第94話 西の空から…
どんどん行きますよ!
ーーアラド大森林
激しい戦闘地帯だった場所を駆け抜ける一台の乗り物…ハルディーク皇国の蒸気駆動車である。激しい蒸気を噴き出しながら進むその乗り物は、蒸気機関を用いた『トラクション・エンジン』を思わせるフォルムをしていた。
ガタガタと揺れながら走る蒸気駆動車は、舗装されていない道路が原因というよりも、その乗り物自身の問題が大きいところである。
「急げ!早くムオント少将の元へ運ぶんだ!」
「そう言ってもッ激しい振動を与えるのは厳禁だろ⁉︎『悪魔の息吹』の取り扱いッ!」
「で、でも迅速との命令でッ!」
兵士達は紐で固定した木箱を大事そうに抑えながら駆動車を走らせていた。
「とにかくッ!今はこれを早急に運び出すことが最優せー」
ヒュンッ!
突如、空を切る様な音と同時に運転席に居た兵士の喉元に一本の矢が貫通していた。
「ッ〜〜⁉︎……カッ!…はガァッ⁉︎…」
何が起きたのか分からず、掠れたような声を出す彼は、そのまま前のめりに倒れてしまう。
「ウワッ⁉︎お、オイッ!」
隣にいた兵士は彼を起こそうとするが、無論彼が応える事はなかった。コントロールを失った蒸気駆動車は、デコボコとした悪路に車輪を取られ、蛇行する様に進んで行く。もう1人の兵士が隣から必死にハンドルを取って操縦しようとするが、近くの大木に衝突してしまう。
ドォォーーンッ!
強い衝撃により兵士は前に突き飛ばされ、大木に首から激突してしまい、そのままピクリとも動かなくなった。辺りには不気味な静けさの中に、大破した蒸気駆動車から噴き出る煙の音だけが残っている。
そこへ木の上から黒いフードを身に纏ったダークエルフ族が現れた。彼らは皆手に弓を持ち、慎重に大破した蒸気駆動車へと近づく。
「これが…そうなのか?この木箱が?」
1人がゆっくりと紐をほどき、積まれていた木箱を持ち出した。彼はそれを一度地面に置いて、木箱の蓋を外した。そこには黒い鉄製のカプセルがギッシリと詰まった棉と共に入っていた。
これを見た瞬間、彼らは確信した。
「良し、目的のものは手に入れた。後はカスヤ殿に手渡せば任務完了だ。」
ダークエルフ達はすぐにその場から散開した。再び噴き出る蒸気以外のシンとした空気が辺りを包み込む。
ーーアルフヘイム神聖国 第1防衛線ウルバーゴ高壁
昼間の激戦がまるで嘘の様な静けさとなっているこのウルバーゴ高壁では、エルフ族達が束の間の休息をとっていた。高壁の上では兵士達が弓を構えながら周囲を警戒し、内壁では兵士達の傷の手当てや食事の配給を動ける民達が協力し合っていた。
「……静か過ぎる…それに森の声も止んでる……どうなってるんだ?」
まるで慌てたかの様に撤退して行ったハルディーク皇国軍に、ウェンドゥイルは何か違和感を感じていた。
「……不吉の前触れの予かー」
ボォォォ……ドォォ…ン
「ッ⁉︎な、なんの音だ⁉︎」
プォォォォォォォーーーーッ!!
警報の角笛が高壁全体に響き渡ると、兵士達が一斉に持ち場へと移動する。
高壁はあっという間に再び緊張に包まれた。
「アレは……」
ウェンドゥイルの目線の先…はるか東の方角の一部だけ、まるで夕焼けの様に明るくなっている事に気付いた。
「さ、さっきの音の正体はアレか?…あそこは東海岸城塞だった筈だ。何が起きたと言うのだ?」
その答えを知るものはここには居なかった。ウルバーゴ高壁にいる兵士達の眠れない夜は、まだまだ続く。
ーーウルバーゴ高壁から数㎞離れたとある場所
アルフヘイムのエルフ達からの激しい抵抗を受け、かなりの被害を受けてしまったハルディーク皇国軍は、外科の治療と援軍の到着を待ちながら再戦の準備をしていた。しかし、軍内部からの不満や怒りの声は至る所から聞こえてくる。
「クソぉ〜…あの野蛮人どもめ。」
「空からの援護があればあんな城壁なんか一捻りだってのにッ…畜生が!」
ある者は酒を飲みながら愚痴をこぼし、ある者は仲間同士で鬱憤を晴らす様に、あちこちで喧嘩が起きていた。
「ひっく!…なんダァ?テメェ…文句あんのか!」
「あんだとぉ…ウィ〜〜ヒック!…この野郎ぅ…ぶっ殺すぞ!」
兵達の士気はかなり落ちていた。しかしムオント少将はそんな事など気にもせず、後方の暗闇の道を見つめていた。
「むむ……あと3時間足らずで到着する。早く来れば早く決着が着く!早く来い!来い!」
するとー
ボォォォ…ドォォーーンッ!
「ッ⁉︎なんの音だ⁉︎」
突然の地響きと同時に東海岸側の空が赤くなっている事に気付いた。兵士達もこの騒動に酔いが覚めてしまっていた。全員が東側を一点に注目している。
暫くの間、何が起きたのかサッパリ分からず呆然と立ち尽くしていた。
「な、何が起きたのだ…」
すると1人の通信兵が彼の元へやって来た。
「む、ムオント少将!後方司令室より報告!我が軍の飛行戦力の全てが謎の爆発により全滅したとの事です!!!」
「な、何だと⁉︎一機もか⁉︎」
「は、はい…恐らく。」
ムオント少将はショックを受けていた。そして、更に頭の中に最悪のシナリオが浮かび上がる。
「も、もしこの爆発の正体が……アルフヘイムではない全く別の…第三国だとしたら……マズイ。」
すると1人の兵士がある事に気がついた。
「な、なんだあの雲はッ⁉︎」
その兵士が指差した方角を見ると、確かにザワザワとした黒い雲の大群がこちらへと向かって来ているのが見えた。しかし、風は東から吹いている。あの雲は西から飛んで来ている。ならば雲であるはずが無い。
「ムオント少将は望遠鏡を取り出し、その方向へ目を向ける。」
そして、それの正体がハッキリとわかった。
ムオント少将の顔からは大量の冷汗が滝のように流れている。兵士の1人が一体何を見たのか彼に恐る恐る聞いた。
「む、ムオント少将殿?な、何を見たので?」
「……あ、あの旗……グリフォンと女神騎を模った様な紋章は……な、何故あの国がココへ⁉︎」
「は、はい?」
「て、敵の襲撃だ!!!全兵警戒態勢をとれ!!!空からだ!!!」
突然の命令に戸惑いを隠せずに、慌てふためきながら迎撃体勢を取っていた。
「む、ムオント少将!何を見たのですか⁉︎」
「おのれぇ……レイス王国め!!!」
ーーアルフヘイム神聖国 西海岸
ここにもハルディーク皇国海軍の砲艦約50隻が展開していた。その砲艦に向かい急降下して来る飛行物体……『グリフォン』。
『敵襲!敵襲ぅ〜〜〜!!!』
「対空兵器用意!!!」
ハルディーク皇国海軍の砲艦から無数に出て来る対空高射砲がグリフォンの群れを捉える。
『狙え!!!撃ー』
『な、何か落としたぞ!!!』
指揮官が攻撃の指示を出そうとしたらその時、グリフォンの群れから何か大量のモノが砲艦に向かって落ちて来た。
その大量のモノが砲艦に落下すると同時にー
ボボボボォォォォォーーッ!!!
「ウワァーーー!!!」
真っ赤な業火に砲艦はあっという間に包まれてしまう。甲板に居た兵士達は皆火達磨となった。
その落ちて来たモノは導火線の着いた海獣の魚油樽だった。
『レイス王国 鷹翼騎士団』
グリフォンを従え大空を舞う騎士団は、レイス王国の他に存在しない。
鷹翼騎士団は赤地の旗に鷹翼と女神騎が描かれた戦旗を靡かせながらアルフヘイムの上空を飛び交い、ハルディーク皇国海軍の砲艦の艦隊へ向けて、大量の魚油樽爆弾を投下していた。
「ワッハッハッハッハ!!!どうだハルディーク皇国軍⁉︎我が国特製、海獣の魚油樽爆弾の威力は!!!各隊編隊を組み、敵船の対空兵器に注意しつつ投下し続けろ!!!」
「「ハッ!」」
ハルディーク皇国海軍の砲艦は、対空高射砲を使い大空へ向けて撃ち続けているが、高い機動性と俊敏性を誇るグリフォンの前では殆ど効果は無いに等しかった。それよりも止めどなく投下してくる魚油樽爆弾を避けるのに必死でとても反撃どころでは無かったのだ。
「うわァ!」
「熱い!熱い!」
「う、海に飛び込め!」
大量の魚油樽爆弾を受けた事で、次から次へと炎に包まれてしまう砲艦に、皇国兵は堪らず次々と海へ飛び込んで行った。
西海岸にいるハルディーク皇国海軍の艦隊を撃退したレイス王国の鷹翼騎士団から勝利の雄叫びが聞こえる。
「同志達よ!!!我々の勝利だ!!!」
「「ウォォォォーーーー!!!」」
文明の利器の差など関係無しに猛攻を仕掛けた鷹翼騎士団は、そのまま内陸方面へと移動して行った。
「ロウ団長!ニホン国のスズキと言う男の話では、上陸したハルディーク皇国軍はウルバーゴ高壁の離れで野営しているとの事です!」
「ヴィス団長の部隊が東海岸近くまで来ているとの魔伝がありました!」
「良し!!!ウルバーゴ高壁の離れにいる敵兵にも空撃で殲滅した後は、東海岸へと向かいヴィス団長の部隊と合流する!心配するな!ハルディーク皇国の飛行戦力はニホン国が破壊した!思う存分暴れてこい!!!」
「「ウォォォォーーーー!!!」」
鷹翼騎士団の勢いは止まらず、そのままウルバーゴ高壁へと向かって行く。
ーーウルバーゴ高壁の離れ
「う、撃て撃て!!!」
ダンダンッ!ダンダンダンダン!!!
ダダダダダッ!ダダダダダッ!
ムオント少将率いるハルディーク皇国軍が鷹翼騎士団へ向けて小銃や軽機関銃で攻撃を開始する。しかし、翼龍や闘龍以上に素早く動くグリフォンを上手く捉える事が出来ずにいた。
「魚油樽爆弾をくらいな!!!」
グリフォンの腹部に取り付けられていた魚油樽爆弾の留め金を外し、ハルディーク皇国軍に向けて次々と投下して行く。
「う、うわァァー!!!」
ボボボォォォォォーーッ!!!
辺りが一気に地獄の業火の海へと変わった。効果的な対空兵器を持っていない今のハルディーク皇国軍は、為す術無く次々と業火に飲まれていく。
「ぎゃあああああッ!!!」
ムオント少将は堪らずその場から逃走してしまう。
「ひ、ヒィ〜ッ!」
しかし、それを見逃さなかった鷹翼騎士団のロウ団長は、グリフォンを急降下し、地面スレスレを飛びながら槍を構える。
「お前が敵将か!!!」
ロウ団長は背後からムオント少将に向けて槍を一閃、ムオント少将を串刺しにした。ムオント少将は数m先に飛んだ後、槍が突き刺さったままピクリとも動かなくなった。
「敵将を…討ち取ったぞぉーー!!!」
「「ウォォォォーー!!!」」
更に勢い付く鷹翼騎士団に、ハルディーク皇国軍は完全に戦意を失い、我先にと東海岸まで敗走していた。その後は正に、野を駆け逃げ回る脱兎を狙う鷹の如き勢いで、逃げるハルディーク皇国軍に、鷹翼騎士団は追い討ちを掛けていた。
ーーアルフヘイム神聖国 東海岸
「魚油樽爆弾投下ぁ!!!」
編隊飛行で次々と魚油樽爆弾をハルディーク皇国海軍の艦隊に向けて投下して行く鷹翼騎士団。次々と業火に飲まれていく砲艦は火薬に引火、所々で大爆発が起きていた。
ドォォンッ!
ドドォォォ…
皇国兵達は手持ちの小火器で応戦するが殆ど効果はなかった。
鷹翼騎士団は先端に火薬を仕込んだ投擲槍を上空から砲艦へ向けて投げ落とす。すると艦体や甲板に直撃した投擲槍は直後に炸裂する。
ボォン!ボォン!!!
炸裂により周囲に砕けた投擲槍の先端部が辺りに飛び散る。その破片を身体中に受けてしまい、悶絶するモノや頭部に深々と抉られた者は、そのまま血みどろを顔中に流し、起き上がることは無かった。
「ぐぬぬッ…な、何故レイス王国なのだッ⁉︎あの国とアルフヘイム神聖国との繋がりは無いはずッ!」
モガモスカ中将のいる孤島にも鷹翼騎士団の猛威が襲い掛かりつつある中で、彼は自分たちに起きているこの惨劇を目に焼き付けながら何故レイス王国が攻撃を仕掛けて来たのかを考えていた。
「も、モガモスカ中将!ここは危険です!早く避難をッ!」
「一体…な、何故だ。何故こんな事が…私の栄光が…崩れ…」
部下の声すら届かないほどに絶望している彼の頭上から、一騎のグリフォンが迫って来ている。その背に乗る騎士の両手には、投擲槍が1本ずつ握られていた。
「中将殿!!!早くここからー」
ボボボボォォォォォンッ!!!
放たれた2本の投擲槍。それがモガモスカ中将の足元に叩きつけられると同時に、大きな爆発が巻き起こった。
彼は十数mほど転がった後、血だらけの身体でなんとか起きようとする。砂煙が晴れると目の前に下半身のない部下の死体が横たわっている。
モガモスカ中将は運良く吹き飛ばずに済んだが、重傷である事に変わりはなかった。
「私は…私は一体…どこで間違えたのだ?」
薄れゆく意識の中、彼の問いに答える者は居らず、最期まで聴こえてくるのは兵士達の悲鳴だけだった。
ーー
鷹翼騎士団の攻撃から逃げ惑う中、モガモスカ中将の遺体を偶然見つけた皇国軍の将校は、このままでは全滅するのも時間の問題と考え、全兵に撤退命令を下した。
「た、退却!!!退却だ!逃げられるものから逃げろ!!!」
まだ航行に支障が起きていない数十隻の砲艦がゆっくりと旋回し、そのままアルフヘイム神聖国の領域から遠ざかって行く。
ハルディーク皇国軍に完全勝利を収めたレイス王国の鷹翼騎士団は、再び綺麗な編隊を組んでアルフヘイム神聖国から離れて行く。
「我々の勝利!!!破れたりハルディーク!!!ガッハッハッハッハ!!!」
「おいおい、調子に乗るなよロウ。」
「むむッ!何故だヴィス⁉︎ハルディーク皇国は列強国の中でも一二を争う程の国だ!その国に勝利した……調子に乗って何が悪い!!!」
「ニホン国の支援があってこそだ。あの国の工作員がハルディーク皇国の飛行戦力を破壊しなければ、結果は逆だった。」
「だが我が国への協力を要請して来たのはニホン国だ!!!見事なまでの連携!レイス王国とニホン国は共にあり!!!」
鷹翼騎士団の愉快な笑い声は遥か西の地方へと戻ってゆく。
ーーアルフヘイム神聖国 ウフバーゴ高壁
「な、何が起きたというのだ?」
突然現れたグリフォンに乗った騎士の集団に困惑を隠せないでいた、ウェンドゥイルを始めとするエルフ族達。いきなりハルディーク皇国軍が野営している場所へと向かい…攻撃を仕掛けた。結果的にハルディーク皇国軍は撤退し、アルフヘイム神聖国は救われた形になるが、その理由が分からないまま、兵士達は高台から見える燃え盛るその場所を眺めていた。
「グリフォンが飛んでいた…それにあの旗印……まさかレイス王国か?」
「レイス王国?5大列強国の一角が、我が国のような亜人族国家を助けたというのか⁉︎」
「わ、分からんぞ!レイス王国は過去にリリスティーグ国を助けたことがある!」
大きな奴隷商会が雇った傭兵軍団の襲撃により、減滅されかけたリリスティーグ国が、当時の妖妃が身を呈してレイス王国へ助力を求め、そして守ったと言う話である。しかし、ウェンドゥイルは勿論、レイス王国へ助力を求めてはいなかった。
「……兎に角だ。直ぐに隊を編成し、調査隊を送れ!もし生き残っている敵が居ようものなら捕らえよ!抵抗する場合は殺しても構わん!」
「ハッ!」
ウェンドゥイルはこの状況の中で一番気がかりなのが、娘フレイヤの安否である。彼女があのレイス王国の攻撃で巻き添えを食らった可能性も高い。
彼の脳裏には最悪の想定が浮かんでいた。
(あぁ!スアール様!どうか…どうか娘をッ!)
そして、隊を整えたアルフヘイム兵は、ウェンドゥイルを筆頭に襲撃のあった場所へと向かって行った。
ーーアルフヘイム神聖国 東海岸城塞
襲撃により残っているのは皇国兵の死体と身動きが取れないほどの重傷者だけであった。野営テントや武器弾薬を積んだ木箱は燃え続け、時折バン!バン!と言う破裂音が、静かな海岸に響き渡る。
「何と……これは…」
この信じられないような光景を眺めていた1人の男…ジーギスは唖然としていた。彼の後ろには数人のダークエルフ族も付いていた。
「レイス王国がやったと言うのか……何故?」
疑問しかないジーギスの頭の中で、幾つもの憶測が出てくるが、やはり明確な理由は出てこなかった。代わりに答えたのは、ダークエルフ族の1人だった。
「ニホン国ですよ。」
「ッ⁉︎な、何ッ⁉︎」
ジーギスは何故ここでニホン国の名前が出てくるのか…益々理解不能になっていた。ダークエルフは話を続ける。
「まぁ…あんまりハッキリとは言えないけど、ニホン国とレイス王国が協力してハルディーク皇国軍を撃退した。…ついでに言うと、フレイヤ姫も無事だ。今はニホン国の隠密部隊が保護している。」
「……そ、そうか。それは…良かったッ。だが、何故ニホン国と協力を?」
「知っているとは思いますが、レイス王国は最近勢力を拡大し続けているハルディーク皇国に対して強い危機感を抱いていました。その脅威が自国に及ぶ前に何とかして、あの国を潰す機会を伺っている時に……ニホン国がコンタクトを取ってきたそうで……勿論、その仲介役がいたからこそですが。」
「仲介役?」
「…サヘナンティス帝国。5大列強国の中で唯一、ニホン国と接触したあの国です。」
「ッ⁉︎何とッ!」
ジーギスは終始驚かされっぱなしだった。
すると森の奥から聞き慣れたアルフヘイムの兵隊達の声が聞こえてくる。
「おやおや?どうやら何事かと思いアルフヘイムの兵隊さん達が来たみたいですね。…では私達はこれにて…後は貴方様の問題です。」
「あぁ…分かっている。私は国を裏切った…その責任は取るつもりだ。……そっちも頼むぞ。」
「はい…お子さんはニホン国へ責任持ってお送りいたします。」
「ありがとう……。」
ジーギスはダークエルフ達に御礼を言うと、ダークエルフは直ぐに森の奥へと消えて行った。そして程なくアルフヘイムの調査隊が到着する。ジーギスは裏切り者として、生き残ったハルディーク皇国軍と共に連行されて行った。
ーーアルフヘイム神聖国 沿岸部
黒いゴムボートのモーターが海を掻き分けながら猛スピードで、アルフヘイム神聖国から遠ざかって行く。そのゴムボートには『別班』と、元皇国軍のベネット、そしてピスケスが乗っていた。
「……フレイヤ氏の事は…心配するな。今は日本の保護下にいるが、近いうちにアルフヘイム神聖国へ送り届けるつもりだ。」
鈴木がベネットとピスケスに説明をしていた。しかし、2人は猛スピードのゴムボートから身を投げ出されないよう必死に捕まっている為、彼の話をまともに聞く余裕はなかった。
「ゲッ⁉︎ゲヒッ⁉︎ゲゲッ!…そ、そうかい。」
「う、うぅ……おわっ⁉︎…確かに…その方が今は良いですね。…うっ⁉︎…か、仮に今彼女を国に返しても、今のアルフヘイムでは到底守りきれない。であれば……事が収まるまで、ニホン国が保護すると言うのが…確実だ。」
「おいおい無理すんなよ!」
「ギャハハッ!」
必死にゴムボートにつかまる2人を見て、数人の隊員がその不恰好さにゲラゲラと笑っていた。しかし、鈴木がその隊員達を鋭く睨み付けると、下品な笑い声が一瞬で止まった。
「…あなた方も重要参考人としてニホン国へ保護いたします。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ピスケスが慌てながら声を出した。
「私達をハルディーク皇国へ連れて行ってくれないか⁉︎」
「頼む…アルフヘイムでの作戦が失敗した事で、オリオン皇帝は何をしでかすか分からない。…俺たち姫様を守らなければッ」
2人の訴えに対し、鈴木はゆっくり首を横に振った。
「ダメだ。後は俺たちに任せろ…姫様のこともだ。今回の件で日本国政府はハルディーク皇国へ攻撃を行う為の大義名分を得た。もうじき大規模な作戦が開始する。お前達が行くと足でまといだ。」
鈴木の強い口調に、2人は口籠ってしまいこれ以上訴える事が出来なかった。
「チッ!……列強国がたった一度の行動でその全てを失うのか。」
「終わりじゃあないさ。…だからお前達はこれから生まれ変わるハルディーク皇国の為に頑張って欲しい…それだけだ。」
2人が鈴木の目を見て静かに頷くと、鈴木もそれに応えて小さく頷いた。その後鈴木は、薄っすらと見える朝日が昇る水平線を見ながらあることを思う。
(皇国が無事だったら…の話だがな。全く、広瀬総理は鬼だな。)
いよいよラストスパート近いです!