは忽ち名剣よりも凄まじい威力を発揮する。
《秘技・魔旋斬っ!!》
瞬間、アーベルの剣から放たれた斬撃は風の様に山賊たちに襲いかかり、彼らは突風に吹き飛ばされたようにバタバタと倒れていった。
「な……ん、っ!?」
山賊のリーダーが唖然とした様子で倒れた仲間たちを見渡す。
スチャン、と剣を鞘に収めるアーベル。
「ふっ、相手が悪かったな」
「うわっ何こいつ。カッコつけてキモッ!」
エミリーが呻いた直後、目の前にいる山賊たちとは別の足音が聞こえてきた。ちょうど左右の後方側、振り返るとそこには山賊たちと同じような格好をした奴らが、左右それぞれ10人くらいで押し寄せてくるところだった。
「なるほど。部隊を三つに分けて、その一つを正面から襲撃。俺たちが目の前の的に夢中になっているところで、左右後方から別の部隊が挟み討ちにするって寸法だったか」
屍を突いて生計をなす山賊にしては、数が少ないと思っていたがこういう事だったらしい。多分、俺がそれなりに豪華な格好しているからお金持っていると思ったんだろうな。
「後ろは20人くらいですかね? まっすぐこちらへ突っ込んできます!」
「じゃあロミネス、そしてエミリー。2人で片方ずつ先制するんだ。一発撃てば牽制になる」
「りょ、了解です!!」
「えいさー了解」
ロミネスとエミリーは迫り来る山賊たちの真正面に立った。馬を猛スピードで駆ける彼らは、轢き殺そうとするかの如く止まる気配を一切見せず突っ込んでくる。いや、本当に轢き殺そうとしているのかもしれない。或いは金目の物だけいただいたらトンズラしようとでも考えているのかも。
しかし、彼らの猛進は俺たちに接触する前に敢え無く壊滅することになる。ロミネスは詠唱を唱え、エミリーは大きく息を吸い込む。
《炎魔法・ファイヤーボールッ!!》
《竜王の咆哮っ!!》
あっという間だった。左の山賊たちはロミネスの大玉の火炎球が炸裂し、右の山賊たちはエミリーのシャウトによって簡単に吹き飛ばされた。
「う、嘘だろおい……」
山賊リーダーは呆然としていた。計30人くらいの集団が、たった3撃で沈黙させられたのだ。言葉を失うのも無理はないだろう。
「……さて、悪党たち。俺たちは人の命を奪うほど残忍な心の持ち主ではない。持っている荷物と馬を置いていったら、命までは取らないと約束しよう」
「お兄様の発言、この山賊たちと言っている事と大差ないです」
後ろの方から、可愛い妹の蔑みの視線がビシビシと俺を刺してくる。
でも待ってほしい、これは仲間を思っての正当な行為だ。弱肉強食だ。
そうでなくてもこいつらは一方的に俺たちを襲ってきたのだから非難される謂れはないに等しい。
俺は悪くない。悪いのは人から金品を奪うことを悪とするこの世界だ。
「国の未来を憂う王子の考えではありませんねお兄様」
「……妹よ、いきなり人の心を見透かすのはやめてくれ。そういう能力者だと思われるぞ」
これは独り言だが、妹のビーチルは絶大なカリスマを持っていること以外は、ただの体力ゼロの女の子である。もちろん人の考えていることを読み解く特殊能力など持っていないはずなのだが、こいつは時たま俺の考えていることを見透かしてくることがある。
理屈は不明だが、妹曰く『妹のみが持ち得る対お兄様戦情報取得術』だそうだ。いかにも胡散臭い。
そして俺がくだらないことをブツブツと思っているうちに、山賊たちがノロノロと立ち上がってきた。どうやらまだやる気らしい。
「クソッ!! お前ら、一斉にかかれ!! 数で押し潰すんだ!!」
リーダーの号令で、山賊たちは囲うように俺たちに襲いかかってくる。
その様子を見て、俺におぶられているビーチルが、スッと息を吸った。
《跪きなさい》
直後、ビーチルの凍てつくような言葉に山賊たちは反射的に土下座をした。
山賊たちはまるで何が起きたか分からない様子で自分がした行動に自分自身が驚愕していた。
その光景を作り出したのは、ビーチルの圧倒的カリスマオーラによる『服従の力』だった。精神の弱い者は、ビーチルが一声発するだけで無条件に降伏してしまう。
これが、世に出た頃から上に立つために生まれてきた、俺の妹の"天性"の力である。
「ナイスだ妹よ! 感謝の印として後で抱っこしてやる!」
「この歳で兄に抱っことか羞恥プレイ以外の何者でもありませんね。胸板で潰されそうなのでせめてお姫様抱っこにしてください」
「そういう問題なの!?」
エミリーが何やらツッコミを入れてきたが、それに構っている余裕は掻き消された。
ボワっと、真っ黒い煙が俺たちを包み込んだ。一瞬のうちに視界は奪われ、一寸先も見えない状態になる。
「おおっ!? 何だこれ、煙幕か!?」
「なるほどなるほど、本命はこっちだったというわけか」
おそらくさっき襲いかかってきたのは仲間たちに注意を引かせるためだったのだろう。その間、誰かがコッソリ煙玉か何かを使い、俺たちを撹乱しようとしたわけだ。
突然、跪かれた時は焦っただろうが、煙幕を放つくらいのことは出来たようだ。
そして、ビーチルの服従の力が解かれた瞬間に、不意打ちをかけてくるってところか。山賊らしくなかなか姑息な手を使ってくる奴らだ。
「おーいみんな!! 敵はこの暗闇の中で奇襲をかけてくるつもりだぞ! うっかりヘマして捕まらないようにしろよ」
「お前がなっ!!」
その瞬間現れたのは山賊たちのリーダーである男だった。暗黒に紛れ、音も立てずに俺のすぐ近くまで迫ってきたその男は、大柄な体躯をフルに活用して俺を拘束しようと飛び掛かってきていた。
「!?」
あまりの突然の襲撃に、妹の息を飲む音が聞こえてきた。
そして、
「あ……れ……?」
男は確実に俺たちに覆いかぶさるはずだった。
しかし彼は直後、間の抜けた声を上げることになる。
そこに確かにいたはずの俺たちが、一瞬にして消えるように見えたのだから、無理もないだろうが。
「何で、こ……っ」
「後ろだ馬鹿野郎!!」
呆然となった男にドロップキックをお見舞いしてやる。
あまりの事に抗うことも出来ず蹴り飛ばされる山賊リーダーは、そのまま勢いよく倒れた。
「ふっふっふ。なあ妹よ、お前ちょっとビックリしただろう?」
「……何のことだか分かりませんね」
「照れるなよ照れるなよ。お前の驚いている顔って滅多に見えないからな、貴重な瞬間を見れてお兄ちゃんご満悦だぜ!!」
「くだらない……、だいたいお兄様からわたくしの顔は見えないでしょう。適当なこと言わないでください」
「それはつまり、ビックリした事は認めるってことかな? 後少しで襲われるところだったから怖くなったのかなぁ? はっはー、やっぱりなんだかんだ偉そうぶってても肝の座っていない子供だなって痛たたたたたたたたたたたた首の後ろを抓るな!!」
ビーチルが俺の首の後ろを抓っている間、突然モワモワと全体を覆っていた煙幕が吹き飛ばされた。
見るとそこには剣を携えたアーベルが居た。どうやらお得意の剣技で煙を吹き飛ばしてくれたようだ。
「煙を消すのが遅いぜアーベル。おかげで妹の機嫌を損ねてしまったじゃないか痛たたたたたた!!」
「全部聞こえていましたよ王子、自業自得じゃないですか。そんな事よりもほら、まだ敵の山賊リーダーは諦めていないようですよ」
アーベルに言われて見てみると、そこにはフラつきながらも二本の脚で立ち上がろうとする山賊リーダーの姿があった。
「か、頭っ! こいつらヤバイですよ、引き下がった方が……」
山賊の内の一人が、リーダーに退却を促した。見ると他の山賊たちも怖気づいたように尻込みしている様子が見て取れた。
「うるせえ黙ってろ!! ここで引き下がってちゃ男の廃れ!! 舐められたままじゃあ俺の、山賊の頭としての面目が丸つぶれなんだよ!!」
そう叫んで、山賊リーダーは鞘から剣を引き抜いて構えた。どうやら本気で俺たちを狩り取るつもりのようだ。
「何よ、男のプライドってヤツ? あいつ山賊のくせにみみっちもので動くのね」
「そう言ってやるな。男には、非合理的だと分かっていても、挑まなくちゃならない時があるんだよ」
山賊リーダーが吼え、単身で俺たちに挑みかかってきた。
その姿は同じ男として、泥臭くも称賛すべき挑戦だと思った。
「……お兄様?」
「ここは俺が相手をする。お前たちは下がっていてくれ」
真剣な挑戦は、こちらも真剣を持って答えるのが男の筋だろう。
俺は山賊リーダーと正面衝突する形で、彼の直進の真正面に立った。
そして、彼の使い込まれた剣が、俺の頭をカチ割るように渾身の力で振り降ろされた。
その一振りを、俺は棒切れでも掴むように片手で軽々と受け止めた。
「……!?」
山賊リーダーの息が詰まったような緊張が、俺の中にも伝わってくる。
俺は鋭い眼光を彼に放ち、その瞬間たちまち彼は震え上がった。
「な、何なんだお前。一体何者だ!!」
それを聞いた瞬間、俺はニヤリと笑った。
「俺はバンプキン王国第一王子、アホーディル・バンプキンだ。よーく覚えておけよ、山賊!!」
そして俺は、膠着する山賊リーダーの顔面に、空いているもう片方の腕を振るい、拳を叩き込んだ。
続きモノのような書き方ですが、短編として投稿しました。
皆さんの暖かい評価と感想をいただけたら、続きを書こうと思います。