いつか、君と、二人で。
ホームルームが終わり、教室から外を見る。
薄暗い灰色の空から落ちる、大きな雨の粒。どしゃ降りだ。
今日一日こんな天気だった訳ではない。昼間は暖かく、日が射していたはずだ。雨の兆候など見えなかった。
つまり、何が言いたいかというと……。
「傘持ってきてない……」
「え? 本当に?」
俺の近くに来た彼女は、驚いたように口にした。この様子だと、天気予報では午後から雨だと言っていたのだろうか。面倒だからと天気予報を見なかった自分を叱ってやりたい。
彼女はそのままの表情で窓から外を見て呟いた。
「じゃあこの雨の中で傘も差さずに帰るんだ。大変だねー」
「……え? 傘入れてくれないの?」
彼女は傘を持ってるし、入れてもらおうと思っていたのだが、本当にびしょ濡れで帰る事になるのだろうか。俺に風邪を引けと?
反射的に聞き返した俺に、彼女は困ったように眉をひそめた。
「だって、誰かに見られたら恥ずかしいじゃん……」
「まあ、確かにそうかもしれんが……」
実際、男女が同じ傘に入っていたら、それだけであること無いこと騒ぎ立てるのが高校生というとものだ。カップルでもない人からすれば迷惑に他ならないだろう。
だが、少しだけそんな体験をしてみたいというのもある。
好きとは行かないまでも、彼女は多少気になっている女の子だ。少し彼氏気分を味わいたいなんて思っても良いじゃないか。
必死な表情になっていたのだろうか。彼女は苦笑いを浮かべ、考え始めた。
「うーん……。あ、そうだ!」
何か思い付いたのだろう。左手に持っていたスクールバッグを机に置き、ガサゴソと中身を漁り始めた。
「どうした?」
「いいから、ちょっと待ってて」
尋ねれば、そのままの格好でそう返される。
「おう、わかった……」
そうとだけ返し、口を閉ざす。
しかし、あれだな……。この感じの彼女はどこか犬を連想させる。
家でも一匹犬を飼っているのだが、そいつが俺の鞄を漁る時の感じにそっくりだ。
彼女の茶髪も、ポニーテールに結わえているせいで犬のしっぽのように見える。もうこの髪型「ドッグテール」に改名すべきだろ、マジで。
そんな下らない事をしばらく考えていると、彼女は「あった!」と元気に声を上げた。どうやらお目当ての物が見つかったようだ。
「これなら貸してあげれるけど、大丈夫?」
そう言って差し出した右手には、一つの折り畳み傘。探していたのはこれだろう。
黒ベースの中に散りばめられた無数の音符。多少可愛らしいが、濡れずに帰るには十分だ。
「良いのか?」
そう尋ねれば、彼女はこくりと頷く。
「良いよ。流石にこんな雨で傘差さないで帰るのは可愛そうだからね。今日だけ、貸したげる」
「マジか。助かる! ありがとう!」
そう言って、彼女の傘を受け取る。
濡れずに帰れるというのは助かるし、ありがたい。
でも、彼女が貸してくれたという事実がそれ以上に、そして何より嬉しい。
「じゃあ、帰ろう?」
「そうだな」
彼女の言葉にそう返し、二人で玄関に向かう。
今日はこれで十分だけど。
でも、いつかは、彼女と二人で、同じ傘に入れる日が来ることを。
聞こえる雨の音の中、そう考えていた。
これの後日談として「小さな嘘を一つ」という作品を投稿しています。同じシリーズに入れてあります。
同じくらいの文量なので、良かったら是非。